第1話 放射性物質

 昼前まで降りしきっていた雨は止み、舗装されていないぬかるんだ道が傾いた夕暮れの光を反射してオレンジ色に輝いている。

 林道の入口には規制線を示す「KEEP OUT」のテープが貼られ、多くの警察官が動き回っていた。


「大橋警部補」


豊かに蓄えた口髭を弄りながら、これまた豊かな腹回りを揺らして大橋と呼ばれた警官が答える。


「ふむ、杉多巡査部長、何かわかったか?」


「被害者は浅田次郎、30歳。住所は土岐市ですね。財布に免許証がに入ってました。斎藤を確認に向かわせます」


「ん、たのむ」


「詳しい死因は検視してみなければ分かりませんが高所から突き落とされたような潰れ方をしていますね」


「ここでか?」


 林道とはいえ緩いハイキングコースになっている。辺りには背の低い広葉樹しかない


「どこかで殺害して運んできたんですかね?」


「わからん」


「さっきのゲリラ豪雨が足跡を洗い流してしまった」


「専務(鑑識)が何か掴んでくれるといいのですが」


「それと彼もこちらに向かっているそうです」


「そうか。彼が来てくれるのか。それなら安心だ」


「彼が出張ってくるほどの事件なんですかねえ。いつもあの組織、絡みしか現場に来ないのに」


「あー実はそれがらみだから食いついたかもしれんの」


 そう言うと大橋警部補は空を見上げた。彼岸を過ぎた空はわずかに秋の気配を漂わせていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 規制線の張られた林道よりだいぶ手前、主要な幹線道路より僅かに脇に入った場所。二名の警官が交通整理をしていた。関係車両以外を通さずに追い返すためだ。


 年嵩と若者のコンビで前者は今カップルの乗ったSUVを支道に誘導しているところだった。


 そこにスバルインプレッサXVが角を曲がって入ってくる。トンネル崩落事故でも運転手が生存した頑丈でタフな車だ。


「おーーい!!とまれーーー」


 若い方の警官が誘導灯を横にして掲げ、止まるように命令する。

 その指示にインプレッサは素直に従うと、まるで教科書の様に模範的な減速をして停止した。


「いやあ、すみませんね警察車両以外は通行できないんですよ」


 警官の言葉に答えるために運転席のウィンドウが下りてくる。


「いえ、私は関係者ですよ。警察と契約しているコンサルタントです」


「ん、声が……って子供ぉ!?君いっ!!何やってるんだ車なんか運転して!!今すぐ降りなさいっ!!」


 運転席から覗くのはどう見ても小学生くらいの少年だった。もちろん免許証が発行される年齢とは思えない。

 しかし、少年は取り立てて慌てることもなく深いため息をつくと免許証と警察発行のIDカードをずいと見せつける。


「子供のオモチャか?」


 若い警官はそれを取り上げるとまじまじと見る。


「それにしては良くできてるな。写真も本人だし、しかしこの年齢はないだろう」


 若い警官が運転席から少年を引き摺り出そうか迷っているとカップルの車を誘導し終えた年嵩の警官が近づいてきた。


「どうかしたか」


「お疲れ様ですっ!!いえ、この子が車を運転してて!!」


「ああ、久しぶり。お疲れ様。行って良いですよ」


「巡査部長ぉ!?」


 少年は軽く会釈をすると車を発進させようとする。


「ちょっと何やってるんですか!!補導しないと」


 若い警官はインプレッサを止めようと車体の前にでる。

 キキッ!!

 少年は嫌そうな顔をしながら急停車させる。


「おいっ」


「何で止めるんですかっ」


 年嵩の警官は若い警官を羽交い締めにすると道の端へと引きずっていった。

 そしてドスの効いた声で耳元に囁いた。


「そいつに関わるな。ノサップ岬派出所に飛ばされたくはないだろ」


 若い警官はその言葉に硬直する。


「もう行って良いですか?」


「ええ、ええ構いませんよ。うちの若いのが失礼しました。」


 ブンとい低い排気音と共にインプレッサは走り去っていった。


「何者です?」


「お前聞いたことないか?少年コンサルタント」


「あ!!噂には。あれがそうなんですか」


「免許証の記述が正しいかは分からんが見た目通りの年齢じゃないのは確かだ。奴に突っかかっていった警官は左遷させられたり消えたりしている。お前も気を付けろ」


「本当ですか??」


「かなり上層部の幹部と繋がりがあるのは確からしい」


 そうして二人は遠ざかっていくテールランプをぞっとしない思いで見送った。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「どうも、ご無沙汰しています。大橋警部補」


 KEEPOUTのテープを乗り越えて少年が現場に入ってくる。


 子供サイズながら高級そうなかっちりとしたスーツに身を包みボトムは【半ズボンではなく】足首までぴっしりと折目の入った長めのパンツだ。


 靴は動きやすいようなトレッキングシューズで甲には銅板が入っている。

 いわゆる【安全靴】仕様である。


 髪は長くも短くもなく後ろに流されている。

 眉は太く意思の強さを感じさせる。


 表情は厳しく引き締められていて普段から揺らぐことはない。

 その体重移動から、ある種の人間が見ればジャケットの裏に小火器を吊るしていることが分かるだろう。

 上半身のボリュームが大きく見えるのは肌着の上にボディアーマーをきているからだ。



「荒間 城太郎(あらま じょうたろう)現着しました」



「おおっ!!来たな少年探偵」


「違います。警察と契約した【コンサルタント】です。何度も申し上げているはずですが」


「そう不機嫌になるなよ。軽い冗談じゃないか」


 城太郎と名乗った少年は周りにいる警官たちに軽く挨拶をして遺体に近づく。

 さすがに強行班の人間は彼を知っているのか見とがめたりはしない。


「状況は?」


「被害者の名前、住所、年齢は無線で言ったとおりだ。専務の作業終了。現場で採取した遺留物や写真等をを持ち帰ってからの分析だな。一応殺人事件として捜査している」


「こんな高所の無い所で墜落死に見える遺体だ。少なくとも死体をここ迄運んだ人間が居るはずだ。自殺体を遺棄したという可能性もあるが……」


「これから運び出すところだがどうする?調べるかね?」


「ええ。検視を待ってからでは初動捜査の方針を決められないでしょう。少し遺体を見せてもらいますよ」


 そう言うと城太郎は遺体へと近づく。


 ピーッ‼ピーッ‼ピーッ‼


 あと数歩という所まで来ると彼の左手につけた腕時計が警告音を発した。

 城太郎は顔をしかめると時計の盤面を覗き込んだ。

 そこには針はなく液晶になっている。そして赤い文字で目まぐるしく数字が表示されていた。


 彼の時計は特注の多機能スマートウォッチになっている。

 その後、城太郎はライトのようなものを取り出して死体を照らして始めた。


「大橋警部補」


「なんだね?」


「先行した専務には、よく除染するように言っておいて下さい。人が触れても問題ないレベルではあるのですが」


「え!?」


「見てください。この時計は線量計の機能も備えています」


「そんな機能が!?この数値が線量かね?」


「ええ。この遺体に付着した砂利の様な物。それに近づけると高線量を表示します。」


「しかも紫外線ライトで蛍光する。たぶん燐灰ウランか閃ウラン鉱」


 厚手のゴム手袋を二重にはめると城太郎は死体をまさぐり始めた。


「中肉中背、特に何か鍛えている風もない。徹頭徹尾、普通の中年男性」


「そうだ。単に巻き込まれた被害者なんだろう」


「僕はそうは思いませんね」


「何か引っかかるのかね」


「あまりに無個性。絵にかいたような普通です。人間、特徴がないように見えてどこか少ないながらも長じた部分があるものです。それをわざと削っているような感じを受けます」


「それにこの手が……」


「警部補。聞き込みから今戻りました。」


「おお。戻ったか」


「お疲れ様です。斉藤巡査」


「や、城太郎君。3日ぶり」


 斉藤巡査は軽く飄々とした感じで敬礼する。


「浅田次郎について聞き込みをしてきました。近所の人間に写真を見せたところ本人に間違いなさそうです。それで彼についてですが……」


 そこでちらりと城太郎のほうを伺う。


「そうですね。死体を見た結果から斉藤巡査の聞いてきた事を予想してみましょうか」


 承太郎は浅田次郎についての推測を話し始めた。


「彼の両親はすでに死亡しているか行方不明。兄弟いない」

「近所付き合いは悪くなく、地域の清掃活動等には積極的に参加するが特定の親しい人間はいない」


「良くわかるな」


「趣味はアウトドアで休日になると家を空けることが多い」

「そして公的機関に勤めている」


「土岐市役所の住民課だ。ほかも住居の周辺住民への聞き込みと概ね合っている」


 斎藤巡査は大きく頷いた。


「俺の聞き込みは無駄だったか?」


「いいえ。事実との照合は必要でしょう。私の話はただの推測です」

「鑑識と科学捜査、各種専門家の意見を聞けばいずれ同じ結果にたどり着かもしれません。しかしそこまで座して結果を待つような事になれば貴重な時間を浪費してしまいます。それは犯人を利することに他なりません」

「ある程度の見込み捜査は必要でしょう。ですから私はある仮定をたててそこから逆算して彼の人物像を想像したのです。」


「じょ、城太郎くん。それで何だねその仮定とは。もったいぶらずに教えてくれ」


「それは……」


「それは?」


「その仮定とは……」


「その仮定とは?」



「彼は【人類肥大連合】の【潜伏諜報員】なのです」



「「「な、なんだってーーーーーーーーー!?」」」



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