第一章

モンタの日記

 ゴブリン族のモンタこと、おいらはその日から昼食を奪われ続けていた。


 ×月×日。晴れ。初めての会敵。人間族の子供の、幼い女の子ーーー略して幼女に襲われオナラをお見舞いする。熊現れる。ベーコン卵サンド消失。


 ×月◯日。晴れ。熊に跨る幼女と出会し、突進される。アスパラベーコン、ベーコン卵サンド、野菜炒め奪われる。


 ×月△日。晴れ。川の上流で昼食を開始。小壺で作った簡単チーズと釜で焼いたパンを実食。出来なかった。熊と幼女に横取りされる。


 ×月□日。晴れ。今日は川の下流にある池のほとりで食べる事にした。周囲の警戒も怠らない。包みを解き、蒸したジャガイモとチーズを焚き火で再加熱し、ホクホクで頂こうとした。が、背後から迫ってきた幼女に包みを奪われる。中に一緒に入っていたトマトスープも失う。


 ×月××日。曇り。今日は川の中流で釣りをしていた。ここでは街などで高く売られているトントビという魚がよく釣れるのである。この時期は脂が乗っていて炭火焼にして食べると美味しいのである。が、七輪で焼いているところに幼女が現れ、調理済みの三匹を奪われる。悔しくて再度釣りを行ったところで、魚と一緒に熊が釣れた。釣竿を失った。


 ×月□△日。晴れのち曇り。この日、罠を張っておびき寄せることにした。幼女を捕まえて話を聞こうとしたのである。香ばしい匂いを放つ肉野菜炒めオン・ザ・麦米を木箱に入れ、小川の辺りに設置。離れたところで観察した結果、仕掛けを忘れたことに気が付く。時既に遅く。熊が木箱を加えて走り去る。


 ×月△◯日。晴れた昼前のこと。この日、突然のスコールに会う。あっという間に止んだがびしょびしょの為、帰路に着こうとする。ふと、鞄から養蜂して取った蜂蜜を使ったレモン水を取り出し、乾いた喉を潤そうとした。その時、おいらが切り開いて作った山道を幼女を乗せた熊が全力疾走で駆け下りてきた。咄嗟に蹲み込んでしまったおいらは、気がつくと手元からレモン水の入った竹筒を無くしていた。ちなみに、今振り返ると、あの熊は幼女を乗せて体を乾かしす為に走っていたのかも知れない。


 ×月×□日。晴れ。ここの深林の中心には大きな山がある。それを少し登った見晴らしのいい崖っぷちで、麦米で作った握り飯を頂くことにする。久し振りに静かな昼食時を過ごすことが出来た。この深林に生えるミーロンと言う葉を燻して作ったお茶を啜って、一息ついた頃、デザートを取り出す。自家製小麦粉で作ったパンケーキ。それと蜂蜜である。おいらはそこで気がついた。熊と幼女に挟み撃ちにされていたことに。本当の意味で崖っぷちに立たされたおいらはそれを差し出し逃げ出した。


 ×月□△◯日。曇り。じとっとした1日。池の辺りで罠を張る。池の波打ち際に網を広げて沈める。辺りにある木箱に気が取られている内に網を引き、捕獲を試みようとした。木箱には調理後の肉の脂を入れてある。香りは抜群だ。草叢に隠れてそれを観察した。突如、背中に衝撃が走った。突き飛ばされたおいらは後ろを振り返ると、そこには例のお二方。傍に置いていた昼食の包みは速攻で奪われた。



 連日、連敗。狩も得意でなければ戦いも得意でないおいらは、途方に暮れていた。

 それでも時は過ぎ、やがて日が昇るのである。



 ×月◯△◯日。珍しく2日続けての曇り。少し肌寒い。この日、朝から幼女と出会す。四つ脚で立つ幼女は、いつもの様な威嚇をしてこなかった。代わりに、「あた、おたえか!あた、おたえか!」と連呼してきた。初めて、言葉を耳にしたのだ。しかし、意味は全く分からなかった。驚きつつ首を傾げていると幼女は喉を鳴らし始め、おいらの腹目掛けて頭突きをしてきた。今日は珍しく昼食を取られなかった。


 ×月×◯◯日。暖かい良い心地の天気であった。ベストプレイスでの食事をするには今日以外にありえない。おいらは、保存用の燻製肉を取り出して、更にレタス、目玉焼き、チーズ、刻み玉ねぎの辛味ソース和え、深林で狩った野鳥の肉を使った鶏肉ハンバーグ、を用意した。石の様に硬いパンをハンバーグに火を通した時の脂で柔らかくしていく。そしてそのパンの間に、レタス、薄切りの燻製肉、刻み玉ねぎ、鶏肉ハンバーグ、チーズ、目玉焼き、薄切り燻製肉、レタス、刻み玉ねぎの順で分厚くなるほどに挟み込んだ。崩れない様に長い串で真ん中を射抜き、香草で包んで弱火でほんの少し蒸して完成。これまで無いほどの最高の昼食を腕に抱え、最新の注意を払って目的地に向かった。しかし、敢えなく顔馴染みの熊に遭遇。追いかけまわされた挙句、滝壺に追い詰められた。今世紀最大の秘宝を熊に献上した。


 ×月△◯×日。晴れ。今日は家畜の餌の調達や家の掃除、菜園の植え替えなどで、お昼が遅くなってしまった。もう、夕方近い時間だった。昨晩に作り置きしておいた自家製カレーと釜戸で焼いた薄く焼いただけのパンを持って、夕日が沈むのを観に行った。崖っぷちの丘の上。もう流石にこの時間、彼らは現れないだろう。そんな事を思いながら赤く染まる夕日を一人眺めていた。だがやはり、お約束の様に彼らは来た。夕陽を受け、その半身に影を落とした一人と一頭。彼らは二手に分かれておいらの周りをぐるぐると回り出した。撹乱されたおいらは、カレーとパンを抱えて一か八かで下り道へと走り出した。しかしそこへ幼女が立ち塞がり、飛びかかって来た。急制動を掛けたおいらは思い出した。昨晩におやつで食べた甘いお芋の事を。そして、腹に力が入ってしまったおいらは、不可抗力と言わんばかりに盛大に屁をこいてしまった。幼女はいつの日か同様に撃沈し、残った熊は凄い形相で駆け寄ってきて振り返ったおいらをボコ殴りにし、幼女とカレーとパンを抱えて去っていった。


 ×月□□△日。晴れ。晴れている割には少し風が冷たい。今日はオムライスに挑戦。初めにしては良く出来た方だろう。玉子のふんわり感はまあまあだと思う。深林を少し南下したところに名も知らない花畑があるのを見つけ、そこで食べる事にした。そこでふと思い出した様に振り返ると、案の定、一人と一匹を発見。襲われる前に声を上げて先制する。

「また、お前らか!お前らいい加減にしろい!毎度毎度、ご飯あげてられっかい!!」

 すると、ボサボサの髪を身体に巻き付けた幼女が言った。

「あた、おたえか!あた、おたえか!!」

 その時、初めておいらは自分の言葉の真似をしているのだと気がついた。またお前か、と。

 やはり、幼女は言葉を話せる様になる前にこの深林へ迷い込んで来てしまったらしい。もしくは、捨てられたのか。そう思うと、おいらはいたたまれなくなり、熊が威嚇をしてくる中、オムライスの入った木箱とお茶の入った竹筒を差し出した。受け取ったのは熊の背中から飛び降りた幼女だった。手を使わず足で立とうとする素振りを見せたが、叶わなかった。しゃがんで手を差し出すその小さな手に渡すと、不意打ちに万遍の笑みを見てしまう。

「……あ」

 それも束の間のこと。無意識に幼女の顔に手を伸ばそうとしていたおいらは薄茶色の毛並みを持つ熊に阻まれてしまう。

 一人と一頭は、その場から立ち去っていった。



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