第二章

会話…………。

ーーー◆ーーー◆ーーー◆ーーー◆ーーー◆ーーー




「コッコッコッ、コケェェッ!(まだついて来やがるっ、くそぉぉっ!)」

「きゃはははは、あーーう!ああーーう!(くっははははっ、ほれほれ!走れ走れーー!)」


 飛べもしないのに手羽をバタつかせて、細い脚をこれでもかと早く動かして走る。後方を見やれば目を怪しく光らせた四つ足の生物が一つ、奇声を上げながら迫って来ていた。

 だが、その逃走劇も遂に幕を閉じる事となる。


「ッ!!コケッコ、コケェ……コッ!?(くっ!!行き止まり、だと……んなっ!?)」


 背後で土がザリっと擦れる音がし、振り向くとそこには例の怪物が大口からよだれを垂らして地面に四肢を突き立てていた。


「ああああう。あうあうあうあう。……グうぅ、うがああああああぁうっ!!(もう終わりか。呆気ないものよな。……さて、そろそろ頂くとしようか!)」


 唸りを上げた怪物が自分目掛けて駆け出して来た。


「コケェエエエエエエエエエッ!!!(うわあああああああああああっ!!)」

「キシャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!(もらったああああーーー!!!!)」


 眼前に迫るそれに対し、叫ぶ事しかできなかった。

 だが。


『ガサガサっ』


 木を後ろ手にした自分の横にある茂みから揺れ動く音がし、次の瞬間、二つの影が迫り来る敵の前へと躍り出たのだった。


「コッ、コケェェ……!?(お、お前ら……!?)」


 その影は焦げ茶の羽根を全身に纏い、左右の羽根を広げて立っていた。

 自分と同じ姿をした彼らはそのまま声を掛けてきた。


「コケェエ!(無事か!)」

「ココ、コケッコ?(ごめん、待たせちゃった?)」

「コケェェ……、コケっ、コケッコォ(お前ら……、くそっ、遅ぇんだよ)」


 振り向かずに言われたその言葉に、自分は悪態をつくと立ち上がった。


「コケコケコォ(無茶しちゃダメでしょ)」

「ケッ。ココ、コケッコゥ(けっ。別に、無茶なんて)」

「コケ、コケコココゥ?(なら、一人でやるか?)」

「コケェエッ、コケッコォオオ!(バカ言えっ、まっぴらごめんだ!)」

「ココォオ!コケコケっ!コケェ、コケコォオウ。コケェエ!(もおお!喧嘩はあと!ほら、さっさと構えて。くるよ!)」


 言われてすぐに羽根広げて構えを取る。

 彼らの登場を警戒してか敵はその脚を止めたものの、以前睨み合いが続いていた。しかし、もう逃げる必要はなくなった。

 我ら三匹が揃えば、あんな頭しか毛のない怪物など一捻りである。

 そう思い、仲間の背中から奴に視線を移した時、背筋に悪寒が走った。


「コ、コケェ……(わ、笑ってやがる……)」


 くにゃっと口元を歪めたそれは、やがて盛大に口を開け笑い始めたのだった。


「くふふふふふっ!きゃははははははっ!あうあー。あうあうあうぅ。あううっ、あうあうあうあーー!!(くふふふふっ、くはあっはっはっはっはっは!!傑作だな。わざわざ獲物が増えよったわ。面白いっ、本気で掛かってこいーーー!!)」


 笑い声を上げたそれは勢いよく地を蹴り、再び我らとぶつかる事となった。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「コケェェエエッ!!(いくぞぉおおおっ!!)」

「「コケッコォオオオオオオ!!(うおおおおおおおおおお、ーーー)」」


 そして、三匹対一人の最終決戦の幕が切って落とされーーー。


「ーーーおおおっ、ぐへっええっ!!?」


 ーーーおいらは背後から何かに襲われて突き飛ばされた。


「ぶわぁっ、ど、どぶら、ぐへえぇぇ……。な、……なにすんだよ、熊……」


 下手くそな前転をして地面を転がったおいらは、仰向けに倒れたまま力なくその犯人に問い質した。

 視界の端に映る熊は、しかし、何も言わずおいらの横を通り過ぎて行った。


「たくっ。これから面白くなるところを邪魔するなよな」

「グフォ」


 立ち去ろうとする熊の背中に文句を言うと、熊は首だけこちらに振り向いて呆れたように鼻を鳴らすのだった。

 幼女が元気になって早2日が過ぎた。

 彼女の看病が終わったことにより、おいらは生活圏内の修繕を行なっていた。

 まず、嵐で壊されてしまった菜園の修復から始まり、台所の釜の火を付けっぱなしで飛び出した事により焦がしてしまった鍋の掃除、養蜂している蜂の巣を見に行ったりと大忙しで作業していた。

 そんな中、おいらがお昼のご飯を作りに母家へ戻ってくると、家畜小屋から解き放った鶏三匹と元気百倍の幼女が楽しそうに走り回っていたのである。

 あんな事があった後でこれだけ元気になってくれるとは、看病した甲斐があると言うもの。その光景は実に微笑ましかった。

 そうして眺めているうちに彼らの様子が面白くなって、「こんな事思ってんだろうなぁ」とおいらは勝手に熱演していたのだ。

 が、同じく近くでそれを眺めていた熊には、それがお気に召さなかったようである。


「たくっ、冗談も言葉も通じない熊だなぁ」


 言って、それはそうか、と心の中で肩をすくめた。

 しかし、そこで幼女を親のように見ている薄茶色の毛の塊は、ただの熊ではない。

 魔法を使う事ができる獣ーーー魔獣なのである。

 魔獣は数十年前に、世界中で徒党を組んで一致団結した人々の手によって、この世界から一掃された過去の存在である。そして既に、その戦いと魔獣の姿を知る者すら、この世界に殆どいない。

 しかし、そんな時代の移り変わってゆく中、ひっそりとこの深林で生き残っていたのが、この熊である。


「まぁそれでも、こいつとは目を合わせればそれなりに意志の疎通はできるんだよな。魔法様々だ」


 熊には言葉が通じないが、目を合わせた者に考えを伝え、さらに相手の考えを読み取る魔法『異心伝達』と言う技がある。これを使えば、ある程度会話じみた事ができるのだ。

 その時、少し目眩がするのだが、慣れれば気にならなくなる。

 先日も異心伝達の魔法にはだいぶ助けられた。

 もしこの熊が普通の獣だったら、おそらく幼女が失踪するよりも先に、この深林に迷い込んだその日に命を落としていたことだろう。

 今日まで幼女を守って来たことを考えれば、魔獣の知能が高いと言う理由も何となく頷けた。


「そういえば、聞いておきたいことがあったな」


 先日、川に落ちるところだった幼女とおいらを救ったのはこの熊だったのだが、あの時こいつは、どこからどうやってあの現場に辿り着いたのだろうか。

 それがずっと気になっていた。


「なぁ熊。ちょっといいか?」


 お座りをして幼女と鶏三匹によると熾烈な闘いを眺めていた熊は、おいらが声を掛けるとむくりと顔を向けてきた。

 いかにも邪魔するなと言いたげな顔だが、それを無視しておいらは勝手に話を繰り出した。


「おまえさ、あの子が洞穴からいなくなってからおいら達を助けるまでの間、どこにいたんだ?」

「…………」

「おいこら、無視すんな」


 やはり口で言っても何一つ返ってこず、熊はそっぽを向いてしまう。

 おいらが熊に用があるという事は分かるはずなのだが、それすら完璧に流されてしまった。

 仕方なく、おいらは強硬手段に出た。

 熊の前に立ち、顔を両手で鷲掴みにして無理矢理目を合わせた。


「むむむむむむむむむむむーーーぶぐはっ!!!」


 しかし。

 いや、やはりというか。念を送っていたおいらは、それに怒った熊から強烈な頭突きを喰らってしまう。

 頭を押さえながら顔を上げると獰猛な目がこちらを睨んでいた。


「えーと、はははっ、やだなぁもう。じょーだん、冗談だべ。じょーだん、ね?」

「グフォオオっ!!」


 無理矢理な笑顔を作って言うと、本気で吠えられてしまった。


「わ、悪かった、悪かったべ。これ以上、邪魔しないから。だから、少しだけ、少しだけお話ししよう?いいだろう??」


 そうして、おいらは謝りつつも、異心伝達を使うようにと身振り手振りで合図を送った。

 すると、ようやく意図を読み取ったのか、熊の目が緑色の光を灯し始めた。

 それを見て、おいらはじっと黙ると先程言った考えを頭の中で思い浮かべた。


「じーーーーーー(あの時、おまえはどこにいたんだよ)」

「ピカーーン」


 すると、熊からある光景が伝わって来た。

 流れの速い川の中へ飛び込む幼女。そして、それを追いかける熊。


「じーーーーーーっ(はっ?川?流されてるんだけど?なんだよそれ、ぜんぜん分からない)」

「ピカンピカーーン」


 だがしかし、助けを求めているのかと思いきや、笑いながら流れていく幼女の姿が伝わって来た。更に熊と一緒に水中を潜って魚まで獲っている。


「じーーーーーーーーーー(あの子が泳げるのは驚いたけんど、それとこれとは違うだろ)」

「ピカピカ、ピカッーーーン」


 幼女の笑顔と、また違う日の幼女の笑顔、更にまた違う日の幼女の笑顔。そして、その全てが池や川の中にいる光景だった。

(やだもう何この熊、親馬鹿なの?……ああ、そう言う事?川というか水の中が好きって事?)


「……じーーーーーーっ…………(……そこがあの子のよく行く場所なんだな)」

「フゴゥ」


 とりあえず強引に理解して念を送ると、熊は首を縦に大きく振った。

(どうしよう、もう疲れてきた……)

 熊からは光景の断片が伝わるだけで、その意図が分かり辛い。おまけに、こう何回も頭を揺さぶられる感覚が続くと流石に目眩がしてきた。

 だが、よく行く場所や好きな場所と言うことが分かった事により、こいつが池や川などの近辺を中心に探していたことが分かった。

 あとはどうやってあの時、そこに来てくれたのかを聞くだけだ。

 謎が解けるまであと少しの辛抱である。

 おいらは深呼吸してもう一度、熊と目を合わせた。


「じーーーーーー(どうしておいら達があそこにいたのが分かったんだ?)」

「ピッカーーーーーン」


 濁った川の中を泳ぐ熊の視界が伝わって来た。


「ピカン」


 池の先に続く川から池の中へ。


「ピカンピカン」


 池の底を歩くようにして万遍なく探していき。


「ピピカーーーンッ」


 池の中からおいらの家の近くを流れる川の方へ、そのまま泳いで行く。伝わってくる光景の中でちょくちょく、流木や大きな石が視界の中で弾け飛んでいたが、これは聞かない事にした。


「ピカピカピカーーン!」


 そして、川の流れに逆らって探して行くことしばらく。呼吸のために顔を上げたその視界の中に、立ち上がったおいらの姿があった。

(なるほど……)

 そこでおいらは熊から視線を外した。

 そこまで判ればもう後は自分が知ることと繋がる。あの時助かったのは本当に偶然だったのだ。

 それまでてっきり、何か手掛かりを掴んで丁度同じ場所に辿り着いたのだとばかり思っていた。

 だが、蓋を開けてみればどうだ。

(ははは、まったくこいつ、………!)


「おいらが見つけてなかったら、そもそもおまえ、あの子のこと見つけられなかったってことだべなっ!?どう考えてもいるわけないべさ、水の中に!体調の悪い子供が池の底で遊んでるわけないだろっ!」

「………?」


 おいらが立ち上がってあの日の熊の行動を抗議し始めると、熊は熊とて意味が分からないようで首を傾げてきた。

 この熊は、確かに心当たりを探していたのだろうが、その心当たりは、人の子に限らず殆どの動物が行くことのない水中だけという限定され過ぎた範囲でだったのだ。

 見当違いにも程がある。よくそんなので、最初に自分と合流できたものである。

(あの時、関心したおいらの気持ち返せ、こらっ!)

 急死に一生を終えたあの時、熊の活躍は本当に頼もしかった。しかし、それまでの行動は知能が高いなどとは決して言えない、アホの子の行動だった。

 その間、おいらはふらふらになりながら必死に深林の中を探していたのだから、もう呆れてこれ以上なにも言えない。

 それでも頭に来ていたおいらは手を伸ばして、薄茶色の毛で覆われた熊の顔を揉みくちゃにしてやった。

(静電気で膨れた顔をあの子に笑われればいい)

 そうとも知らない熊はその行動の意図が分からなかったのか、また首を傾げた。

 そんな熊を残して、おいらはさっさと昼食の支度に向かったのであった。



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