共同生活開始

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 体調が回復した幼女はおいらが引き留めることもなく、ここに住み着き始めた。

 目の届く所にいてくれる事に大いに賛成なおいらは大歓迎とばかりに思っていたが、対して熊は少しショックのようだった。自身の住処に足を向けてくれないのだ。なんとなく気持ちも察する。

 そうして、いつまで経っても住処に帰ろうとしない熊はどうしても幼女が心配らしく、気が付けば勝手に家畜小屋に居候を開始していた。

 そんな具合に、独りだったおいらは彼らとの共同生活を開始したのである。


『共同生活一日目』

 正確には昨日である。昨日の分まで思い出して書いてる。元気になった幼女がベッドの上で目を覚ましていた。あの時の笑顔は一生忘れる事はできないだろう。おいらは幼女に朝食を作って食べさせてあげた。本調子でないらしく、ベッドの上にそのままちょこんと座っていた。大人しくしている様はおいらを襲撃してきた時と違い、人間の子供らしさがちゃんとあった。その後。おいらは寝不足だったため、窓の外から頭を突っ込んでずっと様子を伺って来ていた熊に幼女を預け、仮眠を取った。起きると、淡い赤の色に染まった陽の光が窓から差し込んで来ていた。だいぶ寝てしまった、と急いで彼らの様子を見に外へ出ると、嵐で壊れてしまっていた菜園の前に腰を下ろしていた。何をしているのかと様子を伺えば、案の定、口の中をいっぱいに茎から落ちた実を詰め込んでいる最中だった。なんとも言えない光景にため息を吐きながら、夜の献立は何にしようかと考えた。夜、食事の片付けをしていると自分の部屋から、どさっと音がした。見に行くと、幼女がベッドから転げ落ちたようで、そんな事にもまるで気が付かずに寝息を立てる彼女を再びベッドへと戻した。ちゃっかり部屋の窓からそれを見ていた熊は、おいらに『異心伝達』で自分の住処の光景を見せてきたが、肩を竦めて返事をするだけに留めた。すると熊は鼻を鳴らして鶏や牛がいる家畜小屋へと歩いて行ったのだった。


『共同生活二日目』

 充分に睡眠も取れ、おいらは気持ちのいい朝を迎えていた。起きるとベッドには幼女が寝息を立てて眠っていた。ちなみにおいらは床にわらを敷いて、その上から古着で覆って作った即席ベッドで寝ていた。幼女が小さいとは言え、二人は流石に寝れなかったのだ。しかしながら、自分以外の誰かがいると言うのは変な感覚だった。決して悪い意味ではなく、なんだか落ち着かなかいものを胸の中で感じた。そうして朝を迎えたおいらは、一日中大忙しだった。あの嵐はやはりおいらの生活圏内にも打撃を与えており、至る所で修繕が必要だった。午前中にそれらをさっと見回り、簡単な物から片付けていった。養蜂している鉢の巣の木箱を点検し、嵐と幼女と熊に荒らされた菜園を整えて新しく種を撒き、先日焦がした鍋を洗い、その後、大量に使った布を洗濯した。昼食前に幼女が鶏と遊んでいるの見かけ、それを休憩がてら眺めていた。幼女はもうすっかり全快のようだった。服の代わりに巻いた布を脱いでしまったこと以外は、なんとも微笑ましい光景だった。丁度その時に、それを同じく眺めていた熊に嵐の日のことを聞いてみた。すると見当違いな場所を捜索していた事が発覚した。結果、魔法が使えるアホな熊という事が分かった。昼食の支度を終えて、みんなで一緒にご飯を食べようと青空の下に机を持ってきて食事を広げると、頂きますなどしないうちから料理が消えていった。彼らの食事風景は実にワイルドだった。思い描いていた光景との違いに驚きながら昼食を摂った後、おいらは独り、ひたすら各所の修繕作業に取りかかった。この日の夜、熊と幼女は川にでも行ってきたのか、沢山の魚を獲ってきたのだった。病み上がりの子を川に連れていった熊を叱ったが、魚は有り難く頂き、その日の夜ご飯にしたのだった。今日も幼女はベッドを占領し、熊は家畜小屋に戻っていった。


『共同生活三日目』

 今日は昨日の作業の続きをしなければならず、早朝から母家を出た。日が昇る頃だったので、当然幼女は起きていなかった。外に出て家畜小屋の戸を開け放つと鶏三匹だけが外へと出ていき、それを見届けておいらも目的地へ向かって行った。家から北東に向かった所に澄んだ湧水が出る場所がある。実はそこから生活や菜園に必要な水を引いてきているのだが、それが昨日の夜に止まってしまったのだ。その原因を突き止め修繕するのが今日の作業である。水を送る方法は、湧水が出る小さな水溜りから家の場所まで、長い竹筒を何本も繋ぎ合わせて流れてくるようにしている単純なものだ。水は自給自足の生命線であるため、組み合わせた竹筒一本一本を念入りに点検していった。そんな中、ふと茂みの方へ視線をずらすと、いつの間にか幼女がそこにいた。服代わりに体に巻いていた布は既になく、例によって裸だった。目を覚ましたあの日から何度も布を巻いていたのだが、この子は脱いでしまうのだ。今回だって簡単に脱げないように布の端を糸で結って止めていたのだが、効果はなかったようである。その姿を見て額に手を当てていると、幼女が寄ってきてしゃがんでいるおいらの隣にちょこんとお座りした。あうあう、と何か言っているが分からないのでとりあえず頷き、点検を再開した。家に戻れと言っても分からないのは明白だったからだ。竹筒には異常はなく、その先にある湧水場へと到着する。その間幼女は大人しくついてきた。点検中、独り言を漏らすおいらの隣で幼女も喃語なんごを言っては頷いていた。そんな幼い助手は到着するなりおいらが置いた荷物の上に覆い被さり、寝始めてしまった。朝が早いうちからこんなに歩いたのだから疲れても仕方がない。おいらはそれを視界の端に入れながら、湧水の水溜りに刺した竹筒の先に詰まっていた葉っぱを取り除いていった。竹の中に水が流れていくのを確認し終えたところで、おいらは幼女と荷物を抱えて母家へと戻った。幼女が目を覚ましたのは昼食を作っている時だった。置いてきぼりを喰らっていた熊に幼女を預けていたのだが、目を覚ました途端にこちらに駆け寄ってきたのだ。今日は妙に人懐っこい様子で、料理中もずっと後ろでおいらのことを眺めてきていた。なんだかそれが嬉しくて、おいらは幼女が言葉を理解出来ないにも関わらず、料理の事をいちいち彼女に説明して聞かせた。しかし、大人しかった幼女も食事の時は熊の背中を追うようにワイルドだった。机の上で食べているのはやはりおいらだけであった。その後は幼女は熊に連れられて林の中を駆けていき、一人残ったおいらは家畜小屋の掃除をして一日を終えた。彼らが戻ってきたのは晩ご飯の前で、本当にちゃっかりしたものだと感心したのだった。


『共同生活四日目』

 家に流れてくる水路を直し、菜園の野菜たちも順調に育ち始めたことを確認したおいらは、川下の先にある池で釣りをしていた。川も池も濁っていた水がすっかり透明になり、青空を写して青く光っていた。じっと魚が食い付くのを待つ間、おいらは久々にゆっくりとした時間を過ごしていることに気がついた。ここ数日はなんだかんだで慌ただしかった。彼らに御飯時を襲われて、嵐の中幼女を探し、看病し、家の周りを直してと。今思い出しても少し笑ってしまう。独り暮らしていた中で、こんなに色々な出来事が重なることはなかった。おいらは案外、今が楽しいのかもしれない。結局この日、魚は運悪く釣れなかったが、リラックス出来たのでよしとした。その間彼らは何をしていたのかというと、……本当に何をしていたのだろうか……。帰ると家の中がめちゃくちゃになっており、すすだらけになった幼女と戸棚に入れておいた蜂蜜の瓶を口いっぱいに塗りたくった熊が、母家を入ったすぐそこで寝ていたのだった。今考えれば、お腹を空かせて何か探していたのかと思わなくもないが、その光景にどっと疲れを覚えたのは気のせいではなかったと思う。こうして日記を書いてる今も欠伸が止まらない。石焼き風呂を用意してから彼らを起こし、風呂で洗ってやり、その後で部屋の中の大掃除を始めたのである。正直、蜂蜜で固まった熊の毛は全部剃ってやりたかったが、何とかそれを自制した。寛大なおいらに感謝してほしいものだ。疲れすぎて、これ以上、文句は書けそうにない。いつかこれを君が読んだ時、この時何をしていたのかおいらに教えてくれるだろうか?なんて、書くのはおかしいか。もう寝ることにしよう。


『共同生活五日目』

 起きると幼女と熊の姿がどこにもなかった。ここ数日、お腹いっぱいになるまでおいらの料理を食べていた彼らは、昼になっても帰って来なかった。料理が余ってしまい、仕方なく余った料理をそのまま食料庫に仕舞い込み、夜になったら出そうと考えた。気にはなったが然程心配はしなかった。今日も今日とて晴れており、例えスコールがあったとしても今の幼女ならすぐに体調を崩すことはないだろうと思った。初めて会った時に比べて、だいぶ体に肉が付き、顔色も良くなっていたからだ。やはり子供にはしっかりと栄養のある物が必要なのである。おいらはそんなことを考えながら、家畜たちの世話をし、昨日使った風呂の掃除をしていった。熊の毛が浴槽にたくさんへばり付いて、とても取り辛かったのを覚えている。その時、熊を風呂の中に入れるのをやめようと決意したのだった。体が大きすぎるし湯の減りも早いし、熊には掛け湯で十分だろう。そんなこんなで時間が過ぎ、彼らが帰ってきたのは日が落ちてほどなくしてからだった。その姿に少し安堵感を覚えたが、すぐに驚愕に変わった。いや、本当に驚いた。単に遠くで遊んでいるのだろうくらいにしか思っていなかったからだ。だがそれは違った。熊の口には鹿が加えられており、熊の背中に跨る幼女は兎を二羽とリスを三匹抱えて持っていた。それらを差し出されたおいらは苦笑いしながら受け取り、鼻を鳴らして得意げにする彼らに昼に作った料理を代わりに出した。おいらはというと、獲ってきた獲物を独りでひたすら血抜きと解体をしたのだった。昨日よりも疲れた気がするのは、やはり気のせいではないだろう。これから寝るのだが、……二人とも口元が赤かったのが今でも脳裏に散らついてしまう。夢に出ないことを祈りたい。


『共同生活六日目』

 幼女に変化あり。と言っても大したことではない。熊と幼女の働きにより肉を確保したおいらは、早速、窯小屋で肉を焼いたり蒸したりとしていた。肉の焼ける香ばしい匂いとは、本当にいいものだった。頂く命に感謝しなければならない。そんなこんなでおいらはお肉調理に付きっきりとなっていた。幼女が立ちはだかって来たのはそんな時だった。母家と窯小屋を行き来していた途中、行く手を塞ぐように躍り出てきたのだ。いつものようにあうあうと喃語言っており、当然何を言っているのか分からなかった。どうしたのかと問うても答えはやはりあうあうあー、だった。お腹を空かせたのかと思い蒸かし芋を揚げたのだが、違ったらしい。おいらは鳩尾に頭突きを喰らい、蒸かし芋を咥えて去っていってしまった。どうやら機嫌を損ねてしまったらしかった。その後も何度かおいらにあうあうと言っては頭突きをしてきたが、その行動の意図がやはり分からなかった。挙げ句の果てにガルルルっと威嚇されてしまう始末で、流石においらも狼狽してしまった。熊に視線を送っても知らん顔。しかし、夜ご飯の時に幼女が獲ってきたお肉を使った料理を出すと、それまでの不機嫌そうな顔は収まり美味しそうに食べていた。お肉が食べたかったのだろうか?ととりあえずそう思うことにしておいた。それにしてもここ数日で分かってきたのだが、彼らとの共同生活には大なり小なり不便な点が多い。この先のことを考えて、これから少しずつ対策を立てていかなければと思う。少なくとも、彼女のために出来ることをおいらはしてあげたいのだ。



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