悩み多きゴブリンはまたぞろ悩み始める

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 ぎくしゃくしていたおいら達はあの夜の出来事以来、すっかり仲を取り戻し、こうしてまた新しい朝を迎えていた。

 目を覚ますと傍らにあるベッドの上ですうすう寝息を立てているニーナの寝顔がある。

 おいらは大きな音を立てないように気を付けながら藁を上に掛けてやり、一人寝室を出た。

 いつもの時間に起きたはずだが、木窓の外からは未だ太陽の光は差し込んでおらず部屋の中は暗い。寒さも日に日に厳しくなり、ここ最近は目を覚ましたら真っ先に釜戸に火をつけることが日課になりつつあった。

 カッ、カッ、と火打ち石を鳴らす。

 火が点いたら、空気を送り、薪にそれを移して大きくしていく。


「おしおし」


 パチパチと音を立てて燃え始める炎に手を翳して、そのまましばらく暖を取る。

 一緒に湯を沸かし、お茶を淹れれば体の内側からぽかぽかしてきた。

 余った湯を竹筒に移し替え、濃いめに味付けした肉団子を投入していく。魚の身をほぐし、芋と野菜を丸めて作ったものだ。時間が経つと中でしだいに解れていきスープになる。一つは起きてきたニーナの分として蓋をして置いておき、もう一つは自分用に持っていく分として用意する。

 これから干し草の取り入れと家畜達の世話に、畑仕事が待っている。いくら動いていてもどうしても寒いので、耐えられなくなったら温まるためにそれを飲むのだ。案外、それで結構頑張れることに最近気がついたのである。

 それから釜戸の中を覗き込む。威勢よく燃える炎の横に手の平よりも少し大きい楕円だえんの形をした石がある。それを薪をいじる鉄棒で引き出していく。取り出した石は炎の火力の調節に使う【ビントの葉】で満遍なく重ねて巻いていき、丁度良い温度が外側に伝わってくるのを確かめたところで服の下に突っ込む。身体がある程度温まるまではこの即席携帯暖炉が必須なのである。

 そうして準備を整えたおいらは半袖半ズボンの格好で外へ出るのであった。




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 星空の光の降る下で二人して泣いたあの夜から数日が経った。

 目も当てられないほど悲惨なことになっていた台所をおいらとニーナは一日掛かりで掃除した。とても大変だったが、なんとか元通りにはなった。しかし、その時にニーナの料理スキルの恐ろしさを垣間見てしまい、未だそれが頭から離れない。

 詳しくは日記に書けないが、鍋の底は大変な地獄になっていたのだ。数日間、ニーナが熊と一緒になって出掛けていた意味を深く考えていなかったおいらは、それを見てなんとも言えない気持ちなった。ニーナがおいらを喜ばせようとしてそうしてくれた嬉しさと、そうした方法を当たり前のようにしてしまう悲しさがおいらの心の中でないまぜになった。

 とりあえず、おいらはニーナにもう一度、必要以上に狩りをすることを止めるよう言い聞かせることにした。冬眠するはずだった彼らを土に還したのは、その事態を招いてしまったおいらにも責任があるからで、今もこうして朝の作業の前に手を合わせに来ている。


「まさか、最近の変な夢はお前さん達のせいじゃないよな?」


 ついそんなことを冗談がてら口にしてしまい、やっぱり今のはなし、と手を合わせ直した。

 おいらはあの奇妙な夢を今も見続けていた。

 日を追うごとに見ている景色や聞こえる声、匂い、肌の感触などが現実のそれと同じようになっていき、そして起きた後、夢の内容を鮮明に思い出せるようになってきていた。

 今朝も同じ夢を見た。

 岩肌が剥き出しになった山の中腹に洞窟の入り口があり、そこへ入ると強面で屈強な体つきをした男達が何人も現れてきた。見てくれから言って彼らが盗賊の類であることがすぐに分かる。案の定、立ちはだかる彼らは皆、その手には剣や弓、大槌などの武器を手にしていた。夢の中で自分は計り知れない怒りと、それと同じくらいの悲しい気持ちを抱いたまま彼らと戦った。戦いながら洞窟内を進み、必死にある探し物をしていく。そんな最中で今朝は目が覚めたのである。

 人を薙ぎ倒していくその場面の夢を見たのは、もう何度目だろうか。気付けば、おいらは夢を見ても動揺しなくなっていた。

 慣れてしまったようである。

 そして、流石に毎日少しずつ違う場面で同じような夢を見ていると気付いてくる。というか、気付かざるを得ない。

 信じられないが、この夢はただの夢ではなく、実際にあったことをおいらは夢として誰かに見させられているのだ。

 その誰か、と言うのも、おいらは実は既に知ってしまっていた。

 今朝見た夢で、それは確実のものとなった。


「だけんど、そんなのどうしたらいいかわかんべさ……」


 家畜小屋の掃除をしながら、悶々とした感情が言葉として出る。

 ニーナとの仲も元通りになって、ようやく一つの心労が解消されたと思っていたのに。

 また新たな厄介事が出来てしまった。

 言っておきたいのだが、冬支度が万全でないという問題を抱えている今、それに取り合っている暇はないのである。厄介事を持ってくる前に、まずおいらの抱える問題を解決して欲しいものである。

 そう心の中で愚痴を溢した。

 すると、突然足首のあたりにブスッと痛みが走った。


「あイッたあ!?」


 いきなりのことに足を跳ね上げて目を白黒させる。


「コケェエッ!」


 足元からそんな鳴き声を浴びせられた。

 外の寒さに負けて戻ってきたのであろう、三羽の鶏だ。

 どうやら退けと言うことらしい。

 まだ掃除の途中なんだけんど。


「いたっ!痛いってば!悪かったべ。すぐ退くから、いてててて」


 もたもたしていたら三羽から総攻撃を食らってしまい、急いで部屋の隅へと退散する。

 突かれた足を摩りながら家畜小屋の中を見渡すと、掃除がまだ半分も終わってないことに気がつく。

 悩むばかりで、つい手が留守になってしまったようである。

 この後は、そろそろニーナが起きてくる時間だ。彼女がちょうど良く冷めたスープを飲み干す前に朝食を作り始めたいと言うのに、このままでは間に合いそうもない。

 そうしてうじうじしていると、入り口の方から可愛らしくも元気な声が聞こえてきた。


「モンタ〜あ!おあよー!」


 振り向けば、咲いた花のような笑顔をしたニーナがこちらに駆け寄ってきていた。


「おはよう、ニーナ。よし、朝ごはんにしようか」

「あい!」


 寒さを全く感じさせない幼い少女を抱きしめるように受け止めると、おいらは母家へと歩き始めた。

 作業は終わってないが、ここまでである。

 まだ熱を持つ携帯暖炉を腹から取り出してニーナに持たせてやると、おいらは台所に立ち、朝食の準備に取り掛かるのだった。




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