独りよがりのすれ違い③
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謝らないと!
早くニーナに謝らないと!
腕を振り、在らん限りに脚に力を込めて走る。
ごめんっ。
ごめんよっ。
おいらがバカなばっかりにお前さんを泣かせてしまった。
成長してないなんて勝手に決めつけて自分がどれだけお前さんのことを分かっていなかったのか、こんなことになるまで気がつけなかった。
おいらはまるでお前さんのことを見ていなかったんだな。
見ていた気になっていた。
分かっていた気になっていた。
お前さんの気持ちを分かってあげられないでいた。
おいらのことを嫌いになったよな。
きっと許してくれないよな。
でも。
それでも。
謝らせてほしいんだ。
ごめん。本当にごめんよ、ニーナ。
今すぐ、行くからーーー。
罪悪感と後悔が心臓を痛くなるほど締め付ける。それと同時に幼い少女が堪らなく心配で仕方がなくなる。
あらゆる焦燥に駆られながら、おいらは薄闇の森の中を青白く照らす星明かりを頼りに先へと進んでいった。
木々の影に隠れた凸凹の地面はお世辞にも走りやすいとは言い難く、何度も転びそうになる。一歩間違えれば盛大に転倒し、大怪我を負ってしまうかもしれない。しかし、そんなことお構い無しに足を動かした。泣き声のするーーー少女のいる方角へと。
泣き声は母家から
星明かりが降り注ぐ開けた場所に、少女はいた。
こちらに背を向け蹲るニーナは未だ泣きじゃくっていた。そして、その隣には彼女をあやすように寄り添う熊がいたのだった。
熊の姿を目にした瞬間、やはりと思った。
何よりもニーナのことを大切にしている熊である。いないわけがない。きっと熊は異心伝心の魔法を使ってニーナが泣いている理由も知っているに違いない。彼女に謝る前に、まず熊に制裁を受けるかもしれない。そう心の奥で覚悟する。
そうして、おいらは駆けつけた足を止めることなく、代わりにゆっくりと歩み寄っていった。
むくりとこちらに顔を向ける熊と目を合わせた。罰を受ける覚悟は出来ている。
おいらは視線を外さなかった。
「ッ…………………」
固唾を呑むおいらに、しかし、熊は異心伝心で心を読むどころか飛びついてもこなかった。熊の方から視線を外してきて、若干の拍子抜けをしつつも、おいらはニーナへと歩みを進めていった。
遠目から見ていた少女をようやくすぐ側まで捉えることができた。
寒空の下で幾度もしゃくりあげる後ろ姿は、とても痛々しくて、弱々しくて、おいらの目には何かの拍子に消えてしまいそうに写った。
ーーーだから。
ニーナがおいらの足音に気が付いて振り返ろうとする頃にはもう感情を抑えきれず、彼女を後ろから抱きしめていた。
「ごめん。おいらが悪かった。冷たくして悪かった。遠ざけて悪かった。いきなり怒鳴って悪かった。
それは今思い返してみても一方的な謝罪だった。
どこまでも身勝手で自分勝手な謝り方だ。
ニーナがおいらの手から離れようともがくと、おいらはさらに強く抱きしめて何度も何度も謝った。
叩かれても。
引っ掻かれても。
噛み付かれても。
おいらは謝り続けた。
二人してぐちゃぐちゃに涙と鼻水を流しながら、しばらくそんなやりとりをした。
きっとニーナは、泣くのはこの日が初めてだったに違いない。整理しきれない色んな感情が涙となって溢れ出し、その整理の仕方も分からなかったのだと思う。
おいらを拒絶していたニーナは、やがて暴れるのを止め、おいらの顔を真っ直ぐ見るとより一層表情をくしゃりと歪めた。
お願いだ。そんな悲しい顔をしないでくれよ。
そう願うおいらも釣られて同じくらいに酷い顔をしてしまう。
すると、ニーナがおいらの体に腕を回すと強く抱きしめ返し、おいらの胸に顔を
今度こそ、おいらも声を上げて泣いた。
ーーーおいらは愚かなゴブリンだ。
人付き合いが下手で、不器用で、変にお節介なゴブリンだ。
どうしたって間違え続けてしまう。
けれどーーー。
熊が横に寝そべり、ニーナとおいらを包み込んでいく。
「ありがとう、ニーナ。大好きだ」
ーーーそんなおいらでも、間違いを正すことができた。
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