熊には、家族がいたのでした。①
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ニーナを寝かし付けたおいらは、日記を書いていた。
すると、そこにのっしのっしと足音が聞こえてくる。
おいらは丁度書き終わった日記を閉じ、木窓を開けた。
その来訪者に向かって最大限、嫌な顔をすると手を伸ばして頭をくしゃくしゃに撫でた。
(仕方ないから付き合ってやる)
伝わったのか伝わっていないのか。
その真夜中の来訪者は、横になったおいらに緑色に光る目を向けてきた。
そのままおいらは深い眠りに落ちていくのだった。
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なだらかな傾斜に林立する木々が風を受けて互いの葉を打ち鳴らす。
それとはまた違う音がどこからかザアザアと聞こえてくる。音のする方へ向かえば、そこにはゴツゴツした大きな岩の間を勢いよく流れていく川があった。
深林にあるような川の形をしていない。ここはおそらく別の森なのだろう。
川上から川下へ目で追っていくと、そこに二頭の子熊がいた。薄茶色の毛並みは既にびしょ濡れで、ふさふさの毛皮に隠れていた骨格は頼りないシルエットを作っていてなんだかおかしかった。
そんな二匹は流れの速さなどもろともせず、じゃれあいながら川の中目掛けて仕切りに手を振り下ろしている。
近づいていくと、こちらに銀色をした細長い物が飛んできた。
魚だ。
鋭い歯を口から覗かせている強面の魚は腹がぷっくりと膨れている。焼いたら美味そうだ。そんなことを思っていると、それを飛ばしてきたのであろう子熊たちが魚目掛けて我先にと走ってきた。
勢いに余りある子熊たちを躱し、そのまま、たった一匹の魚を賭けてじゃれあう二頭の微笑ましい様子を見守っていく。
ごろごろ、がぶがぶ、ごろごろ、がぶがぶ。
なんとも可愛らしい光景だ。
やがて子熊たちは目的を忘れていたことに気がついて、結局、魚を分け合って食べ始めた。仲がよろしくて結構である。
自分もお腹を満たすために川に足を踏み入れ、魚を獲り始める。流石に一匹では満足できないので腹が満たせそうな量になるまでひたすら太い腕を振った。
そんな時である。
パンッーーー。
突然、森の中に乾いた大きな音が鳴り響いた。
反射的に音のした方へ振り返る。だが、そこには何もいない。何の変哲もない森の風景が広がるのみ。
しかし、安心できず警戒したまま子熊たちの元へ向かった。
何かおかしな気配がする。それは確かなのにどこからそれが伝わってくるのか分からなかった。
危険を感じ、子熊たちを連れてその場を離れることにする。
ーーーほら、こっちに来て。
そう促す自分に子熊がついて来る。だが、その姿は一頭だけだった。
ーーーもう一頭は何をしているのか。
見やれば、頭を川辺に転がる石の中へ突き立てるようにしてうつ伏せの姿勢をとっていた。
ーーーこんな時に何を遊んでいるのか。
仕方なく、その子熊の元まで駆け戻り、首根っこを咥えて連れて行こうとする。しかし、そこで子熊の異変に気がついた。
咥えて持ち上げた子熊は全く反応がなかった。手足がだらりとぶら下がったままで、ピクリとも動かない。おまけに子熊が頭を突き立てていた場所は赤色に染まっており、今も尚、赤い斑点を新しく描いていた。
それを見て、思わず子熊を咥える顎から力が抜けてしまった。
すると。
パンッーーー。
また破裂するような音が鳴り響いてきた。しかも先程とは別の方向からである。首を回してそちらを振り返るのも束の間、視界の先にもう一頭の子熊が倒れていく姿が見えた。
すぐさま駆け寄り、その体を突く。だが、先ほどと全く同じで反応は返ってこなかった。
「おい、まだデカいのがいるじゃねえか。さっさとやっちまえ」
「馬鹿やろう。声出すんじゃねえよ。ああくそっ、見つかっちまったじゃねえか!」
そこにいたのは人間だった。
木の上に登り、その高い位置から黒い棒をこちらに向けてきていた。
ーーーそれを使って子熊たちに何かしたのか。
人間という敵を認識した途端、途方もない怒りが胸の内から込み上げてきた。
すると、自分を中心に空気の波が広がっていき、木々が音を立てながら揺れていった。
「お、おい、嘘だろあれ。あの熊、目が光ってやがる」
「そんなことあり得ねえだろ。いるはずねえ。全滅したはずだろ……」
「んなこた、分かってんだよ。だけど、あれ!あの目は紛れもねえーーー」
『グフォオオオオオオオオオオッ!!』
「ーーー魔獣だ!!」
頭の中は容赦なく仕留めることしか考えられなくなっていた。
まずは人間が登っている木に目掛けて体当たり。
男が一人、悲鳴を上げながら地面に落下する。
「イってえ。やりやがったな畜生ッ!おい、お前らイレギュラーだ!仕留めた獲物持って各自散開!!合流地点まで逃げろッ!」
そう叫ぶ人間に向かって、黙らせるように牙を剥いた。悲鳴をあげる間も与えず、仕留めることに成功する。
続いてその近くにいた人間を同じように木から振り落とし、噛みちぎった。
我が子に何をしたのかは知らないが、きっとこの人間たちを全員仕留めれば元通りになるはずだ。そう思っていた。
だが、向きになり過ぎていた所為で失態を犯していたことに遅れて気付く。
何人もの人間が倒れる子熊たちに群がり、担ぎ上げ、連れ去ろうとしていたのである。
『グフォオオオオッ』
雄叫びを上げ、風を切り、木々を薙ぎ倒しながらその人間たちを追った。
しかし、あと少しというところで、人間から投げつけられた石ころのようなものを食らってしまい、視界が濃い霧の中にいるかのように全く見えなくなった。途端に鼻も効かなくなり、匂いを追うこともできない。更に、意識が遠のいていく感覚が襲ってきた。
我が子を害された怒りを燃やしながら次第に重くなっていく体を引き摺るようにして進んでいく。そうして。
やがて意識は途切れてしまうのだった。
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これはそういう夢なのだと、おいらは理解していた。
理解しながらも、その夢から醒めようとは思わなかった。
ーーーなにか。
なにか、おいらは知らなければならない。
そんな気がしたからである。
夢はまだ続く。
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