熊からの呼び出し
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起きてからというもの、熊は姿を見せていない。
いったいどこへいるのやら?
と、途方に暮れることはなかった。
先ほど家畜小屋の掃除をしている時、熊がいつも寝ている場所から懐かしい物が出てきた。
ご飯を入れる“木箱”だ。
別段、そんなに時が経ったわけでもないが、ニーナと熊がここに住むようになってから一度も使う機会がなかった代物だ。
あの頃はニーナに木箱ごと奪われることが多く、その度に新しい物を作って使っていた。細かい作業は嫌いではないが、何度も作るのは大変だった。
そして、今、手にしているそれはおいらが新しくこさえたものではなく、時間が経ち黒く変色した物である。率直に言って、再利用不可能なほどに汚かった。
使って洗っていない木箱が熊の寝床にあるということは、つまりーーーこれはかつてニーナがおいらから奪ったものであることを意味している。それがどこに集められていたのか。そして、それがどこからこの場所へ持ってこられたのか。答えはすぐ分かった。
熊の住処である。
嵐の夜、ニーナを探して熊の住処である洞窟のような洞穴に一度だけ行ったことがあった。あの時はそんな場合じゃなかったため深く触れなかったが、おいらから掻っ払った木箱の残骸が大量に置かれていたのをおいらはちゃんと見ていた。あんな環境でニーナが寝起きしていれば、いつかはどこかのタイミングで必ず病気になっていたのではないか、と今になって思う。
ニーナがここを自分の家として決めてくれたことにおいらは良かったと心の底から思いながら、木々の立ち並ぶ家の外へと足を踏み入れていった。
熊はおいらに自分の住処へ来るように仕向けるため、これを置いたのだろう。そんな事をして呼び出すくらいなら、おいらを乗せて走ったほうが移動時間も考えて話が早く済むのではないだろか。熊の住処へは先程も言ったように一度しか行っていない。だから、道も方角も何となくだし、なんだかんだで遠かったという記憶がある。
「やっと……、着いた……」
思い過ごしではなく、思った通り遠かった。
花畑の先にあることはしっかりと覚えていたのだけれど、そこから道を思い出すことができず、結局痺れを切らしたのだろう熊に彷徨う途中で拾われたのだった。
「そいで?お前さんには色々と聞きたいことがあるんだけんど。口で言ってても意味ないから、まずはそっちの要件から聞こうか」
大きな口を開ける熊の住処の入り口を前に、おいらはその場に座ると汚れた木箱を熊に見せた。
すると、熊が住処の中へ入っていき、こちらを振り返り様に着いてこいと首を振って合図を送ってきた。
(え……、やっと腰を下ろしたのに……)
おいらは仕方なく立ち上がると、その中へと入っていった。
進んでいくと記憶にあったように、おいらの木箱が大量に積まれて小さい山を作っているのを見つける。積まれているだけならまだ良かったが、臭いが酷くすぐに鼻を摘む。しかも、カビがもっさりと生えており、所々に見たこともない如何にも体に悪そうなキノコが立派に成長していたのだった。熊が住処を離れても尚、ここに他の動物が寄り付かないのは、一重に魔獣である熊の影響力が大きいからという一点だけではない筈だと、おいらはそれを見て確信するのであった。
「フォグゥ」
おいらがうわぁ……と引いていると、奥に行っていた熊が戻ってきた。
外の光が届く場所まで来ると、ようやく熊が何かを咥えていることが分かった。
おいらは尽かさず聞いた。
「それって、あの鞄か?」
すると、熊が目を緑色に光らせ、『異心伝心』の魔法でおいらの考えを読み取ると、肯定するように鞄を差し出してきた。
「これがニーナの、母親の形見……か。ずっと持ってたんだな。まあ、そりゃあ捨てられないわなあ」
それは焦茶色のトランクケースだった。
抱えるほど大きいそれを受け取ると思っていた以上にずっしりと重く、危うく落としそうになる。
大切に扱わねばなるまい。
だってこれには、ニーナの母親の手掛かりが入っているのだから。
おいらは外に出てると、寒空の下でそれを開けることにした。もちろん躊躇した。だが、これを確かめられるのはおいらしかいない。それに、とニーナのことを思う。
「お前さんが見せてくれた夢ん中のニーナは、小さかった。そんな歳の頃のニーナが母ちゃんを求めてしがみついたんなら、その中をニーナに見せてあげなきゃ。母ちゃんのこと、ちゃんと思い出させてやらなきゃ」
「フグゥ」
熊は寄り添うように傍に伏せると、それが開くのを見守る。
おいらは丁寧に留め具を外すと開いていった。
「これは……」
すると、おいらは開いたトランクケースから出てきたそれを見て言葉を詰まらせた。
熊も信じられないと言わんばかりにその中を覗き込んだ。
中には、
大量の石が詰め込まれていた。
「嘘だべ、そんなの」
おいらは敷き詰められた石を鞄ごとひっくり返して取り除くと、重さを失った中身へ手を入れて探った。
しかし、鞄の中には何も入っておらず、何も出てこない。
盗賊は実験していると言っていた。
『奴隷に仕立て上げた貴族を孕ませて生まれたガキに、母の形見を繋げたらそれを親だと思うのか』
あれはまるっきり嘘だったというのだろうか。
石を詰めてニーナがあの場から動けないようにしていただけ。そういうことだろうか。
ふざけるな!
非道にも程がある!
おいらは悔しくて、何もないと分かっていてもニーナの母親の形見を探すことをやめられなかった。
「そんなのってないべさ。あっちゃダメだべ。ニーナは確かに鞄を掴んでた。引っ張ってた。勘のいいあの子が、間違うはずないべ。どこか、どこかに!」
そうである。
何かと目敏いニーナのことだ。
このカバンに何か母親に繋がる物が隠されてるに違いない。
それはどこだ?
中には収納と呼べる仕切りも、高級な作りのトランクケースにあるはずの中の装飾も何もない。内側に何か隠せる場所はどこにも見当たらなかった。
ニーナはなんであの時、引っ掴んだのだろうか。やはり邪魔だったから引っ張っていただけだったのだろうか?
「確かニーナはここを……!?」
蓋を閉じてニーナが引っ張ろうと掴んだ場所に手を当ててみると違和感を覚えた。
切れ目が入っているような感触が指に伝わってきたのである。
「そうか、これは隠し細工だべ!」
今度こそ分かったようにピンと来たおいらは、切り込みに沿って指を立てて押していった。すると、その途中でカチッと留め具を押し込んだような感触が指に伝わってきた。
その音で外れたのは鞄の持ち手だった。
「やっぱりだ。持ち手のこの中身のは空洞になってるんだべ。盗賊に襲われて荷を奪われても、町の出入りに使う通行証や身分証を悪用されないように誰にも分からないところへ隠したりする。お金のかかった高級品ならではの細工なんだべ」
思った通り中身は無事で、丸まった身分証と通行証が出てきた。そして、取手を外したことにより、もう一つの仕掛けも連動して外れていた。
トランクケースは表面と内側の二重構造になっていたらしく、その間から予備の衣服とお金が出てきたのであった。
「服だ!それも女性物だ。よかった。……よかった。これはきっとニーナの母ちゃんのもんだ。残っててよかった……」
おいらは白のワンピースを掲げて、熊と喜び合うのだった。
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