向き合うべきは誰の過去か
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「おはよう、ニーナ」
目を覚ますと傍らにいるニーナの姿が目に入り、眠気を振り切れないままに挨拶をする。すると、すぐに彼女のそれが気になり、聞いてしまった。
「ん〜〜〜っ、ん〜〜〜っ!」
「……。なにしてんだ?」
ニーナは奮闘中だった。
何に奮闘しているのかというと、小さな頭をおいらの脇腹に押し当てて床の上を滑らせるように運んでいたのである。
なるほど。
目的地はずばり台所ですか。
なぜそれが分かるのかというと、寝室と台所兼食卓兼居間へと繋がるその扉においらは体側を沿った状態の引っかかっていて、その進行方向は正に寝室を出ようとしていたからである。
扉の枠の左右にそれぞれ頭と脚が突っ掛かっているため、地味に痛い。そして、ニーナが自慢の馬力を武器に脇腹を押してくるため、普通に痛かった。
「ん〜〜〜〜っ!」
頑張るニーナには悪いが、流石に耐えられそうにもない。
「ちょと、ニーナ……?」
「ん゛ん〜〜〜〜!」
「ニ、ニー……ナ」
(ちょ、首が、首が枠の角に、いててててててて!)
おいらは停止を求めるため、背中の後ろに回って自由の効かない右腕の代わりに、反対の手でニーナの頭を揉みくちゃにした。
「ん〜〜?モンタ!!」
非常停止の合図は伝わったようで、ニーナはおいらが起きたことに気づくとお腹の上にのしかかってきた。そのまましがみついてくる。
「おはよう」
「おあよー」
「寝坊しちまったみたいだなぁ。起こしてくれたんか?」
「ねぼー、おこしゅ!」
そう言って笑顔を作るニーナの頭を撫でた。
薄茶色の毛は毎日お風呂に入れてやっている甲斐もあってサラサラで、部屋に差し込む日の明かりを吸い込むように輝いてみえる。
あの時、不恰好に切ってしまった髪はいつの間にか肩に触れるほどまで伸び、前髪も目に掛かってきていた。
「お前さん、また自分の髪の毛噛んでたろう。毛先がギザギザしてる」
「ぎざぎざぎざぎざ」
「こんなん口にしてないで、ご飯にするぞ。ニーナ、火を点けるの手伝ってくれるか」
「カチカチー!」
ニーナが自分を起こすほどに、大分寝坊してしまったらしい。
家畜たちには悪いが、まずは自分たちの朝食を先に取らせてもらうことにした。
(ご飯を食べて暖まらないと、この寒さに耐えられそうにないからな)
心の中でそう言い訳した。
あと単純にこの寒さの中でも未だ裸のニーナの事を心配してということもある。
布団代わりの藁束の中に入れば暖かかったはずなのに。いつまでも起きないおいらの事を気にして、いつも朝いる台所まで引きずっていこうとするなんて健気じゃないの。
あのまま起きなければ、ニーナが灯してくれた釜戸の火の暖かさで起きたに違いない。
この子はこの子なりに考えてくれているのだ。
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『大丈夫。大丈夫だからね。お姉ちゃんが付いてるから。だから、みんな離れないで。大丈夫だから』
『待って……っ!』
『お願い、があるのっ……。この先に閉じ込められてる女の子が……、ねぇ、お願いっ!』
とても長い夢だった、と今にして実感する。
あれだけ光景を見て、おいらは熊やニーナのことよりも、牢獄に閉じ込められていた黒髪の少女のことを思い出していた。
ボロ切れを纏い、餓死寸前の屍のような四肢をしていた少女は、自分の知る人物にとても似ていた。変わり果てた姿であっても、あの優しい声音と口調は聞き間違えるはずもなく。
あれは、やっぱりーーー。
「モーンタァー!モーーンーーーターーー!」
「………………!?」
朝食を食べ終わった片付けをしていると、ぼうっとして動きを止めてしまっていたおいらはニーナが呼ぶ声でようやく手に持った食器に焦点を合わせた。
横からおいらの顔を覗き込むように見上げるニーナにおいらは笑いかけた。
「あはは、なんでもない。なんでもない。ほーら、終わりだ!あっという間さね。さてと、じゃあニーナはここでお留守番してるんだぞ。外出たら風邪引くから、ここにいること」
「えええ〜ぇ!モンタはいく。ニーナもいく」
「ここに、ニーナは、いるの」
そんな顔してもダメなものはダメです。
そう言い聞かせつつ、準備を済ませたおいらは遅れていた作業をしに母家を出て行った。
「ひえええ、やっぱり寒いなあ」
携帯暖炉を腹に抱えていても体の震えは止まる気配がない。こんな極寒の中、裸のニーナを出すわけにはいかない。
雪なんぞ降ってみろ。凍死して当たり前と、動物達にすら笑われてしまうだろう。
しかし、母屋で一人のニーナがちゃんと大人しく留守番できるかが心配で、おいらは度々、その様子を覗きにいっていた。
そして、大丈夫そうだとおいらは判断した。釜戸を暖炉代わりに、ニーナは横になって寝ていたのである。
しばらくは火が持つだろうし、釜戸から丁度良い距離で寝ているため、火傷などの危険性も少ないだろう。
そうしておいらは本題に踏み入るべく、昨晩の来訪者ーーー熊の元へと向かった。
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