迫りくる二つの影
「あれは何だったんだろなぁ」
思い返すと本当に不思議な出来事だった。
普段、誰も寄り付かないこの深林で人間を見たのだ。それもとても小さな女の子共である。
「いやでもなあ」
仰向けになって倒れてしまったその子をそのままにするわけにもいかなかったので、抱えて家に連れ帰り介抱しようと思ったのだが。
「まさか熊が横から出て来るなんて、なぁ」
その子に手を伸ばそうとしたその瞬間、ガサッと草叢が音を立てたのだ。肩を跳ね上げて手が反射的に引っ込んだところに、薄茶色の毛並みのーーーまるで幼女の髪と同じ色をしたーーー熊が飛び出てきたのであった。
熊は明らかに幼女を守る様に立ちはだかり、その威圧においらの足が後ろに下がってしまったところで、幼女を咥えてその場から駆け出していったのだった。
「びっくりだよ、本当に。夢かと思ったけど、そんなはずないしなぁ……。はぁあ、おいらのベーコン卵サンドどこいったんだかなあ〜」
いつの間にか手から消えていたお手製の昼食はどこにも見当たらず、とぼとぼと家に帰ったのである。おそらく、食べられてしまったのだと察しているのだが、時間を掛けて作ったベーコンを取られたのは悔しかった。
「だがよ、おいらは諦めんのさ!」
顔を上げ、拳を胸の前でぐっと握り締める。
「気持ちいい晴れたお日様の下で、鳥のさえずりを聴きながら綺麗な小川を前にして、美味しい昼食を摂る!!」
そして、勢いよく拳を真上に振り上げると宣言する。
「最高の至福の一時こそ、おいらの生き甲斐!!邪魔なんぞ、誰にもさせんのよ!!」
そんな宣言を誰もいないベストプレイスで叫ぶと、そそくさと脇に抱えていた小さな丸太を椅子にして、膝の上に昼食を広げた。
木箱に入ったそれは、全てが自給自足で作った食材を使っている。今日は昨日、食べ損ねたベーコンをメインにした献立である。アスパラに巻いたものから、キャベツやピーマンと和えて特性のとろっとした甘だれを掛けた野菜炒め。そして、葉に包んで蒸し焼きした特性のベーコン卵サンドである。
ビントと言う木の葉を友人から教えてもらった時は発狂して喜んだものである。何せ、重ねる枚数を変えるだけで火の温度調節が出来てしまうのである。これにより、元々上手くもない料理が格段に上達したのである。
「さあ、今日も美味しく頂きまぁ〜〜〜」
『ガサササササッ、サッーーーーーーー!!』
す?
突然、小川を挟んだ向かいの草叢が音を立てて揺れると、それが現れた。
(夢じゃなかった!!)
穏やかに流れる小川の先に薄茶色の毛並みをした大きな熊と、その背中に跨る同じ髪の色をした幼女が飛び出してきたのである。
彼らはその勢いのまま全力疾走で接近してきた。
「ああああああああああああああああ!!!!」
それはまるで風の如し所業であった。
絶叫して後ろへ倒れ込んだおいらは、膝の上の昼食を真上に放り投げてしまった。
まるで世界の時間がゆっくりと流れている様に錯覚した光景の中で、熊はおいらを飛び越えて昼食の入った木箱を咥え、背に乗る幼女は飛び散ったアスパラベーコンを両手に掴み、口にはベーコン卵サンドをキャッチしていった。
小石が散らばった地面に頭を打ちつける頃には、一頭と一人はおいらに背を向けて走り去ってしまっていた。
「嗚呼ーー!!おいらの、おいらの昼ごはん返せええええええっ!!!」
それはまだ昼の事でございました。
緑の肌を持った独りのゴブリンは、静かな森の小川の辺りで、仰向けになったまま駄々をこねる様にして小一時間泣き喚いたそうな。
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