第11話 パーカッションの谷原さん

 雅はご機嫌だ。


「隆くん、隆くん。今日はユニバだねユニバだね」


「そうだね。でも今日の主役は小西だからね」


「分かっているよ。今日、すごく楽しみにしていたんだよ」


「俺も楽しみだった」


「違う違う。谷原も」



 お? これは脈アリか?



「可愛い男の子がキャッキャうふふなことをしてくれそうだから、捗るって」


 何が捗るかは聞かなかった。




「えーとこちらが吹奏楽部の同期の谷原さん。えーとこちらが小路君のクラスメイトの小西くん」

 クラスメイトでは無いのだが、説明するのがやや面倒なので、これはこれでいいだろう。雅のスムーズな紹介は練習してきたのではないかというほど、スムーズだった。


「へぇー、君が小路くんの心友の小西くんか。いや中々イケメンだね」

 谷原さんは小西の全身をくまなく見定めるように目で嘗め回した。


「イケメンなんて、そんな。でも今日は谷原さんと会っても恥ずかしくない様に頑張ってきました」

 ややほおが紅潮している。吹奏楽部女子にはいつもこんな初心な態度を見せがちで、爽やかイケメンはどこに行ったと驚くのだが、これもこのイケメンの作戦か? これでイケメンじゃなければ、なんもうらやむところはないんだけどな。


 とか思っていると視線を感じた。

 谷原さんの後ろで、雅の機嫌が悪そうな顔が目についた。思考を読まれているだと…。



「小路くんって可愛いとこあるから、今日は二人がどのようなヤりあいをしてくれるか楽しみだな」

 カタカナが混ざった気がした。考えないでおこう、これはきっと突っ込むと負けだ。


「まずは谷原さん、ハリドリ行きましょう」


「現時点では小西くんやや優勢かな。でも今の情報では判断し辛い」

 話がかみ合っていないことを谷原さんは気づいていない。おそらく考察が口に出ているだけなのだ。


「谷原さん、メガネですよね。ロッカーに預けてください。僕、エスコートします」

 小西は小西で冷静に話す余裕はない。


「いや私はいいから小路くんをエスコートしてあげて」

 ここで話がかみ合った。なぜ俺がエスコートされなきゃ、これもきっと突っ込むと負けだ。


「いや小路には今日、雅さんが」


「山本ー、私と一緒にハリドリ乗ろ」


「え、ちょっと谷原」

 

「きょ、今日は谷原さんと回りたいんですけど」

 今回は本気なのかえらく食い下がる珍しい。


「小西くん」

 雅の手をつかみ、前を行っていた谷原さんが振り返った。


「は、はい」


「ちゃんと見てるからね」

 元々谷原さんは可愛い大人っぽい人だ。



 三原さんほど陰湿でも無ければ、松井さんみたいに頭のでっかい策士でもない、そして関口さんほど偽天然でもないし、水口さんほど一つのやり方に固執しない。


 バランスが取れている。きっと色んな人のいいところを吸収し、悪いところを捨ててきたんだろう。この人はけして馬鹿ではない、他の人が馬鹿だとか思わないけども。


「はい!」

 大きな声で返事した小西には俺からよく出来ましたスタンプをあげたい。みんなは小学校の時にもらわなかった?


 そんな谷原さんと小西のやり取りを自分でも意外なほど、微笑ましく見ていたから、雅の妬ましい視線を感じること遅れた。


「私、やっぱり隆くんとハリドリ乗るもん。ほら若い二人で行った行った」

 谷原さんを小西に押し付け、雅は腕に抱き着いてきた。



「怒っちゃった?」

 雅の機嫌が悪いのはお見通しだ。彼女はいつも露骨だ。吹奏楽部の中ではそんな姿を見ることはあまりない。それだけきっと彼女は俺に気を許してくれているのだろう。


「怒ってない」


「なんで歩くスピード早いの?」


「私元から歩くの早いし」


「すごく、歩きにくいんだけど」


「今はこうしていたいの」

 絡まれている右腕の方へ顔を向けると、唇を塞がれた。



「最近おかしいの」

 唇を解放した雅がぽつりぽつりと話し出した。

「前まで隆くんが他の女の子と話していても平気だったのに、最近小西くんの頼みで色々しているの見て、すんごいむかつくし焦る」

「他の女の子に浮気しないのも分かってるけど、私はあなたがいつか盗られそうで心配、です」



「離れないよ、ばか」

 今度は仕返しとばかりに口を塞いでやった。





 

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