第15話 クラリネットの成沢さん

 夏休みも半ばだ。相談があると言った小西が我が家にやってきた。本当は家に上げたくなかったが、暑いし学校に行っても開いてないから仕方なくだ。


 家に呼んだら妹が目をきらきらさせて、「あの人あんたの友達? すごくタイプだから後で紹介してよ」と言ったが、この妹を愕然とさせたくないので、生返事をしておいた。母さんはわざわざケーキ屋に行き、ショートケーキを買って来た上に普段は淹れないアッサムティーまで用意する始末。


 小西の外面の良さに感服する。これは皮肉だ。



 さて、成沢さんは今までの先輩方とは一味も二味も違う。


「お前、成沢さん好きなの?」


 この男はちゃぶ台を床に置いているのに、どこでもいいだろと言ってベッドに座った。殺意をこめた視線で焼いてやると、「勉強机の方がよかったか、すまんすまん」と殺意が通じたか通じてないかわからない反応をされた。

「おう、あのクラリネットを放課後まで熱心に練習する姿。最近カメラ始めたんだ。俺の撮った成沢さん見る?」

 

 ついに恋愛脳が暴走して、知人が犯罪者になった。

 初期ではイケメンで爽やかだったはずなのに、この変わりようは正直悲しい。小西をそんな風に育てた覚えはない。いやこれもおかしいのか。


「でも成沢さんって、男だぞ」

 女装男子と言えば話は早い。女子は好きだけど可愛いくありたいという姿はかっこいいと雅が前に言っていた。


「は? 何言ってんのお前」

 小西が常識を疑うように訊いてきた。なんだか腹が立つ。

 

「何って」


「馬鹿だな。成沢さんが男って言ってんのは男って言わないと、モテないくそみたいな男が近寄ってくるからに決まってんだろ」

 その決まったみたいなニヤリは止めろ。殺意があふれ出るだろ。

 

「いや成沢さんは男だ」


「お前、成沢さんの裸みたことあんのかよ!」

 つばを飛ばし叫びながら、ベッドで腰を支えている俺に小西が迫ってきた。

 知人がいよいよ馬鹿になった。

「裸みたことないのに男って言えるのかよ!」

 肩を揺らすな気持ち悪い。


 やれやれと思い視線を少し下げると、小西が生徒手帳を握りしめている。


「おい小西、なんだそれ」

 いやに大切そうだ。そういえば、家に来た時も右手に何か握りしめていたな。


「あぁ、取り上げないで」

 と言うわりにはすぐにその紙は小西の右手から離れた。

 くしゃくしゃになった成沢さんの半裸の写真。


「違うんだ。それはカメラを構えたら成沢さんが脱ぎ始めて、学校から唯一無二の友の居場所まで持って歩いて、ばれないように帰宅出来たら、恋が成就するって」

 何も違わない、これはアウトだ。そんな都市伝説かよくわからん話に心を預ける羽目になっていることに失望だ。もちろん小西の常識に対してな。

 だいたいこれが女性相手ならこいつを殺しているところだ。



 ただこれでも成沢さんが男だと疑わないの不思議か、骨格はがっちりしているし、確かに肌は白いが、まぁ肩までのばした髪を見れば女性に見えなくともないのか、しかも後ろ姿だからか、分からないか。うーん……。



「なっ、これくらいならいいだろんむっ」

 鉄拳制裁。みぞおちパンチ。

 もうこの変態に用はない。苦しんでいるところに鼻歌を鳴らしながら妹が部屋に入ってきた。

「ないわ。さすがにあんたがブスでもイケメンに鉄拳制裁はないわ」

 なんだか失礼なことを言われた上にとんでもない勘違いをされている。でも反抗すると余計なことを言われかねないので黙っておこう。

「あのこんなむさい男より、私の部屋に来ませんか?」

「ごめん。俺、好きな人がいる身だからそれは出来ない」

 そう小西が言うと、仕方ないよねをリズムよく歌い上げ、去って行った。


「なぁ、もしかしてさ」

 完全復活した小西は元の勉強机に座っていた。

「女の子に声掛けられるごとにさっきの受け答えしてるの?」

「そうだけど?」

 純なのか、馬鹿なのか。この二つは同じ意味だろうな。




「なんか、ピリピリしてるよね。最近」

 用を足そうとしたらトイレの前まで雅がついて来た。きちんとトイレの前で待っていた、犬かよ。


「別に、そんなことねぇよ」


「ほらなんか雑」

「飼い主に雑に扱われたら悲しいワン」

「次の標的は誰ワン?」

 なんでもお見通しってわけか。


「成沢さんだワン」

 こうやって彼女のテンションに合わせて会話することも大切だ。


「でもなっちゃんは男だワン」


「女の子だと信じ切っているワン」


「確かに女の子っぽいけどワン」


「盗撮もしているのに、半裸見ているのに女の子と思っているワン」


「えぇ、それはドン引きだニャン」

 猫かよ。





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