第5話 トランペットの松井さん

 どうリサーチするか。


 あの触れづらい別格の天才にどう声を掛けるか。実のこと言うと、俺はあの姫と話したことがない。


 三原さんと対称的ってことに少し触れたけど、男の影が無いのは極度のコミュニケーション下手なところが原因だと俺は踏んでいる。


 合奏だけに現れる松井さんは合奏が終わればまたどこかに行く松井さんが、どう考えても部活内で友人関係を築いているとは思えない。



 なので、三原さんの時に用いた人海戦術作戦は全く意味をなさない。

 


 少し振り返ってみよう。松井さんの行動を。



「松井の行動?」

 部室に入って一番に先輩を捕まえた。

 

 同じトランペットパートの利根さんは訝しげに俺をみつめた。


「はい、色々謎じゃないですか。だから、興味があるなって」

 覚悟はしていたが、やはりこの手の話をすると皆一様に同じ反応をする。


「ははーん、つまり松井の事好きなんだね。くぅー、青春のかほりがするね」

 詳細を説明すれば、全く違うことは明白なのだが、説明も邪魔くさいので、そういうことにしておいた。


「まぁ、そんなところです」

 利根さんのにやにや顔がややかんに障る。しかしかえって来た答えは意外なものだった。


「知らない」

 

「は!?」


「いや、だから知らないって」

 さっきまでのにやにや顔から一変、真顔で言うもんだから本当に知らないっぽい。


「いやでも、利根さんって松井さんと同じクラスじゃ」


「私って、ほら男の子から人気だから」


「はぁ」

 利根さんの男の子事情には全く関心がない。

 本当に一ミクロンも関心がない。

 あぁ、これから利根さんの男の子事情について話されるのか。


「クラスの可愛い崎見君って男の子がいるんだけど、初心な男の子でね、何も知らないから他の男子と色々とね……」


「こら、利根!」

 利根さんを目の前にして絶望感に浸っていると、天使が現れた。


「げっ、山本」


「あんたの経験豊富なお話をつらつらと語るのはいいけど、ほらさっさと個人練にいけいけ」


「けっ、小路覚えてろよ」

 そそくさと利根さんはトランペットを持って、部室から出て行った


「行った行った」


「わぁーったよ。行けばいいんだろ」

 そそくさとトランペットを持って、部室から出て行った利根さんを見送り、雅がため息をついた。


「ねぇ、隆英。何で松井のこと知りたいの?」

 俺が先輩方の動向を探るのに前向きになれない理由がこれだ。


「その、まぁ、頼まれちゃって」


「数学? 現国? 化学? 政経?」


「英語……」


「英語か、英語は無理だなぁ」


「松井さんの動向を探るだけだから、浮気しないから」

 前向きになれない理由。年上の彼女の存在だ。雅は少し嫉妬深い、だから他の女子のことを調べるのに好意的ではない。


「ホント?」


「う、うん」


「じゃあ、チューして」

 今時、たこの口でキスをねだるやつはいない。


「は!?」


「舌入れるやつ、最近ご無沙汰だし、ほらしてよ!」


「いやだって、誰か来たら」


「えーい、しちゃえ」

 久しぶりのチューはそれはそれはゾクゾク来て、俺の矮小なボキャブラリーで表現するなら、

「やばい、気持ちい、やばい」

 に、尽きた。そんなに熱中していたから、誰かが来ても俺には気づきようもない。



 バサリと音で俺は我に返った。


 横目でチラリと見ると、あぁそれは松井さんだった。

 松井さんは手に持っていた大量の本を落としたようだ。

 今時、チュー見て驚きで本を落とすかよ。あれ? なんで俺さっき利根さんに声かけたっけ? 


 あっ、しまった。


「バカ、雅。放せって」

 口の連結を解いて、雅の両肩を掴み、身体を離した。


「えぇ、何? 隆英。あっ、松井じゃん。いいよいいよ、この機会に覚えててもらおうよ。私たちのこと。それに松井に知ってもらえたじゃん。そうだ、収まりつかないからトイレでも行く?」


「行かねーよ」

 思わず怒気を含んだ声になったが、雅は一切気にすることなく、楽器を掴んで部室を出て行った。


「じゃあ、お二人さん、ごゆっくりー」

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