第2話 コントラバスの三原さん
「しょーじー、おはよ!」
「おはようございます。三原先輩」
ここで録音機をオンにする。
これはまた大変なことを引き受けたが、頑張って気に入らないイケメン小西に裁きの鉄槌を下すんだ!
それに三原さんも少し気に入らない。気に入らない訳はすぐにわかると思う。
「なぁなぁ、昨日お願いしていたアレ。何とかなりそう?」
最近の録音機は高性能だから、三原先輩の馴れ馴れしいもとい、親しみを帯びた関西弁は少し声を落としても全然拾える。
指示語では後から聞いた時に分からないので、あえてもう少し深く聞く。
「アレって、何のことでしたっけ?」
「もう忘れたん? 石原君と三池君と私を交えた食事会のことやん」
あぁあのただれたパーティーの事だ。彼氏はいるけど、可愛い男の子は連れ込みたいという、このクソ女のアレだ。
「あれ? 彼氏さんに許可って……」
「あほ、ええのええの。私の後輩への奉仕やから」
「そうですか。分かりました。では後日」
奉仕ねぇ…。
三原さんは数か月前、最上級生が受験などで別メニューになり部室にあまり近寄らなくなってから、一つ下の一年男子のカースト最上位に位置する男子部員を積極的に自宅に招待しては派手に遊んでいる。
これだけでも小西には十分だろうが、これだけでは足りない。
「丹波、いるか?」
「なに?」
開けた音楽準備室の扉の陰で、コントラバスを磨いている同学年の丹波が陰鬱そうな顔でこちらを見上げた。
「いい報せと悪い報せがある」
「悪い方を所望」
相変わらず、多くを話さない女の子だ。
「三原さんは今日、機嫌がよくない。さっき先生に怒られているのをみた。『パーティー』の件で浮き足立っていたところにこれだ。機嫌はさぞかし悪かろう」
イライラした三原さんが職員室を出るところを見た。今日は荒れるぞ。
「いい報せ」
悪い報せに動揺することなく、次をせがんだ。
「いい報せは話すと長くなる。練習中この録音機預けるから三原さんが仕掛けてきたらオンにすること」
「なに? なんで?」
「顔が広くて爽やかなクラスメートが三原さんに想いを寄せていて、やっぱりお互いに現実を直視させたいと思ってな」
「ハメるの?」
「三原さんに俺のクラスメートを紹介しようと思っているんだ。もちろん今から用意する証拠を見せた後にな」
「なにそれ楽しい!」
今日一番の食いつきと普段は絶対見せない笑顔を身体で表現した丹波にわずかながら引いた。
引きながらも要点は忘れなかった俺は自分でも偉いと思う。
「いいか、仕掛けて来たらだからな。それといつもより大袈裟に、な」
「これが研究の成果だ」
自前のノートパソコンを軽く触りながら小西の方へと顔を動かした。
「え? 俺が頼んだ。三原さんをもっと知ろう計画の成果?」
「これを聴いたら、お前は三原さんの全てを知ったも同然だ」
「分かったよ、聞かせろ聞かせろ」
「……後悔はするなよ」
「ん? まぁ御託はいいからさ」
「しょーじー、おはよー」
「おはようございます。三原先輩」
「あの件どうなったん?」
「はて、あの件とは?」
「最近物忘れが激しない? ほら一年のかわいい男の子を私の家に呼んでやるパーティーのことやん」
「あぁそうでしたね。僕が数に入っていないやつ」
「入ってるって。じゃないと後で説明する時大変やろ?」
「親御さん、いらっしゃいますよね?」
「うちの親も気ぃ使って、その日は外出してくれるって」
「いや、曲がりなりにも親御さんが居た方が絶対いいですよ」
「ええやん。親がいたら石原君と三池君を部屋に誘われへんし」
「いや、先輩そこは僕感知してないので、困ります」
「あの二人、最近女の子と付き合ったって、ほんま?」
「そんな噂もありますよね」
「だったら、あの子たちの初めては私がもらうわ。他の女に譲らせない、あの男の子二人だって、より可愛くてきれいな私が初めてにいいに決まってる」
「……」
「そんなわけで誤魔化しとかよろしくな、しょーじーくん」
「あ、あの三原先輩。もうそろそろ合わせをしたいのですが」
「合わせ? 丹波、田奈君と同学年ペアでやっといて、私やることあるから」
「でも、もう合奏明日ですよ? もう合わせないと時間がない……」
「あー、もううっとおしい。私は完璧に合わせれるんよ。練習が足りないあんたたちの音をこうやって聞いてあげてることに感謝して欲しいくらいやわ」
「わかりました。すみません」
「おい、今のコントラバスのユニゾン全然あかんな。練習してるんか? もう合奏には出んと、外で練習してこい」
「おま、えのせい、で、わたし、が怒られた、じゃないの!」
「痛いです。髪引っ張らないで、抜けちゃう」
「あんた、なんか、どうせわた、しのこと見下して、るんでしょ」
「叩かないで、痛い痛い痛い」
「あんたは、丹波は天才だもんね。だからって見下していい理由にはならないわ」
「先輩、こんにちは。体調悪いんですか?」
「三池君、ありがとう。心配してくれるのなんか一年の男の子くらいやわ」
「先輩にもしものことがあったらと心配で」
「ありがと。一年の男の子たちとやるパーティーの日までには治すから。それと」
「それと?」
「キミには私の部屋に招待してあ・げ・る」
「え?」
「彼女、付き合いたてやとしたいことも出来ひんやろ? 三池君の為なら私は力になってあげるよ。じゃーね」
「おい、お前パートリーダーやろ。コントラバスまとめんかいな」
「うっぐ、せんせい、違うんです。ひっぐ、私は一生懸命パートまとめようと思っても、丹波が一々反対してきて、うっ、もう私の力ではコントラバスパートはまとめれなくて、でも誰にもこんなこと言えなくて、ひぐっ」
「三原? あの男の前だけ関西弁の?」
「あーあのコントラバスのいきり女」
「バカ、あんまり大きな声で言ったら」
「あいつにも分からせるべきだって、え? あいつに同性の友達?」
「友達なんか、いないよ。あいつに」
「そうそう、いないいない。だから下級生の男の子に必死なんでしょ」
「バカだよね、ホント」
「あんたも言うね、けっこう」
「なぁ、丹波のせいでまた先生に呼ばれたけど、どうしてくれんの?」
「やめて、痛い。痛っ、やめて、叩かないで」
記録は以上です。
続
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