第8話 バリトンサックスの水口さん

「水口さん、いや無口真面目な女の子を近くで見て愛でたい」

 


 6月に差し掛かろうとしている。

 小西が尻を追いかける先輩方は3年になり、俺たちは2年になった。


 6月ともあって、ジメジメする。梅雨どきなのに屋上で飯を食うやつなんていない。それを狙って屋上の階段室で食う飯はいわゆる一人の時間は満喫できる。そんな貴重な昼休みに小西が俺を呼び出したのは想定の範囲内だった。



「お前、利根さんは?」


「ん?」


「前に利根さんがいいって言ってたじゃん」


「あー」

 小西はウインナーロールを指揮棒みたく軽く振ってみせたかと思うと、顔を曇らせた。

「いや俺、結構前に悪夢を見たんだ」


「悪夢って?」


「利根さんが元気っ子の裏にとんでもない闇を抱えているという」


「奇遇だな。俺もその夢見たぞ」


「だから利根さんは今回やめておこう」

「でも見送るだけだ」

「調査の結果、危険でないと思ったら」

「俺は迷わずに行く」

「オーケィ?」


 きっとその調査は俺にまわってくる面倒な仕事なんだろうなって、思った上に顔に出してみた?


「どうした? 出し巻ロールパンがお気に召さなかったか?」


 小西には伝わらないって思ってたよ。



 


 我が吹奏楽部のサックスパートはみんな華やかだ。

 そう今回はサックスのお話だ。


 アルトサックスの高島先輩に瀬川先輩、テナーサックスの一村で御三家と呼ばれている。


 確かに顔面偏差値は高めで、可愛い。


 だが、他の部員と違うところはなんかわかんないけど『エロい』のだ。

 


 特に同学年の一村は普段はサックス狂いで「サックスしか愛さない変態サックス吹きなのだが、彼女の吹いてる時のエロさったらないのだよ、小路くん」



 と、部活仲間の高橋の解説がいつの間にかセリフになるという超高等テクニック。



「いいかい? 小路くん、サックスパートは人材の宝庫だ」

「たっかーさんにせーちゃん先輩、いっちだけではない。他にも重鎮の壱岐島先輩。江村に高砂は胸次第で変わってくる。そして隠れ巨乳の山本先輩も彼氏持ちじゃなければ俺が貰ってた」


「高橋に雅は絶対やらない。てか今回の人選は高橋の方が適に……」


「ん? どうした。小路」



 サックスパートのことならお任せの我が吹奏楽部の変態サックス女性陣狂いの高橋は様々な方向からサックスパートを大解剖。


 胸の成長度合いや男子部員から集めたエピソードの数々、人気ランキングやどんなポーズをさせたいか選手権などを執り行う。


 言わずと知れた変態だ。尚、女子には嫌われている。



「女子からの怪訝な視線浴びる俺。すごく興奮する」



 嫌われようと、この変態にはダメージは無いのだが。


「それで小路くん。今回は誰をご指名する?」

「彼女に対する口止め料は、メンチカツサンドとマンゴーふわふわパンケーキで手を打とう」


「どっちも高くて美味しいベスト3のパンじゃねぇか」


「それくらいしてもらわないと、今回の仕事は割に合わない」

 そのパン2つで五百円もいかない。

 なんと安い仕事なのだ。



「水口さん」


「ん?」


「バリトンサックスの水口さん」


「小路」


「なんだよ」


「悪いことは言わない、やめとけ」

 水口さんは我が吹奏楽部の中でも読めない人で通っていた。そうモテなさそう感じなのに、男をとっかえひっかえ。


 しかし部内には持ち込まない。


 誰も手を付けないいかにも地味な男子を食う、らしい。

 そして無口。無口なのに、男をとっかえひっかえ。


 読めない。



「何も俺が狙うわけではない」


「そいつは童貞か?」


「そうだ」

 AV女優の安藤さららと昨日セックスしたとか、とち狂ったことを言う馬鹿だが、蓼食う虫も好き好きな女子。『今は』あいつの周りにはいない。

 

 あっ、水口さんがそうかもなのか。



「そりゃあいい」

「ならば、お前が繋げ」


「高橋でもお手上げか」


「俺が食われてしまうのでな、童貞故に……」


「一度食われた方がより研究に考察が入るのではないか?」


「俺の童貞はマジックミラー号に乗って安藤さららちゃんで散らすのだ」

 今度、小西と高橋を会わせてみたら案外面白いかもしれない。



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