第9話 バリトンサックスの水口さん
「俺、タイプの女の子と話すの、久しぶりだから、手汗がやばい」
会うだけで手汗をかいててどうする。どう転ぶか分からないが、先を思いやられる。普段女子と話しまくっているではないか。それでも爽やか系モテモテ男子かよ。
水口さんに指定されたのは部活終わりの教室。
待て、部活終わりの教室なんて無数にあるぞ。
と、思って詳細を聞くと。
「地学室」
と、ぶっきらぼうに返された。
水口さんはあまり会話を好まないので、いつも大体単語なわけだが、これでよくコミュニケーションが取れていると感心。
地学室に入ると真ん中に向かい合うようにして、椅子が三つ。
「待ってた。座って」
水口さんに向かい合うようにして小西、2人を直角に見る俺。
「お、おれ、初めて水口さんを見た時から大ファンで……」
それを言うなら、今までの女性はどうなるのだろうか、浮気心過ぎやしないか。
「御託はいいから面接」
静かに違和感も感じさせず水口さんは、ん? 面接?
そう思ったのは小西も同じようで何とも言えない面妖な顔をしている。
「あの、なんの面接ですか?」
小西がおずおずと訊いた。
「付き合うんでしょ?」
「えっ、付き合えるんですか?」
小西、期待をした明るい顔になった。
「面接」
「え、いや、あの段階を踏んで」
小西の口から段階を踏むという言葉が出るとは思わなかった。
「初デート、どこいく?」
質問は唐突で、小西も頭が回っていない。
「水口さんストップ」
ストップをさせないと、小西が何も出来ないで終わってしまう。
「なに、小路。時間は有限」
とは言っても今日は部活休みだ。
「なんで面接?」
意味がわからない。
「サックスはエロさが一番」
ん?
「エロさ即ち《すなわち》恋愛」
んん?
「これで私の音、エロくなる」
言葉少なの水口さんからエロいという単語が聞こえたことが半ば《なかば》信じられないが、現実だった。
「私のバリトン、エロくない」
しゅんとした水口さん。そもそもバリトンにエロさは必要なのか?
「私、処女。やりチンは荷が重い」
「だから、童貞選ぶ」
「その男は童貞?」
「ど、童貞です」
黙っていた小西が食い気味に声を出した。
微かにドン引きした。てかあんなにモテるのに童貞なのか。
「あの、長続きしないのって……」
ここまで慎重を期す人、しかも処女がとっかえひっかえするってなんだ? ただの男好きか?
「誰から聞いた」
水口さんの表情は変わらない。誰かここで言ってやっても構わないのだが。
「いやソースは公開できませんので」
「男は獣。すぐに体の関係欲しがる」
「だからスケベなことしようとしたら」
「さよならする」
「え? スケベなこと出来ないんですか?」
小西が信じられない顔で俺を見た。やめろ、その視線を向けるな。
「当然。初めてはニノとしたい」
水口さん、あらしっくであることが判明。
「初めてもらえなくていいんで、俺と付き合ってください」
この決断のせいで後で困ったことになる。
「分かった。まず初デートどこに行く?」
「まさか手も繋げないとは……」
夏休み前、友達とどこへ行くか教室が騒がしいこの時期。
梅雨も明けて屋上でくるくるメロンパンとメンチカツサンドを広げて食ってたら小西が現れた。何が「ここにいると思った」だよ。
「もう一か月。手も繋げない」
「今月末から夏休み」
「お前らは大会」
「大会前は会えない」
「8月終わるまでにキスまでいけるかな」
あれから高橋情報で、水口さんは手も繋いだこともないことを知った。初めてはニノがいいのでは仕方ない。
「いやなら、頑張れ」
「小路がそういうのは珍しい。ここで押してみようかな」
少しきりりとしたしまりのある表情で小西は立ち上がった。
そう言って、二週間後。
大会前の最後の日曜日、小西と水口さんの関係は
「いやー、まさかお前の友達が手を繋ごうって言ったら、水口さんが別れるって言ったって、これはマジでご
流石、事情通の高橋。話が早い。
どこからの情報だ、それ。まだ本人からも聞いていない。
まさか手を繋ぐこともエロいことに入るとは……、小西があまりにも不憫だし、バリトンサックスの音はエロくならない気もする。
大会もあって、小西とは会えていない。ほとんどの先輩が引退するのは10月、それまでにまた何かありそうだ。
「今度はパーカッションの谷原さんを狙おうと思うんだ」
「お前は反省と懲りることをいい加減、覚えろ」
バリトンサックスの水口さん 完
イケメン男子小西くんは吹奏楽部で恋をしたい! 続
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