第二十三話:泣き出すように降り出した雨
『総員、攻撃開始ッ!!!』
アイクの号令により。各班ごとに分かれた全員がそれぞれの隊列ごとに動き回りながら攻性魔術により射撃する。
ある者は〈魔術杖〉を、〈魔導銃剣〉を、〈魔導弩砲〉を。それぞれの得物を向け砲撃を与えた。
先日の〈プリンセス〉の攻撃によるものであろう、胸部にカサブタ状の傷痕を残していた〈アルデバラン〉だが。全く意に返すことなく歩みを続けていた。
『報告書通りだ!!!』
『あぁ!!! 図体はご立派だが――
『堅てぇけどな!!!』
各員が思い思いに言いながらも陽動に徹していた。
〈対魔力弾〉を装填した〈プリンセス〉に気が向かない様にする為に。
作戦はこうだった。
山脈南側から全員で陽動を行う間に、山脈の中央を通り逆に北側から回り込む様に単独で進軍した〈プリンセス〉が背後から強襲する。
極々シンプルなものだ。
〈プリンセス〉の飛行能力と速力を最大限に活用する形を取ったこの一見ガバガバそうな戦術。
何がすごいかと言えば。目標に後続していた〈プレアデス〉の一群をも背後から散弾で一網打尽にし、先遣隊の救援も成し得たことだ。
先んじて撤退する彼らを横目で見送りつつ先へ進み、予定位置よりだいぶ侵攻されてしまっているがついに〈アルデバラン〉に追い着いた。
「執った!!!」
背後の上空から〈プリンセス〉が射撃する。
狙ったのは頭部から首筋にかけた辺り――如何に堅牢であろうと〈対魔力弾〉の威力とこの部位ならば充分に致命傷足り得るはず、と踏んでのことだ。
着弾と同時に、対象に流れる魔力に反応し発生する〈破解エネルギー〉が、魔力回路を介して魔力の通る部位全てを内部からズタズタに破壊し分解する──はずだった。
「…………は?」
思わず目を疑った。
わずかに上半身を動かしたことで頭部を避けられはしたが、確かに左肩の少し上辺りに直撃したはずだった。
だが。爆発が起きなかったのである。
「────うっそ……何で……ッ!!?」
回避挙動を繰り返しながら、下画面を操作することでログを表示して確認する。
装填した弾丸は──〈対魔力弾〉だ。
それが示していることは、つまり。
「────〈対魔力弾〉が反応しないっ!!? 前回は普通に起爆したのに……一体何が……!!?」
『これはアレだ』
混乱気味に浮かんだその疑問に答えたのは、先遣隊から合流し〈
『奴め、魔力を切りやがった』
「切る、ってまさか……!!?」
『あぁ。あいつは、着弾する地点を予測してその部位の魔力供給を一時的に切断したんだ』
それは以前、対魔導甲騎戦を想定していたときに浮かんだ戦術理論を思い起こさせた。
〈対魔力弾〉は確かに魔力の通うものには強力だが。撃つ対象が魔力の通ってないものだった場合はただの質量弾だ。
その為に魔力供給を断った部位で受ければ防御力で受け止められる、とされていた。最も普通の〈魔導甲騎〉の四肢程度なら素の火力で充分だったこともあり、この情報は頭の片隅に入れていた程度だったが。
「こんなにあっさりと対抗手段が……!!?」
まさか生体である〈虚獣〉が使用するとは思わず、してやられたと痛感していた。
何より、同時に。そもそもレイが後ろに居た事を既に把握していた様だということにも。
「――――だったら……ぁっ!!!」
レイは堪らずに操縦桿を繰り出した。
羽撃く様な挙動で〈セイレーン〉が、巡航出力に合わせて最適化した配置に装甲を組み換え、内蔵する推進器が青白い光を一際強力に放ち始める。
すると間もなくして、〈プリンセス〉は舞い上がり、そのまま勢い良く上空へ翔上がっていった。
『レイ君、一体何を……!!?』
ライラが思わずといった反応で聞いた。それに返したのは、
「高高度から奴に急降下します!!!」
その答えだった。同時に〈プリンセス〉は〈対魔力弾〉を左手に持っている状態だ。
「すれ違い様に〈対魔力弾〉をぶつけてやれば!!! 魔力供給を断っていれば衝撃で、供給していれば弾の効果で、ダメージを与えられるはずですっ!!!」
あくまで、そう答えた。
『〈アルデバラン〉にダンクシュートする気っ!!?』
『ほとんど特攻じゃないか!!! いくら〈天使〉の機動力が良いからって無茶苦茶だ……絶対避けきれなくて衝突するヤツだろう!!?』
「それでも……!!!」
通信越しで二人に諭されながらも、雲より高いところまで辿り着いて、一気に急降下していく。
あくまでも自分は生きるつもりだ。体当たりしてしまう直前で避けて。だが、最悪のことも想定してしまう。
迷わずにやってしまったという反面、もし自分が死んだらどうなるか、一瞬考えてしまった。
飛行可能型〈魔導甲騎〉の開発はきっとクロト達が継いでくれるだろう。
だが。誰しもが、個人の魔力量に左右されずに稼働できる〈魔導人形〉の開発。あれは誰かが受け継いでくれるだろうか。
そんなことを思いながら、4000、3000と距離を詰め、突っ込んでいった。
「────ッ!!!」
だが、まだ1000mは距離があったところで。〈アルデバラン〉の横顔に砲撃が入れられたのを確認し、レイはすぐに回避挙動で進路から退避してしまった。
「――――何……!!?」
立て続けに〈アルデバラン〉の側頭部を目掛けて無数の弾丸が飛んでいく。
それを放っていた方に視線を向けると。
「あの機体、シズヤさん……!!!」
シズヤの〈ラヌンクラレアス〉が狙撃スキルを繰り返し唱え、立て続けに精密射撃を放つ。
『────やべっ!!!』
丁度弾が切れたのか顔を上げた、その時だった。背鰭の様に二列に生えていた〈アルデバラン〉の翅が発光し始めたのは。
嫌な予感を察知した彼は機体の右腕を翳させ、唱えた。
『〈
光属性の盾を召喚する魔術。それを彼は自らの〈固有魔法〉により再現して発動したのだ。
立て続けに〈強度強化〉と他様々な魔術や〈魔導技能〉を掛け合わせ、召喚した盾を強化していった。
最後の一個が間に合った直後。
〈アルデバラン〉が横顎の口を開き――物凄い勢いの焔を吐き出し始めたのだ。
「――ブレス攻撃……!!?」
一同――中でも非転生者の隊員達が――が皆、その光景に戦慄していた。基本的に遠距離攻撃を行う敵がいなかったが故だ。
レイもまた唖然としていたが。彼は以前遭遇した時、街が業火に燃えているのを確認していた。故に十中八九これの仕業だと、察するのは容易かった。
『────何ッッて火力だッッ!!! 思ってたよりヤバい……これ完全に焼かれるやつじゃねぇか!!!』
それを盾で受け止めていたシズヤは悲鳴を上げていた。
『────ヤバい!!! 達する!!! 達するゥッ!!!』
数秒として限界が来ていた。
あわやというその時。
『────分隊長ッッ!!!』
『────アイクさんっ!!!』
〈魔術杖〉と〈魔導弩砲〉を片腕ずつに掲げた指揮官機仕様の〈ラヌンクラレアス〉が射撃しながら突撃していった。
その内の一発がブレスを吐いている途中の顔付近に直撃したためか。〈アルデバラン〉がたまらずに怯んだ。
『リィエ、右腹部を狙えッ!!!』
『右の脇腹、ですか……!!?』
『中脚と後ろ脚の間だ!!!』
唐突に指名されたリィエは一瞬困惑してしまうが。指定された部位を確認したことで気がついた。
先程レイが撃った〈対魔力弾〉だ。左肩を直撃し、貫いたそれがそこから頭を出していたのだ。
『お前の爆裂魔術ならば、当てれば魔力を伝って炸裂させられる!!! 俺に構うな、撃てッッ!!!』
そう叫ぶ中。皆、ある変化に気付く。〈アルデバラン〉が、明確にアイク機を睨んでいることに。
『………………ッッ!!!』
表情を引き締め、リィエは〈魔術杖〉を構えた。
────煉獄を彩る猛りし焔よ────
詠唱を開始する。
だが、
「――こんな時に〈プレヤデス〉が……!!?」
何処からともなく現れた蜻蛉が、詠唱途中のリィエに襲いかかる。
それにすかさず反応したレイは操縦桿を繰り〈プリンセス〉を駆った。
70.0mm砲の
────悪逆を一掃する疾風と共に────
なおも彼女は詠唱を続けた。
別の個体が迫る中。彼女を守る為に立ちはだかり左腕の対物ナイフを展開してすれ違い様に斬りつける。
だが……。
「――――ナイフが……!!!」
過負荷を示すサインが表示された。
────
他隊員もまたリィエの援護に回っていた。
その声音が震えている。通信越しでもそれが伝わって来た。
「……間に合え……」
無意識のうちにレイは呟いていた。
────災厄の時は来たれり────
だが、そのころには。背鰭の発光が確認できた。
「間に合え……!」
70.0mm砲の弾倉が切れ、再装填。再び射撃。内心で焦りながらも、慣れたルーティンを乱すことなく遂行した。
────我が
「────間に合えぇぇぇッッッッ!!!」
思わず、叫んでしまった。
『………………!!!』
何かを呟いた。と、レイは認識した。
直後、渦巻きながら迸った紅い焔の濁流に、アイクの〈ラヌンクラレアス〉が飲み込まれ、数秒浴びたそれは融解しきる間もなく爆発し、跡形も残さない程に消し飛んだ。
それに遅れて発動した〈
その余波は下腹部のものは勿論だが、たまたま先程取り落とした足元の〈対魔力弾〉をも巻き込み、その両方とも炸裂したことで〈アルデバラン〉を転倒させることにも成功した。
だが……。
「────イシュヘンベルグ分隊長……ッッ!!!」
その名前を呟いていた。
『……撤退するわ』
そこに、ライラから通信越しで通達される。
分隊長が不在になったことで、役職上一番高かった彼女が指揮権を移譲されることになっていたからだ。
「ですが、分隊長は……」
言いかけたそこに『回収したよ』というシズヤの声が響いた。
「……ゑ?」
すっとんきょうな声を上げてしまった。
画面越しでシズヤの機体を見ると。
彼の〈ラヌンクラレアス〉の腕に抱えられた状態で、〈
『〈
そう言われ、安堵の溜め息を吐いていた。
『死なせたくなきゃ撤退だ!!!』
「了解っ!!!」
言われて心を切り替えたレイは、155.0mm砲に〈煙幕弾〉を装填し、上空へ向けて射撃。
周辺視界を潰す煙幕が拡がっていくのを横目に見ながら、一同は巻き込まれないうちに撤退していった。
その後〈アルデバラン〉及び〈プレヤデス〉は再び沈黙し。再び監視態勢を取られることとなった。
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