第二十五話:反攻作戦開始


「士気を下げる様な事で申し訳ないが、諸君らに伝えておきたいことがある」

 少し時間が遡る。それは数日前、〈アルデバラン〉対策会議の冒頭でのことだ。

 参加できる全員が揃ったところで、開口一番にナターリアが言い渡した。

「国を一つ滅ぼした、ということもあり〈対国級〉と考えられていたのだが……現在〈アルデバラン〉は〈対陸級〉相当である、という見解が魔術協会より出された」

 その報告を言い渡され、その上で会議を進行することとなったのだ。



 最初にプリンセスが遭遇し、交戦した際の詳細な記録。その後の〈雪狼騎士団〉との戦闘で得られた記録。戦闘後に回収された生体サンプルとその検査結果。それらの話し合い情報を精査したうちに立案された作戦の概略はこうだ。

 まず前段階として部隊を三つ編成する。

 部隊はそれぞれ、

・高い速力と機動力により〈アルデバラン〉を攻撃して注意を引く、要は陽動を担当することになる高機動部隊。

・高機動部隊の行動中に罠を展開、陣形を整える工兵部隊。

・罠周辺で陣形を組み、遠距離から攻撃を加える砲撃部隊。


 陽動部隊が交戦し足止めしている間に工兵部隊は罠を設置。完了次第、〈アルデバラン〉を罠に誘導。目標を拘束し、砲撃部隊により一斉攻撃を仕掛ける。

 陽動は地上と同時に行う。そう告げられて、レイが疑問に思った時だった。


「まず機動力の高い部隊による陽動、についてだが……このうち空中の部隊に、うちの技術部が開発した〈魔導飛箒ブルーム〉を使用したい」

「待ってください、その意見には……」

 賛同しかねたレイが止めようとしたが、

「私は構わない」

「ですが……!」

 クロトの発した一言によって遮られてしまう。

「君の懸念は、開発した私にも良くわかる」


 そう枕に置いて、彼は続けて指摘した。


 改良され小型で大出力になった魔導推進器により推力、配置の工夫により安定性も両立して向上。さらに余剰スペース利用による火力の向上が出来たことで、それこそ最初期の試作品に比べればかなり性能が上がっていた。

 だが、唯一にして最大の欠点が残っていた。、使用者への防御力は絶無。

 それが分かってて、と批判するレイだったが、そんな彼にクロトは言葉を続ける。

「現時点で持ち得る最大の防御力を以ても、奴の放つブレスには無意味だ……であれば

 当たらなければどうということはない、という前世で見たあるロボット作品のエースパイロットのセリフを思い出してしまう。最もその発言者自身が相当な技量の持ち主でありその言葉を真に体現できるものであるが。

 さらにもう一つ、と前置き、彼は続けた。

「現時点で戦力としてのが〈魔導飛箒〉だからだ。

破損や老朽化で廃棄待ちの〈魔導甲騎〉や〈魔導人形〉から座席をひっぺがして再利用すればすぐにでも作れる。操縦も最低限、一定の魔力量と、バランス力と反射神経──これらが備わっていれば充分に可能だ」


 以前クロトが使用していた旧型でも、廃棄予定だった工作用魔導人形〈モス〉からの部品転用で三十分程で組み上げたと話していたのを思い出す。

 だが、とレイは懸念したことを主張する。


「でも数だけ合わせたって……それではまるで練度が……」


 それはクロトや、そもそも作戦での使用を提案したナターリアも理解しているはずだった。

 避ければいい、と言っても、避けられるだけの技量が無ければ意味がないと。

 だが。


「……正直、私自身、これを言い出すのは気が引けるんだが」


 言いづらそうにそう言って、次に続けられた言葉が。


「共和国からの避難民達が、〈アルデバラン〉攻略作戦に志願してきたんだ」

「は……?」


 その一言で察してしまったことで、レイは顔を蒼ざめさせる。


「まさか、その人達に戦わせるつもりですか!!?」


「〈アルデバラン〉の魔力に毒性が含まれている話は聞いているだろう。毒、というよりはに近い性質だがな。

監視部隊が一定距離を離しているのもそれが理由だ。のではなく、

 〈アルデバラン〉の生成する魔力には毒性がある、という話は聞いていた。アイクの意識が戻らないのもそれのせいとされている。そうではあるが、だ。

 土地の〈龍脈〉そのものが汚染される。それは前代未聞の事態だった。

 何でこのタイミングでこの話を持ち上げたのか。その主張が間接的にことに気が付いたことで、堪らずにレイは感情的になって怒鳴り出した。

「運よく逃げて来れた人達に、死んでこいって言うんですか……!!? 居住権がどうのって旨い話チラつかせて、口減らしついでにせめて役に立てと……!!!」

「口を慎め」

「ですが!!!」

「レイ・サザーランドォ!!!」

 そんなレイに対し、割り込んだクロトが手に持った瓶を彼の胸元に押し付ける。

「まずは君が落ち着け」

 鎮静効果のある飲み物らしいそれを、手渡されるままに口に含む。少し落ち着いた、様な気がした。

「犠牲を最小限に抑える様、編制には十二分に配慮する」

 そこに、ナターリアの言葉が続けられる。

「志願を受け入れたのは勿論彼らの意志を尊重した、というのもある。だがな」

 そこからレイに改めて向き直り、ある事実を突きつける。

「こうでもしなければ、

「それは、そうですが……!!!」


 答え掛けて言葉に詰まる。

 それもそうであった。

 〈魔導飛箒〉を除けば、航空戦力は〈プリンセス〉一機だけだ。その事実は逆説的に現状で唯一〈魔導飛箒〉だけが〈プリンセス〉に追従できる、という事の照明になってしまっている。


「〈アルデバラン〉だけならまだしも〈プレヤデス〉だって居るんだ。……」


 群がられ動きを封じられてしまえば〈アルデバラン〉の熱線で焼かれて一巻の終わりだ。そうでなくともそのまま〈プレヤデス〉の餌食にされてしまう可能性だってある。


「とはいえヤツとて生物なんだ。〈対界級〉……、適格に弱点さえ仕留めれば、殺せるはずだ」

 確実にな、と。そう言ってのけるナターリア。

 そんな彼女に、レイは改めて問いかける。

「……何か、策があるんですか?」

「あぁ。一応は、な」

 そう不穏な応答と共に、についてを伝えられた。






 会議が終わっても、やはりというか最後まで解決しない疑問が残ってしまっていた。

 出撃準備が整い待機中の中、リィエとシズヤは通信越しで雑談と称してその疑問を投げていた。部隊編成の都合で別動隊になったのもあるが、作戦の内容が内容だけにレイはだいぶ落ち込んでおり、ライラもそんな彼を「そっとしておいてあげて」とだけ言っていた為に二人だけになってしまったのだ。

「そもそもどうして〈アルデバラン〉はこの国を襲うんですかね」

「現時点では不明だな」

 簡潔に答えるシズヤ。

「だが心当たりがない、って訳でもない」

 だが、そんな含みのありそうなことを続けて言い出した。

「そもそも何でこの国が、端っことはいえ〈虚獣領域〉の中にポツンと存在していると思う?」

「それは、虚獣には龍脈の性質が生態に影響するからでは」

「そうだ。この国には虚獣が住むのに適さない龍脈が存在しているわけだ」

 そこまで言いかけ、一度訂正を入れる。

「いや、逆だな。寧ろ、って方が正しいんだろうさ」

 よくある話だがな、と肩を竦める。

 では何故その〈龍脈〉がポツンと存在するのか、という疑問が出てくるのだが。かつての大戦で果てた〈対界級虚獣〉の亡骸が朽ちて龍脈を形成した、などの突拍子もない仮説がいくつかあるだけで現在も詳しいことは分かっていないらしい。結局のところは、たまたまそこに龍脈があってそこにあわせて国が出来て今日まで栄えてきたのがこの国、ということで通っているんだとか。

「……それで、ですが……まさか、〈アルデバラン〉はそれを狙って……?」

「そうだと仮定するならば。目的はさらなる魔力を得るためか、魔力源を破壊する為か……」

 まぁ実際の理由はわからんがな、と付け加えられる。確かにそのどちらでも理由は通る。だが、やはりというか結局は謎のままのようだ。

 そこまで考えたところで。

「そろそろ時間だ」

 そう切り出されたことにより、話は中断される。

「……確かお前は砲撃部隊ホッパーだっけ」

「そっちじゃなくって、長距離支援砲撃部隊の方ですよ。シズヤさんは……」

 言いかけて、ハッとしてしまった。

地上陽動部隊ビートル、でしたね」

「あぁ」

 作戦に編成された各部隊のうち、主要な部隊にはコードネームが振られている。

 地上陽動部隊〈甲虫ビートル〉、航空陽動部隊〈蜜蜂メリッサ〉、工作部隊〈アント〉、砲撃部隊〈飛蝗ホッパー〉、雀蜂スフィカ〉。……虚獣と同じ虫が由来というセンスは疑ったが。転生者以外には通じん、という理由で半ば強引に通された。


 それはそれとして、だ。レイが心配だからという理由で自分で志願したらしい。

「無事に帰れたら、後で小隊のみんなでなんか食べに行きましょ!」

「フラグはやめてクレメンス」

「いつもみたいに『俺の幸運値でなんとかするー!』くらい言ってくださいよ!!!」

「無茶言うなって!!!」

 無茶振りに呆れながらに突っ込むシズヤ。だがそんな彼の表情もすぐに和らいだ。

「でも、まぁ……ありがとな」

「……それで、行くんですか?」

「考えといてやるよ」

 そう言って、通信を切った。



 作戦開始に当たって。ナターリアによる演説が始まった。

 ヘレナ達学生騎士隊も動員される為に集合している。最も、正規部隊ではなく後方支援用の部隊であるが。



「今から300年前。〈神裁戦〉という大戦があったことを、諸君らも知っているだろう」



「単独でも世界を滅ぼしうる十三体の〈対界級虚獣〉を前に立ち上がった勇者が、巨人と契約し、虚獣達を相手に戦い、その果てに勝利を掴み取った」



「最も、平均寿命が人型種族最長の〈精人種エルフ〉でも精々150年から200年が限界で。300年前の〈神裁戦〉の生き証人など最早存在しないであろう」



「かつてそんな戦争があった。そんな御伽噺おとぎばなしの様な、遥かに久遠の出来事だ」



「それと同じだけの脅威が、今! 我々の目の前に来ていると言っても過言ではないだろう!」



「事前準備は万全を尽くした。しかし、決して楽観できる存在ではないであろう!」



「事実として彼の存在は一国を滅ぼしている。ハッキリ言って、我々でも全滅する可能性の方が大きい」



「だがどうか、この作戦を完遂して欲しい!」



「強大過ぎる力を前にして、我々は餌か? ただ虐げられるだけの存在でしかないのか……?」



「違う! 我々は国を守護する騎士であり! 軍人であり! 狩人だ!」



「どんなに相手が強大であっても! ここで引かず、脅えず、命を賭している時点で、我々は!」



「なれば! 後は勝つだけだ!」



「かつて世界を滅ぼしうるとされた存在にも立ち向かい、勝利生存権を掴み取った勇者達の様に!」



 そう言い切って、最後に。諸君らの健闘を願う、と締められる。


「これより〈“巨獣狩り”作戦オペレーション“タイタン・ヤクト”〉を開始するッ!!!」

 その号令により、先に展開していた長距離支援砲撃部隊により〈アルデバラン〉への攻撃が開始され。それを機に、各部隊が展開されていった。

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