第二十六話:牡牛座の六連星
最初の狼煙を上げたのは、長距離支援砲撃部隊が運用する巨大な魔法杖だった。
〈カール自走魔導杖〉──〈アルデバラン〉が出現するまで、騎士団の倉庫で埃を被るまで放置されていた兵器だ。
本体のみでは自律不可能な為に台車に懸架される形で一式とした、全長11.0mという超大型の
「撃ち方始め!!!」
部隊の指揮者が放った号令と共に、七輌用意された各車輌の砲手が砲撃を放つ。
火属性・雷属性・風属性。それぞれの砲手が得意とする、各種属性の魔力が集束し砲弾となって飛んでいく。
リィエが砲手を務める車輌もまた業焔の槍を解き放っていた。
「〈
彼女はこの作戦決行までの十日間に、とっておきの技を用意していた。案や理論自体は前々から考えていたものの費用対効果から使う予定のなかったものを完成させたものだ。
名前は参考にしたものを羅列した結果めちゃくちゃ長くなったので、以前盗み見したシズヤの手帳から拝借した、一番しっくり来たものを付けた。……命名した時に彼には「また『ほくおう神話』か」とよくわからない単語で突っ込まれたが気に入ったものは気に入ったのだ。
「〈
その銘と共に、彼女の全力の絶技は解き放たれた。
「始まった……!!」
その砲声を、機体の装甲越しに認識する。
リィエのものであろうか、一際強烈に燃え上がる撃槍が、ド派手な後焔を吐きながら飛んでいくのが画面に映った。
〈プリンセス〉の起動は済んでおり、待機状態だった出力を通常稼働状態に移行。
フレーム胸部に二基並列搭載されている〈ディザストフォトンアクセラレーター〉の回転数を戦闘出力まで上げていく。駆動したそれの奏でる鼓動が、心なしかいつもよりも高ぶっているように感じてしまった。
「待ちわびた? 僕は憂鬱だよ」
些細な事に苛立つ程に余裕のない自分を認識し、溜め息を吐きながら、画面を確認する。
『 Artifact of.
New Generation's.
Guardians and.
Escort.
Leader. 』
いつもの画面表示。だが何時にも増してその字をまじまじと見つめてしまう。
『新世代の民衆を先導する、守護者であり指導者の古代遺構』
そんな大層な名前を冠された機体。
どんな願いや思いが込められて授けられたのだろうか。考えた事がなかった訳ではないが、今ほど意識してしまうこともなかった。
彼と〈プリンセス〉の後ろでは、〈メリッサ隊〉……動作テストと試験飛行を程々にやった程度の大量生産された〈
ほとんど特攻に近い役回りだ。それでもやると言ってくれた人達。その構成員の大半は避難民からの志願者である。
隣国で暮らしていたという彼らとの関わりは正直に言えばほとんど無い。〈アルデバラン〉さえ現れなければ会う事すら無かったであろう者がほとんどだ。
死んでほしくない。そう思ったから。
「僕もできる限りがんばるよ。一緒に、だから」
視界を
機体と一つになる様な感覚。いつも以上に意識していたそれにあわせて、〈プリンセス〉に、ひいては自分自身に、言い放つ。
「人の叡知が生み出したものなら……人を救ってみせろっ!!!」
発破を掛ける様に、続けてレイは機体のペダルを踏み込んだ。
双眼を一際輝かせて、立ち上がる〈プリンセス〉。
「レイ・サザーランド、〈プリンセス〉行きます!!」
レイの言葉に応える様に腰の翼を羽撃かせ、宙に浮きそのまま舞い上がる
「メリッサ隊各班、僕に付いてきてください!」
了解、と、班長五人分の応答が通信機越しに返ってくる。
閃光と共に強烈な爆発が起きた。先の砲撃部隊の攻撃が着弾したものだろう、と察する。
「目標、目視にて確認!!!」
砲撃が届き、出来上がった巨大なクレーターの中は業火で燃え盛っている。案の定、その中を悠然と佇む〈アルデバラン〉の姿を確認できた。
レイは視界を機体の視点からコクピットに移し、望遠機能で拡大しそれを確認する。わかってはいたが、ほとんど無傷だ。
だが同時に、目的は達成されたとも思っていた。
〈アルデバラン〉への先制攻撃というのはあくまでおまけであり、真の目的は周辺一帯の〈プレヤデス〉の一掃だった。これでしばらくは孤立させた〈アルデバラン〉に集中できるはずだ。
そこで作戦は第二段階に入る。
「僕が先行します!!! 健闘をっ!!!」
「了解ッ!!!」
一班から五班まで残りが上空で待機しながら一組ずつ肉薄しながら攻撃を加えていく、というのが〈メリッサ隊〉及び〈プリンセス〉の役目。
視界の同調を再開し、レイは機体を走らせた。
「一班、攻撃開始ィッッ!!!」
〈アルデバラン〉の周囲を飛び回り、あるいは旋回しながら〈メリッサ隊〉が魔術攻撃を開始〈魔導飛箒〉の胴体部に装備された魔導杖から様々な攻性魔術が色とりどりの光弾として飛んでいった。
〈プリンセス〉も巨体の真横を高速で翔けながら70.0mm電磁速射砲で攻撃を加えていく。一発、二発、三発。電磁加速を受けたペレット弾が射出されては着弾する。急速に旋回しながら〈アルデバラン〉の巨木の様な四脚の合間を縫う様に潜り抜け、舞い上がるなり再び肉薄していった。
ひたすらの猛攻。だが、それでも豆鉄砲程度の威力でしかない。
それでも、当初の目的には十分達成できた様だった。
「誘導に成功した!」
「行けるぞ……!!!」
睨む様に空を見上げる〈アルデバラン〉。
班の交代に入ろうとしたその時だ。背面に二列無数に並ぶ羽の背鰭がストロボにも似た連続した発光をし始めたのは。
「総員、回避ィッッ!!!」
直後、火焔が空へと放たれた。
火炎放射器の噴射する様なそれが怒涛の如く吹き荒れては、空間を舐め焦がしながら凪いでていく。
何機かが巻き込まれてしまった。悲鳴が上がる間もなく熱量に焼かれ、微塵の燃えカスすらも残して貰えずに消し飛ばされた。
「一班はもう下がっていい!!! 二班、突撃ィィッ!!!」
感傷に浸る間もなく、二班の班長が促し突撃していく。
陣地を変わり、一班は後退しながらその様子を窺う。
「続けて三班、突げ「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!?」何だっ……!!?」
交代を促そうと三班の班長が号令を上げるが、途中で唐突に響いた悲鳴に思わず中断してしまう。
その事情は先に移動した一班から通信により知らされた。
「こちら一班、四班と五班がプレヤデスに襲われている!!!」
「何だと!!?」
もう合流したのか、と状況を飲み込むなり歯噛みする。
転生者が『トンボ』と呼んでいた、二対の翅と長い尻尾を持つ飛行型の虚獣。何体どころじゃない百か二百は居るかという夥しい数が揃って、待機中だった四・五班に襲いかかっていた。
一機が組み付かれ、そのままパイロットが噛み付かれ生きたまま捕食されるのを遠見で認識した。一機、また一機と落とされていく。
他の一機が一体から振り切ろうと逃げていた延長線上で別の一体に迫られていた。間に合わない、と思ったら、二体の〈プレヤデス〉はさらに横から飛んできた何かに穿たれて墜落していった。〈プリンセス〉だ。70.0mm電磁砲が二連射され、穿ったのだと気が付いた時、通信が入った。
「こちらプリンセス、四・五班は僕と一班で援護します! 三班と二班は引き続きアルデバランをっ!」
「了解ッ!!!」
一体どこから湧いて出るんだ、という疑問を押し殺して、各員は修羅場へと当たっていった。
「メリッサ隊、もう被害出てやがる……!!!」
上空の様子を〈ビートル隊〉は確認していた。その戦況にシズヤは舌打ちする。
大量の〈プレヤデス〉が〈アルデバラン〉の背後から飛来して襲いかかる。その光景を遠目に、思考を切り替えて指示する。
「ビートル隊、一班・二班は陽動を支援してアルデバランの注意を引け!!! 三班はプレヤデスに襲われてる部隊の救援を──!!!」
「──こいつら予定外だぞッ!!?」
「どうした!!?」
だがそれも途中で遮られてしまう。
「プレヤデスが、いや、なんだこれは……!!?」
曖昧な答えに眉をひそめたが、そのすぐ後に相手がそうなった理由を察することになった。
翅を閉じ、脚を動かすことで地上を駆けまわる〈プレヤデス〉の姿を確認したのだ。
「あのバケモノトンボ、地上も走れるのか……クソがッ!!!」
舌打ちしつつも〈
「三班、すぐ救援を送る! もう少し耐えてくれ! 二班突っ込み甘い、当たり負けんぞ!!! 一班移動ッ!!!」
「────プレヤデス……!!!」
忌々しい、と呻きながらもレイは操縦桿を忙しなく繰り出し続ける。射線上に味方が居ないことを確認し〈アンヘルヘイロウ〉の左舷サブアームを展開して構えた30.0mm電磁機関砲を連射する。
単発でならGAU-8〈アヴェンジャー〉並みかそれ以上に匹敵する威力の砲撃が立て続けに放たれては、鋼を纏った蜻蛉を容赦なく穿ち、破砕し、撃墜していく。
一体、また一体と落ちていく〈プレヤデス〉。だが、圧倒的な数の前に押されつつあった。
そんな時である。
「なんだ、これ……」
動き回りながら、一通り倒したと思った時だ。気が付けば自機は〈アルデバラン〉の後方に陣取る形になった。確かに〈プレヤデス〉はその方向からやって来たので元を辿る様に進行していけばそうなるのだが。
そこでレイは〈アルデバラン〉の通過地点に無数の何かが落ちているのを確認したのだ。
排泄物かと思ったそれがもぞもぞと動き出した。
「まさか、これ全部……!!!」
察したレイは電磁砲・機関砲の弾倉を交換し終えるなり、それらを待機状態で懸架し代わりに〈セイレーン〉に積んでいた正式長剣を抜刀する。
そして切り替えた得物で物体を斬りつけた。
「やっぱり」
上手く切れた断面からその正体を確信し、すぐさま全部隊の指揮官へと通信を入れた。
天穹の権天使《プリンセス》 - ANGELs in the Heavenly Azure - 王叡知舞奈須 @OH-
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