第一話:転生したらロボがあった件


「はぁ……」

 夕焼けに染まる中を走る馬車。

 それに座乗する黒髪の少年は、歳甲斐もなく溜め息を吐いていた。

 短く切り揃えられた黒髪の中で、頭頂部から二本だけ蝶の触覚の様に跳ねた髪が馬車に合わせてゆさゆさと揺れていた。

 幼さも合わせて、少女にも見える華奢な顔立ち。だが、その蒼い瞳は、死んで一ヶ月くらい天日に曝された魚の如く生気を失っている。

「どうしたのレイ君? ……なんか、いつにも増して元気ないね」

「……別に、何でもありません……お姉さま……」

 隣に座る彼の姉らしい少女が心配そうに窺う中、彼女にレイと呼ばれたその少年はそっけない返答で応じるのだった。

「何か悩み事? お姉ちゃん何でも聞いてあげるよ?」

「悩み、というほどではありません……ただ……」

「ただ……?」

 少年と同じ黒髪の、だが彼とは違い琥珀色をした瞳が彼の横顔を覗き込む。

 だが一方で、彼女と目を合わせないようにであろうか。背けられた彼の眼差しは窓の外へと向けられていた。

「……どうして僕は生まれてきてしまったんだろうか、って……」

「……なんか、思ってたより随分深刻そうだね……」

 彼のその返答に少女は呆れてジト目になってしまう。

「せっかくこの世に生を受けたんだから、やりたいことをやればいいじゃないの」

 そう彼女はあっけらかんに言う。だが、少年の虚ろな眼差しに変化はない。

「お姉さまにはあるのですか?」

「もちろん、一人前の魔術師になって立派にみんなの役に立てる様になりたいわ! ……っていっても、まだ具体的にどうするかは決まってないんだけどね」

「さいですか……」

 答えながら遠くを眺めていた少年は、

「…………やりたいこと、ねぇ…………」

 ポツリと、そう呟いていた。



 大陸東部にある王政国家〈ロゼマリア王国〉の、東部の田舎を拠点としている騎士団員の家庭───サザーランド家の長男として、少年 レイ・サザーランドはこの世界に生を受けた。


 彼は、所謂〈転生者〉という存在だ。


 こことは違う世界―――異世界で生きていた前世の記憶を持つ者。


 この世界に転生して、もうすぐで5年もの月日が経過しようとしていた。


 正直、彼にはファンタジーの知識など皆無だ。前世で『小説書こうズェエ』等のweb創作サイトで流行ったのを知っている程度。

 嫌い、というわけでは無かったが、全くといって良い程に触れなかった。


 そんなものよりもずっと――――それこそ前世で唯一と言っていい、心が踊ったものがあった。


 ■■■■。


 だが、この世界に■■■■はない。


 


 今さら異世界こんなせかい来てうまれかわってまで、やりたいことなんて……ない。


 そう思っていた、その時であった。


「…………?」


 何かを感じた。そうとしか言いようがない、何と言えばいいか分からない感覚。


「……どうしたの、レイくん? 急に……」

「……今、何か───!!?」


 言いかけた、その瞬間。


「───ッ!!?」


 爆発した様な轟音と衝撃が馬車を襲った。


「ライラ! レイ!」

 女性の叫ぶ声が聞こえる。発したのは同乗していた母親だ。


「───逃げてッ!!!」


 その声に反応して、だが正直全く焦りも迷いもなくレイは馬車を飛び出した。

 父と母、先に逃げていた御者さんが無事であることを確認したところで、衝撃的な光景を目の当たりにする。

 縄から解放された馬車馬──だと思っていたがその正体はグリフォンを思わせる四足の体躯をした巨大な鶏の様な謎の生き物だった──が錯乱したようにあたふたと暴れ逃げ惑っていた。


 問題はそこではない。


 その馬車(鶏が牽いてたのだから鶏車?)を襲っていた方だ。


 竜を思わせるアギトを持った、異様にごてごてとした甲殻を纏った、禍々しい巨大な蜘蛛がそこにいた。


「────こいつは、〈竜頭蜘蛛スパイドラ〉!!!」

「────なんで〈虚獣〉がこんな所に……!!?」


 〈虚獣〉──この世界に存在する、簡単に言えば魔物の様な存在。

 未だ若いのであろう比較的小柄な個体であった。だが、いくらそうとはいえ体高3mはあるそれは生身の人間が相手するには圧倒的に部が悪い存在であった。


「────お姉様は……!!?」


 ハッとして、姉が近くに居ないことに気付いた。周りを見るが何処にも居らず、まさかと思い見上げ、愕然として息を飲んだ。

 〈竜頭蜘蛛〉が前脚で捕まえ、掲げていたのだ。


「────ライラ……っ!!!」

「────お姉さま……!!!」


 〈竜頭蜘蛛〉の、その名通りの竜の頭を思わせる禍々しいアギトが開かれ、今にも彼女を飲み込まんとしている。

 魔術使い見習いであった姉は恰好の餌ということか。

 


「───間に合えっ!!!」


 思いっきり跳躍しようとしたその時、彼の身体から物凄い風が発生した。


「───今のは……魔力放出……!!?」


 先に父親が反応する。どうやったのかは自分でもわからないが、やはり今世の自分は魔法が使える世界みたいだ。


 その勢いのまま、レイは蜘蛛の口中へと落ち行くライラを抱き止めて救出した。


「お姉さま、大丈夫……!!?」

「レイくん……!!!」


 お世辞にも上手くいったとは言えないが辛うじて着地する。

 安堵の声を上げ彼を抱き締めようとした姉を、突き放す。直後、横から凄まじい衝撃が彼を襲った。


「───レイくん!!?」


 勢いよく吹っ飛ばされる。


 再度ライラに襲い掛かろうとした〈竜頭蜘蛛〉から庇い、代わりにその攻撃を受けたのだっだ。


 獲物を捕らんとしては何度も邪魔をされ、流石に怒ったらしく標的をレイに変えた〈竜頭蜘蛛〉は、先に仕留めてやるとばかりにそちらに歩み寄っていく。




 これでいいんだ。


 僕は構わない。


 どうせ僕にはやりたいことなんてない。




 でも、お姉さまは違う!


 お姉様にはやりたいことがあるんだ!


 僕が守らなければ!


 そう、使命感に駆り立てられる様に。足元に落ちていた棒きれを拾い彼は立ち上がる。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 声の限り叫んだ。だが、その瞬間────




『准将ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』



 物凄い、咆哮にも似た雄叫びとして何故か父と同じ階級を叫びながら、は現れた。


 両刃型の片手剣の様なものを右腕に構え、勢いよく疾走はしってきたそれは、中世の騎士を思わせる鈍い黄金色の甲冑を纏うヒトガタ。

 人の様な姿をしていたそれは──だが、


 目測だが体高3メートル程はあろうかという巨大な蜘蛛よりもさらに巨大な、全高約10メートルの、鎧を纏った巨人。

 それがレイのだいたい左後ろくらいの死角からいきなり現れ〈竜頭蜘蛛〉と戦闘状態となる。

 ぶつかりこそしなかったが、〈巨人の騎士〉が軽快に足を踏む度に重く響いた足音と地揺れがレイを揺さぶった。

 威嚇する間もなく、前脚を振り攻撃する〈竜頭蜘蛛〉。それに対し巨人は、頭部の横から覗く様に左肩に装備された、補助兵装であろうか、小型の魔術杖の様なものから数発の火球ファイアボールを連続で発射して動きを牽制した。

 そうして素早く取り付いた巨人が蜘蛛を片足で踏みつけ、保持していた剣を急所に叩き付けた。

 終わってみれば呆気ないものであった。そう思える程すんなりと倒してしまったのだ。


 絶命したのを──〈虚獣〉の肉体から蒸気の様な気体が溢れだし、亡骸が音を立てて崩れ始めたのが分かる──確認し、片膝を曲げる巨人。

 。そして姿


「准将!!! ご無事ですか!!?」

「あぁ……皆、無事だ!!!」


 巨人から出てきたのは丈の長いサーコート姿の、前垂れの隙間から生足を見せるおっさん……もとい壮年に差し掛かりそうな風貌の男性。

 父の知り合いだった様である。

 事情を説明していた様だが、どうやら現れた〈虚獣〉はこの一頭だけだったらしい。

「ともあれ、全員無事で良かったか」

「待って……!!! レイくんが────って、あれ……レイ、くん……?」

 ライラが心配するのを余所に。


 一歩、また一歩と、鎮座する巨人に近づいていく。


 死んでた様な瞳に生命の息吹が吹き込まれていく様に、光が溢れていく。


「……ふわぁぁ……!!!」


 感嘆の声が漏れたその顔には、満面の笑みを浮かべている。




「─―──すっごーい!!!」




 生まれ変わって初めてと思える、子供らしく純粋な歓声を上げていた。


「……ふえ……?」


 その様子に呆然としているライラ。

 その先ではレイが笑っていた。


「――――すっごい!!! ロボットだぁー!!!」


 人型機動兵器────所謂、ロボット。


 それが目の前に現れたのだから。


「ロボット……? まさかだが〈魔導甲騎ゴーレムナイト〉の事か??」

「ごーれむ、ないと……?」

「おう」


 〈魔導甲騎ゴーレム・ナイト〉─―──それは搭乗者が魔力接続することで稼働させることができる、多目的人型〈魔導人形ゴーレム〉を戦闘用に特化させたもの、らしい。

 操縦騎士パイロットの男性がそう簡単に説明してくれた。


 そして今搭乗していたこの機体のことも。


 魔導甲騎 〈ラヌンクラレアス〉

 地元を拠点とする騎士団も含む、王国所属の各騎士団で運用されている代表的な〈魔導甲騎〉であった。

 金鳳花ラナンキュラスから採られたという機体名──その花言葉は『栄光』。


 その機体を、もう一度見上げる。

「にしても……従者ロボット、か……」

 そんなレイの姿に、男性が少し微笑んだ。

「機体を『騎士に従う者』とするなら……確かに的を射た表現だな、少年!」

 そう言って男性はポンポンと軽く頭を撫でる。

 そこへまた、のしのしと地鳴りの様な足音が聞こえた。

 大砲の様な大型の魔術杖マジックロッドを装備した砲撃戦仕様とされる機体。長柄の戦鉾メイスを装備した機体。そして、身の丈程はあるかという大剣を背面に装備し、さらに頭頂部に羽飾りと腰周りに可動装甲フォールドを追加した隊長機仕様を思わせる機体。それら三機の〈ラヌンクラレアス〉がその場に現れたのだ。

 見惚れていると「あれは俺の所属する小隊だな」と男性が解説してくれた。

「僕、いつかこれに乗りたいです!」

「おっ! 少年、騎士になりたいのか!」

「はい!」

「おお、そうか!」

 そんな会話をしているのを横目に。

「あの子が笑ってるの、初めて見るわ……」

「あぁ。余程、気に入ったんだな……」

「えぇ……」

 母と父が、そう言葉を交わしていた。

 殆ど笑わないという印象だった。そんな彼が笑っている。その光景に安心していたのだった。

「レイくん……」

 ライラもまた、そんな彼を微笑みながら見守っていた。






 しかし、残酷にも彼の夢はいきなり頓挫することになる。


 それは翌年、5歳になったことで受けられた幼年魔導学校の受験に際して行われた、魔力検査に引っ掛かった為だ。


「ゑ?」


 結果を見た瞬間、思わず出た反応の発音がおかしくなったと自ら錯覚した程だ。


魔力貯蔵:F

魔力生成:F


 ※この世界では英字表記アルファベットは使用されていないが文字の規則は共通していたので相当するものに当てはめたものとする。


「F、判定……」


 用紙に書かれた結果それを口に出したレイは、自らの顔が青ざめていくのを感じていた。


 本来なら、高い順にS・A・B・C・D・Eと並んでいる、その中で『F』に相当する、という判定。


 それが意味するのは───魔力の貯蔵量、生成量共にほぼ0ということだった。

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