第二話:ロボ好きの下剋上
「────レイくんに魔術適性が無かった……!!?」
それは試験が終わった日の晩のことだ。
学校から帰ってきて一番にそれを知らされたライラは、その結果に愕然とした。
記述試験はそれなりに良かったらしい。が、魔力検査で『F』判定を受けたそうだ。
保護者同伴の元で追加試験を行うものの、なおも判定は同じ『F』のまま。魔術行使実験を試みるものの、初級魔術のどの術式も不発に終わった。
その結果───彼に魔術関連の才能は皆無、という結論が出されることとなったのだ。
「でも……確か、あの時〈魔力放出〉してたって……!!!」
「その筈なんだけど……」
母もまた困惑している様だった。
魔力放出とは、読んで字の如く『体内の魔力を放出する』現象、及び動作のことだ。
一時的に防御障壁や推進力として利用できるが、魔術として固定されていない不安定な魔力だと生半可な出力では性能の安定さに欠ける、という欠点があった。
彼はそれを使用して、虚獣に喰われそうになっていたライラの命を救った筈だ。
あの日襲ってきた虚獣は比較的小型の個体だったとはいえ、全高3mはあった相手だ。普通に考えて子供の素の脚力であんな高さまで届くわけがない。
「打たれた影響で魔力回路が狂った、なんて話も聞いたことがないし……」
前脚で思いきり鈍打されていたのを思い出したが、物理的な衝撃で魔力回路に歪みが生じる、などという話も前例を聞いたことがない。
とはいえ他に要因らしい要因も思い出す限り浮かばなかった。
「それより、レイくんは……?」
「あぁ、それがね……」
紙とペンと、小刀を持って部屋に籠っている、と。
そう聞いたライラは──血相を変えながら彼の許に向かった。
「────レイくん!!?」
「────うぉぁあ!!? びっくりした……!!?」
ものすごい勢いで部屋の扉を開けるライラと、突然のことに驚愕の声を上げるレイ。
どれだけ切っても異様な速度で伸びる二本の触角状のアホ毛と、それに合わせるという理由で伸ばす様になり後頭部の襟元で束ねていた髪が、そのリアクションに合わせてふわりと揺れる。
そのレイの手に小刀が握られていたのを確認したライラがすごい形相で詰め寄りそれを取り上げる。
「ダメよレイくん!!! 貴方はまだ幼いんだから……!!!」
「お姉さま、刃物で作業している人に突然掴みかかるのはさすがにいかがなものかと……?」
冷静に突っ込むレイを他所に、ライラはレイを抱き締める。
「死んじゃダメ!!!」
「……ふぇ?」
「他にできることならいっぱいあるよ!」
「えぇぇ……」
姉の必死さにただひたすら困惑するレイ。何か致命的に話が噛み合ってない。
まさか自分が死のうとしていると勘違いされたか、と冗談半分に思ってしまった。
「あ、あの……お姉さま、何か誤解されてませんか……?」
何度か瞬きしながら、レイが返すと、ようやく落ち着いたライラは彼の向かっていた机の上のものに目を向けた。
「これは……?」
一つは何枚かの紙の束である。錬金術の発展により、植物繊維から紙を精製可能となったことで、それなりに上質なものでも比較的容易に入手可能であった。
そこに描かれていたのは、尺数がメモされたヒトガタの姿だった。
「あれ、お母様から聞いてませんでした?」
「え……何を?」
「僕、座学の試験は良かったので希望学科を技巧科に変更したんですよ」
それを聞いてライラは、やはりというか意外という反応を見せた。
魔導学校には『魔導科』と『技巧科』の二学科が存在していた。〈魔導甲騎〉等の整備や開発の為に幼い内からその才覚を育成し取り込むべく設立されていたものである。が、そちらに進むという選択をライラは思い付かず目から鱗だったと後に語る。
「それはまぁ、
例えば、工業的な技術を研いて、機体を整備したり新型機を開発したり!
そしていつか……僕は技師になって、いつかは魔力がない人でも乗れる
まぁ……最後のは流石に高望みしすぎかもですけどね、と続けながら。そう彼はライラに自らの夢を語ったのだ。
そして、机の上にはもう一つ。木彫りの可動式模型がそこにあった。『プラモデル』という前世での技術を知るレイからすれば粗削りを通り越して雑な出来だったが、凹凸を組み合わせて接着する形式となっていて、関節部を動かすことができるそれはとても普通の子供が作れる代物とは思えなかった。需要があるかはわからないが模型職人になった方がいいのでは、と一瞬ライラは思ってしまったが。
「取り敢えず見よう見まねですが、何かヒントを得られないかと思って、外観模型を作ってまして」
〈
流石にこれはただ木を掘って組み立てただけの模型だが。ここから部品構成を確認すれば〈小人形〉で再現できる、というその為の練習あるいは見本用として作っていたものだった。
「なんだ、びっくりしたぁ……」
それらを見て聞いて、驚愕もあるだろうが安堵した様子をライラは見せた。
「お姉ちゃん、てっきりレイくんが自殺しようとしていたのかと……」
「なんでそんな突拍子もないことを!!?」
本当にそう思われていた様だ。
「だってレイくん、あの日までホンッッットにずっと暗かったんだもん!」
それは十中八九、〈ラヌンクラレアス〉に出会った日のことだろう。
「この一年間ずっと体力作りとか頑張ってたじゃない、それ全部無駄だったなんて言われたら……」
「えぇと、まぁ……そういえば、そうですね……」
流石に全部が無駄になった訳ではないはずだが……確かに、父につけてもらっていた剣術と格闘術は無駄だったかもしれない。
「でも、ごめんなさい。心配させてしまって」
「いいのよ、勝手に心配していたのは私なんだから……」
二人して謝りあう。少し沈黙していたが、ライラが切り出した。
「そういえば夕飯はどうしたの?」
「もう簡単に済ませてあります」
この家に時計はないが、姉が帰ってきたということは午後六時くらいか。一時間くらい前にパンを一つ食べただけだが、具体的な量を言えば何を言われるかと思い「簡単に」と濁しておいた。
「で・も! あまり遅くまで起きてるのはダメよ。子供は寝て育つんだから。都合がいいところまで終わったら寝なさい?」
「お姉様だってまだ11歳じゃ……」
「いいの! 5歳のあなたより倍は生きてるんだから」
「……はーい」
少しムスッとしたが、渋々ながら肯定の答えを返したところで、二人の会話は終わる。
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
退室するライラを見送り、少ししてからまた作業を続けた。とはいえ身体が幼い故か、さすがに一時間くらいしたら眠気が襲ってきた為に、言われた通りに程いいところで切り上げたが。
「とは言ってもなぁ……」
数日後の夕方の事。
ぶつぶつと呟きながらレイは日課としていたランニングからの帰路にいた。剣の稽古こそ止めてしまったが、体力は付けておいて損は無いと判断して鍛錬自体は続けることにしたのだ。
近道として住宅街の中を通っていた為にゆっくり歩きながら帰っている。のだが、気が抜けたせいか妙に雑念が入ってくる。
「できることなら乗りたかったなぁ……」
そうぼやきかけ、いやいや、と首を振った。
先日、自分で姉に宣言したではないか。『乗れる機体がないなら、乗れる様な機体をこれから自分が作ればいい』と。
……勿論それはできるなら、の話だが。
動力をどうするのか。動作方式は。構造の生産・整備性も考えなければならない。
そういった問題が考えれば考える程、次々と湧いてくるものだ。
とはいえその辺りはその内学校でも勉強するだろう……多分。
そんな考え事をしていた時だった。
「───ん?」
何らかの騒ぎ声が聞こえた気がしたのだ。
気のせいかとも思ったが。再度、やはり何かを感じた気がする。
どこからだろう、と少し辺りを散策していた時。裏路地に繋がる小道に繋がった。
「……また裏路地か……」
幸か不幸かトラウマという程の精神的なダメージはなかった。が、やはり前世の最期の記憶なだけに嫌な思い出として無意識に刷り込まれていた様だ。
少々気が引けたが、裏路地に向かうべく歩みを進めた。
段々と声が聞こえてくる。
「────本当に居たよ……!!」
独り言を呟きながら、少しずつ曲がり角までいき。そこから顔を半分だけ出してその光景を確認した。
そこでは。
「────やめて、ください……!!!」
複数人の少年達に女の子が苛められていたのだ。
少女を壁際で追い詰めているのは、同い年か少し年上かもしれないくらいの、いかにもガキ大将という風貌の少々大柄な体躯の少年とその取り巻きの計三人。異世界にも居るんだな、そういうの。と一人心の中でぼやいていた。
そして、そんな連中に何を因縁付けられたのかと少女の姿に視線を移した。
怯えている様子のその子は確かに女の子だ。ふわっとしたボブカットの銀髪に、やや青みがかった銀色の瞳。
見た限り普通の女の子だ。強いて挙げるならある一点。
「〈
それは人間の耳があるべき位置に生えている、それとは別に頭頂部に生えていたもう一対の耳。
ついでに彼女の下半身に目をやる。ワンピース型の簡単な衣装を着ていたのだが、怯えて丸められているそれなりに長い尻尾まで確認できた。
所謂、獣人――半人半獣の存在だ。
この世界には普通のヒトと言える〈
〈狼人種〉は初めて見たきがする、と思っていたが。
「あの子、一緒に試験受けてた子だ……」
ふと思い出した。レイが受けた魔導学校の、同じ学科の試験会場で試験をしていた子供達の中に彼女が居たことに。
名前は……はて、何て言っていたっけ……。思い出そうと少し思考するも中々思い浮かばない。というか自分の結果があまりにもショック過ぎて試験中やその前後の事などほとんど覚えていなかった。
そこまでで一度その辺の思考を止めた。無駄だと思ったのもあるが、先に「この状況をどう解決するか」を優先する為に。
先程から遠目で聞いているが、恐喝的なことばかりで全く要領を得ない。
大人を呼べば何とかなるだろうか。
そう思っていたが……。
「…………ッ!!!」
居ても立っても居られず、レイは自分が出ていくことにした。
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