第三話:目には目を剥き牙を剥け


「そんなとこで何してるんですか」

 自分を奮い立てる為も兼ね、レイはできる限り声を張って悪ガキ達に問いかけた。

「なんだぁ、ちっこいの!」

「文句あんのかガキが!」

「……路地裏で女の子を寄って集って苛めるなんて関心しませんね」

「あ!!? おめぇも混ぜてやっか!!?」

「………………」

 一々癇に障る口調だった。だがレイはできる限り冷静さを保った。

「……取り敢えず何で苛めてるのか、訳ぐらいは聞きますよ?」

「教えてくださいってか!!! 教えてやるよぉ!!!」

 答えながらガキ大将は彼女の片方の獣耳を無造作に掴み引っ張り上げた。

「───ぁああっ!!? いたいっ、いたいですぅっ!!!」

 女の子が悲鳴を上げる。その痛ましさにレイは思わず表情を歪ませた。

 そうして放り捨てる様に乱暴に放す。掴まれた方の耳が赤く腫れてしまった少女。放られた勢いでぺたんと尻餅を着かされ、そのまま泣き出してしまった。


 ……まさかだけど、人間の耳と獣耳ケモミミがどっちも付いてるのが解せないとか……?

 前世にもそういう奴がいたからと冗談半分にそう思っていたところ。


「こいつ、〈狼人種ウェアウルフ〉の癖に魔力検査でA判定だったって言うからさ!!!」


 ガキ大将が怒鳴り気味にそう答えた。


 曰く、〈狼人種ウェアウルフ〉という種族は基本的にあまり魔力保有量が高くないらしい。〈純人種〉の平均がB~C相当らしいのに対し、平均的にDやEの判定になるのが普通なのだそうだ。

 レイが〈純人種〉でありながらF判定──魔力を殆ど持っていない様に、彼女は逆に種族の平均より高すぎた様だ。


 それで、そんな彼女が自分より高かったことへの嫉妬心から苛めていた、と。


「…………はぁ…………」


 思いっきり、溜め息を付いた。


「…………それだけ?」


 自分より素養があったから? そんな理由で?


「たったそれだけのことで、その子はアンタらに苛められていると?」


 そんなのあまりに理不尽じゃないか、と。

 それは彼女への同情からなのか。自分でも分からないが、怒りが込み上げていた。


「うるせぇな! 〈狼人種〉こいつらなんて〈竜人種サウロイド〉の下位互換みてぇな奴ら、農民でもやって慎ましく暮らしてりゃ良かったんだよ!」


 下位互換って……。

 ここまで聞いて理解する。これは話が通じないタイプだ。薄々わかってはいたが改めてそう認識していた。


「……ナンカ、ナグリタクナッテキタナー」

 棒読みに近い感情を省いた口調でそう言い出した。

 敢えて一言付け足すなら、主語何を殴るかまでは言っていない。

「おー、おめぇもやるかぁ?」

「……私情ですが、些か機嫌が悪かったんですよ」

 レイを煽る様に言いながら、ガキ大将は襟首を掴んで無理矢理立たせた少女をそのまま掲げる。

 その彼女は怯えて許しを乞う様に涙目でこちらを見つめてくる。

「……い、いやぁ……やめて……!!!」

 一歩、一歩、近づいていく度に許しを懇願する。


「……ひぃぃっ───!!!」


 ただ無言で近づいてくるレイに、恐怖心を募らせたのか。言葉にならない悲鳴を上げていた。


 見せてあげるよ……純粋な力のみが成立させる、真実の世界を……!!!


 彼女の耳元で囁いた、その有言実行とばかりに。




「このぉ――――馬鹿野郎ォォォォォッ!!!!!!」




 吼えながらレイは、少女を掲げていたガキ大将の顎下に目掛けて掌底打ちを放ってやった。

「兄貴ィ!!?」

「てんめぇ、何しやがる!!!」

 取り巻きが動揺する。レイの放った掌底打ちが見事に顎に炸裂し、もろに受けたガキ大将は運良くか気絶したらしい。

 その隙にレイはようやく解放された少女を受け止めた。

「もう大丈夫、僕の後ろに下がってて」

 そう耳打ちし、彼女を背後に庇うなり言い放つ。


「誰も『この子を殴る』なんて言ってないでしょう?」


「何くそっ!」

 一人が突っ込んできた。そいつに向け「昇○拳!」と吼えながら顎下に飛び上がりアッパーの一撃を噛ます。そいつはそのまま転倒して尻餅をついた。

 そこにもう一人もまた突っ込んでくる。そこでレイはすかさず「とぅ!」と吼えながらジャブを放ち、足止めした隙に「へぁっ!!」と咆哮と共に膝蹴りを股間に叩き込んだ。そうして怯んだところで「もう止めるんだっ!!!」と勢いよく飛び上がり、首元に目掛けて回し蹴りを放ってノックアウトさせた。

 二番目の人が尻餅を付いた姿勢のままその様子に唖然とした。


「まだやりますか?」

「ひっ──ぐっ……お、覚えてろッ!!?」


 言い放ってやると、三番目の人だけ回収して撤収していった。ガキ大将が伸びたままその場に残されていたのを「人望ないなぁ……」と横目に見ながら同情していた。

 魔力検査前は騎士になる為、検査後も技師として力仕事もできる様になろうと、体力作りをしっかりしていたことがこんな所で役に立つとは。異世界でもやはり筋肉は全てを解決する様だ。


 ふぅ、と一息吐いた彼は、呆然としていた〈狼人種〉の少女に話しかける。

「君、大丈夫だった?」

「…………っ」

 警戒されているのか、無言であった。

「なんで……?」

「え?」

 ようやく話しかけてくれた、と思ったら。


「なんで、やさしくするんですか……?」


 困惑した様にそう聞かれた。その反動からだろうか。


「えっと……まさか、ぶってほしかったとか……?」


 自分でも何をトチ狂ったのかと思ったが、冗談でそう聞いてしまった。直後、

「────ぶ、ぶたないでくださいっ!!!」

「────ぶ、ぶたないよっ!!?」

 割りと本気で怖がらせてしまい、涙目になる程怯えさせてしまった。そんな彼女に突っ込みつつもレイはどうにか落ち着かせようと言葉を紡いだ。


「何で、って……そりゃ、女の子に優しくするのは当然でしょ」


 王国紳士はなんとやら、と父も言っていた。


「で、でも、わたし……〈うぇあうるふ〉だって……まりょく、持ってちゃいけないって────」


 なおも少女は俯きながらそう言って卑下する。


「誰がどんな生まれかなんて関係ない。〈純人種ヒューマン〉だから持ってていいとか〈狼人種〉だから持ってちゃいけないなんて誰が決めた。いいじゃないか、〈狼人種〉が魔力持ってたって」


 そんな彼女を見かね、レイはそう言った。


「僕だって、生まれついて魔力がなくてね……でも、やりたいことがあるんだ。生まれも育ちも関係なく、誰もが等しく競いあい高めあいながら己が理想を追い求めることができる、そんな世界を……」

 語ったそれは、あるいは前世で欲しかったものかもしれない。

 まぁ、今の彼に当てはめるなら『生まれもった魔力量に関係なく搭乗できる機体の開発』になってしまうのだが。

 だが、途中まで言ったところで、ふとレイは気がついた。

 彼女の表情が段々と歪んでいってることに。


「───ゑ?」


 次の瞬間。ぶわっ、と。涙を溢れさせ、泣き出した。

「え!!? ちょっ……待って、何で!!? 僕、何か不味いこと言った!!?」

 あたふたと取り乱してしまうレイ。

「……わたし、まりょくつかえるの……みんなにも『きもちわるい』っていわれて……!!! いいって、いってくれたの、はじめてで……!!!」

 むせながら振り絞る様にそう言った彼女。レイは、その頭を撫でる。ぶるっと身体を強張らせた。

「君も、辛かったんだね……」

 その言葉を掛けられ、彼に抱きつくと、その胸で気が済むまで泣き続けた。


「そういえば、自己紹介がまだだったね」

 彼女が泣き止んでから、レイはそう切り出した。

「僕はレイ・サザーランド。君は?」

「……ヘレナ……アズルフィルド……」

 彼が先に名乗ると、彼女も返してくれた。

「アズルフィルドさん、か──」

「あの……その……ヘレナで、いいです……」

「それじゃ僕のことも、レイでいいよ。……えっと……ヘレナ、ちゃん……」

「レイ、さん……」

 お互いに少し頬を赤く染める。

 特にレイは前世も含めて女性を名前ファーストネームで呼んだことが無く、なんだか照れ臭いな……などと呟いていた。

 ──その時だった。


「危ない、下がって────」

「え────きゃぁっ……!?」


 叫んで、彼女を突き飛ばす。

 直後。


「《光よ駆けろ》」


 ガキ大将の声でその詠唱が響いたその刹那、雷にも似た電光がレイの身体に齧り付く。


「────うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!?」


 背後から直撃したレイは上体を仰け反らせながら絶叫を上げた。


「───ゔっ……!!?」


 一頻り悶絶した後、レイはうつ伏せに倒れた。左腕が真っ直ぐに伸び「止まるんじゃねぇぞ……」とばかりにその指先は正面へと向けられる。

 いつの間にか復活していたガキ大将が、背後から魔術を放ったのだと倒れたままレイは気付く。


「魔術、使えるのか……っ!!?」


 初級攻性魔術アサルトアーツ春雷ライトパルス

 簡単に言えば電撃を発射する攻撃型の魔術だ。

 初級も初級で殺人的な威力など皆無だが、使えないレイに対してそれが使えるというのは圧倒的な優位性となっていた。

 姉から教わったことだが、6学年ある内の5年生からしか攻性魔術は習わない筈だ。

 って、この人5年生!!?

 突っ込みかけたが止めた。それどころじゃなくなったから。


「───いやぁっ!!!?」

「────ヘレナちゃんっ……!!!」


 痺れる身体を無理やり起こそうとした、その時だった。ガキ大将が走り出し、あたふたとしていたヘレナを捕らえて人質にしてきたのだ。


「やめて……はなして……!!!」

「おっと! 動くなよぉ……動いたら、どうなるかなぁ?」

「ひぃぃ……っ!!?」

 ヘレナに対して指先を向ける。

「くっ……!!!」

 やることなすことが完全に悪役の所業である。

 さらに──。

「お前ェ……サザーランドと言ったが、ライラ・サザーランドの弟だろう?」

「────お姉様は関係ないでしょう!!?」

 やはり姉と知り合いだった。恐らくは同級生なのだろう。

「お前の姉には常々馬鹿にされてるんでな」

「いや馬鹿にされるでしょこの人望では」

「憂さ晴らしさせてもらう!」

「────テラ理不尽ッ!!?」

 どこまでも下衆である。何なのだこの悪意の権化みたいな思考。思春期って怖い。

 そんなことを思いながら、だが成す術なく再度、レイは魔術による雷撃を受ける。


「いわぁぁぁぁぁぁ────くっ……!!!」


 こうなっては一方的だった。


「ああ、ああああ、あの……!!! わたしのことなんていいですから……!!!」

「大丈夫、だよ……!!!」


 涙目になりながら訴えるヘレナに、それでも優しく答える。


「例え魔術が使えなくたって……こんな状況でも、逆転できる魔法の言葉を僕は知っている……!!!」


 そう言い切ったレイはファイティングポーズを取るなり、強く吼えた。


「……来いよ、大将ォ!!! 魔術なんて捨てて、掛かってこい!!!」


 その瞬間、その場を静寂が包む。


「そんなもの使って勝ったって、何の面白みもないでしょう!!! 拳を突き立てて、僕が泣き喚く様が見たいんじゃないんですか!!!」


 煽る。そんな事で屈するものか、という意志も込めて。目には目を、ついでに牙だって剥いて突き付けてやる、とばかりに。


「どうした大将……怖いんですか?」


 追撃で煽っていく。その後だ。


「……ぶっ飛ばしてやる!!!」


 ガキ大将が振り絞る様に返したその言葉が、僅かな静寂を破った。


「こいつぁもういいや……こいつにゃもう用はねえ!!!」


 そう言ってヘレナを退かす様に横に突き飛ばす。


「魔術も要らねぇ……!!! こんなんなくったって……誰がてめぇなんか──てめぇなんか怖かねぇっ!!!」


 袖を巻くってファイティングポーズを取った。そして──。


「────野郎うううぶっ飛ばしてやぁああああああああああああああああるっ!!!」


 もの凄い形相の顔芸を披露しながら雄叫びを上げ、そのまま殴りかかってきた。




   ☆ 筋肉は全てを

       解決してくれる──!

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