第十九話:天使の限界
待機中だった第二分隊の元に緊急で出撃要請が下りたことを分隊長たるアイクから直々に通達された。
無論レイと〈プリンセス〉も対象外ではなく、すぐさまコクピットに入り機体を立ち上げる。
『 Artifact of.
New Generation's.
Guardians and.
Escort.
Leader.
いつもの如く映し出される画面表示。
その画面の端っこに表示された日付データを確認する。
一年が12ヶ月365日と四年に一度+1日、月毎の日数もだいたい西暦と同じ。だが少なくともこの国には
だが、少しばかり溜め息を吐いてしまう。
試製品を幾つか経てようやく〈
そこまで達成するのに、約二ヶ月。
早かったか、遅かったか。人によって評価が別れるところではあるが、レイはむしろ「ようやくスタートラインに立てた」と思っていた。
飛行可能な機体の開発……その前段階がようやく整った、通過点。そこにようやく辿り着き、これからというタイミングであった。
それでも今は誰かの危機だ。いち早く救援に駆け付けなければ。
「今度はどこですか」
さっさと終わらせて、再開せねばと気合いを入れ直し、レイが問う。
だが。
『
「了解……えっ!!?」
アイクからその名前を聞いて、思わず息を飲んだ。
「教導分隊四班って……!!!」
ヘレナ達が居る部隊だ。三年ある見習い期間の内、二年目となる今年から正規部隊教導の下での実地訓練が行われるそうな。
『あぁ……恐らく今頃まで群れで冬眠してたんだろうな。運悪く住み処に当たってしまったらしい』
それは〈龍脈〉を流れる魔力の性質で冬眠する種類の〈虚獣〉に、たまに発生する事象らしい。場合によっては夏まで眠っていることもあるそうだ。
ともあれ運悪く遭遇戦となってしまったという事態だ。
「〈プリンセス〉の速力なら……巡航出力でも三分あれば……」
下画面のタッチパネルを利用して地図を確認しながら答える。現在地から見て南方向、直線距離にして約20km離れていた。
〈プリンセス〉の巡航飛行速度は時速360km。単独であれば三分で辿り着く計算だ。
『なら俺とレイが先行して向かおうか』
「アイクさんも、ですか?」
そこに持ちかけられた提案に、首を傾げることになった。
まるで飛んでる
『〈
全身に魔力を供給している〈魔導甲騎〉にも同じ効果が付与できるからな、発動中はそれだけ速く走れるという訳だ』
もしやと思ったが、本当にそういうことらしい。
「わかりました」
そう答えたレイが操縦桿を繰ると、〈プリンセス〉はそれに従った。
翼を羽撃たかせる様な挙動をした〈セイレーン〉が、巡航出力に合わせて最適化した配置に装甲を組み換え、内蔵した推進器から青白い光を放つ。
内部フレームの胸部に内蔵された〈ディザストフォトンアクセラレーター〉が甲高い唸り声を上げ、生成した〈ディザストフォトン〉を供給し始める。
〈セイレーン〉も含む、各部に備わった噴出器から放出されるらしいこの粒子だが、噴出して外気に触れる瞬間に淡い輝きを上げて崩壊してしまう為に、物質として確認することができない。それでも、これが崩壊する瞬間に、重力を緩和する力場を形成する。
それにより重力から解放された機体が、ふわっと、浮かび上がった。
「レイ・サザーランド。〈プリンセス〉、行きます!」
口上と共に翼を羽撃たかせ、機械仕掛けの天使は空へと舞い上がった。
『〈
アイクもまた詠唱と共に走り出す。
そうして二人、先んじて出撃した。
その頃。現場は阿鼻叫喚となっていた。
『ボサッとするなッ!!!』
「はいっ!!!」
教官役だった正規騎士にどやされ、怖じ気づきながらもヘレナは応えた。
二年次の見習い騎士六名で編成された第七期教導分隊四班と、教官役を務めていた第四分隊第二小隊六名の計十二名。その彼らは現在、当初の予定にない敵と運悪く遭遇し交戦状態となってしまった。
一体二体どころではない。〈
魔力伝達による交信で本部に増援を呼んだらしいがそれでも到着まで何分掛かるかという事態で。
そんな時だ。
「──────ッ……!!!」
堪らず、ヘレナは乗機〈ラヌンクラレアス改〉を駆り単騎で走り出した。
『ヘレナ!!? 単独行動は……!!!』
同じ班にいたエイミーが呼び掛けるも、振り返らない。そして。
「────ッ!!!」
コクピットハッチを解放し、機体に回していた魔力を一部遮断して体内に巡らせた──その瞬間、灰青色だった瞳が赤みを帯び、髪が一部逆立ち始める。
自らの魔力が高まったところで、
「──────────ッ!!!」
彼女は、咆哮を上げた。
その頃、レイは漸く目的地を視認できる位置まで来ていた。
「あれは〈竜頭蜘蛛〉……いや、なんかでっかい……!!?」
見慣れたサイズの六倍はありそうな個体が居た。ジョロウグモに似た細長い腹部が、コガネグモを思わせる黄色と黒の縞模様に彩られている。
自分が俯瞰視点だったから、下を走っていて見えないであろうアイクが『体色が着いているか』と尋ねてきたので、その特徴を伝える。
『それは多分女王個体だ』
「女王……あれがですか?」
聞き返したレイに『あぁ』と肯定するアイク。
『戦況はどうなっている?』
「まだ大した被害はないみたいです……一機、改良型機が単独で先行しています」
その時だ。
狼に似た、獣のそれに似た咆哮が響いたのは。
「────何だ……!!?」
下画面を用いて計測し音源を特定する。先行した機体から発されてる様だった。
『この咆哮は……〈
「知ってるんですか?」
名前からして何らかの〈魔導技能〉だと察したが。初めて聞く名前だった為に思わず聞き返してしまった。
『声や咆哮に魔力を付加させることで、様々な特殊効果を付与させる
例自体は稀だが魔力素質に恵まれている〈
「〈狼人種〉……ってことは、まさか……!!?」
『確か、この団の騎士で一番魔力素質が高い〈狼人種〉は彼女だったな』
話の途中でレイは直ぐ様に、中段中央画面で捉えた先行機体の姿を拡大する。
ヘレナだとすぐに分かった──〈魔導技能〉を使うためだろう、コクピットハッチを開けていた為に。
同時に、彼女に群れの約半数が集中していく光景も確認してしまい。
たまらず、レイは操縦桿を操作した。
〈セイレーン〉が巡行形態を解除し戦闘形態に移行、装甲の配置が変更されシルエットが翼からスカート状に変わる。
『今使われている効果は【挑発】だ。発動者が優先的に狙われるといえ活性化している可能性が高い』
「だったら尚更です!!!」
そう答えながらも続けられた操作により〈アンヘルヘイロウ〉から電磁砲を展開。そのまま戦場へと突っ込んでいった。
魔力供給を一部絶ったことで。当然ながら、機体の出力が落ちていた。
故に簡単に追い付かれてしまう。
仲間を大切にする、という〈狼人種〉としての本能的な行動、というのもあった。
仲間を傷付けられない様に、自ら囮になる行為。
でも。多分、それ以上に。
きっと
だが、思ってたより早く、その時が来てしまうみたいで。
組み付かれ、【幻惑】効果の魔力を放たれる。
ぐわん、と視界が揺さぶられる。恐怖心を刺激され、恐怖、不安、絶望、あらゆる負の感情が失禁しそうな程に溢れ出してきて。
それでもヘレナは唸り声を上げる。無理矢理でも、自らを奮い立たせる為に。
でも、怖い。
開かれた
直後、機体を衝撃が襲った──
──が。
衝撃はあったが、何故か自機が尻餅を着くだけに留まるのだった。
「………………っ?」
恐る恐る、目を開くと。
一瞬だけ驚愕して。続けて、思わず涙が溢れ出した。
その先に居たのは。
『────ヘレナ、無事っ……!!?』
「────レイさぁん……!!!」
いつの間にか現れ、目の前の〈竜頭蜘蛛〉を踏み潰し、その上に立つ〈プリンセス〉の姿があった。
重力緩和効果がなければ機体は約10tの〈
同時に。舞い降りた〈プリンセス〉の姿を確認した〈虚獣〉達が一斉に血相を変えた様に取り乱す。
天使リアリティショックとでも言うのか、やはり錯乱した様に襲い掛かってくる。それを電磁砲で七面鳥撃ちの如く淡々と落としていく〈プリンセス〉。
『ヘレナ、援護頼める?』
「はいっ!!!」
レイの言葉に応え、ヘレナはコクピットハッチを閉じ〈ラヌンクラレアス改〉を再起動した。
その返事と同時に〈プリンセス〉は走り出した。
増援が到着した。その報告により、一同は攻勢に出る。
さっさと終わりにしたい。誰もがそう思っていた。
エイミー・ヴァリアントもその一人。
携えた〈魔導銃剣〉を翳し、突き刺す。
直後、零距離で
「これで、三体……!!!」
ヘレナが欠けた五人の班員で〈竜頭蜘蛛〉を二体、〈蜥蜴蟷螂〉を一体倒していた。何体居ようが、と奮い立たせる。
だが。
「────え?」
気付いた時には遅かった。
一体の〈蜥蜴蟷螂〉が飛び付いており、その鎌がコクピットを捉えて振り下ろされていたのだ。
咄嗟──本当に意識していない咄嗟に、機体の上体を起こしたその時。
「────ぁああ……っ!!?」
コクピット外壁を突き破ってきた鎌が、そのまま彼女の腹部を貫いた。
幸か不幸か、カウンターに放っていた〈魔導銃剣〉による刺突が一歩遅れてカマキリの胴を貫いたことで相討ちに終わる。
「……いっっ……たぁ……!!!」
激痛、それ以上の『熱い』という感覚が彼女の身体を釘付けにしていた。
〈
それでも痛いものは痛い。何よりそもそも、体力が他種族と比べて多いというだけであり尽きれば死んでしまうのに変わりはない。
おまけに当たり処が悪かったか、純粋に慣れない痛みからか、体内の魔力流が乱れた。それにより機体の挙動が不安定になる。
そこを別の個体に襲われる。
流石に死を覚悟した──が。
「ヴァリアントさん……!!?」
嫌な予感からそちらを振り向き、その一部始終を確認したレイは操縦桿を動かした。
〈プリンセス〉が構えた電磁砲がペレット弾を撃ち出し、簡単に仕留めた。
そしてすぐに近づき、機体を支えると。彼女の機体のコクピットハッチを開ける。突き刺さった鎌状の腕が干渉していたが、亡骸が気化する〈虚獣〉の性質から崩壊したことで開けられる様になった。だが。
「……あぁ……サザー、ランドくん……」
思わず顔をしかめてしまう。
中に居た彼女の腹が深々と貫かれていた。
ヘレナに周囲警戒と援護を任せるなり、レイはシートベルトを外し、機体を降りてそちらに移る。急いで
「あはは、サザーランドくんに見られちゃってる」
「──んなこと言ってる場合じゃないでしょう!!?」
「真面目だなぁ……」
こんな時に茶化してきた彼女に、レイは上着を脱いでどうにか止血しようと巻き付けた。彼女の血に染まっていくが仕方ない。だがそれでも止まる訳がなく。
魔術が使えれば。
「〈
彼女を両手で抱え〈プリンセス〉に移り、〈祝福〉の機能利用を試みる。
が。
『警告。
現在の権限ではその命令を受理できません』
「────そんな……!!?」
期待は呆気なく砕け散った。
彼女の顔色が段々悪くなっていく。
〈精人種〉は頑丈と言っていたが、これでは生殺しもいいところだ。
どうすればいい?
どうすれば彼女を助けられる?
焦っていた。そこに。
「俺に任せな……」
いつの間にか現れていたシズヤの姿があった。
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