第二十話:あなたはどんなに傷ついても助けを借りずに進み続ける

「シズヤさん……!!?」

 遅れてくる筈の男が〈プリンセス〉の肩に乗っていた。

「無線で聞こえたもんでな……〈自生時制御クロックアップ〉で文字通りすっ飛んできたんだよ」

「シズヤさんも使えたんですか?」

「ちょい裏技でな……」

 裏技ってなんですか……という問いが出掛けたが、彼の様子を見てすぐに引っ込んだ。物凄い量の汗を流していたのだ。相当な負荷を受けていたであろうことがわかる。

 そんな彼だが、息を整え、レイが抱えていたエイミーに視線を向ける。

 息が荒くなり、段々と蒼ざめてきた肌は冷や汗を滲ませていた。レイも前世で経験した──出血性ショックの症状だったはずだ。


 その彼女の傷に手を翳して、シズヤは。


幻想模憑イマジン・スティール


 少し呟いて。


癒合回復ヒリング・ケア


 そう唱える。それは、現時点で最上級の治癒魔術。


 すると、術式が起動し。差し出した彼の掌に集った魔力が、柔く暖かい光を放ち始めた。




 そんなことになっている間に、戦況もまた急激な変化を迎えていた。

「──〈自生時制御クロックアップ二重加速ダブルアクセル〉ッ!!!」

 自らの〈魔導技能〉により急烈な速度で動き回っては、一撃離脱ヒットアンドアウェイを繰り返すことで、女王個体に挑んでいくアイク。

 巨体な分、鈍重な為に、矢継ぎ早に迫る斬撃に成す術なく責められていく。だが、それで倒せる程甘くは無い。

 硬い。とにかく耐久力が高いのだ。

強化解除リリース

 距離を置くなりそう短く唱え、発動していた技能を解除。息を整えつつ、彼は得物を構える。

 彼の得物は技巧大剣〈刃毀れ知らずエンドレスブレイド〉──刀身にレールを施してそれに走らせる砥石の機構を装備、振るう度に滑走する砥石で刃の斬れ味を保つ、という頭がいいのか悪いのかよくわからない武器。それでも『魔術を介さない機構のみで斬れ味を保ち続ける』というこの武器の特性が、自らの能力や戦闘技能との相性が良く、結果的に愛用することとなっている。

「〈自生時制御・二重加速〉」

 呼吸を整え。再度、唱える。

 全身の魔力が活性化し、。大剣の刃渡りリーチ威力パワーもあり、周囲を纏わりついていた小型の個体に至っては斬撃に巻き込んだだけで消し飛ばした。

 それでも本体の頑強さを超えることはできないと理解していた。故に。

「脚を切り落とすッ!!!」

 狙ったのは脚部──それも構造上脆くなる関節部。独楽コマの様に回転しながら斬り掛かり、それを跳躍移動と共に繰り返すことで八脚全てに連続で叩き込んだ。

「後は任せたッ!!!」

『はいっ!!!』

 脚を全て失い転倒した、その隙に距離を取りながら通信を入れた。

 相手は──遅れてやって来たリィエ。


『────我が魂喰らいて疾走はしれ、紅蓮の流星ッッッ!!!』


 通信越しに、吼える様に奏でられた詠唱と、それによる魔術の起動を確認する。


 〈轟・爆裂紅蓮焔咆ハイエスト・エクスプロード

 火属性と風属性の複合型攻性魔術。


 それが〈女王個体〉を中心に魔術陣を形成し、炸裂する──その直前。


『〈疾風乱舞シュトゥルム・ダンス〉──〈七連ジーベン〉ッ!!!』


 同じく遅れてやって来たライラが発動した風属性の攻性魔術が、七発同時に〈女王個体〉を取り囲む様な配置で起動した。


 その中でリィエの魔術が炸裂することで、爆焔が周囲を巻き込まずに〈女王個体〉を吹き飛ばし、焼き尽くした。

 それにより群れは散り散りになったことで、戦闘は終了した。




 光が収まった後。エイミーの腹部に空いた傷は、僅かに痕が残ってしまったもののほとんど完全に塞がっていた。

「これで、大事には……いや充分大事だったけど、とりあえずはこれで大丈夫だろう」

 出血も止まり、荒く小刻みにしていた息も段々と穏やかになっていく。

 腕に抱かれた姿勢のままスヤスヤと寝息を立てていた彼女を、レイは〈プリンセス〉の座席に座らせる。その様子を見やり、安堵の笑みを浮かべるシズヤだが。魔力を相当量消費したのだろう、消耗で今度は彼がダウンしかけていた。

「今のって……」

 最初に一瞬唱えたのは何だったのか。

 ふと気になったレイが尋ねると、しんどそうにしながらもシズヤは答えてくれた。

「〈幻想模憑〉……俺の〈固有魔法こゆうまほう〉だ」

「魔法……?」

 確かに今、そう言った筈だ。

「魔術とは違うんですか?」

 聞き返すと苦笑いと共に「そこからか」と返されつつも、彼は教えてくれた。


「まぁ分かりやすくいえば『魔法』っていうのは、なんていうか『奇蹟』とか『魔力に働く法則』みたいな……正直、結構ふわっとしてて上手く言語化するのが難しいんだが……とりあえずそんな感じの概念だと思ってくれれば大体あってるはずだ。

んで、その『魔法』を簡単に訳して技術として確立させたのが『魔術』って感じだ」


 掻い摘んでの説明だったがだいたい理解することができた。


「その上で俺の固有魔法……〈幻想模憑〉は、見たり聞いたりで構造・性質を理解した、魔術や〈魔導技能〉を模倣・憑依して自分で扱える様にするって効果だ」


 体力回復や治癒系の魔術は冒険者時代に必須だったんでな、と続けられた発言から察するに、この〈魔導技能〉をシズヤは入団前には持っていたらしい。


「……とはいえ、これでも応急処置程度だがな。……それこそ錬丹術が使えればもう少しマシだったかもしれない」


 そう続けたシズヤが言うには。そもそも普通に使われている治癒魔術は、完全な治療が可能な訳ではない。自然治癒や、錬丹術との併用を始めとした物理的な処置も必要とされるのだ。

 簡単な擦り傷や切り傷なら大して目立たない為に平気とされているが、ここまでの重傷を負ってしまうと復帰まで一定期間が必要だろうと見込んでいる様だ。


「ありがとうございます……それと、ごめんなさい。僕が、魔術を使えていたら……」


 レイはそう言うが、気にするなと彼は返す。


「そもそも魔力のないお前が〈プリンセス〉で戦場に立てるのが奇跡みたいなもんだろ。それ以上の高望みはしねぇし、負担を掛けるつもりもねぇよ」

「そうかも、しれませんが……」


 言い淀むレイに、彼は言葉を続けた。


「彼女を守ったのはお前だろ?」


 その一言に。レイは思わず息を飲んでいた。


「みんなが咄嗟に動けなかった時にお前が動いた、んで助けた。仮に他の誰が動いても〈プリンセス〉の速力じゃなかったら間に合わなかったかもしれん。

お前だって充分に活躍してるんだ。もうちっとくらい誇っても良いじゃねーの……」


 そこまで言ったところで、ふとシズヤが顔を上げた。

「……って、あれ……」

 何故か豆鉄砲を食らった様な表情を浮かべて。

 いつの間にか、レイは涙を流していたのだ。


「あれ、あれれ……おかしいな……早起きしたからかな……」

「些か日が昇り過ぎてると思うが」


 呆れる様な、それでいて気遣わしそうな苦笑いを浮かべていた。





「レイさん……」


 戦闘が終わってもまだ降りてこなかったのを心配したヘレナが〈プリンセス〉に近付いていた。

 その物陰で二人の話をずっと聞いてしまったのだ。


 彼が前世でどんな目にあっていたのか。

 理不尽に抗うことも、逃れることも許されず、誰にも救って貰えなかったと。

 シズヤに同情されながら、答えていたそれを。いつか──彼と出会う前の自分に重ねて。


「あなたも、辛かったんですね……」




 ※※※※※※




 私はあなたに何度も助けられました。


 あなたにとっては取るに足らないことなのかもしれませんが、私はずっと覚えています。


 あなたが傷付くところをずっと見てきました。それでもあなたは、誰からも助けを受けずに進み続けます。


 そんな姿を格好いいと思っていました。

 まるで物語の主人公の様で。


 でも、いつからか。

 あなたのその姿が不安でした。


 他の人を支えられるだけ支えようとするあなたが、誰からも支えられないでいたら。

 このままではいつか、あなたが壊れてしまうのではないかと。



 ※※※※※※


「レイさん……私は、あなたを……」


 その時だ。

 良からぬ気配を感じたのは。

「──────っ!!!」

 反射的に魔力が体内を駆け巡り、瞳に赤い光を灯したヘレナは、たまらず、本能の赴くままに咆哮を上げていた。




「これは、ヘレナの……!!!」

「【警戒】の〈魔唱笛〉……!!!」

 近くにいた二人は勿論真っ先に反応する。

「ってことはまさか……今の話聞かれてた!!?」

「そこかよ」

 顔を青ざめさせるレイにシズヤが呆れる様に突っ込んでいた。

「向こうの方角から、何かすごい怖い気配がしましたっ!!?」

「……何でそんなに大雑多なの……?」

「遠くてよくわからないんです……ここから100……いえ、200km以上はあるかもしれません」

「そんなに遠くまでわかるの……?」

「はいっ……とっても強い気配ですっ!!!」

 簡単そうに言ったが。〈プリンセス〉の索敵範囲は最高100kmだ。おまけに生体反応こそ感知可能だが魔力を感知できない。

 つまりはそれ以上距離を離れた魔力源を感知したというのだ。

「向こうの方角に200kmって……確か、隣国の〈アステライド共和国〉じゃねぇか」

 シズヤがふと呟いたそれを肯定する。

 大陸東部の、西端側とはいえ〈虚獣領域〉内にポツンっと飛び地の様に存在する〈ロゼマリア王国〉だが、一番近い隣国がそこだったはずだ。

「〈プリンセス〉なら直線距離で飛んでいけます……四十分くらい掛かっちゃいそうですが」

「まぁ……流石に領空侵犯なんて言われたりしないよな?」

「バレなきゃ大丈夫です!!!」

 そもそも『空からやってくる』という発想すらない気がするが。

 まだ目覚めないエイミーをシズヤに託し、〈プリンセス〉を起動させる。


 飛び立とうとした、直前。

「あの……!!! 私も同行していいですかっ!!?」

「へ?」

「私が道案内した方がいいと思います!」

「……わかった」


 ヘレナがそう提案してきたのだ。

 何らかの意図があると察し、レイは承諾した。


 〈プリンセス〉のシートは、操縦者パイロット用の後ろにサブシートが用意されている。

 といっても、座席とシートベルトが用意されているだけの簡単なもので、副操縦席としては全く想定されていないのだが。


「レイさん、その……」

 そこに座り、前席のレイに話しかける。

 案の定、先程聞いていた話のことだった。

「幻滅、したよね……」

「い、いえ……そんなことないです。むしろ……」

 少し考える様に間を置きながらも、彼女は答えた。


「レイさんは、ずっとレイさんだったんだなって。優しくて、強くて。でも……たった一人で何でも背負い込んでしまって……」


 彼はこうも言っていた。

 助けて貰えないのは辛い助けて貰えなかったのが辛かったから、目の前で助けを求める人を出来る限り助けたい、と。

 その考えを歪んでるとは思わない。だが。一人で背負うにはあまりに重すぎると感じていた。


「私なんて、まだまだ頼りないかもしれません。レイさんの役に立てることも、あまり多くないのもわかっています……それでも、私は……」


 心の内をさらけ出す様に。続けた。


「もっと頼ってほしいです……もっと甘えてほしいです!!! 私は……少しでも、あなたを支えたいですっ」

「…………っ」


 その言葉に、表情が綻んだ。


「……ありがとう、ヘレナ」


 そう、返した。

 振り返れなかった。自分が今、彼女に振り向いたらどうなるか想像できたから。


 やっぱり、自分は幸せ者だと。

 だから、僕は守りたいんだと結局背負い込んでしまうと自覚しながらも。


「……それじゃ、出発するから……5秒待って」

「……はいっ!」


 目元に浮かぶ雫を拭う。そして。


「出撃準備完了……!!!


レイ・サザーランド、並びにヘレナ・アズルフィルド──〈プリンセス〉、発進します!!!」


 改めて抱いた決意を胸に、〈権天使プリンセス〉は天穹へと舞い上がった。


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