第二十一話:非常事態宣言
翼を羽撃たかせて飛び立ち、
それを見送った一同の元に、すれ違い様に通信が入る。雪狼騎士団本部──それもナターリアからだ。
『今し方、騎士団司令局西部地区支所から各騎士団・傭兵団並びに冒険者ギルド宛に伝令があった。西方向・距離約200km地点周辺より異常な値の魔力流を検知』
「まじすか……」
その報告を受けシズヤが真っ先に反応していた。
「今、レイが向かいました。学生騎士のヘレナ・アズルフィルド訓練生が何らかの気配を感知したとかで……」
その報を受け、ナターリアは感心する様な反応で頷いていた。
『〈狼人種〉は魔力感応能力が高いからな』
「魔力が少ない種族なのに?」
『あの頭頂部に生えた一対の獣耳が魔力受容器で、大気中の魔力流を感知することができる』
「あの
耳の様な姿形をしてはいるが、どちらかというと目の様な器官なのだろうか。そんな想像をしていたら、レーダーやソナーに例えられたことでしっくり来た。
『それにより〈虚獣〉の魔力放出を感知でき、かつ〈魔唱笛〉の利用でいち早く知らせることもできた。さらに身体能力が高い傾向もあるからな、一昔前までは騎士団でも斥候や偵察・要人護衛の見張り役などで使われていたんだそうだ……〈魔導甲騎〉の登場まではな』
「あー……」
確かに〈魔導甲騎〉に搭乗すれば、大抵なんとかなる。種族はおろか個人レベルでの体格・身体能力差は技能以外で無くなり、特に最近の機体は魔力感応式
人員の負担や損耗の軽減の為に作られ発展していったであろう技術者達の努力が、〈狼人種〉の性質を上回ってしまい結果として彼らの仕事を奪ってしまった、なんていうのはなんという皮肉だろうか。
「それで……魔力素質に恵まれたアズルフィルドはその性質をより一層引き出せた、と?」
『そういうことだろうな』
と、ここで『ところで話は変わるがもう一つ』と切り出される。
『今回の報告があった推測地点なんだが、推定誤差2km圏内〈アステライド共和国〉の首都があるんだ。
……何が言いたいか、わかるか?』
沈黙する。
「まさかだが……」
口を開いたのは、アイクだった。
「仮に何らかの災害が起きてると仮定して。難民がやってくる可能性がある、と?」
『
「うそーん……」
その頃。
雲に並ぶ程の高度を飛翔していた〈プリンセス〉。
「すごい……本当に飛んでます……!!!」
「うん……」
感動のあまりに驚嘆の声を上げていたヘレナに、空返事気味になってしまうレイ。
そんな彼はというと。視線を巡らせて周囲や足下を警戒しながら、時折に操縦桿を操作していた。
いくらここまでの高高度を飛行できる〈虚獣〉が現時点で確認されていないとはいえ、油断はしない。今まで発見されていなかっただけで存在しないとは限らないから……とはいえ現時点ではそれらしき影も見えないのだが。
かれこれ30分は飛び続けた。この高高度で飛ぶことにした理由の一つである、陸路ならば南か北から迂回する必要が出る連山帯をとうに飛び越している。
初めて来たとはいえ、そろそろ何か見えてきてもおかしくは無いはず……などと思っていた時だ。
「だいぶ、曇ってきましたね……」
ヘレナがそう切り出してきた。その通りに、目の前の広範囲に黒い雲の様な大気の層が広がっていた。
段々と高度を下げつつ、その中を突入していく。
だが。
「……いや」
しばらくして。違和感を覚え、レイは下画面を操作した。〈祝福〉の機能を利用して大気成分を解析するのだ。
「雲じゃない……」
まもなくして解析結果が表示された。
大量の炭素や硫黄、それらの化合物の微粒子が検出された。他、一酸化炭素、シアン化水素等の一部有毒なガスがかなりの濃度で検出された。自然界に存在しないという訳でこそないが、この濃度は。
黒い雲の正体は――――黒煙。
そう判明してからだ。
暗い大気で曇った空間から抜けると。
そこに広がっていたのは──一言で表現するなら、地獄絵図そのものの光景だった。
「──────ッ!!?」
「────街が……!!?」
一面が紅蓮の焔に染め上げられ、黒煙を吐いていた。
俯せに倒れた状態で動かないまま燃えていた人がいた。
潰れた建物の残骸から助けを求める様に虚空へと伸ばされたまま動かない手が見えた。
意識を集中してしまうとその惨劇が画面にポップアップで拡大表示されてしまう。
「…………っっ!!?」
「────見ないで、ヘレナ……!!!」
「もう……見て、しまいました……っ!!!」
慌てて消すが、彼女もまたその悲劇の一つ一つを目の当たりにしてしまっていた。
どこもかしくも、そんな惨状だった。
「この規模……火山の噴火でもあったのか……?」
生存者は居ないかと、辺りを見渡していた。
そんな中で、だ。
「なんだ、あれは……!!?」
一際、凄まじく燃えていた地点。
そこに、それは居た。
「────虚獣……!!?」
「しかも、あれ……!!!」
山の様に巨大なそれ。禍々しい程に赤黒い体色で彩られた全体的にずんぐりとしているその体躯の背中には、左右で一対になる様な配置で背鰭の様な器官が備わっていた。その形状に見覚えのある気がした。
と思えば。そうだ、とふと思い出した。
あれは翅だ。それもとある昆虫の。
「シズヤさんの冗談が現実ならば、受け入れるしかないかぁ……」
その印象が閃けば確かに。それの姿が、見れば見るほどアレに似ていると認識させられた。
左右の側頭部から長い触覚が聳え、尻尾は二股に分かれている。
比較的華奢な前腕を持つ上半身を起こしつつ、下半身には二対の脚を備え四足歩行をする目の前の〈虚獣〉。
「こいつの仕業か……!!!」
レイはすぐさま〈アンヘルヘイロウ〉を起動、電磁砲を携える。
70.0mm速射砲は既にペレット弾を装填済みだった。
「ヘレナっ、しっかり掴まってて!」
「は、はいっ……!!!」
それだけ言ってレイは機体を駆り出した。
フットペダルを強めに踏みつける。〈セイレーン〉の形態は巡航形態から戦闘形態に移行していた。その状態で最大出力で推進。
その加速中も忙しなく操縦桿を動かし、ボタンを操作して機体を挙動させる。
正面から突っ込んでいくような勢いで急接近し、そのまま横を通り過ぎる。
振り向いてきた。〈プリンセス〉もまた向き直り、そこへ目掛けて70.0mm砲を構えると、後退する挙動のまま射撃する。
銃口から立て続けに吐き出されたペレット弾が、吸い込まれる様に正確に巨体に直撃していく。
そのまま横移動しながら
一弾倉分、弾が切れるまで撃ち切った。
ほとんど命中させたはずだがびくともしない――それどころか着弾地点を拡大してみるも目立った傷もほとんど確認できなかった。
なんて強度、と怯みかけるも。だったらと次の動作に入る。
「〈対魔力弾〉装填……」
155.0mm電磁加速螺旋砲――二連装になっている内のもう片方だ。
一発しか装填できない仕様上、まさに『ここぞ』というタイミングでしか使用しないであろうと思っていた装備。
ボルトを引き絞って薬室を開放。そして〈セイレーン〉の内側に格納していた〈対魔力弾〉を取り出し、装填する。
目の前の個体はでかいが、その分重いのか――遅い。
故に、死角に入れば簡単に装填から射撃体勢に移行できた。
「ドーンだYO!!」
吼える──同時に銃爪を引いた。射撃し放った弾丸がそのまま直線を描いて飛んでいき、命中する。
着弾と同時に、対象に流れる魔力に反応し、如何なる物質を「破壊・分解する」何らかのエネルギー──便宜として〈破解エネルギー〉と呼称している──を発生させる。
それが起動時の性質から魔力の流れを逆流し吸いながら発生させ、結果として魔力回路を介して魔力の通る部位全てを内部からズタズタに破壊し分解する──はずだった。のだが。
「────堅っ……!!?」
その瞬間。命中した〈対魔力弾〉は確かに効果を発揮した。着弾したその中央を起点に、そこから末端まで亀裂が入り、全身隈無く広がるようにエネルギーが広がり、内部から炸裂する様に弾け飛んだ。
だが、実際には胸部を抉るだけに留まっていた。
「────も、もう一発……!!?」
「いや……駄目だ……!!!」
ヘレナが提案するが、レイはそれを諦める。
それは目の前のそいつの状態にあった。
膨大な気流が発生していた。というか、大気に対して物理的に干渉する程の密度の〈魔力放出〉。
「膨大な量の魔力を纏っている……あれじゃ多分、撃っても〈対魔力弾〉が無効化される……!!!」
「そんな…………!!?」
唖然としていたヘレナ。その彼女に「それに……」と気まずそうになりながらも言葉を続けた。
「奴には味方がいるみたいだ」
同時に、下段画面に反応が映った。そして中段画面の空に映る大量の点。
それの一個一個が段々と大きくなることで。ハッキリしてきたその姿に、再度ヘレナは驚愕と、戦慄することになる。
「何ですかあれ!!?」
「有翼型の〈虚獣〉……としか言い様がないな」
群れの正体は。
何より、空を飛んできたのだ。
〈プリンセス〉の様な高高度飛行や高速空間機動戦闘が可能かは不明だが。自力で飛行可能な〈虚獣〉の出現を確認してしまった以上、どうにかして生き残って報告するしかない。
そしてこの状況だ。多勢に無勢に他ならない。
幸いなことと言えば、巨大な個体が魔力放出をしたまま停止状態なことだ。
生きてはいるのだろうが、回復に手間取っているのか、専念しているのだろう。
逃げるなら今が好機だった。
故に、155.0mm砲に煙幕弾を装填し射撃。炸裂して目眩ましとしている、その隙にレイは撤退した。
その後提出された彼の報告により、〈ロゼマリア王国〉では、非常事態宣言が発令されることとなった。
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