第二十二話:牡牛座の一等星
隣国〈アステライド共和国〉が新種の〈虚獣〉の襲来により陥落した。
〈プリンセス〉が通信越しに届けたその凶報は、当然ながら王国中の騎士団を戦慄させることとなる。
胸部に受けた一撃による損耗が故か。一国の壊滅させたその個体は依然として同国首都跡にて起立したままの状態で沈黙している。
陥落から一日目。〈ロゼマリア王国〉は各騎士団の精鋭部隊を寄り集め、新種虚獣の調査・監視部隊を編制し派遣。同個体に付随していた同じく新種の小型虚獣とも時々に交戦しながら監視を続けている。
幸いなことにこの小型種は、本当に付随しているかの様に超大型の傍を離れようとしない性質がある様で、ある程度離れていれば自ら進んで襲ってこない。故に遠方で監視しているのだった。
そしてもう一つ。国が一つ滅びたというだけあり、万単位の難民が発生し王国に避難してくる事となった。王国と共和国を隔てる様な山脈を超えてきたもの。それぞれ北と南からその山脈を迂回してきたもの。また種族も様々に存在していた。
その難民たちを王国は、北部側・西部側・南部側でそれぞれ分散させ、また東部にも一部を受け入れさせることでどうにか落ち着かせることができた。
一方でレイと〈プリンセス〉はというと、後方で待機することになっていた。
というのも、そもそも各地域への伝令がここまでスムーズにいったのは〈プリンセス〉が文字通り王国中を飛び回っていた為であった。とはいえ悶着が無かったわけではなく、ナターリアが同行してくれてなんとかなった方が多かったが。
その働きへの労いも兼ねていたが、最大の理由としては「新種虚獣への対抗手段として充分足り得る唯一の戦力を、決戦まで使い潰す訳にいかない」というのが大まかに一致している見解だった。
共和国陥落の報から三日後の事だ。
「オーライ! オーライ!」
誘導員の号令に従いながら各々の機体を指定位置まで移動させ座らせる。
王国西部 各騎士団用複合仮設拠点地帯。
〈雪狼騎士団〉は現在、専属地区防衛用として拠点に残しておいた第三分隊を除いて全員でこの地に来ていた。
「応援に駆け付けました、雪狼騎士団所属 レイ・サザーランドです」
予定されていたブリーフィングの時刻までに時間があった為、周りの他騎士団に挨拶していった、その時の事だ。
「君、レイ・サザーランド……!!?」
「へ?」
急に知らない男性に話しかけられ、すっとんきょうな声を上げてしまった。
容姿からの想像だがまだ若そうな青年だった。服装から察するに別の騎士団の騎士とされるが、面識は無かった。
はて、と首を傾げていると。
レイを呼びながら近寄ってきたヘレナが、彼の姿を見て一瞬立ち止まった。
そのヘレナはというと。スンスン、と匂いを嗅ぎ。直後。
「────ひぃっ……!!?」
顔を蒼ざめさせながら思いっきり驚愕して、レイの背後に隠れてしまった。
突然のその様子にレイは少し困惑してしまう。が、
「……やっぱり怖がらせてしまったか」
そう言われて、少し考える。
「――――あっ……!!」
思い出した。いつか、ヘレナを虐めていたガキ大将。
思いもよらない再会であった。
待ち時間の間、少し三人で話をすることになった。
学校を卒業してから、彼は現在も所属している〈
現在彼が使用している機体は〈アマリリス〉──レイも名前だけは以前に聞いたことがあったが、西部地域では現行主力機である機体の様だ。
曰く、〈ラヌンクラレアス〉より出力を抑えつつ装甲を要所部位に最低限だけ搭載することで『火力と防御力を落としたが、高機動性と持久力を両立させて底上げした機体』であるという。
国土がほぼ〈虚獣領域〉で覆われている王国ではあるが、最前線同然の東部・南部・北部とは違い西部地域はほとんど領域の外側である。その為に、現地所属の騎士やその機体はあまり対虚獣戦闘を想定しているとは言い難く、代わりに対人戦に特化した仕様であるんだとか。
その為に今回の非常事態では、彼らの騎士団は各自の持ち場での治安維持と他部隊への後方支援にのみ留まることとなっている。
そこまで話し終わった時だった。
「その……あの時は、ごめんな」
「はい……?」
彼の方から、ヘレナにそう切り出していた。
「あの頃は俺も若かったというか、色々あってな……だが。何がともあれ、君に怖い思いをさせてしまった。
こんな機会であれだけど。そのことを、改めて謝りたい」
「あ、はい……」
少しもじもじとしながらも、ヘレナからも謝った。
「私も、先程は怖がってしまって、ごめんなさい」
「あぁ。大丈夫だ」
偶然の重なりではあったが、ひとまずの区切りがついた様だった。
余談だが機体の話を聞いている間、レイは珍しくキラキラと目を輝かせていた。
同時に一つ、新たな決意を胸にしていた。
『この戦いが終わったら〈アマリリス〉を買おう。できれば経費で』と。
新型機開発のヒントを得られると信じて。
……趣味でも欲しがってはいたが、公私は弁えることにした。
合流してからしばらくして。〈雪狼騎士団〉により貸し切られた一角にて、ブリーフィングが始められた。
「共和国を壊滅に追いやった超大型虚獣についてだが」
そう前置きされ、同時に一同が向かい合う円卓の中央に投影魔術――術者が思い浮かべたものを幻影として文字通り『投影』する魔術だ――が起動した。
「これが〈プリンセス〉の稼働記録内の画像データを元に再現した姿だ」
そう言ったところで現れたのは。あの超大型虚獣の姿だった。
「うげ……まじで『G(虫の方)』じゃねぇか……!!」
「
「出て欲しくはなかったんだがな」
小声でだがそんな会話を横でしているのも、気にせずにナターリアは説明を続けた。
体高は推定で60m。全長も100mはあるとされる。
推定重量30000t。
運良く〈対魔力弾〉の攻撃により剥離したとされる体組織片を回収に成功し、解析したところ奇妙なことが判明した。細胞は〈虚獣〉特有の例に漏れず消失してしまっていたが魔導金属に極めて近い性質の未知の物質で構成された細胞壁とされる組織が残っていたという。
そしてもう一つ。余談だが、と前置きして付け足した。
「この新種だが……〈
そう説明したことにリィエが反応する。
「タウロス、って、神裁戦の壁画にあったあれですよね。あの背鰭の生えた二足歩行の竜みたいな姿の」
「……まさかそいつが〈
「可能性がない訳ではないが、残念ながら現時点では不明だ」
シズヤもまた反応するが、ナターリアはそれを肯定も否定もしない。
「そしてもう一つ、超大型に纏わりついていた小型種についても補足したい」
そう前置かれてされた説明に、一同は再び何とも言えない苦い表情をすることになった。
〈プリンセス〉から解析したデータの他、実際に交戦した調査隊からの報告により。体組織を構成する成分がほぼ超大型のものと同質とされる、極めて金属に近い性質のものであると判明した。
「……こちらの方も現時点での関連性は不明だが、その性質故にこの小型種もまた超大型個体と同族と考えられる」
そこまで言って、一同を確認すると彼女は再び切り出した。
「先程通達された事だが、新種虚獣二体の
どちらも〈牡牛座〉に関連する天体の名称だった。
「アルデバラン……!!!」
反芻する様に、レイがその名前を呟いていた。
丁度そのタイミングで。
「――――伝令ッ!!!」
突然入室してきた別騎士団所属の騎士が、凶報を告げた。
「〈アルデバラン〉の覚醒、並びに侵攻再開を確認ッ!!!」
「三日も経ったとはいえもうか!!!」
「悠長に待ち過ぎたですかね……!!!」
作戦の要項は『休眠中のアルデバランへ先制攻撃し短期決戦により殲滅』ということだった。
その決行前どころか本題である作戦説明前に起床されてしまい誤算となってしまったのだが。
それで現在、先遣していた精鋭部隊が現在交戦中であるという。
「今回の作戦に於いて〈カール〉の使用を許可されている」
「カール……自走臼砲ですか?」
「自走魔術杖だな」
「あぁ、はい……」
緊急出撃前にそんなことを言われる。カール自走魔術杖──全長11.0mという超絶巨大な魔術杖を台車で固定するという頭のおかしい兵器の一つだった。
あったなぁ、と懐かしく思いつつ。整理した記憶が正しければ拠点の倉庫で埃を被っていたはずだが。
「拠点に残っている第三分隊により支援砲撃の為に準備させている。準備が完了次第、また通信する」
そう続けられたことに、とりあえず頷いておいた。
レイを除く第二分隊が全員、〈ラヌンクラレアス〉に搭乗し、出撃してから約二時間弱。
部隊は山沿いを、ただひたすら歩き続けていた。
「状況は最悪だな……予想より侵攻が早い!!!」
回ってきたその情報にアイクが毒づいていた。
曰く、〈アルデバラン〉の移動速度自体も上がってきている様だ。
そうしているうちに、その姿が見えた。
こちらが山脈を迂回するより先に、向こうがこちらに辿り着いたのだ。
「……まじでG型のGだ」
『意外に気持ち悪いですね……』
『さっきも言ってたでしょう?』
シズヤとリィエの反応にライラが突っ込みを入れる形となる。口調は飄々としながらも、三人とも心意気は臨戦態勢に切り替わっていた。
その姿を仰ぎ見ると、平たい頭部がこちらを睨むように振り向いていた。
『――――総員戦闘用意ッ!!!』
通信越しでアイクが吼えた。
『こいつは存在そのものが人類の脅威だ……短期決戦で仕留める気で掛かるぞッ!!!』
その音頭に、皆が一斉に了解と答えた。
「……よう」
その内の一角。
〈
「初めましてだな……!!」
『締まらないわね』
ライラに突っ込まれる。
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