第十五話:二度目の初陣


裁後暦316年 2月

 遺跡で機体を見つけ。それを勝手に起動し。挙句にレイの転生者バレ。たった一日で色々あった、あの日から気が付けば三ヶ月が経過していた。


 〈着飾り騎士ドレスド・ナイト〉改め〈プリンセス〉のコクピットに着いたレイは機体を起動した。

 初めて起動したあの時の様に、鍵を差し、起動スイッチを押す。



『  Artifact of.

   New Generation's.

   Guardians and.

   Escort.

   Leader.


   天使階梯ANGEL CLASS第七位the 7 th権天使PRINCESS】  』



 下画面にその文字と紋章シジルが表示され、前面・左右面のメインモニターに機体のメインカメラからの視覚情報が、上面モニターに後頭部カメラの視覚情報がそれぞれ映し出された。


 顔に備わった双眼ツインアイ翡翠エメラルドの様な緑色に灯り、その中に三つずつ掲げられたモノアイ型の瞳が一際輝かしい蒼色の眼光を放つ。


 握った操縦桿を操り正座の姿勢だった機体を立ち上がらせると、続けた操作で〈セイレーン〉の推進器を軽く吹かしてみる。

 破損したヒューズを、新しく作ったものに交換したことで機体は再び翼を取り戻していた。


 粒子噴射器からの〈ディザストフォトン〉放出による重力緩和と揚力発生。それにより機体は重力から解放される。

 だが、レイは敢えて粒子放出量を抑えた。というのもその動作は、機体が載せられていた台車から降りるだけで良かったからだ。

 少し浮いた状態で台車からずれると、まるで人形を手に持ってゆっくり優しく降ろす様に、ゆったりとした動作で地面に着地する〈プリンセス〉。


『綺麗なもんだなぁ』

「ありがとうございます」


 隣で見ていたシズヤの感想に返事する。

 特に前世の身の内を話した訳でもないが、転生者仲間として案外すんなりと打ち解けていた。

 そんな彼も、修理ついでに改修された〈ラヌンクラレアス〉に搭乗している。

 本来〈魔導甲騎〉は魔力導伝により通信しており、魔力を利用しない〈プリンセス〉との通信はできない。だが、コクピット内のフレームに紐で括り付けただけではあるが、特注で作った通信機を中に搭載することで双方間の通信を可能としていたのだ。



 今でも騎士団の技術部に所属しているレイだが、彼は特別措置としても扱われることとなった。

 というのも彼はこの機体──厳密には〈祝福フェストゥム〉と名付けられているシステムにであるが──に〈契約者マイスター〉として登録されているからだ。

 機体に搭載されたこのシステムは魔術の一分野である〈錬金術〉を利用して機体の整備やパイロットの生命維持などをしてくれる。『契約』などと表現してはいるが『天使』の神話的な語感に合わせただけで、機能的には生体認証以上の深い意味はないらしい。

 が、この生体認証が少なくともレイ以外の騎士団員にとっては厄介なものであった。レイが機体の電子説明書アーカイブに接続した事で判明したのだが〈天使〉には機体を運用するに当たって〈祝福〉と連動するレベル1からレベル7まで計七段階の機能制限があったのだ。

 契約者不在時はレベル2、契約者以外で契約者が承認した者はレベル3、契約者がレベル4、といった具合だ。

 レベル5以上はどうなっているのかは契約者であるレイでも閲覧権が無く知る事ができなかったが。契約の破棄、あるいは解除を行い正規騎士に契約を移し替えるという案も考えられたが、少なくともそんなことはテキストに書かれておらず、現在のレイの権限ではそれが不可能と思われていた。


 どちらにせよレイは〈魔導甲騎〉を操れない為「いっそのこと彼の機体という事でいいのでは?」という結論に至り、その決定となったのだ。


 とはいえそれでも学生騎士からではないのは……単純に彼が転生者だから、という訳ではない。

 一つは先述した通り機体の所有権問題。

 二つ目は、それも含め前回の戦闘での実績から実力は充分と判断された為。

 そして、三つ目。この機体の特性の一つ──飛行機能にあった。拾い物とはいえ、実質的にこの機体は確認されている限り『』なのだ。

 故にそのデータを得る為に運用する。その為にレイが徴用されることになったのだ。


 一ヶ月間の先述の問答と、二ヶ月間の仮登録と一応の試験運用を終え、先日。正式にライラの小隊に所属となり、現在任務の為に出動中なのである。



 とはいえ、小隊メンバーの〈ラヌンクラレアス〉は改修されてるとはいえ飛行できる訳ではない為、目的地までは共に歩いての移動となるが。


「……そういえば〈竜頭蜘蛛スパイドラ〉ばかり見かけますけど、他に〈虚獣〉ってどんなのがいるんですか?」

『あー、確かにこの辺は蜘蛛ばっかりだなぁ。この辺じゃ少数だが、もう少し南に行けば〈蜥蜴蟷螂マンティラス〉とか〈琥珀飛蝗アンホッパー〉とか、北に行けば〈太陽光蝶モルフォニア〉がいたりするな』

「見事に虫ばっかりですね……」

『まぁ、この世界に『昆虫』って言葉はないんだけどな』


 シズヤとそんな雑談をしながら、歩みを進めていくレイ。

 操縦には大分慣れてきた。


「『G』とか居たりしますかね」

『ん? あぁ、あの黒光りするあいつか……』


 ふと、元々いた世界のとある昆虫の話になる。

 ある意味では人間と共生しており、ある意味では人類の天敵であっただ。


 だが、シズヤによると今のところを見たことがないらしい。


『……『家庭の王』とかいって『G』型の『G』が出たりしてな、ハハハッ』

「そんなの想像したくもないですね……」


 何故かとある創作上のキャラクターを出された。特殊撮影──そのままだが略して特撮と呼ばれる実写映画分野のとある作品群に登場した『怪獣』だ。前世でロボット以外の作品にあまり触れることがなかったレイも何作か見ており、名前を聞けば姿が浮かんできた。

 確かに〈虚獣〉は『を合成した』様な姿をしている。

 と言ったが、蟷螂カマキリと『蜥蜴トカゲ』と言った生物同士に限らず、蜘蛛クモと『ドラゴン』といった架空生物や、種類によっては様々な生物を虫型に合成した様な神話生物然とした形態のものすらいる為だ。


 頭文字がGから始まる、黒い、ずば抜けた生命力……割りと共通点がないこともないが、そんな組み合わせの存在が現れて欲しくはない。……仮に居たら居たで、尋常ならざる生命力による大量増殖の果てにこの惑星がその生物で覆い尽くされそうではあるが、笑えたことではない。


 任務中ではあるが移動中は暇であり、レイはふと考え事をしていた。

 先程から黙っている隊長──ライラのことで。




 少し時間が遡るが。実はあの日の後、姉と二人で実家に帰った時のことだ。

 両親に自分が転生者であることを打ち明けたら、なんと返ってきたか。


「知ってたぞい」「確信はしてたわね」

「ゑっ?」


 やっと言ってくれる気になったか、とばかりに堂々と答えられてしまいすっとんきょうな声を上げてしまった。


「そりゃもうね、生まれてきた前後で分かっちゃうもんだぞ」

「そんなものなんですか……」

「まぁ〈たまみ〉に遭ったらね」

「タハマミ、ですか?」


 曰く、異世界から転生した人間というのは大抵がこの症状を発症するというのだ。

 魂食み、あるいは〈魂壊こんかい〉とも呼ばれている、

 生まれてすぐに発症し、だいたい八割方が3年以内に克服し生存できるが二割はそのまま弱って死んでしまうという。転生者の魂が魔力に耐性がないから、などの諸説があるものの、詳しい原因は不明。現時点で分かっていることといえば、生存した者の九割が転生者であるということくらいか。


「それがあったから転生者だってわかったんですか?」

「それもあったし、妙に落ち着きがあったり、

「あぁ……」


 言われて思い返してみれば確かに。実際、聞かれれば話したかもしれない、というくらいには隠していなかった気がしてしまう。

 その上で、彼らは自分を息子として受け入れてくれたのだとこの場にきてレイは知らされる。


「それじゃ、何で今まで問わなかったんですか?」


 最もな疑問が浮かんできた。


「かくいう私も転生者でね」

「ゑっ!!?」

「そもうちの家系、一代に最低一人か二人は転生者がいるからな。あ、でもお母さんは普通に現地人ぞ」


 そしてここに来ての唐突なカミングアウトである。隣にいた母も応じていた。

 その上で、だ。と切り返す様に続けた。


「自分で言うのもなんだが、私は……いわゆる劣等生というやつでな……」

「あっ……」


 その一言で察してしまう。

 確かに以前、母から父がヘタレだったという話を聞いていた気がするが……。


 そこから父の身の上話が始まった。


 魔力があまり多くなく、剣の腕も中の下くらいで、弱気な性格もあり、とても騎士には向いていないという評価だったそうだ。


 現在も所属している地元の騎士団に入団してからも相変わらずで下働き扱いも受けていたという。


 ある時、指揮官としての素質を見出だされたことで彼が漸く出世することになり、そこから以前の母の話と繋がって現在に至る。


 。確かに、記憶があり知識がある分『力や知恵の』あるいは『身や力の』をが故にという優位性アドバンテージは存在する。が、それはあくまで

 現に魔術的な素質が弱かった父は、同じ転生者では愚か現地出身の同期や後輩にも次々に抜かれていたと言った。


「……同じ目に遭わないか心配で言い出し辛かったんだ。魔力が弱いどころか無いなんて知ったら尚更……」

「まぁ、魔力0で『うちの子転生者なんです』って言ったところでだけどね」

「……う゛っ」


 優しさとはいえ痛い所を突かれた上に、冗談混じりとはいえ母に辛辣な一言を投げられてしまう。魔力だけでなくライフまで0になりそうだったので話題を変えようかと思った時だ。


「そういえばお父様。そこまでして騎士になったのって……まさか」


 ふと気になったことを聞いてみた。


「ロボに乗りたかったからに決まってるじゃないか」


 その答えに。親子だなぁ、と思ってしまっていた。



 それから、両親に少し前世のことを話していた。

 生まれてから育って。勿論、最期の瞬間のことも。

 大分端折ってはいたし、名前も言わなかったけど。

 そうかい、と聞いて、頭を撫でてくれた。


 一通り話し終えたところで「夜も遅いし、終わり、閉廷! 以上、みんな解散!」と父が仕切ったことで家族会議が幕を閉じた。

 その時だった。

「レイくん」

 手首を掴まれ、ライラに呼び止められたのは。

「……お姉様……?」

「少し、時間いい?」

 元々、構わないと答えようと思っていたが。気付いてしまった。握ってきた彼女の手が、わずかにだが震えてることに。

 その様子に。

「……はい」

 そう答えずにはいられなかった。

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