第五話:学業しながらの開発計画


 レイとヘレナが魔導学校に入学して、早くも4年もの歳月が経過した。

 この世界に於ける一般常識……語学の文法、計算、道徳などを1年次で教わった。

 メートル法、グラム法など知ってる単位がこの世界でも使用されているのは意外だった。が、そのお陰もあり普通に難なく授業に適応できた。

 2年次からはそれぞれの学科の専門的な学問が入ってきた。魔導科では魔術基礎、技巧科では魔導器工学基礎がそれに該当する。

 3年次から技巧科では実技・実習が入る様になった。〈魔導甲騎〉の原形である〈魔導人形〉の(あくまで練習用のものであるが)整備をする、となった時は心が高揚していた。

 そして現在、4年次。ようやく〈魔導甲騎〉の基礎設計学の授業を受けることができた。

 ある日のその授業での出来事だ。


「先生! ふと気になったことがあるのですけれど、質問してもよろしいでしょうか?」

 初老を迎えた穏やかな老講師に、手を上げて宣誓する。

 何かな、と返されレイはすかさず質問した。

「操縦席のこの窪みの構造は一体どういう意図で設けられているのでしょうか」

「おぉ……これを気にするとは、中々に見込みがあるかもしれんな……」


 〈魔導甲騎〉の操縦席は馬の背中──異世界元居た世界出身ならあるいは『バイクの座席』とも形容できる──に似た形状をしており、『座る』ではなく『跨がる』という方式が主だ。

 その上で、丁度騎士パイロットが上に乗る位置に謎の窪んだ構造があった為にその正体と用法を聞きたかったのだ。


「これは便器じゃよ」


「…………ゑ?」


 いつかの如く、妙な発音のリアクションを取ってしまった。

 コクピットの、しかも操縦席に……?


「……と、いいますと……え? この中で、用を足すんですか??」

「戦場で催したら他にどうするんじゃ?」

「それは……まぁ、たしかにそうかもですが……」


 追加で質問したが、真っ当、といえば真っ当な答えを返されてしまった。

 ついでに、いつのことか〈ラヌンクラレアス〉の操縦騎士パイロットの男性が垂れ幕の間から生足を出していたのを思い出した。

 もしかして、あの下……


「衛生面について心配している、というならそれは問題ないぞ。魔力反射炉を応用した焼却炉を使用し、燃焼と魔力返還により無害化して機体外に放出する仕組みじゃからな……むしろ一般的な便所よかずっと綺麗じゃろうて」

「そ、そうですか……」

 そこで質問を切り上げた。




 放課後、図書室に設けられた机の一画に座ったレイはそんな授業の内容を思い出していた。


「……まぁ、トイレ併設コクピットについてはこの際別に置いといてもいいけど……」


 まぁ便利ではあるな、と呟きながらも授業用のノートやら個人用のメモ帳に書かれていることを机上の紙に書き込んでいく。

 その紙にはヒトガタの姿が描かれていた。


 彼がやっているのは課題として提出する為のレポートだ。

 技巧科でも魔術に関連する成績が存在したのだが、魔力のないレイには無理だった為に「レポート」及びそれに付随する「資料」を作成し提出する、という形で手を打って貰ったのだ。

 家では家でがあるのと、ここならば借りたい資料を読むことができる為に課題が出る度によく入り浸っていた。


 今回のテーマは。『魔導甲騎の現状の問題点の提起、及びそれに対する新兵装プラン』

 しばらく〈魔導甲騎〉を追っているうちに、いくつか問題点を感じていた為にこの研究を始めたのだ。

「正直、主兵装を一種類しか持てないのは端から見ててもどうかと思うんだよなぁ……」

 実は学校にも訓練機の〈魔導甲騎〉が何機か存在していた。

 その上で武器倉庫も確認させて貰ったのだが、そこにあったのは大剣や槍、戦鎚ハンマー戦鉾メイスと言った重量級の武器ばかりだった。

 片手剣もある分にはあったが護身用や儀礼用といった趣の方が強いらしい。

 〈虚獣〉という人類の敵たる異形生物を相手取るに当たって、一撃を重く・鋭くする、多芸を使い分けるより一芸に特化する、というのは確かにそれはそれで理に適っているのかもしれない。

 だがやはり近接武器と遠距離武器をどちらも持ってこそのロボットではないか……という個人的な感情もある分にはあるのだが。やはり片方だけでは、万が一にも相性が悪い相手と会敵してしまった場合に不利になってしまうという事実だ。

 最も、そんな事態は人間同士での戦でもなければないだろう、という見解をされているのではあるが。と考え、案だけでも纏めておいた。


「あとは、飛べないところか……生身では飛ぶ術があるのにロボットが飛べないとは……」


 さらにもう一つ。彼にとっての最大の難点だった。

 現時点での技術では〈魔導甲騎〉が空を飛ぶ術はない。

 魔力放出もあるが風属性や火属性、雷属性といった特定属性による魔術の応用で飛行自体は可能、という結論は出ていた。生身であれば。


 機体が重すぎるのだ。

 『土人形ゴーレム』の名が示す通り、〈魔導人形〉・〈魔導甲騎〉の主体となる素材は二酸化ケイ素だ。要はマジで土で出来ている。

 純金属製よりは軽いだろうがそれが全高10mサイズにもなれば相当な重さになる。


 さらにそこに魔導金属製の武器や装甲を施すのだ。

 トンデモ重くなるのは当たり前である。


 飛ぶためには軽量化しなければならない。しかし軽量化した分、装甲やフレームの強度が必然的に落ちる──搭載する推進器分の重量も考えれば余計だ。そうなれば持たせられる武器も限られてしまうし、耐久力も下がる。

 そもそも推進器をどうやって製作するのか。


 考えるだけ考えたが、今は飛行能力付与案については保留とした。



 なんとなく、集中力が落ちてきたと感じる。キリの良いところで一度作業を切り上げ、レイは一度席を立ち適当な本を持ってまた元の席に戻った。

 持ってきたのは、この世界の歴史がモデルとなった伝記だ。


 今から300年程前、〈神裁戦しんさいせん〉と呼ばれる大戦争があったらしい。


 〈対界級虚獣ゾディアック・クラス〉と呼ばれる十三体の虚獣を含んだ、世界中に蔓延った虚獣達を相手に〈勇者長サーシャ〉なる人物が多数の巨人を率いて戦った戦争……らしい。

 あまりに熾烈なその戦いによってそれ以前の歴史は失われたらしく、またこの世界では以降〈裁後暦さいこうれき〉という暦が使用されているそうだ。

 余談だがレイは裁後暦302年生まれ。4年生になった現在は裁後暦312年。


 ついでにであるが、このくらい要約した内容ならば、以前授業でも教わっていた。

 なぜこの歴史が技巧科と関係があるのか。当初は疑問であったが、わからないこともないと最近は感じてしまう。

 〈魔導甲騎〉、延いては〈魔導人形〉の歴史はその巨人を模したことから始まっているとされている。

 もしかしたらこの『巨人』というのが、〈魔導人形〉の雛型なのではないだろうか、とレイは考える様になっていた。

 ただしこのあやふやな歴史自体が荒唐無稽という感が拭えないのも事実だ。


〈対界級虚獣〉──各々が『黄道十二星座』の識別名コードネームが振られた十三体の〈虚獣〉達は、文字通り単独で世界を滅ぼしうる力を持つ存在といわれているらしい。が、そんな存在が十三体も居てよく今こうして人類が生き残れたなと思わずにはいられなかった。

 しかもそんな相手を勇者軍は普通に仕留めてしまったそうな。

 元居た世界の伝記も『剣の一振りで山を三つ割った』だの『剣からビームが出る』だのと大袈裟な表現が多いのは変わらないのかもしれないが。



 そんな時だ。

「レーイさんっ♪」

 呼ばれて、レイは顔を上げた。ヘレナだ。

 隣に立っていた彼女は尻尾をふりふりしている。

 〈狼人種ウェアウルフ〉用として後部にボタン留めの隙間を施されたスカートを履いておりそこから尻尾だけ出しているらしい。

「お時間大丈夫ですか?」

「うん。ちょっと休憩してた」

 隣の席が空いていたので椅子を引いてあげるとヘレナはそこに着いた。そして彼女もまた教材や勉強道具を持参しており、一緒に勉強することになった。

 図書室で作業しているといつもの事ではあったが、度々こうして彼女の勉強を見ることがあった。とはいえ学科が違うだけあり最近では教えられることがなく、隣でそれぞれの作業をするということも珍しくなくなってきたが。

 女の子の方が成長期が早いというのか、気が付けばヘレナも随分と大きくなった気がする。背も彼女の方が僅差で高いのではないだろうか。……自身が低身長なことには触れないでおくが。

 などと考えていた時だ。

「……そういえば、レイさんはもう進路を決めているのですか?」

「う~ん、だいたいはね」

 生まれ持った魔力量に関係なく搭乗できる〈魔導人形〉の開発。彼は今もその夢を追い続けている。どちらにせよ学歴的にという話ではあるが、工業系の開発分野に進もうと思っていた。

 自分が乗りたいから作るというのもあり、戦闘用の〈魔導甲騎〉である必要はない。故に騎士団専属の技師になる、という選択もあるにはあったがあまり考えてはいなかった。試験も面倒であったし。

「ヘレナは?」

 聞き返すと、少し考える様に俯いた。そして、

「レイさんと、もっと一緒に居たいです」

「……え?」

 そう答えた。

「レイさんと一緒なら、どこに行っても大丈夫です」

「……責任重大だね」

 どうしたものか、と真に受けてしまう自分も考え物だが。彼女の事も考えるなら『騎士団専属の工房』も視野に入れておくか、等と真面目に考えてしまっている自分が居た。


 この日のレポートは新武装案と、資料としてその見本用模型を纏め、後日無事に提出した。




 そんなある日のことだ。

 休日だったがライラに呼び出され、何故か学校に来ていた。

 6歳違いの姉は現在16歳であり、既に4年前に卒業したはずだが……。そう思っていたが、聞かされた内容によってようやく意図を理解できた。


「──〈雪狼せつろう騎士団〉……ですか?」

「あぁ」

 レイの質問に答えたのは姉、ではない。


 自分と姉、校長、担任と共に小会議室の円卓を囲んでいたもう一人の女性だった。年齢は分からないが推定するに20代前半くらいだろうか。鮮やかな黄金色の髪を後頭部で纏めたシニヨンスタイルの髪型。今は机の死角に隠れているが彼女は現在、丈長の騎士団制服を着用していた。

 〈雪狼騎士団〉の名前はライラから聞いていた。割りと最近になって新しく立ち上げられた騎士団で、彼女も去年からそこに在籍している。

 彼女──ナターリア・フランシェスカ・エアリーズはその総室長、言うなれば団長の様な人物だ。つまりはライラの上司ということになる。


「君のレポートをいくつか読ませて貰ったよ。その上で、だ」


 机の上で肘を着き両手を組むナターリア。彼女が続けて言う言葉を、息を飲みながら聞いていた。


「レイ・サザーランド君。君をぜひ、うちの技術部専属工房にスカウトしたいと思っている」



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