第六話:雪狼騎士団
「僕を、ですか……!!?」
スカウトしたい、という一言に、思わずレイが聞き返した。
その通り、と一言返し、彼女はさらに言葉を続けた。
「我々〈雪狼騎士団〉は新作装備及び新戦術を開発・試作、及び運用試験し得たデータを報告する、ということに特化した部隊として設立された……言うなれば団規模の実験部隊の様なものだ」
「新装備の開発、ですか……」
「あぁ。君も興味があると思ったんだが?」
「それは……」
それは確かに興味があった分野の一つだ。同時に過去に提出したレポートにもそれに相当する案もあった。
自分のレポートを読んだと言っていたが。まさか全部読んでから来たのだろうか、と身構えてしまう。
「……とは言えど、実のところは『新型装備開発』とまでは言えんのだがな」
「はぁ……?」
新型を作っていたのではないのか、と聞きかけたところで彼女は続ける。
「一人、現在主任をやっている奇抜な奴がいるが、大半のメンバーが……こういうのもあれだが、発想がイマイチでな。ここ最近までやっていたことと言えば既存武器のアップグレードばかりだ」
「あぁ、そういうこと……」
そこまで話が進んだところで、ナターリアが資料を渡してきた。受け取ってみるとそれは、彼らが今まで開発してきたものの資料であることがわかる。
一つ一つを見ていく。丁寧に纏められていたそれは見やすかった。が、同時にである。
『換装により
『柄に伸縮機構を搭載しコンパクトに畳める騎乗槍』
『大型化して盾として使用できる戦槌』
『刀身にレールを設けて「砥石を搭載し、振る度に斬れ味を回復させる機構」を備えた大剣』
『牽引用に台車を利用し、砲手含む最大三人分の魔力を一撃に込められる超大型魔術杖』 etc.
確かに、既存兵器の発展という意味では革新的なところはあった。が、彼女が
「君の最新のレポートも勿論拝見させてもらった」
見終わったところで、話は再開される。
「こう言っては失礼かもしれないが、君はたしか魔力を……」
「あ、はい。お恥ずかしながら僕は……」
「……いやいや、むしろ私が驚かされたくらいだ。魔力が使えないという身でありながら、ここまでの代物を考えるとは……」
そこで彼女はレポートの様なものを取り出した。紙の質感の違いから察するに写本とされるが、レイがつい最近書いたものだ。
タイトルは──『魔導甲騎の現状の問題点の提起、及びそれに対する新兵装プラン』
「君はこれの序文で、そもそもの現在の〈魔導甲騎〉の武装運用法に戦術的な問題点を指摘した……中々に良い着眼点だと思ったよ」
現在一般的な運用法として、主兵装を一振りのみ携行するのだ。大剣使いならば大剣一振り、騎乗槍使いならば騎乗槍と盾を一セット、遠距離担当ならば
一芸を極める方が効率はいい。だが、龍脈や地形・種類などによる生態の違いによって自ずと武器や戦闘スタイルに対する相性というものが発生してしまう。有利なものには有利だが、不利なものには不利。
「確かに現場では特定武器と相性が悪い相手と戦闘になってしまう、なんてことが多い。むしろできる限りそうならない様に全員異なる武器種で小隊を編制することだってあるくらいだ」
そう、それがこの問題について誰も疑問に思わなかった理由だ。戦術上基本的に単独で〈虚獣〉と戦うことが無い。誰かが不利になった場合、有利な誰かが救援する。それが徹底されているからだ。
だが同時に、それがいつでも通じるとは限らない。作戦行動中に運悪く相性悪い相手に強襲された。先に不利を引いて行動不能になった人員を撤退させたら、直後に他人員に相性の悪い敵に運悪く遭遇した。あるいは運良く生き延びてきた経験から相性不利を克服している敵に、運悪く遭遇してしまった。
戦場では何が起こるか分からない。故に個人の持つ手札は多い方がいい。レイもまたそう考えていた為にあのレポートを書いたのだ。……
そこでこの疑問に君の出した答えが、と彼女の熱弁が続く。
「遠距離攻撃用の魔術杖と近接武器の複合兵装、よくこんなものを考えたな。名前は……」
「……〈
「そう、それだ」
彼が答えると彼女は上機嫌に微笑んだ。
それはレポートに添付していた資料の中にある装備の一つ。魔術杖と剣を一体化した遠近両用の複合武器だ。
刀身を兼ねた上下用の二種類のフレームの中に魔術杖を内蔵したもの、というシンプルな構成からなっている。
メインフレームとなる方は強度を優先する必要があるが、錬金術で生成される魔導金属の中でもある程度硬い部類のものであれば十分な計算だった。
そしてもう一つ、サブフレームの方は敢えて武器用の魔導金属は外殻部に使用し、主体とするのを〈魔導甲騎〉と同じケイ素系の素材にしたのだ。
これは魔導金属の特性の一つが影響している。一言に『魔導金属』と呼ぶものにも種類があるが、だいたい武器に使う様な比較的硬い分類になると魔力を通しにくくなる性質があった。
それを魔力を通す素材に変更することでどうなるか、その部位に魔術的な効果を付加させることが可能になったのだ。故に『振動剣』や『魔力防御盾』として利用できる、としてその構造を採用している。
「他のも中々良かったが、ここまで独創的でありながら実用性も考えられた案を初めてみた。まぁ、奇抜さだけなら張り合えそうな奴が一人くらい居るが……」
奇抜さを追求したのは先程の『主任』だろうか……と、なんとなく想像してしまう。
他の案と言えば『機体の前腕部に直接、小型化した魔術杖を内蔵する』案があったか。装備配置を変えることで効率的に複数の武装の同時装備、並びに同時運用を可能にする、というコンセプトから発展したものである。これで片腕で近接武器を振るう合間に魔術による射撃を同時に行う、という戦法が可能となる。
評価して貰えるのはありがたいが……と考えていたその時だった。
「……それに、これは君のお姉さんから聞いたのだが、君は新型機を開発したいそうじゃないか?」
「────っ!!?」
唐突に振られた話題に、レイは意表を突かれた。このタイミングでそれを切って来たか。
「もし君が入団してくれるなら。うちの工房で新型機の開発をしてくれてもいい」
やはりそういう話になったか。しかし、疑問が発生する。仮に入団するとして新人にそこまでの待遇を与えてもいいのか、と。
「この団の主な方針は新兵装の開発・実験だ。それを建前でも本気でも、その事業の一環として堂々とやることだってできる」
堂々とそう言い放った。
「勿論、君が魔導学校を卒業するまでは待っていよう」
「あ、はい……それは勿論です……ですが……」
歯切れ悪そうにしながらも、質問として一つ尋ねた。
「姉から聞いた話なのですけれど……確かこの国の騎士団には〈中等学生制度〉ってありますよね」
「あぁ、あるな。うちの団でも例外ではない」
〈中等学生制度〉とは、要は見習いとして最低三年間の学習訓練期間を設けるというものだ。幼年魔術学校を出て三年以内で、合計一年以上の就労経験の無い者が対象となる。
それを聞いた上で、続けて質問した。
「あくまでも一学生に、それ程の厚待遇を与えても大丈夫なのですかね……?」
「それだけの価値があると判断しての提案なのだが」
あっけらかんと言い放った。
そこで察する。この人、何としても僕を勧誘したいみたいだ、と。
「……わかりました」
渋々とだが。レイは答える。
「……卒業してからですが、貴団に入団させてください」
彼の出した答えに、ナターリアは満足と、どこか安心する表情を見せた。
「ですが一つ、条件……というか、お願いがあるのですが……」
「何かな?」
その後まもなく会談は終了した。
結果としてレイが折れたことで、卒業後は彼女の騎士団への入団を約束される形となった。
後日、その会談でのことを伝えた。ヘレナと、他の同級生で友達付き合いをしていたうち騎士団所属を希望していた何名かに。
会談の結果も、その最後の交渉により、彼女らの推薦試験枠を勝ち取ったことも。
その時は驚かれながらも喜ばれたが、段々時が経つに連れてぬか喜びしている場合ではないと感じてきたようで。卒業──延いては入団試験までの二年間に全員で勉強と訓練をすることになった。……レイだけは試験免除なことを黙っていたが。
──そして二年後。晴れて全員が無事に試験を合格し、幼年学校を卒業となった。
まもなくして、レイは他のメンバーと共に〈雪狼騎士団〉の拠点に連れて来られる。そうして案内された広間には既に他の入団者が定数入室していた。
迎え入れられて早々に説明会が始まる。20分程で一通りの説明が終わると、それぞれの担当部署に別れることになった。自分たち一行で言えば
そしてその中でレイ達──と言ってもレイともう一人だけだが──が向かったのが、本騎士団の技術部が運営するラボだ。
「君が噂のレイ・サザーランド君だね?」
「はい」
茶髪で、ツナギの上から白衣という中々シュールな服装の男性が迎えてくれた。
「私はクロト・ロックエヴァー。前は王国立中央魔導技術研究所に居た研究者・兼技術者で、現在はここのラボで技術部主任なんてことをやっている。そんな感じでよろしく頼むよ」
「レイ・サザーランドです。今日からお世話になります」
この人が奇抜な案を出す人の様だ。が、今こうして接している限り普通に好青年にしか見えない。
「それで、そこの彼は?」
「あ、はい。僕が推薦して入団した子です」
そこで、レイのすぐ後ろに控えていた少年に話題が移る。
「初めまして! 中等学生として入団しました、エドワード・マックスシュルツです!」
そう挨拶したのは、レイより頭一つ背が高く細マッチョ体型を制服に包んだ褐色肌の美丈夫。
こんな容姿だが実は彼は〈
レイと同じ幼年学校の技巧科に通っていた同級生で、騎士団所属の技術者を目指していたということで推薦したのだ。
「ほぉ、君〈豪人種〉か……丁度今は外しているが我らがメンバーにも何人か〈豪人種〉が居る。後で紹介してやろう」
「あ、はい! よろしくお願いします!」
元気よく愛想よくを心がけつつ、彼もまた騎士団所属技師としての道を歩もうと決意していた。
その年の雨季──レイ・サザーランドの前世がかつて居た世界では『梅雨』に相当する時期。今年はどうも天候に恵まれなかったらしく、とある地方では何日も連続で大雨が降っていた。
小降りも含めれば悪天候は一ヶ月近くは続いたかもしれない。
人知れぬ暗黒の空間。ポツリ、ポツリと天井から染み出した雨水が落ちる中。
その中に、それは鎮座していた。
両足共に膝をついた、いわゆる正座の姿勢をしたヒトガタ。
全く動く気配などなく、それはそこに在り続けた。
まるで誰かを待ち続ける様に。
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