第七話:停滞する開発と突然の任務

 裁後暦315年 7月。

 レイ達が〈雪狼騎士団〉に入団して、早くも三ヶ月が経過していた。

 約一ヶ月もの間悪天候が続き、ようやく晴れる日が戻ってきた頃。


『〈砲術〉用意──放てェェッ!!!』

 凛と気を張った女性の号令により、横に等間隔で並んだ四機の〈ラヌンクラレアス〉が、それぞれ持つ得物から魔術が放たれた。

 ここでいう砲術とは〈魔導甲騎〉用に改良された専用の攻性魔術アサルトアーツである。

 右側の二機は従来型の魔術杖マジックロッドを持っている中、左側の二機が持っているのは〈魔導銃剣ベイヨネット・ロッド〉──レイの設計した新兵装の試作品である。

 ライラが隊長を務める小隊に頼んで、レイとクロトが試作装備の試験を行っていたところだ。

 試作段階であることもあり大剣並みのサイズを誇っていた。が、

「……やっぱり対反動性能がイマイチみたいですね」

「連射は難しいか」

「はい……」

 横でそう問答していた通り、現時点ではあまり納得の行く出来とは言い難かった。

 最初の設計から変更された点として刀身の途中に折畳格納式の柄を追加している。これは元々の設計が剣に杖をそのまま内蔵している様なものだったので、そのまま〈魔術杖〉と同じ感覚で使用することができなかった為だ。フレームの下が諸に刃であり支える度に腕が損傷する、なんてことになりかねない。そういう訳で支え用に急遽として取り付けたのだ。それでも辛うじてというレベルだったが。

 一発あたりの精度も個人の技量で何とかしている感が否めない。片方の機体は標的を当てたが、もう片方は外していた。

 そんなこんなで膠着状態である。どうしたものかなと唸っていた、その時。


「レイさーん!」

「ヘレナ……」

 名前を呼ばれて振り替えると操縦騎士服パイロットスーツを纏ったヘレナの姿があった。

「──って、ちょっ!!? その格好……っ!!!」

 小走りですぐ近くまで駆け寄ってきた彼女のその姿から慌てて顔を背けてしまう。

 裾が胸元までくらいの詰襟型の上着を羽織り、その下はレイの知識で例えるならチャイナドレスを思わせる左右両脇にスリットが入った丈の長いスカートと一体化した衣装を着ている、というものだ。

 内側の衣装は特にスカート部より上がピッチリしており彼女の細めの体躯をだいたいそのまま象っていた。そして何より。太股の途中辺りで紐が結ばれているとはいえそのスカートの左右脇のスリットから生足が露出しており、その下は……。

 レイの様子からようやく今の格好に気付き、ヘレナもまた顔を赤く染めた。

「……えっと……少し、すーすーしますけど……でも、大丈夫ですよ! 着心地は良いです!」

「そういう問題じゃないと思うんだけど……」

 大丈夫、と答えながらも裾を上から手で抑えもじもじとしている。太股の紐があり風で捲れることはないだろうが、やはり彼女も恥ずかしい様だ。

 ヘレナの着ているそれは〈狼人種〉である彼女にあわせ後ろの垂幕にもスリットが用意されており、そこから出ていた尻尾が心なしかいつもより早めの間隔で揺らされていた。

「えぇっと、あの……変、ですか……?」

「えっ、あ……いや……そんなことはないよっ……似合ってる、と思う……うん……!!!」

 そこまで体格が良い方ではなかったが、細身で華奢な肢体が装束によってはっきりしているのを目の当たりにして、女の子なんだな、と改めて意識させられてしまう。

 お互いに頬を赤く染めていた。が、

「お前達ぃ……」

 呆れ気味のクロトが腕を上げて後ろを親指で指すと、

『そこっ! 試験中にイチャイチャするんじゃないっ!』

 号令役を務めていたライラに叱責されることとなった。


 ヘレナはヘレナで、別の訓練があった。

 新型……と言ってもたまたま整備更新期が近かった機体を小規模改修マイナーチェンジしただけだが……の習熟訓練である。

 〈ラヌンクラレアス改〉と仮称を与えられている機体がそれだ。

 原型機では隊長仕様機のみ装備していた垂れ型の可動装甲を一部構造を仕様変更しつつ標準装備化し、両肩部と膝部の装甲も少し大型の物に換装していた。さらに、近接防御用の小型魔術杖マジックロッドをその懸架台ごと両肩に装備している。

 こちらは元々クロト達が主導で開発していたものであるが、二年前にレイが書いたレポートのデータも一部反映されている。腰部装甲に追加された兵装懸架用のアタッチメント等がそれだ。


 こちらの運用データはエドワードやその他の達に記録してもらっていたところだ。レイ達が〈魔導銃剣〉の開発に専念できる様に、というのもあるがエドの経験積みの為に。

 というのも、現状機体開発の方もまたやりたいことはあっても技術や知識が頭打ち状態であった為に既存パーツの流転用によるミキシングビルドする以上にできることが無かった為だ。

「本当は機体の方も見たかったんだけどなぁ……」

「……室長に気に入られたのが運の尽きだったな」

 独り言が漏れたのを聞いたクロトに苦笑いで同情されてしまった。




 レイ達がそんなこんなで四苦八苦しているのと丁度同じ頃。

「あれ、ここら辺ってこんな地形でしたっけ?」

「地図では違う筈なんだがな……」

 それは騎士団とは別の、王国所属の学術院が編成する調査隊がとある国外地域の調査をしていた時だ。

 というのも彼らは〈雪狼騎士団〉からの依頼により現在地付近の状況調査に来ていたのだが。

「土砂崩れ、でもあったんですかね……」

「さぁな……」

 地図上では小丘になっていたはずのそこが崩れていた、のだが。

「これは……遺跡、でしょうか……?」

「地下に在ったというのか……」

 その崩れて土砂まみれになった中には──建造物の残骸の様なものがあった。






10月末

 夏が終わって久しくなり、もうすぐ冬を迎えようという時期になった。

 〈雪狼騎士団〉でも、三ヶ月もの期間を経てようやく形になってきた〈魔導銃剣〉が運用試験を控えている、といったところだ。

「遺跡の調査依頼、ですか?」

「あぁ……」

 それはレイが資料まとめを終えつつ、他の新型機や新武装の開発計画が中々動かない事に机の上で唸っていた時のこと。クロトに突然そんな話を振られた。

 なんでも、新兵装〈魔導銃剣〉新型試作機〈ラヌンクラレアス改〉の実地運用試験を行う為に、三ヶ月近く前から国外で使用可能な場所を探していたらその候補地の一つからたまたま遺跡が発掘されたそうで。ナターリアが実地試験を兼ね、一週間後を予定にその遺跡の調査依頼を引き受けたそうな。


「でも何でこんな時に……というか何故技術部まで引っ張りだされる事になったんですか?」

「正確には『技術部が主導で』、だ」


 クロト曰く、ナターリアは新兵装開発の他にも遺跡調査任務もよく率先して依頼を受けているという。……とはいえ、逆に他にやることと言えば訓練と〈虚獣〉襲来時の迎撃くらいしかないのも事実なのだが。

 何故か、と聞けば。

「その遺跡は小丘の地下にあったらしい。私も詳しくは知らんが……それでな、調査隊がその中に入ったらしいんだが」

 少し溜めて、続けた。


「一機の〈魔導甲騎〉の様なものが中に安置されていたらしい」


「えっ?」

 それにレイは食い付いた。

「曰く、騎士が居たわけじゃないから良くは分からなかったが、少なくとも唯の〈魔導甲騎〉ではない、ということが理解できたそうな。これは自論だがもしかしたらそれは……」

「〈神裁戦〉以前の時代の遺物かもしれない、と?」

 そう問い返すと、クロトが意外とでも言いたげな少し驚いた表情を見せた。

「……今時の若人の口からその名前が出るとはな」

 〈虚獣〉に抗う為に勇者が率いた巨人の伝説。それを〈魔導甲騎〉開発と関連付けて考えているのは自分だけではない様だ、とレイはその様子から感じ取っていた。

「もしかしたら〈魔導人形〉の原点だった、という考察も無い事は無い。確証もないがな」

「それが、分かるかもしれないと……?」

「分からないかもしれないがな。確率は五分五分だ」

 だが、『謎の機体があった』というのは確かだそうだ、とも続けた言葉に、少しレイは思考する。

 もしかしたら、なんの発想も浮かばず停滞したまま机の上で悶々と唸っているのにいい加減に嫌気が差してきたのかもしれない。

 だが、これで遺跡で何かしらが見つかれば、新型開発のヒントになるかもしれないと。

 少し考えた末、レイは答えた。







「……と、いう訳で、どうにか着いた訳だが……」

 それから一週間後のこと。三分隊ある内の第二分隊と技術部の混成で調査部隊を編成し、予定通り遺跡が発見されたという地域に来ていた。のだが。

「何だこれは……ほとんど潰れてるじゃないかっ……!!!」

 クロトの嘆きの通り、山があったと思われていた一帯がカルデラ状に陥没していたのだった。

 ロゼマリア王国東部防壁入出門から東南東に約10km。国外地域とはいえ王国の防護壁からあまり離れていない丘陵地帯。

「〈虚獣〉にでも襲われたんですかね……」

「……それは無いだろう」

 レイが可能性を提示するがすぐに否定される。何故言い切れるのか、と疑問に思ったら、すぐに問い返された。

「〈龍脈〉って知ってるかい?」

 体内の魔力の様に地脈を辿っている神秘の力、及びその流れる道のこと、だったと記憶していた。


「〈虚獣〉は基本的に〈龍脈〉の影響により住む場所や移動ルート等が変化するし、生態によっては冬眠を促されたりもする。この時期のこの辺はあまり出ない傾向の状態になっているはずだ。

 超大型の対国級ベヒモス・クラス対陸級アース・クラスでもなきゃ寄ってこんだろう」


「あぁ、そういうことですか……」

 それで長期間安定する様なところに国が出来たののだろう、と想像できた。


 少し問答しながらも周囲を捜索した末、辛うじて人が通れそうな空間を発見した。

 そこで、持ち込んだ〈魔導甲騎〉により発掘作業を行う組と探索する組に別れて行動することになった。第二分隊にはライラとヘレナが居たが、ライラは魔導甲騎部隊として前者に、ヘレナら学生騎士達は技術部と合流し後者になる。

 崩落の危険性についてレイが尋ねたが、『所詮は物質なのだから最悪の時には魔術や錬金術でなんとかする』と、半ばごり押しな理由を聞かされ、渋々納得することになった。細心の注意を払いつつ、探索組はそのまま遺跡の中へと足を踏み入れていく。

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