第八話:遺跡調査にて……
最初の調査隊による報告通り人が通れる程度の通路が確認できる。案外中がしっかりした構造であることが判明し、慎重になりながらも一行は奥へと進んでいった。
「普段全く使わんが、こんな時ばかりは役に立つな」
「便利ですねそれ」
クロトが割りと躊躇い無く進んでいくのをレイ達はオイルランプや初級魔術〈
クロトは【暗視】の
別名『
それで暗視──文字通り暗闇の中で普通に視界が効くというのだ。
30分は経っただろうか。大分進んだと思った、そんな時のことだ。
「レイさん、その……今、大丈夫ですか?」
「ん……?」
隣を歩いていたヘレナがふと話掛けてきたのだが、質問の意図が上手く読み取れなかった。
「レイさん……最近、あまり元気がないと思って……具合でも悪いのかなと……」
「え、そうかな……」
少し思い返してみる。元気がない、訳ではないが。
「……でも、確かに……あまり余裕は無かったかもしれない」
〈魔導銃剣〉の開発もしながら、裏で勉強もしていた。が、未だにわからないことだらけだった。
『個人の魔力量に左右されずに稼働できる〈魔導人形〉を作りたい』
当初考えていたそれを忘れた訳ではないが、まだまだ先そうだった。
「ありがとう、ヘレナ。心配してくれて」
礼を言いながらヘレナの頭を撫でる。エヘヘ、と笑ってくれるのが疲れが溜まっていた心を癒してくれた。
数歩分だけ離れた位置で「あいつら前からああなのか?」「えぇ。学校でもいっつも引っ付いてましたぜ」等とクロトとエドが小話している。
この遺跡調査で、何かヒントが見つかればな。
などと思っていたその時。
突然、物凄い爆音と衝撃が襲ってきた。
「────きゃぁっ!!?」
「────なんだっ!!?」
転倒しかけたヘレナを抱き止めるレイ。他の者達も一様に転倒したり屈んでいた。
「────誰だ、今爆裂系魔術使ったやつ!!?」
「えっと、使うとして多分、魔導甲騎部隊では……?」
「どうせ一人しか居ないがな……!!!」
「心当たりあるんですか……」
冗談みたいなことを言い出すクロトと蒟蒻問答しかけていたその時、ふと嫌な予感がした。
「────なっ……!!!」
そして足元をみて気付いてしまった。
地面に亀裂が入ったことに。
「────ヘレナ……っ!!!」
「レイさん────きゃっ!!?」
咄嗟にヘレナを突き飛ばした。直後。
「────あっ……」
地面が崩れ落ちた。
丁度その頃、外で何があったかと言えば。
「はぁ……」
一人の男性隊員が、地面に立てたスコップにもたれ掛かっていた。
彼らは現在、足場が不安定になる可能性を考慮して〈魔導甲騎〉を使用せず生身で発掘作業をしていたのだ。
「遺跡の探索に駆り出されたかと思ったら、穴堀りやらされるのか……」
そう退屈そうに愚痴る。
彼は平民の出であった。騎士団に入る前は冒険者稼業も経験しており、下っ端時代にも散々採掘や遺跡探索もやっている。その頃に培った実力を買われた……と少なくとも彼は思っている、と思いきや、騎士団に入っても採掘をやらされている現在に退屈するのにも無理はない。
「お~い、リィエ~」
彼が、ふと近くで作業していたまだ若い女性騎士に話し掛けた。
リィエと呼ばれた赤毛の少女は〈
その彼女は振り向きながら、
「何ですか、クズヤさん」
「クズヤ言うなや!!!」
辛辣な渾名で彼に応えた。
『クズヤ』と不名誉な渾名で呼ばれた青年、シズヤが突っ込みながらも話を続ける。
「なぁリィエ、退屈すぎやしねぇか?」
「退屈なのは否定しませんけど」
それが何かと聞くと。
「折角だからお前が新しく覚えたっていう魔術見せてくれよ~」
「ダメです!!!」
速攻で拒否した。
「えぇ!!? お前、散々撃ちたい言ってたじゃん!!!」
「実戦で撃ってみたいとは言いましたけど……危ないですよ!!! 地下潜ってる人居るのに……崩落しちゃったらどうするんですか!!!」
「クロトのことだぜ? どうせ強化魔法かけて補強しながら進んでるぜ」
「ダメなものはダメです!!!」
断固として拒否の姿勢を崩さないリィエ。それだけ危険なもの、という自覚があった。
そんな時に、である。
「────ん!!! 何だこれ、めっちゃ硬いッ!!?」
「異様に硬い岩盤に当たったか……!!!」
「これ以上は進めんか……!!!」
そんな言葉が聞こえてきたのだ。
カーン、カーン、カーン、と虚しい音が響き、それがこれ以上掘り進められないことを示していた。
おあつらえ候えじゃないか、とばかりに。
「おーいみんなー!!! リィエが新技見せてくれるってー!!!」
「あっ……ちょっ──ってスキル使いながら言うのズルい!!!」
叫ぶように、彼が宣言した。
彼は【煽り】スキルを発動しながら宣言していた。
本来は『自分の発する言葉や音・魔術や武器による攻撃に魔力を付与させて対象の感情を刺激することで思考や判断に干渉を掛ける』という技……なのだが。
ついでに破壊力抜群だから掘削もできる、などという文句までつけてしまう。
たったそれだけで、魔術を使わざるを得ないムードが出来上がってしまった。
「これで破壊できたらお前は女神に慣れるぜぇ?」
ドヤ顔でそんなことを言い出すシズヤ。
こんなだから『クズヤ』と呼ばれるんですよ……と言いたかったが。
「──えぇ分かりましたよ、やりますよ!!! どうせ後戻りはできないんです!!! やれば良いんでしょう!!?」
彼女もまた【煽り】スキルに引っ掛かり挑発に乗ってしまった。
「途中にどんなお説教が待っていようと!!! ボクはぁっ!!!」
「おう!!! お前の爆裂魂を見せてやれ!!!」
「はいっ!!!」
おうやったれやったれ! いいぞ、盛大にぶちかませ!
そんな野次まで飛び出す始末。
そんな所に、ある用で外していたライラが帰ってくる
「何の騒ぎ?」
「リィエが新技を見せてくれるって言うんで」
「リィエの新技……って、まさか!!?」
それを聞いてライラは戦慄していた。
前以てその報告を聞いていた為に、彼女はその危険性を知っていた。
ついでに、もう詠唱が終盤まで迫っていた。
「待ちなさい……!!!」
止めようと声を上げるが、もう止まらない。
「待て、って言ってるでしょう────っ!!?」
一歩遅かった。
〈
火属性と風属性の複合型攻性魔術。
それが炸裂した。
盛大な爆発が起こり、中心に強烈な業炎と暴風を発生させた。
「どうですか、私の爆裂魂……!!」
言い掛けたリィエ、だが。
「って、あれ……無傷!!?」
黒煙が晴れたところで、クレーターとして上の土が完全に消え失せながら傷一つ付かない扁平な地層を確認し、また魔力浪費による消耗もありヘナヘナと萎れてしまった。
その衝撃により、現在に至る。
崩落してレイが落ちた。それを目の当たりにした一同がざわめき始めた。
「────レイさんっ!!?」
「待てッッ!!」
レイが落ちてしまった暗黒の世界に思わずヘレナまで飛び込もうとしたが、片腕を伸ばしたエドに首根っこを掴まれる形で止められた。
「止せ、アズルフィルド……!」
「ですが、レイさんが!!!」
「お前まで落ちたら奴が浮かばれん」
「そんな死んじゃったみたいに言わないでくださいっ!!!」
エドがヘレナを押さえる中、クロトが地面に両手を着け魔術を行使した。
錬金術の一種【固定化】──物質を魔力を用いて結合させる術だ。これである程度崩壊は防げるはずではある、が。
「しかし……アイツ、どこまで落ちやがった……!!?」
穴を覗きながらクロトがそう言うに、相当深かった様だ。
ここで【暗視】と【遠視】のスキルを重ね掛けで発動した。
「────ッ!!! この穴、深いッ!!!」
短く、だが驚愕するクロト。
深さは20m近く、地下にしてはかなり広大な範囲の空間が確保されているその空間は、明らかに人工物としか思えない柱のような構造体を四方の壁として構成していた。
ここは、神殿か……? 小さく呟きを漏らした、その時。
「……見つけたッ!!!」
「本当ですか!!?」
「あぁ……ッッ!!?」
そのタイミングで、彼は発見した。
暗闇の中で地面に倒れているレイ──と、その隣に動かずに鎮座する巨人の姿を。
「まさかあれが報告にあった……!!?」
生体反応は確認していた。動く気配がないが、恐らく気を失っているだけで生きている。
落っこちた先で見つけるとは運がいいんだか悪いんだか……!! 言いかけたところで、
「とりあえずレイの救援に向かう……少々強引だが、やむを得まいッッ!!!」
言いながらクロトはペンを取り出し、壁に魔術陣を書き込んだ。
「【解析】スキルで壁の構成材質は解析した。後は、錬金術の分解と再構築を利用して奴のいるフロアまで道を作るッッ!!!」
そう吼えながら、術式を起動した。
時間が遡る。
暗黒の中、レイは落ちていた。
「──がぁぁっ!!?」
盛大に背中を強打した。
段差か何か出張ってた部分で、少し右にずれた為に背骨は回避したが。嫌な音と激痛が右脇腹から背中にかけて発生していた。
肋骨がイッたかもしれない……などと思いながらも、彼の身体はさらに落ちていく。
落下するその間、バウンドした衝撃で上を向いた為に見えてしまった。
さっき自分がぶつかったものを。
小ぶりの鶏冠が頂きに設けられた、人の頭を思わせる形。
落ちていき、段々遠くなっていく毎に、その姿がシルエットで見えた気がした。
巨人。
そう認識しかけて、彼の視界は暗転した。
『───■■■ん、■■さん!!!』
誰かが何かを叫んでいる。おぼろげにそれを感じていた。
微睡みの中の様な感覚にいたが、段々とはっきりしてきた。
「───レイさん!!!」
「……くっ……ハッ───?」
ようやく意識が覚醒して、目を開く。気が付いたら自分は寝かされており、目の前には頬を涙で濡らしたヘレナの顔があった。
「レイさん……!!!」
「……ヘレ、ナ……? どうしたの───」
次の瞬間。
「うわっぷ!!?」
泣きじゃくるヘレナに抱き付かれた。
「無事で良かったですぅぅ!!!」
「あー、うん……そういえば落ちたんだっけ」
泣きつかれたことで段々思い出してきた。
肋骨が折れた気がした筈だったが、なんともなさそうであった。
「…………?」
そして、辺りを見回したことで、それが目に入った。
「───ってうぉわぁ!!! 何ですかこれぇ!!?」
灯りが点されていたことでより鮮明になったその姿。それにレイは驚愕の声を挙げた。
白い装甲を纏い、両膝を屈した正座の様な姿勢で鎮座する
〈魔導甲騎〉かと思ったが、何か違和感があった。
胸部装甲は箱形に出張っている。その無骨さに反して腹部には装甲が無く背骨に似て少し湾曲した一本のフレームと両脇腹のシリンダーが剥き出しになっており、全体的には細身の印象を与えていた。
だが、その印象と裏腹に。何よりの特徴として貴婦人の
〈
よく聞く声によって奏でられた、だが聞き慣れないその名前。
「……そう、コードネームを名付けられたわ」
声の主、ライラはそう答えた。
それを反芻する様に、レイは呟いていた。
「ドレスド・ナイト……?」
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