第九話:着飾り騎士


「「すいません(ごめんなさい)でしたッッ!!!」」

「え、えっと……?」

 二人の正規騎士が、土下座しながら声を合わせてレイに謝った。

 片方は〈純人種〉の青年、もう片方は〈竜人種〉の少女。二人はライラの小隊に所属しており、それぞれシズヤ・サマーソルトとリィエ・アヴローラという。

 ライラ曰くこの事故は二人が戦犯らしく、特に仕向けた張本人であるシズヤの方は姉から平手打ちを食らった様で左頬が手の形に赤く腫れていた。

「と、とりあえず顔を上げてください。大丈夫ですよ、特に怪我とか無かったですし……」

「自分の軽率な行いで、よりにもよって小隊長の弟さんを……いやそうじゃなくても、団員を事故に巻き込ませてしまったこと自体、騎士として恥ずべき事態でした!」

「そうですよ! シズヤさんがやらかさなかったらこんなことには」

 シズヤが反省する中、何故かリィエが口を挟んだ。

「いや何でお前まで!!? 実行犯じゃねぇか!!!」

「シズヤさんがあんなことしなきゃボクだってやりませんでしたー!!!」

 途中で突然二人が言い合いになる。

「……まぁまぁ、落ち着いてください」

「「はい、すいません……」」

 レイに宥められ、収まる。

「こういうのも何ですが、怪我の功名といいますか……いや、してませんでしたけど……運良く怪我もなくて済みましたし、目的の遺物も見つかりましたし、結果オーライですよ」

 そう言ってフォローしながら話を纏める。

「……フフン。俺、結構運良い方だからな!」

「……サザーランド君。彼、誉めたり甘やかすと調子に乗るのでここはガツンと言ってあげるべきです」

「年下が咎めるのもどうかとは思うんですけどね……」

 それ以前に褒めてはいないと思うんだが……。そう言いかけたが苦笑いで誤魔化しながら踏み止めた。

「まぁ、次からは気を付けた方が良いとは思いますね……」

「……なんか、ごめんなさい……色々と……はい……」

 そんなところでお説教(?)は終了した。

 離れる二人を見送るレイ。

姉上殿小隊長と違って聖人だなぁ」

「反省してるんですか」

「してるって!」

 そんな問答を再びしていたが、すぐにライラに呼び止められ二・三個言葉を交わすと二人はどこかに移動していった。

「……さて!」

 それはそれとして。とばかりに、彼は例の機体に向き直った。


 遺跡の調査で発見したこの機体。

 〈魔導甲騎〉の搭乗・整備用に使われる、キャットウォーク付きタラップをどうにかして運んできたらしく、それを胸元に寄せて使用していた。

 様子からしてあの突き出た部分がコクピットなのだろう。

 報告通り、この遺跡の中にポツンと、この機体が放置されていた。


「ただ、この機体……妙なのよね」

「妙、ですか?」

「えぇ」


 それは二人に呼び止められるより前に、ライラに教えられたことだ。


「……今のところ十人。魔力Bランク以上の正規操縦騎士が試してみたんだけれど……

「お姉様もやったのですか?」

「えぇ……でもダメだったわね」


 珍しく残念そうにしていたライラの横顔がレイには印象に残っていた。

 そんな会話を思い出していたところで。


「────駄目だぁーッ!! やっぱり動かんッ!!!」

 そんな悲鳴にも似た声がコクピット部から聞こえてきた。

「……これでCランク帯も含めて十六人目、正規騎士は見事に全滅か……」

「つーか何なんだ、この機体は……構造といい材質といい、全く以て魔力通させる気ねぇじゃねぇか……」

 キャットウォーク上で冷静に現状を報告する室長と、その横で妙に頭を捻っているクロトの姿があった。

「……なぁクロト。まさかだが……やっぱりこれ、だよな」

「……それはどうだろうな。姿かもしれん」

 コクピットを見ながらどこか意味深な会話を繰り広げる二人。その間に最後の騎士がコクピットから出てタラップに降りた。

「つってもな……は〈魔導甲騎〉とは」

「……いや。ってだけだ。不可能な訳じゃあない。

もしかしたら最初期の〈魔導人形ゴーレム〉がだった、のかもしれないじゃあないか」

 そんなことを言いながら。コクピットが無人になったのを確認したクロトはハッチを手動で閉め、タラップを後にした。



 そんなクロトが降りてきたところで、レイはクロトに話し掛ける。

「機体が動かせないなら、〈魔導甲騎〉では運べないのですか?」

「そうしたいのは山々だったんだがな」

 突然、上着の内側からスパナを取り出したクロトが、それを〈着飾り騎士〉の膝あたりに触れた。

 そして、手を離すと、そのままスパナがくっついたまま宙に浮いていた。

 と、思いきや。

 ビキビキビキと妙な音を立て淡い青色の結晶が生え、それがスパナの全体を覆った直後──パリーンとやたら甲高い音を立てて跡形もなく砕け散ったのだ。


 ──怖ッッッ!!? ゑ……何今の……何……同化現象……!!?


 異様な光景に戦慄するレイ。

「錬金術の術式が作用するみたいでな。金属パーツはこうやって消滅してしまうのさ」

「錬金術ってこんななんですか……!!?」

「……そういえば魔力がなくて魔術関連の授業は一部受けていないんだったか?」

 だがそれはこの世界に於ける錬金術のエフェクトだった様だ。曰く物質内に原子レベルで浸透した魔力が物体から溢れることで結晶化するらしい。

 それで金属製のものは悉く消滅するらしいが、『物質を変換する』というの特性から想像するに、消えたものは分解後に機体に『同化された』という表現でだいたいあっている様だ。

「君が目覚める前に同じことを試みた……が、これのせいで〈ラヌンクラレアス〉を二機もオジャンにしてしまった」

「腕を同化されたんですか?」

 両腕を失った〈ラヌンクラレアス〉が二機後ろに控えていた。金属ではない石英二酸化ケイ素製の内部フレームは無事の様だが、外装が消えており、また内部の人工神経も魔力伝達効率の高い銅や銀で出来ている為に恐らく被害を受けているのだろう。

「幸いなことと言えば人体と、その直接の装具に影響がないことだな」

「人体に被害はないんですか?」

「あぁ」

 だが人体から離れれば、スパナでも指輪でも何でも食われてしまうがな。と続けられる。




 ヘレナもまた、女子中等学生騎士の集まりで呼び出されていた。

 その中で同期の一人──エイミー・ヴァリアントがレイの安否を聞いてきた。耳が長い〈精人種エルフ〉の彼女は、学校も同じでありレイとも面識があった。

「サザーランド君は無事だったの?」

「はい。大丈夫みたいでした」

 そうヘレナが答えると、皆安堵していた。

「相っ変わらず女子っぽい見た目に反して頑強よね、彼」

「というか、悪運が強いというか?」

「どっちもだと思うけど」

 エイミーの言葉に他の女子達も反応しだす。

「『6歳も上の子に喧嘩吹っ掛けた』なんて聞いた時はどんな荒くれ者かと思ったけど……背格好もちっちゃいし、髪も伸ばしてて女の子みたいな子って知って拍子抜けしちゃったもんね」

「あの子そんな事したの!!?」

 種族の割に魔力に適正があったことを妬まれ、苛められていたヘレナを助けた時のことだ。聞いていたヘレナは顔を真っ赤にする。

「不思議な子よね」

「でもなんか格好良いね! 私貰っちゃおうかな」

 誰かが冗談半分に言ったところに、

「──そ、それはダメですぅ!!!」

 思わずヘレナは叫んでしまった。

「ヘレナ、もしかしてジェラシー?」

「かわいいー」

 言われながら頭を撫でられ、余計に顔を赤くしていく。


 そんな時に、教官から集合を掛けられる。そちらに移動しようとした、その時。

「…………ん」

 何か硬いものを踏む様な感触を感じたのだ。

 しゃがんでそれを取ってみる。

「……これは……鍵……?」

 随分と簡素な鍵の様なものだ。『様なもの』と表現したが、本当に鍵かはわからなかった。

 この世界出身の彼女が知るはずもないだろうが、『コン○ーフ』を開けるアレくらいの随分と簡単なつくりのものだ。この世界にも鍵の概念は存在するが、ここまで簡素なものを彼女は今まで見たことがなく、実用性があるとも思えない。

「……誰かの落とし物でしょうか?」

 集合の合図があったこともあり、取り敢えず後で誰かに聞こうと上着のポケットに仕舞っておいた。




 近くまで寄って、まじまじと〈着飾り騎士〉を見つめるレイ。

 見れば見る程に異質な機体だった。機体は全体的に細身だが、装甲から露出した部位のあちこちに筋肉の様に配置されたシリンダーがはみ出ている。

 〈着飾り騎士〉の仮称通りの。その下の腰部も独特な構成をしていた。腰部と脚部の間に『股関節型のフレーム』とでもいうのか、そんな構造体があり、僅かにだが脚部を延長していた。

 膝から曲げられた脚の長さも加算すれば、全高は推定約11m──従来の〈魔導甲騎〉とだいたい同じくらいだろうか。


 その膝間接部に触れる。その瞬間、気づいた。


「この質感……〈エーテメタル〉?」


 それは魔導金属の一種であるが、〈魔導甲騎〉の本体ではなくそれ用の兵装の素材に使用される様な代物だ。

 チタニウムを基本素材とし、鉄やニッケルなどを錬金術的に合成したこれは質量保存どこいったとばかりの軽さとそれなりの耐久力があり、何よりという革新的な金属である。反面、という欠点もあった。

 少なくとも〈魔導甲騎〉のフレームに採用する様な代物ではない。そんなものが内部フレームに基本素材として使用されている、というのだ。



 許可を貰い、タラップの梯子を昇る。その途中で機体の肩と背部に視線が向かう。フレームに直接取り付けた装甲の上から、さらに追加で二重に装甲をしていたのだ。続けて見えた背部にはバックパックに似た外付け型の構造体があり、その右側に装備品であろうか箱形の構造体が接続されていた。

 キャットウォーク部に辿り着くと。レイはコクピットを開けた。

 胸部中央にある箱状の構造体。予想通りここがコクピットで、この上部が前方にスライドすることでハッチとなっている様だ。


「おっ……?」


 そして、その中を確認した時。


「────これは……!!!」


 静かに、驚愕の声を上げていた。


 コクピットの前面側。

 机の様にも見える構造物が造られていたそこには三段、が備えられていた。

 中央の段に比較的大きい横長方形型のものが左右と正面に三つ。そのうち正面の石板の左右に出張る様に備えられた縦長方形型の細長いものが計二つ。

 その上段に小さいものが一つと、下段にその中間くらいのサイズのものが一つ。


「……モニター、だよね……これ……」


 確認したレイは、中に入り座席に座ってみる。『跨がる』ではなく『座る』形式の座席だった。


 正面下段のディスプレイから伸びてこちらに向かい、先端に拳銃に似た形状の装置が搭載されたアーム状の機材があった。

 操縦桿だ、と感覚的に理解した。

 それの上部には親指で操作できる様な間隔配置でそれぞれ、十字を思わせる配置に四つとその中心に一つボタンスイッチが、横にはトグルスイッチが備わっている。そして拳銃で銃爪トリガーに相当する位置にも、人差し指と中指の配置に一つづつスイッチが備わっている。

 さらに、それとは別の足元にはペダル状の装置も確認できた。


「……操縦桿……それに、フットペダルもある……」


 基本的に〈魔導甲騎〉の操縦は体感操縦方式だ。

 パイロット自らの魔力回路を繋ぎそこから魔力をヒトガタの全身に行き渡らせることで、文字通り『身体を動かす』感覚を機体に直接送って操縦する。

 だがこのコクピット構成は……。


 座席の下部にレバーがあるのを確認し、操作してみる。すると座席を前後に調整できた。

 それで程よい間隔に調整すると。

 操縦桿を握ってみる。無意識的に「おぉ……!!」と変な声が漏れる。


 動かなくてもいいからこのまま真似事ブンドドしていたい!


 そんな欲求が彼の心に満ち始めた──―─












 ─―──そんなタイミングで、



「てっ、敵襲ゥ────ッ!!!」



「―─――……っ!!?」

 その凶報は鳴り響いた。


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