第十話:強襲、そして起動
〈虚獣〉出現。
その報は、部隊を戦慄させるには十分だった。
発見したのは最序盤で〈着飾り騎士〉の起動を試み、用を終えて地下遺跡の探索と周囲の警戒をしていた者達。
今いる地下遺跡は洞窟を介して外と繋がっており──実際にそこを利用して〈魔導甲騎〉を何機か遺跡に搬入していた──そこから出た際に〈
勿論、交戦経験が全くないものしかいない、という訳ではない。が、〈龍脈〉の影響で襲撃はないと踏んでいた為に編制していたのが新兵ばかりであったことは否めず、その上で学生まで連れてきていたのが完全に仇となっていた。
「そんな……龍脈がある場所には出ないって設定はどこいったんすか!!?」
「設定いうな……というか微妙に意味合いが間違ってるぞ」
困惑を表すシズヤに突っ込むクロト。厳密には『龍脈の規模や流れる魔力の性質によって〈虚獣〉に影響がかかる』というものであり、来ない場所があれば逆に活性化する場所も存在する。
多少の解釈違いはあったが、それでも不自然と言えるのが両者で共通していることに違いはなかった。
「……まさか、〈
「そんな……いくら古代の遺物かもしれないとはいえ、たった一機にそんな機能があるとは思えないんですが……」
「成る程……それなら説明がつくんだな。最初に崩落した理由が」
途中でリィエが加わるが、シズヤの言葉にクロトも賛同していた。
「まさか、最初の調査隊が発見した時に……!!?」
「あぁ、恐らく撤収後にすれ違いで〈虚獣〉がここを襲ったんだ」
最初の調査隊には騎士が不在だった。その為にさっさと切り上げたことが幸いしてすれ違ったのだろう、と考察していた。
「だとしたらたら何故あの機体は龍脈を……というか何故、龍脈が変化したのでしょう?」
「そこまでは知らん。解析は愚か起動すらできないんだからな。神様の気まぐれとしか言い様がない」
「……技術者としてどうなんだその解答は……」
リィエの疑問にクロトも答えが見当たらない様だ。謎が謎を呼ぶその考察談を、ライラは遮った。
「……考えてても仕方がないわ。今〈虚獣〉が来てる事に変わりはないのだから」
その言葉に一同は顔を強張らせた。イレギュラーばかりの事態とはいえ、戦わねばならない時だから。
「クロトさんは学生達と共に避難を。殿は我々が努めます」
「了解している、お前達も武運を」
頷き、クロトがその場を離れるのと同時に小隊一同は自らの機体に乗り込んだ。
『とはいっても、どうしましょう……』
各々が搭乗し、持ち場に移動してすぐの事だ。
リィエが怖気づいている。魔力感応を利用した通信越しでもシズヤにはそれが分かった。
この小隊の持ち場は、洞窟から遺跡に繋がる狭い通路。ここを三人で守ることになっている。
本来ならあと二人隊員が居たが、〈着飾り騎士〉に腕を食われたということで乗機が戦闘不能な為に、今は学生達の避難誘導をやっている。
「……初めての実戦がこれとはいささかツイてねぇな」
そういえばと思い出したシズヤが同情する。16歳になる彼女は去年まで学生騎士であり、今年になってライラの部隊に配属されたのだ。
『シズヤさんだって……』
「こんなこというのも何だが元冒険者だぜ、俺。修羅場は度々潜ってんだよ」
19歳のシズヤもリィエと学生騎士の同期であったが、彼は16で入団するまで6年間、冒険者稼業で生計を立てていた。一般冒険者時代も民間用の〈魔導人形〉を戦闘用に改造して利用する事があった。それこそ〈ラヌンクラレアス〉と雲泥の性能差がある様な機体をだ。
「だから安心して背中は任せな。俺、こんでも幸運値だけは高いからな!」
『それ戦闘前に言う台詞ですかね……』
「フラグは立てて折るスタイルなんだよ」
『でも、少し和らいだっす……』
そこまでで会話が途切れた。
『シズヤ君、リィエちゃん。そろそろ来るわ……気を付けて』
了解、と二人は答えた。
そのすぐ後に。一体が現れた。さらにすぐに二体目、三体目と来て、さらにどんどんと雪崩れ込んできて──
「ごめん、一個訂正するわ……」
『……はい?』
「ちょっとこれは予想外っす!!!」
シズヤのその言葉と同時に現れたその光景に、リィエは寒気が襲ってきた。
丁度その頃。
レイは未だに〈着飾り騎士〉のコクピットに居た。
「────レイ、どこだ!!!」
「ここ!!!」
「いやどこだよ!!?」
エドに呼ばれるのに答える。結局伝わらなかった様だが。
「こっちです!」
恐らく匂いで辿ったのだろうヘレナが誘導してくれた様で、正座する〈着飾り騎士〉に横付けされたタラップに二人が登ってきた。
「お前こんな時に何やってんだ……」
「どうにかして動かせないかなって」
呆れ気味のエドに返しながらレイは、しきりに動かそうと握った操縦桿を揺さぶりフットペダルを踏みつける。が、どこもロックが掛かっているらしくガツッ、ガツッ、と突っ掛かる様な固い感触を伝えるのみで虚しくも動かない。モニター類のある前面を弄ろうと手を伸ばしたが、スイッチ類が纏まって数個ある以外に確認できず、どれもやはり動かない。
「こんな状況でか?」
「敢えて言おう、こんな状況だからだと」
〈
何より。
虚獣の襲来を受けているこの状況下だ。このまま動かせない場合、遺跡ごと放棄するしかない。
最悪の場合、遺跡が崩壊なんてしてしまえば、この機体は二度と陽の目を拝むことなく地中に没してしまうだろう。
そうして触っていたその時。
指先の感覚に違和感を覚えた。
「ヘレナ、〈
「はい!」
言われてヘレナは初級魔術〈照明〉を起動し、指先に光を集めた。
その指を翳して、ディスプレイを照らさせる。
「……マジか……」
その正体を確認し、レイは落胆に近い声を漏らした。
その間も戦闘は激しさを増していた。というか寧ろ濁流の様な大群が通路に雪崩れ込んできており、物量に押されそうな状況だった。
「──なんか数多くないですか!!?」
一撃一殺、とはいかないが、既に十体近く倒している。それでもまだ二十体くらいが迫って来るのだ。
まさか前衛が壊滅したのか、と恐怖に煽られる。
『
『──多いだけじゃねぇっす!!! 何なんだこいつら……こんな、まるで必死になってるみたいに……!!?』
〈魔導銃剣〉を構えて砲撃を行う一同。もう二人が欠員になったのが惜しいと感じていた。
一体、また一体と倒れていく〈竜頭蜘蛛〉。だが、やはり切りがない。
『リィエ!!! お前の爆裂魔術で一掃できねぇか!!?』
「こんな狭いとこで使えませんよ!!!」
『だろうと思ったッッ!!!』
言いながらもシズヤは接近戦に移行する。
魔力が切れてきたのだろう、とリィエは察する。元々少ない方である彼から節約するのも戦術だと教えられていた。
援護しよう、とそちらに〈魔導銃剣〉を向け、砲撃を放つ。
〈
『あっぶ……けど助かった!!』
「あ、大丈夫でしたか!!?」
『運だけは良いんだよ』
「大丈夫そうですね……」
若干巻き込みかけたが、大丈夫そうだった。
その時だ。
『リィエちゃん!』
「はい────ッ!!?」
叫び気味にライラが呼んだのに反応した時には、遅かった。
目の前に突っ込んできた一体に撃った──その上から飛び上がってきたもう一体に飛び付かれたのだ。
ライラが援護しようとするが、彼女もまた別の個体に接近される。組み付こうとした相手の胴体にカウンター気味に〈魔導銃剣〉を突き立て、運良く急所に当たったらしく一撃で沈黙させた。だが、
『嘘っ……これじゃ援護が……!!?』
突き刺した得物が抜けなくなってしまったのかライラは機体を悶えさせていた。
その隙に、リィエは目が眩むのを感じた。
あらゆる感情が暴発しそうになる。
〈竜頭蜘蛛〉は魔力放出により、相手に混乱させる効果の幻惑攻撃を行う。
その効果に錯乱しそうになるのを堪えた、だが。その一瞬が命取りになる。
「────あ……っ!!?」
抵抗する間もなく、前脚による攻撃で胸部装甲がコクピット内壁もまとめて引き剥がされた。
「うそ……っ!!?」
そして、現れた竜の顎にも似た口が、彼女の目の前で開かれる。生々しい音を立て、今まさに彼女の身体を貪ろうとばかりに。
「い、いやだ……こんな……!!?」
身体が強張る。死にたくない。逃げたい。その、本能的な恐怖に抗えず、たまらず失禁してしまっていた。
「──イヤ……っ!!!」
涙ぐみながら、目を瞑った。
だが。いつになっても来るはずの衝撃が来なかった。
恐る恐る目を開ける。
「……え?」
いつの間にか、開いていた顎は閉じられていた。
それどころか視線が自分を向いていない。
「何だ……急に止まりやがって……」
シズヤもそんな反応を示している。
助かったことへの安堵、それ以上に困惑があった。
「……これは、一体……?」
その時。
ズシン、ズシン、と。やたら鈍重そうな、足音に似た音が後ろから響いた。
まさか、と思って振り返ると。
「────そんな……!!!」
信じられない光景がそこにはあった。
「────何で……!!?」
そこに居たのは。
シンプルな仮面を思わせる顔の、目の位置から黄色い眼光を放ちながら。並みの〈魔導甲騎〉より鈍重そうな足取りで歩いてきた〈着飾り騎士〉の姿がそこにはあった。
「何で〈
『正規騎士でも誰も起動出来なかったはずだろ……!!?』
『そもそも、一体誰が動かして……!!?』
その時、通信に割り込んだ声が『私だ』と伝えた。
クロト・ロックエヴァー──技術部主任だ。
『うちの部員が〈
『そんなことは見れば……!!!』
ライラが返しかけた言葉が、途中で止まる。
『って、え……!!? 技術部? 学生騎士ですらないの!!?』
一体誰が乗ってるというのだ。この場の誰もが思った問いに、帰ってきた答え。
『レイだ……!!! 技術部中等学生一年、お前の弟の、レイ・サザーランドッ!!!』
『────レイくんがっ!!?』
誰よりも姉であるライラが驚愕していた。
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