第四話:初めてのガールフレンド(前世含む)



「───それで、不良の大将相手に殴りあい蹴りあいの大喧嘩になってたのね……」

「はい……申し訳ありませn───い゛た゛っ……!!?」

「我慢なさい。自分で首突っ込んだんでしょうに……」

「それは、まぁそうなんですが……」


 あの後、しばらくの間お互いに殴りあい蹴りあい頭突きあいと仁義なき戦いが続けられていた。お互い青痣や生傷だらけになりながらもなお止まらなかったところで。偶然近くにいて騒ぎを──話によるとあの取り巻き二人が事情を話したらしい──聞き付けてやってきたライラが初級攻性魔術アサルトアーツ春雷ライトパルス〉の六連射により仲裁(物理)したことでようやく収まったという。


 そして力尽き倒れてしまったレイは、ライラによって自宅に運ばれこうして居間で手当てをされているのだ。

 ライラは治癒魔術を一通り習得済みであったが、為に数種類の薬草を調合した特製の塗り薬または湿布により処置されているところである。


「でも、虐められてる女の子を庇うなんて……レイくんったら、ずいぶん男の子らしいことしたのね」


 お姉ちゃん感激!!! と言いながらライラは彼にハグをし、その頭を撫でた。

 そんな彼女に対し、


「なんというか、許せなかったんですよ……」


 繰り返しになるが、そう返した。

「生まれなんて関係ない。何も悪い事していないのに、生きているだけで、周りと違うってだけで悪人みたいな扱いで虐げられる。そんなの、あまりに理不尽じゃないですか」

 前世で自らも苛めにあった経験があった。パワハラやモラハラが上等な環境に閉じ込められた経験があった。暴力でもいいから抗いたい、そんな感情が思い起こされて仕方がなかったのだ。それはきっと誉められたことではないだろう、という自覚もあった。

 そんな彼の事情など知らない筈の6歳違う姉の胸に抱かれ、頭を撫でられながら答えていた。

「本当に逞しくなったわね……。で・も! 今度からは無茶しない様にね」

「……はぁい……」



 そんな時だった。

「御免下さい」

 三回、玄関の扉にノックが響き、聞き覚えのない男性の声が響いた。

「どちら様、でしょうか」

「さぁ……」

 二人して居間から玄関の方を向いた。あいにく両親が共に不在だ。父は仕事で、母はレイの怪我を理由に薬やら包帯やらを買いに出掛けている。

「お母さん達まだ居ないけど、出ていって大丈夫かしら……ってレイくん!!?」

 ライラが悩んでいるうちに勝手に玄関に向かったレイ。

「はーい、どちら様で……」

 扉を開けながら返事をした、その途中で言葉が途切れた。


「夜分に失礼致します」


 うわぁお、と言いかけた。

 筋肉質な体躯が野性的な印象を与えながら、それでいて紳士的な振る舞いを見せる男性。

 そしてその頭には獣耳が……。

 〈狼人種ウェアウルフ〉にも男性っているんだなぁ……と一瞬考えてしまった。種族なのだから男女共に居て当然といえば当然なのだが。

 その男性の足元から、少女──ヘレナがひょこっと顔を出してきた。


「君がレイ・サザーランド君だね?」

「あ、はい。えぇと、もしかして。ヘレナちゃんのお父様、ですか?」

「如何にも、私はオーガスタ・アズルフィルドと申します」


 獣人の紳士は、丁寧にそう言って挨拶を返してくれる。

 立ち話もアレだが、両親共不在でありどうしたものかと思っていた時。


「……あら?」


 丁度そのタイミングで母が帰ってきた。


「貴方、オーガスタさん?」

「どうも。久しぶりです、クラウディアさん」


 お互いに名前ファーストネームで呼んでる。


「あれ、お母様もしかして知り合い??」

「まって、お母さん知り合いなの??」


 ほぼ同時にレイとライラが突っ込む。

 ヘレナもまた父親の顔を窺っていた。


「ええ、私元々農家の出身だし」


 初耳だった。初級の簡単なものとはいえ普通に魔術を使える様だったので魔術師の家系か……と思っていたが、元々は魔術師の家系だったが彼女の祖父か曾祖父が一部魔術を農業に応用するという研究をしているうちに農家に転向したと聞きなんとも言えなくなってしまった。魔術も日常生活に応用できる範囲で最低限しか教わってないらしい。

 そして二人、母とオーガスタさんの実家は近所だったそうな。とはいえ農場がある関係で互いの母屋同士は約1km程離れていたそうだが。

 ついでに父との馴れ初めも聞かされた。曰く、地元での古臭いしきたりやら狭い人間関係やらその他諸々が面倒臭くて出ていき街の飲み屋で働く日々を送っていたある時、騎士団の将官就任祝いでやってきた父親と出会い、一目惚れされたそうな。今でこそ指揮官らしい威厳ある風体だが当初は「何このひょろい男」「騎士とは思えない弱腰」「箱入りのお姫様かよ」など散々な評価だったが、彼のひたむきな一途さと時折見せる優しさから段々惹かれていった、という惚気話を聞かされることとなった。


「初耳なのですが……」

「当たり前じゃないの、初めて言ったもの」

 あっけらかんと答える母。

「私は何度も聞いております」

「あはは……」

 オーガスタの言った一言にレイは苦笑いを浮かべていた。



 立ち話もあれだからと積もる話を切り上げたサザーランド家一同は、アズルフィルド親子を居間に案内する。

 案の定だが、ヘレナのことで話があった様だ。


「ヘレナは魔力保有量が多いのですが、実は制御できる様になったのはつい最近でした」


 曰く、ふとした出来事で癇癪的に魔力暴走を起こして暴れたこともあったらしい。

 大人数人がかりでようやく収まることもあれば、暴れて振り切って逃げ出した後に疲労で倒れてようやく止まったこともあったらしい。


 ──あれ、これもしかして止めなかったら逆にガキ大将達が危なかったのでは……?

 そんなことを一瞬考えてしまった。が、ここ一年程はようやく安定する様になり、泣いた、怒ったという程度ではそういった暴走は起きなくなったそうだ。


「今でこそ良くなりましたが……そんなこともあって、近所の子達にもあまり快く思われないこともあり……父親として何とかしてやれないかと思っていた時に、彼女からサザーランドさんに相談していただけたのです」

「それで父に魔導学校を薦められたのですか?」

「はい。サザーランドさんも、自分の上の子が通っており下の子も今年試験を受けると聞きました」

 なるほど、とレイは理解した。父が同い年の自身の息子も受けるからと一緒に受けることを薦めたのかと。

 なおレイは落ちてしまい、〈技巧科〉に行くことになったが。

「合格を貰った時は家族みんなで喜びました。ヘレナは末っ子ですが、兄や姉達もこの子を祝福してくれました。

ですが……それでも、今日こんなことになってしまって……」

 まさかまだ入学すらしていない時点で上級生から嫉妬で苛められるとは思わなかったであろうな。

 そこにレイが介入し、あとは現在に至る、と。

「こう言うことを頼むのも、どうかとは思うのですが……レイ・サザーランド君」

「──ぁ、はい!」

 急に話を振られる。

「これからどうか、うちのヘレナと仲良くしていただけないだろうか」

 その言葉にレイは驚いてしまう。

「君のことはヘレナから聞きました。君は苛めっ子に果敢に立ち向かって、苛められていたヘレナのことを救って、守ってくれた、と……ヘレナのことを受け入れてくれたと」

 買い被り過ぎですって、と言いかけたが、その気迫に負けてしまいレイは聞き手に徹してしまう。

「だから、君に頼みたい。君にならこの子を任せられると思った。だからこの通り、頼む!」

 そう言って、彼は頭を下げた。ヘレナも彼の姿を見ながらそれに習って「お、おねがいします」と小声で言いながら頭を下げる。

 あまりの必死さに姉が引き気味な気がする。一方で母はどこか納得している様子だった。

「あ、あの……ひとまず、顔を上げて下さい」

 他にどうすれば良いか正直わからなかったが。

 とりあえずそう言って落ち着かせた後に。


「はい。僕でよければ、喜んで!」


 できる限り優しく微笑み、レイはそれを快諾した。

「あ、あの、ふつつかものですが、よろしくおねがいしますっ」

 その返答に、笑顔を咲かせたヘレナがそう返した。

「こちらこそよろしく、ヘレナちゃん」

 改めて、笑顔で答えるレイ。だが、その時。

「……あ、あの……その、えっと……ヘレナ、って……」

「…………?」

 ヘレナはふと、どこか歯切れの悪そうな反応を示したのだ。何か、と思いきや。

「ヘレナ、って、よんで、ほしいです……!!」

「────ふぇっ……!!?」

 呼び捨てで呼んでほしい、ということだろう。

 ちゃん付けでも照れくさかったレイであったが、

「……よろしく、ヘレナ」

「…………!!! はい!!!」

 照れながらも彼が呼んであげると、ヘレナは満面の笑みを浮かべ喜んだ。

 あら^~、などと隣から暖かい視線を感じながら。



 ついでにこれは余談だが。件のガキ大将について、後に授業の関係でライラと決闘することになり、その際にライラは彼を報復でコテンパンにしてやったらしい。

 それだけを聞いた時には同情していたが、本来ランクが違う者同士では組まないはずが『彼が直々に姉を指名して、冷静さを失わせようとレイの悪口を言っていたら却って彼女の逆鱗に触れてしまった』と聞いては、なんとも言えなくなってしまった。

 彼は一体どこに向かおうというのだろうか……。



 それはそれとして。

 4月。6歳になったことでレイとヘレナは同じ魔導学校に入学した。

 この学校は地元の魔術協会と騎士団の共同運営方式で運営されている。

 レイは技巧科、ヘレナは魔導科と、流石にそれぞれ別の学科であったが。


 学校にて。

 それはある日の放課後のことだった。


「ねぇ、あの〈狼人種ウェアウルフ〉の子、魔導科の制服じゃない?」

「ほんとだ。〈狼人種〉で……珍しいね」

「でもなんの用だろう?」

「誰かに用かな?」


 いつかのガキ大将の様な種族や魔力量による偏見は〈技巧科〉の生徒達には少ない傾向にあった。『Fランカー』と呼ばれているレイでもどうにか溶け込めたくらいだ。

 それにしても、『〈狼人種〉で魔導科』か。

 ヘレナの他にも〈狼人種〉の生徒がいるのだろうか。

 もしかしたら彼女の友達になってくれるかもしれない……等と考えていたが。


「小柄でかわいい子だね」

「綺麗な銀髪」


「…………ん?」

 まさか、と思ってそちらを見ると。

 キョロキョロと辺りを見回していたその姿は、案の定ヘレナだった。


「レイさぁーん!!!」


 こちらと目が合うなり、花が咲いた様な満面の笑みを浮かべ、彼女が早足で寄ってきた。

 そのまま抱き付いてきたのを受け止める。あの一件以来レイは随分と懐かれていた。もふもふとした尻尾をふりふりと振るわせるその仕草が前世で飼っていた愛犬を思わせ、どこか懐かしさを覚えていた。

「ヘレナ……ここ、学校なんだから……」

「だってレイさんいい匂いですもん」

 答えになっているのかなっていないのか……。狼らしい、かはともかくとしてヘレナは周りなど気にせずレイの胸元ですんすんと匂いを嗅いでいた。

「全く……困った子だ」

「えへへ」

 やれやれといった気分でレイは彼女の頭を撫でる。ふんわりと柔らかい質感の髪が指に絡む度、彼女は微笑んでくれた。

 扱いが完全にわんこみたいになってる気がするが満足してくれた様である。


 だが。


「おい、Fランカー……」


 級友の一人が口を開いた。

 同時に、ピシリ、と空気が軋む音が聞こえた気がする。


「貴様ァ!!! これは一体どういうことだ!!?」

「なんでFランカーがこんな可愛い子と知り合い!!?」

「Fランクのくせに……Fランクのくせにぃ……!!!」


 教室に居た男子一同、一斉にレイに詰め寄った。

 Fランクなことは関係ないんじゃないかなと突っ込みたかったが、取り敢えず皆が既に少し錯乱しているというのはわかった為、止めた。

「とはいえどこから説明すればいいんだか……」

 言いながら、彼は苦笑いを返した。

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