第十六話:姉と弟と


 ライラに連れられるがままに、レイは彼女の部屋に入ることになる。

「お姉様、どうしました?」

 小綺麗な部屋だ。二人とも普段は寮暮らしであり、あまり帰る機会がないとはいえ小まめにしっかり掃除されている様だった。

 迎え入れられたものの、ライラはただ静かにこちらに視線を向けていた。

「……おねえ、さま……?」

 無言で見つめられ、思わず視線を反らしてしまう。

 どうしたものか、と思っていたその時。

 漸く彼女の口が開かれた。




細島澪サザシマ ミオという名前に、覚えはありますか?」




 使そう発した、彼女の言葉に。戦慄した。レイの反応は、その表現が一番正しかっただろう。

「……なん、で……僕の、名前……っ!!?」

 動転するあまりに思わず口に出してしまった。

 前世での自分の名前だ。だが、それをさっきは言わなかったはずだ。

……」

 納得したように言うライラ。

 動揺しているうちに後退る間もなく、屈んできたライラに抱き締められる。思わず受け止めて抱き返してしまったが。

 この人は、誰だ……?

「なんで、その名前を……?」

 頭が混乱している中。辛うじて残った理性が、落としてバラバラにしてしまったパズルをどうにかして組み立てる様に、やっと言葉にして問い掛けた。


わけ、ないじゃないですか……っ!!!」


 目元に涙を浮かべ、彼女がそう答えた。


 その瞬間だ。

 同時に鮮明に思い出した、最期の記憶を重ねてしまう。

 そして、気づいてしまった。

 あの時、目の前にいた女性の姿が、彼女に少し似ていることに。


 いや、まさか。

 思わずたじろいでしまった。そんなレイを抱き締めた状態のまま、彼女は言葉を続けた。


「……前世の私の、目の前で死んだ人の名前です……!!!」


「うそーん……」



 とんだ同窓会があったものである。


 姉の前世が、前世の自分が死ぬ間際に助けた女性だった。

 前・前・前世から探す間もなく隣に居て、生を受けてから今の今まで衣食住を共にしていた。探すつもりどころか居るという考えすらもなかったというのに。


「……いやでも、名前が、そっくりなだけで人違いでは……」

「違うとは言わないんですね」

「それは、まぁ……一文字も違わず合ってましたし……」

 そう返してしまう。どちらにしろあそこまで反応してからでは否定のしようがなかった気がするが。


「なんとなく、似てるって思っていたから……」

「えっと……どの辺が、ですかね……」


 思わずそう返してしまう。正直、前世と容姿が似てるとは思っていなかったからだ。

 今世みたいに低身長でもなければ少女顔でもない、目付きが悪い以外はどこにでも居そうな普通の容姿だった気がする。


「誰にでも、初対面の人にも優しいところ。理不尽なことが嫌いなところ……」


 そう言われて、何故か納得してしまった。


「……ロボ好き繋がりでお父様と引き寄せられたなら、まぁ……可能性としては、なくはないですが……」

「同じ境遇の人が、そう何人も居て堪るもんですかっ……」

「世界に一組か二組くらいは居るかもしれませんが……」


 やはりその縁から繋がってしまったのだろうか、と感じてしまっていた。


 そこから先の話は咽び泣きながらで要領を得なかったが、レイの前世──細島澪の死後にあったことをいくつか話してくれた。

 彼女は彼の葬式にも出てくれたらしく、それで身の内を知ったという。

 それから、犯人のこと。

 澪の死に囚われた彼女が、いつか復讐しなければとネットのニュースを探していた時にそれを知ったらしいが。澪が死んですぐの事。近くで車を盗み、そのまま二十人近い死傷者を出す玉突き事故を起こして即死したらしい。遺体からは複数種類の違法薬物が、遺留品のナイフからは澪の血液が、それぞれ検出されたそうな。

 どこまでも糞野郎だな、等と言いかけるが。


「ずっと謝りたかった……!!! あの時、助けられなくて……仇敵かたきも討てなくて……」


 自らの胸で懺悔する様に泣きじゃくる彼女の姿に、レイは込み上げた悪態を抑え込んだ。

 ……どちらかと言えば犯人に謝って欲しかったんだけどな。

 茶化す様だと思ってこれも言わなかったが。


「何と言うのが一番良いのか、わからないのですけれど……」


 言いながら、彼は彼女の頭を撫で、そっと優しく抱きしめる。


「確かに僕は……前世でですが、不幸な最期を迎えたかもしれません」


 背を擦り、諭す様に続ける。


「でも、生まれ変わって……僕は今ここにいます。

好きなものに打ち込めて、お姉様が居て、ヘレナも居て、みんな居て。

今の僕は、とっても幸せ者です。

……だから、そんなに自分を責めないで欲しいです」


優しい笑みを浮かべるレイ。


「レイくん……!!!」

「はい、おねえさま……」


 そのまま彼女は子供の様に咽び泣いた。そんな彼女を、ただ優しく、泣き止むまで彼はあやしていた。


 それからというもの。そのまま二人は一夜を共に過ごした……というか、一緒に寝た。所謂、同衾……あるいは添い寝、というやつ。

 さすがにそれ以上のことはしない。

 やったら色々問題になるというのもあるが。仮にも実の姉だ。美人でスタイルも良く、才色兼備の自慢の姉……たまにポンコツだったりするけど。現に今、抱き枕にされたりしている。

 そんな彼女に、良くない感情を抱く訳にはいかないと。

 むしろ……。

「今度は、守らなきゃな……」

 呟きながら、そのまま眠りについた。



 そんな事を思い出しながら。

 ガシャン、ガシャン、と足音を立て、歩を進めていく各機。

「お姉様……」

 そのコクピットでレイは、ライラの乗る機体に視線を向けていた。

 そもそもお互いに異なる部署で多忙になり面と向かう機会が少なかったのも事実ではあるが。あの夜以降、業務連絡と会議以外で話すことがなかった。

「僕が、お姉様を……」

 守らねば、と。誓いを確認する様に呟いた。

『レイ、なんか言った?』

「うわぁあ!!? 何でもありませんよ!!?」

『何でそこまでびっくりした!!?』

 途中でシズヤが通信を入れてきて思わずびっくりしてしまった。




 そのライラはと言えば。

「ふふふ……」

『小隊長。今日はいつにも増して上機嫌ですね』

「それはもう、レイくんの初陣だもの」

『〈プリンセス〉の初起動が既に初陣みたいなものでは……』

「いいのいいの。こうやって肩並べられる日が来るなんてね」

 リィエと魔力導伝で通信していただけで、別に黙っていた訳ではなかったのだが。






【要綱】

 〈プリンセス〉の戦闘性能調査を兼ねた簡単な虚獣討伐任務


【目標】

〈竜頭蜘蛛〉10頭


【備考・その他】

 今回は、武装の威力・精度、並びに機体の索敵能力等のデータ計測を優先する為、可能な限り長距離からの狙撃を主行動とする様に。





 指令書を読み、改めて任務を確認する。

 ターゲットは例の如く〈竜頭蜘蛛〉だ。



 ついでに言えば、技術部からクロトとエドも来ていた。

 というのも、〈プリンセス〉とある兵器の性能調査の為……だったり、新たに開発した試作品の実地運用だったり。


『観測役は任せておけ』

「はい。……にしても、便利そうですね」


 クロトが搭乗するものについて触れる。すると「フフフ、天才の私に掛かればこんなもの!」などと自信満々な様子であった。

 実地運用の為に持ってきた、その乗り物──名を〈魔導飛箒ブルーム〉という。

 とはいえ『飛ぶ箒』などと洒落たネーミングだが、見た目はSF映画のホバークラフトの様である。


 〈プリンセス〉の存在から、いつか航空兵力を利用する時代が来るかもしれないという可能性が提示された。

 かつての戦争で利用された──それはつまり、ということだ。それが再びこの世に現れるかもしれないし、あるいは今度は〈プリンセス〉自体がそれになりかねない。


 というわけで〈魔導甲騎〉用の航空技術をどうにかして作ろうという話になり、推進器の開発をしていたのだ(余談だがこれがレイが多忙になった原因の一つである)。

 とりあえず〈魔力放出〉を利用した〈試製魔導推進器マギアスラスター〉を開発する。が、試しに搭載するもただでさえ重量物の塊である〈ラヌンクラレアス〉を飛ばすには出力が足らず。辛うじて最低限浮かせられる搭載量になる頃には全身の装甲が剥がされ脚を「あんなの飾りです!!!」と外して、それぞれを推進器に換装されて。その上でAランクの正規騎士が搭乗・起動して数秒も経たないで魔力欠乏により沈黙。

 敢え無くお蔵入りとなってしまった。


 そこで、何をトチ狂ったのか〈魔導甲騎〉の座席を転用して作ったものがこの〈魔導飛箒〉だ。

 発案者たるクロト曰く、重くて駄目ならば軽ければいいんだ! ということである。

 現時点では単独の戦闘は難しい……を通り越して不可能と断言できるが、ある程度までなら物資輸送に利用できる。

 クロトが操縦し後ろにエドを乗せることができる様に……相応の魔力保有量を要求されこそするが。


 そのクロトから、合図が出された。

 中央段画面メインモニターを見やると、距離は離れていたが確かに〈竜頭蜘蛛〉の姿がある。

 見渡しは良いが、見る限り目標はこちらに気付いていない。


「それじゃ、いきます」


 合図して、レイは操縦桿を動かす。


 〈アンヘルヘイロウ背部バックパック〉の、電磁砲を懸架している方である右舷副腕サブアームを展開。

 右腕を上げ、脇の下を潜らせる様に電磁砲を構えると、横向きに備わったグリップを右腕に握らせる。


 そして、左手用のグリップに左手を握らせると、そのうちの上部に装備された大砲──155.0mm電磁加速螺旋砲を使


 それの横に突き出たレバーを引き、シリンダーを引っ張り出すことで薬室を露出させる。そしてそこに|腰部装甲〈セイレーン〉に格納されていた155.0mm砲弾を運び、シリンダーを戻して弾を装填する──ボルトアクション、と呼ばれる装填方式だ。


 そうしてようやく撃てる状態になり。


 他の隊員も見守る中。〈プリンセスレイ〉は電磁砲を構え操縦桿を操作し、目標を照準に捉え──銃爪ヒキガネを、引いた。

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