第十七話:抱かれる疑念



『〈対魔力弾〉、ですか?』

『あぁ』


 発射した弾丸が目標へ飛翔するその刹那、レイはある会議のことを少し思い出していた。

 クロト達技術部が数名、アイク達正規騎士上位陣、さらにナターリアがそこには居た。


 〈プリンセス〉を発見した場所を含む12箇所の遺跡で合計322発。さらに少々痛んでいたり規格違いだったりした〈劣化対魔力弾〉ともいえる亜種品が先述した遺跡を含む14箇所から合計666発、それぞれ発見された。

『……一々数字が不穏ですね』

『狙ったか偶然かは神のみぞ知る……が、まぁ今のところ数はどうだっていいさ』

 説明にレイが何となく呟いたことに、ナターリアがそう挟んできたのを覚えている。

『それで、この〈対魔力弾〉だが……』




 今装填し、放った弾丸がまさにそれだった。


 ローレンツ力によって加速され飛翔するそれが、標的としていた〈竜頭蜘蛛〉の身体を穿つ────直後。


 一瞬身を悶えさせたかと思った、その次の瞬間。命中した〈竜頭蜘蛛〉の身体が中央から末端まで全身隈無く内部から炸裂する様に弾け飛んだ。


『うっわぁ……グロっ……!!!』


 ただただ素直にその感想を伝えたシズヤ。

 骸を中心に体液が飛沫となって周辺を汚す。遠目ではあったとはいえその惨状は中々にショッキングである。あまりに凄惨な光景に、通信機越しにリィエが嘔吐えづいていたのがわかった。


『着弾と同時に、対象に流れる魔力から術式……あるいはそれに類いする何らかの反応を発動させる。

 それは「物質を破壊・分解する」で、それが起動時の性質から魔力の流れを逆流し吸いながら発生させるので、結果的に


 それが予め聞かされていた〈対魔力弾〉の効果。


「天使と名乗っておきながら……まるでですね」


 あの時に冗談めかして言っていた台詞を、ふと口から溢していた。


 魔力に対する反応への不安から解析を推奨できず、構成材質・製造法の一切が不明であり現時点で生産不可能、ということもあるが。

 性能が『強すぎる』という判断の元、〈対魔力弾〉の使用は一回の出撃で最大三発まで可能、ということになった。



 それはそれとして。

 クロトから出された指示に従い、レイは別の弾種に切り替える。


 選択したのはペレット弾──70.0mm砲でも使用しているものと同じ種類の、口径だけ155.0mm用として一回り大きいサイズの弾丸だ。


 ボルトアクション機構を利用して再度装填し、構える。

 別の個体を発見し次第、目標に照準を合わせる。

 タイミングを合わせ、銃爪を引く。

 弾丸が射出される。着弾。


 装填し、構える。

 目標を照準センターに入れて発射スイッチ

 命中確認。


 装填する。

 目標を照準センターに入れて発射スイッチ

 命中。


 装填。

 目標を照準センターに入れて発射スイッチ


 装填。

 目標を照準センターに(ry。



『あ、あの、サザーランド君……』

「ん、はい……?」


 その途中で、リィエの気まずそうな反応が返ってくる。


『あ、いえ……なんと言いますか、猛烈に淡々とやってるなぁと思って……』

「まぁ……はい」

 確かに言われてみれば物凄く作業している感覚でやっていた気がするが。

 どこか歯切れの悪い反応をするリィエを見かねてか、そこにシズヤが助け舟として入って来た。

『普段戦闘してる時って詠唱したりなんなりで騒がしいのが当たり前だからな。淡々とやってんのが慣れなかったんだろ』

「あー……」

 ようやく理解した。

「えっと、ごめんなさい……気味悪かったですか?」

『い、いえ! 別にそこまでは……!!』

『ゆうてお前震えてたろ』

『なんでっ!!?』

『機体ごと震えてたぞ』

 なんか知らないけど思っていたより怖がられていたようである。

「決め台詞みたいなのでも言いますか?」

『うん、頼むわ……』

「わかりました……」

 答えながらも、少し考えた。

 そして。スゥゥゥゥ、と息を吸い。



「ドーンだYO!!」



 ものすごいテンションで吼える、同時に銃爪を引く。

『それはそれで違和感っ!!!』

『なんとなくお前の好みを理解した気がする』

 そんなこんなしている内に任務分のノルマを達成してしまい、一行は帰路に就くことになった。




「レイさーん!」

 拠点に帰還し、機体から降りてすぐに駆けてきたヘレナが出迎えてくれた。今朝も会っていた筈だが、初の任務で知らずに緊張していたせいだろうか、何故か久しぶりに会った様な気分を覚える。

 訓練が終わっていた為か際どい騎士装束パイロットスーツ姿ではなく丈の長い騎士団制服を着ているが、相変わらず裾から出た尻尾をフリフリと振っている様子をレイは愛らしく感じていた。

 その後ろから一緒に居たらしいエイミー達もやって来る。

「転生者って分かっても相変わらずだねぇ」

「転生者でもレイさんはレイさんです!」

「まぁその通りなんだけど……」

 茶化す様に言ったエイミーの言葉に、レイの胸に顔を埋めながら答えるヘレナ。抱き癖も相変わらずである。

 そんな彼女の頭を撫でているが、途中で思わず手が止まり掛けてしまう。

「……レイさん?」

「ふぇっ? あ、いや……」

 何か思うことがあったのか、ヘレナが顔を上げレイの顔を覗き込んできた。

 誤魔化そうとするが、

「顔、赤いですよ?」

 思わぬ追撃を受けてしまい、

「初めての任務だったから、結構疲れたのかなぁ?

あははは……」

 そんなことを言って無理やり誤魔化してしまうなり、断りを入れてレイは一団から離れていった。





「レイさん、最近どうしたんでしょうか……」

 そんなレイの様子にヘレナはどことなく落ち込んでしまっていた。

「最近色々忙しくて疲れてるんでしょう」

「それだけ、でしょうか……」

 エイミーにはそう言われるが。避けられている、とまでは言わないが。なんとなく、彼に触れられる機会が少なくなっている気がしたのだ。

「サザーランド君はヘレナちゃんのことを大切に想ってると思うよ」

「そう、ですか……?」

 続けられたエイミーの言葉に励まされ、萎みかけていた笑顔が取り戻されていく。……が。

「まぁ、童貞ってそういう生き物だからな」

「────ッ……そういうこと言わないでください!!!」

 エドと似たような話をしていたのであろうクロトが、こちらにも聞こえる様な声で言った台詞に思わず赤面しながら突っ込んでしまうエイミー。

 その対面に居たヘレナもまた、頬を赤く染めるのだった。





 自室に戻ってからというもの。


 彼女を撫でた一瞬、ふわっとした、花の香りにも似た甘い匂いを感じてしまい。


 少し、意識してしまったかもしれない。


 そう思ったその時、思いっきり首を横に振った。


 だめだだめだ、邪な感情を持ち出しては……っ!!!


 そう心の中で誓うのだった。





 それと時を同じくして。

「それで、レイくんのことについて話があると聞いたのですが」

 総室長室に呼ばれたライラが、ナターリアと二人で対面する。

 レイの話だと聞いていたが、呼ばなくていいと言われており彼は呼んでいない。

「彼が転生者であることが判明したからといって、彼の周囲からの評価にあまり変化はない。理由は皆それぞれあるが、総じて好意的に受け入れていると言っていい」

 そうは前置きしつつも「まぁ、その話はあまり関係ないのだがな」と挟みつつ、続けた。


「レイの魔力素質について、一つ疑問に思うところがあるんだが…………」


「────っ!!!」

 その後に続けられた言葉に、ライラは表情を強張らせた。


「〈プリンセス〉を起動させたあの日、帰還後にすぐ魔力検査を行ったな」

 もしかしたらレイが莫大な魔力量を以て起動したのかもしれない、とか。そうでなくとも、もし彼がいつの間にか何らかの要因で魔力を利用できるようになっていたとしたら。などと考えられていたが。

「……結果は相変わらず魔力保有量・生成量共にF判定、だったはずですが」

「……その通りだな」

 結果は変わらなかった。やっぱりかと落ち込んでいたレイの様子を覚えている。

 実力を隠しているのでは、と疑われもしたが。仮にも彼が何かしらの手段で自らの魔力を隠していたとして、。故にその可能性は無いと判断していた。


「勝手で申し訳ないとは思っているがね、君たち姉弟の事を少し調べさせてもらったんだが……九年前に、家族での移動中に〈虚獣〉に襲われたという経験があったな」

「……はい」

 唐突にその話を振られた。今でも正直、思い出すと身が震え上がるのを感じてしまう。

 まだ幼かったライラが虚獣に喰われそうになり、彼が命を救ってくれた時のことだ。


「その記録の中に『〈魔力放出〉らしき現象を発現していた』とされる記録があるのだが」


 それはライラも疑問に思っていたことだった。

 あの日襲ってきた虚獣は比較的小型の個体だったとはいえ、全高3mはあった相手だ。普通に考えて子供の素の脚力であんな高さまで届くわけがない。

 それこそ本当に〈使話は別だったのだろうが。


 そしてもう一つだ、と。改めて切り出した。


「〈プリンセス〉のあった遺跡から滑落した時、天井から地面まで高さが15mはあった筈だ。途中で正座してる〈プリンセス〉にぶつかったとして頭頂から膝までの座高は約6m……余程運良く着地しないと命を落としていてもおかしくなかっただろうな」

「すっごい運が良かったとか……?」

「運か……まぁ、その可能性も否定はできないな」

 だが今は運の良し悪しは論点ではない、と一度断り、再度話を続けた。

「彼が地面に衝突する直前に〈魔力放出〉で衝撃を減衰したんだとしたら」

「………………!!!」

 確かに彼は発見された時、目立った外傷も無く気を失って倒れていたという。

 気を失っていたのが、物理的な衝撃ではなく『突然魔力を消耗したことによる身体や精神への負荷』からだとしたら。

「もしそうなら、もう一つ説明がつくことがあるんだ」


 そこまで言ったところで、その名前を出した。

 〈祝福フェストゥム〉──〈プリンセス〉に搭載された特殊機能。

 〈錬金術〉を利用でき、これにより機体を自動で整備してくれていたはずだが。


「これは推測だがあの機体は地下に居る間、最寄りの〈竜脈〉から魔力を供給することで機体整備をしていたのだろう。だからずっと付近一帯の魔力が安定していたんだ」




 そこから少し間を開けて。



「それじゃ今、奴は?」


「──まさか、レイくんから……!!?」


「〈祝福〉にはさらにもう一つ機能があったな」


 〈錬丹術プログラム〉……別名で『生体錬成術』とも呼ばれる〈錬丹術〉を利用してパイロットの生命維持をする機能で、即死でなければある程度の怪我を修復できるといったものだ。

 〈錬金術〉による機体整備も含め、魔力がないと魔術は機能しないはず。


「魔力供給されているのならことにも説明がつく。




 そこまでで話を一度区切りつつ。

 最初に切り出した疑問を。もう一度、言った。




「彼は本当にFランクなのだろうか?」




 結局、この問答はそこまでで切り上げたが。最後のピースが埋まらない要因は他ならぬレイであった。


 彼に何か秘められた力があるのか。無意識的に隠したり引き出したりする能力があるのか。


 二人には、その答えを知る手段はなかった。

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