天穹の権天使《プリンセス》 - ANGELs in the Heavenly Azure -
王叡知舞奈須
序話:薄幸人生からの異世界転生
話をしよう。
それは今から300……いや、だいたい1500年程前の事だった筈だ。
私にとってはつい昨日のことだが。君たちにとってはきっと、明日の出来事だろう。
今から話すそれは、ある一人の青年の物語だ。
その青年はとある地方の片田舎で生まれ育った。
特別裕福だった訳でもなければ貧しかった訳でもない、それでいて特にこれといった取柄もない。
本人も強いていうならただ人一倍、運に恵まれなかったと答えるくらいだ。
そんな何気ない青年の、ふとした行いから迎えた人生最大の転換期。
その記録である。
その日、青年は市街地に来ていた。
地元のホビーショップが悉く閉店し、やむなく電車で何時間と費やして店を探す羽目になったのだ。
最も、鬱屈した日々から逃げ出したかった、という理由の方が大きかったが。
中学高校と友達は録に居らず、大学に入り上京するも落ちこぼれて中退、地元に帰って中小企業に就職、向いてないと思う仕事内容を人手不足を理由に押し付けられパワハラ紛いの罵詈雑言と割に合わない
買い物、なんてむしろ建前で来ていた。ずっと趣味にしていたプラモデルだってここ数年買うだけ買って積んでばかり。唯一の親友といえた愛犬とも別れを迎えて久しい。
そんな当たり前の日常からたまに逃げ出したくて定期的にこうして上京している。
だが、何故だろう。人生に迷っていたせいだろうか、本当に道に迷ってしまった。
大通りから逸れたのは失敗か、と思った。そんな時だった。
どこからか女性の悲鳴が聞こえた気がしたのだ。後ろからだった気がして、一度通り過ぎた路地裏の中を進んでいく。
「何やってるんですか!!!」
案の定、女性が腕に派手な刺青を入れたチンピラに絡まれていた。
「警察呼びますよ!!!」
そう言って携帯を取り出してみせた。直後、
「テメェ! 殺す!」
「──いやいきなりか……!」
いきなり宣言しメリケンサックを嵌めてこちらに走ってきた。その余りの切り替えの速さに突っ込んでしまう。
だが随分と単調な動きで殴ってきたそれを回避しつつその勢いを利用して背負い投げを決め、リュックに常備していた紐で手首を縛って呆気なく拘束した。
「大丈夫ですか?」
「はい! なんとか……」
女性の元に寄り、声を掛ける。肯定してくれるが服を破かれ痣だらけにされとても大丈夫そうではない。
早く警察を呼んでなんとかしようか。でも紐の出所をどう説明しよう。等と考えていた。
だが、
「……あ……後ろ……!!?」
「へ?」
完全に油断していた。振り返った瞬間、既に自由になっていた男がすぐそこまで接近していたのだ。
「────えっ……!!?」
グサリ、と鈍い音が響いた。
それに少し遅れて、身を焼き焦がす凄まじい熱気を腹部に感じた。
「……あ、が……ぁっ……!!?」
苦しい、と感じた頃には。漸くその熱気が『痛み』であったと気づく。
チンピラが握っていたナイフが脇腹に突き刺さっていた。案の定、紐は切られ拘束は解けている。
続けて携帯を取り上げられる。が、バッテリーが切れていたのを見るなり、騙しやがって、と罵られ、鳩尾に蹴りを入れられた。
おまけとばかりに財布も刷られ、現金だけ抜いて放り捨てられた。運転免許を見られ「女みてぇな名前」と馬鹿にして嗤ってくる。女性みたいな名前で何が悪いってんだ、と返したかったが痛みでそれどころではない。
そうこうしている内に男は去っていった。何処までも下衆である。自分は善人な方だと自称していたが、地獄に落ちろと言いたくなった位だ。
「……ぃっ、っぇ……」
仰向けの状態で訴える。だが、殆ど掠れて発声すらできなくなっていた。
倒れている青年の腹部からは大量の血が流れ出ていた。
先の通り彼の携帯は既にバッテリー切れの為、自ら救急車を呼ぶことも叶わない。
色々持ち物が地面に散乱していたが、その中に破損した見知らぬ携帯電話があった。もしそれが彼女のだとすれば、彼女もまた人を呼べないのだろうと察するのは容易だった。
「ごめんなさい……私が……私の、せいで……!!」
不良に脱がされかけ、所々破けていた服を派手に肌蹴させてていた女性が、目から涙を零し、謝りながら自分を抱きかかえている。
どうせなら死ぬときは抱擁されて死にたい、などと言う輩が居るが、いざ自分がそういう状況になってみても何を思えばいいのか。
「……謝ら、ないで……僕が、勝手に……首を、突っ込んだ、だけです、から……」
段々、視界が霞んでいく。意識も朦朧とし始めた。
そこまでで悟る。
これ、死ぬんだな。と。
部屋で積んでたプラモデル達はどうなるんだろうな……あれ、いつから積んでたっけ……覚えてないや……こうなるくらいなら、組んであげればよかったな……。
などと、こんな状況でそんなことに後悔していた。
「あな、た……だけでも、助かって……」
今にも消えてしまいそうな意識の中。
「良かった……です……」
そう言い残して───彼の意識は完全に暗転した。
それが、青年──
……あれ?
次に目を覚ましたとき。
気が付けば自分は見知らぬ女性に抱きかかえられていた。
その隣に、まだ幼さの残る少女の姿もある。
二人とも、日本では見慣れないローブに似た簡単な衣装を身に纏っていた。
知らない人。なのに何故か懐かしい様な、愛しい様な心地を覚えている。
何故か無意識に、彼女達に手を伸ばしていた。
だが。その手は、自分のとは思えない程にずっと小さく、頼りなかった。
そこで、ようやく状況を悟ると同時に、それを自分でも不思議なほどに自然にすんなりと受け入れる。
転生したんだ、と。
それが、レイ・サザーランドとしての初めての記憶となった。
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