第39話 不幸の男とビビリの魔王


 彼の名はシャインレイ、シャインレイ・ブレシング。


 光の祝福を受けし者と言う名前であるにも関わらず彼の人生は不幸の連続、不運の塊、タイミングの悪い男で通っている。

 


 ただこんな彼だが冒険者ではAランクを手にする強者だ。


 それは不幸、不運の中彼が生きるにはただ愚直な努力と器用な立ち回りが必然的に求められたからこその物種に過ぎない。


 結果多種多様なスキルを身に着けてしまい、ギルドでもそこそこの結果を出してしまった。



 しかし高ランクな依頼をこなしたのは彼の意思によるものではない。


 大体は誰かに押し付けられたり、ギルドの手違いだったり、たまたま他の冒険者に巻き込まれた結果その依頼をこなした事になっただけ。


 それを彼の実力といえばそうなのかもしれないが、彼自身そうは思っていない。


 結局損な役回りを世界の神だか悪魔だかに押し付けられただけの運命位にしか思ってはいない。


 そしてそれをどうにか自分の力で退け必死に生きただけ。



 彼の思う世界はクソッタレだった。

 



「おい、シャイン! 何だお前彼女かよ、まじかよ」

「え、あの不運のアンレインが!?」

「てかなんだよ超絶美女じゃねぇか」


「ちょっと、可哀想よ。彼だって頑張ってんだから。努力の権化よ、少しくらいいい思いさせてやってよ」




 そう、シャインレイはギルドでもそこそこの有名人。


 不幸のアンレインと。

 そして今そんな彼の隣には何故だが一人の女がいる。



 黒紫のカールした長髪。

 黒のビキニアーマーから溢れんばかりの豊満な身体はギルド中の男共から受付嬢の視線をも釘付けだ。


 それは自称黒の魔王と名乗る、シャインレイが討伐に向かう羽目になった魔王城にいた悪魔。


 今は背中の翼を隠し、角の付いた金のサークレットも外している為傍から見ればただの淫乱戦士にしか見えない。




 ラーヴァナと名乗るその女魔王は、シャインレイの不運に巻き込まれ自らの住処を失った。


 何処にも行く先が無いという事で「なんか悪いし」とシャインレイが自分の家に一緒に住まわせる事になっていた。



「ああと、なんか、薬草採取とかある?」

「え、あ、シャイン……え、その、彼女、なの? その人」


 

 今日もとりあえず事なかれ主義で無難な依頼をこなそうと思ったシャインレイだが、受付嬢のサイリアはそんな事よりやはり隣の淫乱戦士が気になるようだった。



 それも分からなくはない。


 これだけ目立った格好と美貌。

 その上あの目立ちたくないで有名なシャインレイが女を連れて歩いていたら皆不思議に思うのも当然だ。



 全く、なぜどいつもこいつも俺に構うのか。ただ静かに生きたいだけなのに皆が俺の邪魔をする。

 シャインレイは相変わらず面倒な自分の人生に嘆息した。



「ああ……まぁ、いつもの事だから気にしないで。それより依頼」


「え……もしかしてまた訳あり、なんだ。そっか、だ、大丈夫だよ! 元気出して。私はいつでもシャインの味方だからさ。はい、採取依頼ね、獣や魔獣も絶対でない、人気もない廃材地区だから。今度こそ安心、不手際もなし!」


「ああ、ありがとう。期待はしないよ」

「うっ」



 受付嬢のサイリアから簡単な依頼を受け取る。

 

 ギルドではシャインレイに依頼されるのを嫌がる者も多い中、このサイリアだけはいつも彼を励ましながら依頼をくれた。


 シャインレイに依頼されると皆必ず何かしらの不手際を出す羽目になり、ギルドマスターから大目玉を食らうの火を見るより明らかだからだ。



 そうは言ってもシャインレイは類稀なるランクAの冒険者、この街に残って貰っている方がメリットも多いのだろう。

 今まで一度でもはっきりと出て行けと言われたことがないのが救いかもしれない。

 


 シャインレイが低ランクの頃は、その不幸を撒き散らす体質ゆえ街から出ていってくれとよく言われた。


 それによりどれだけの大陸を渡ったかもわからない。



「シャインレイ、なんだそのしょぼくれた依頼は? もっと激しい魔物をぶちのめすとか、報酬がいいやつはないのか?」

「いや、あんた一応魔物の長でしょ。だめだよ身内を殺しちゃ」


「妾の事を気にかけてくれているのか、そんなものは気にしなくていい。そ、それよりき、今日はま、ままま、またおお同じベッドで寝るのか? も、もう一個買うためにもやはり稼いだほうがいいのではないだろうかと」



 ラーヴァナは突然顔を真っ赤にしてキョロキョロと周りを見る。

 気のせいかサイリアの口が開いたままになっているようだ。



 ラーヴァナには一応客人としてベッドで寝てもらっているシャインレイ。

 

 だからといって俺が床で寝るのもおかしいとシャインレイはラーヴァナ一つのベッドに川の字で寝ていた。



 シャインレイの家には当然ベッドが一つしかないがそれでもキングサイズ。


 そこまで狭くはないだろうがそんなに不満かと金がないと言う理由で一度は断ったが、どうしてもラーヴァナはベッドの購入代金を稼ぎたいようであった。




「はぁ……わかったよ。金はあるんだよ、帰りに注文しに行こう」


「ぇあ、あ、いや、そんなに無理することも無いと言うか。あれはあれでというか。でもでも」

「はいはい」




 何だか意味が分からないと言う顔でシャインレイはギルドを出た。


 悪魔や魔王とらやらでも恥じらいがあるらしい。


 悪魔に欲情する趣味は持ち合わせてないシャインレイであったが、悪魔の為にベッドを買う羽目になる面倒事には恵まれていると自らを皮肉っていた。




 ――さぁ、頼むから何も起こらず今日一日よ終わってくれ。



 シャインレイはそうは言っても無駄かと何度めかになる溜め息をついた。










 カルデラ帝国辺境。

 シャインレイが腰を据えるタンブラーの街は領主の丘、住居区、商業区と分かれその北端にはマテリアルの廃材置き場、否捨て場となっている区域がある。



 そこはかつて孤児達や商業区の雇われ奴隷達がまだ使えそうなマテリアルを漁る場でもあったらしいが、ここにある一つの古い洋館でゴーストが出ると噂が立ってからは殆ど人が近寄ることも無くなった。


 

 一時そんなゴースト騒ぎを受けて、当然白羽の矢が立ったシャインレイはその依頼をこなした訳だが。



「な、な、何も、何も無かったんだよね? そうだよね? ね?」


「だから何も無いって。ゴーストなんていないし、ましてやモンスターもいない……と言うか何を怖がってるの、あんた悪魔でしょ」


「そ、それはそうだけど……ゴーストなんて見たことないし」



 ラーヴァナは悪魔で魔王を偉そうに名乗っていた割にこういった怪談の類は本当に無理らしい。


 と言うかちょくちょくキャラが変わるのは何なんだろうか。


 そんな事を思いながらとりあえず日が暮れるまでのんびり依頼でもこなして帰ろうと考えた。



 正直頼みもしないのに仕事が増え、その度困難な依頼をクリアしてしまった彼は金に困ってはいない。


 ただ家にいても暇なのでこうして外に出るのだが、ずっと家にいれば何も起こらないと思ったら大間違いだ。



 そんな事は既に実践済み、家に籠もってようが彼には何かしらの面倒事が舞い込むようになっているのだから。





「シャイィィィんんん!!」



 

 ほら来たぞと。

 一刻程額に汗した頃、マテリアルの残骸から目的の魔力鉱石を回収していた最中に背後で何の手伝いもしないラーヴァナが叫ぶ。



 何か怖いものでも見たとか言うんだろう。



「なんだよ、何か出たのか」

「で、でで出てた、出た。で、ゴーストだ! 間違いないよぉぉ! あの館の二階窓におじ、じ、じいさんの亡霊ぃ」


「そうか、年寄りに構うと碌な事にならないから」



 喚き散らすラーヴァナにそう諭し、じいさんの亡霊とやらを無視して再び作業に従事する。


 冒険者だかゴーストだか知らないが俺の邪魔をしないならわざわざこっちからちょっかいをかけてどうするのかと。



 基本的に普通に生きていたって他人は邪魔をしてくる。

 ましてや年寄りには絶対に関わっちゃいけない。


 特に齢五十以上は危険だ。

 今回こうやってこの悪魔と一緒にいる羽目になったのもギルドの嘱託職員がシャインレイを勇者候補の依頼に入れこんだせいなのだ。



「あ、あぁ! だめだ、だめだよぉシャインーー! なんかこっち来てるってばぁ」


「あぁもう!!」



 

 いい加減邪魔は止めてくれ。

 色々なことを思い出しながら苛つきを高めた彼は振り向きざまに、視界へ入った白髪のそいつへ安物のショートソードを当てがった。


 一足で距離を詰め、腰から剣を抜いて対象の首に当てるまでの時間はほんの一秒弱程度。

 自分でも努力で成り上がったAランクと自負している。


 この街のギルドでも彼と肩を並べる程の実力を持つ人間などギルドマスターが精々と言った所だ。



 なのに、なんだ。


 シャインレイのショートソードはそこから全く動かない。最初から脅す程度で寸止めする予定ではあったがこれは違う。



 そして僅かな間をおいてシャインレイの剣は氷の様に砕け散った。



 目の前のソイツは白というより銀にも見える髪に背丈は彼の胸下程度。


 と言うかこれは。

 


「子供……と言うか女。どうしたら爺さんと間違うんだよ!」

「う、ご、ごめん。途中で気付いたけどこ、怖くて」


「むむ、いきなり刃を向けるとは失敬だねお兄さん。と言うか横にいる痴女はもしかしてもしかすると……黒の魔王ラーヴァナ?」




 この銀髪幼女は一体何なのか。

 だがそんなことよりもこの娘は桁外れに強い、それが第一印象だった。


 銀髪の幼女は後ろで怯えるラーヴァナを一瞥するなりその正体を言い当て、膨大な魔力を内側に高め出していた。


 

「ほぅ! 妾の事を見抜くとはお主なかなか――」

「馬鹿お前、逃げろ」

「はぅ!?」



 相手が自分を魔王だと理解した事で気を良くしたのかラーヴァナは腰に手を当て胸を突き出すが、幼女の発したそれは高威力の氷結魔法。


 気付けばシャインレイはラーヴァナを抱えてその場から飛び退いていた。



 幼女から放たれた氷結魔法が廃材地区の一帯を氷漬けにする。

 恐ろしい威力、いやそれよりもそれだけのものを放っておいて幼女から発されるその魔力総量は僅かにも減った様子が見られなかった。



 馬鹿なと。


 魔王城でラーヴァナを見た時よりも背筋に走る悪寒は、歴然とした相手との格差だ。


 只者ではない。

 かつてエルフの大陸で見たエルフの長並みの魔力量だった。


 シャインレイも魔力探知のスキルはそんなエルフ達から学んだもの。

 ラーヴァナはどうやらその幼女の恐ろしさにまだ気付いてはいなかった。



「なんじゃそなたわ! 失敬だぞ、妾は黒の魔王ラーヴァナ。本来であれば貴様ら人間など容易く滅ぼしてみせようぞ」

「邪神とやらから逃げといてよく言うな、そもそも今のお前じゃただの変態女戦士にしか見えない」



 シャインレイの鋭い言葉を受けてラーヴァナは自らの変装を解こうとするが、幼女の次の言葉を聞いてラーヴァナは身体を強張らせた。



「あー、やっぱり変装かぁ! そんな気がしてたから。そこの館で影のベリアル見つけたからつい間引いちゃったけど、この際もういいや、魔王も間引ぃちゃおー!」


「な、なに……ベリアルだと、配下達は既にシャインに」


「馬鹿、避けろ!」



 刹那耳をつんざくような金属音が響く。

 シャインレイは瞬速でラーヴァナを切り飛ばそうとするその幼女の刃を受けていた。



「あ、そっちもそれ? てかなんで守るの、操られて……たり?」

「……魔斬刀使える子供って、何だよ。この不運おかしくない?」




 魔力剣での競り合いを一度弾き返し、シャインレイはラーヴァナを庇うようにしてその構えを解いた。


 ラーヴァナは唖然としているが、やがてその幼女の恐ろしさに気づいたのかシャインレイの服を掴み隠れる。



 こんなやつが魔王なのかと思うと、ある意味世界は終わりだ等と考える余裕はあまり無かった。



 目の前の幼女は本気ではない。

 にも関わらずシャインレイに関しては既に実力の五割は出していた。

 勝ち目はギリギリ無さそうだと。


 

 しかもどうやら魔王の配下を殺って回っているのはこの幼女、ならばラーヴァナが標的であると言うのも腑に落ちた。


 つまりこの幼女こそ、本当の勇者。

 というより出遅れた他国の勇者と見るべきか。

 シャインレイは今までの出来事を素直にその幼女へぶちまける事にした。





「えぇ!? うっそ、うそうそ、そんな事ある? ウケ、ウケーー! やば、駄目だ面白すぎる」


「全ッ然笑えないから、妾死ぬかと思ったから」


「俺にとってはいつもの事だし。と言うか君の話だとそれ、魔王の配下とか、魔王とか、倒しちゃ駄目じゃん。そのお兄さんに倒してもらわないとさ」


「んー、まぁそうなんだけど。まあ邪神が生まれてるんならお兄にはそれでも倒して貰おう。それで勇者お兄の誕生だ! 今から言いふらしてお兄伝説を歴史に残すのだ」




 幼女はミサと名乗った。

 ミサは兄の魔王討伐に手を貸すためこっそり裏で手を貸しているらしく、予想以上に多い魔王の配下を間引いている最中だったそう。


 そんな中この街からおかしな邪気を感じて乗り込んだら魔王配下、つまりラーヴァナの部下ベリアルとラーヴァナ本人がいたと言う訳である。


 ミサは兄の英雄譚を歴史に残そうとするただのブラコンであった。

 末恐ろしすぎる妹だった。

 


「邪神を倒す等……無理に決まっておる。あれに比べてしまえば妾の配下などゴミのようだ。ただここで呑気に待っているうちに誰かが邪神討伐してくれたら助かる」


「まあお前がクズだってのはよく分かった。何にせよ物分りがいい娘で良かったよ。今日の不幸はこれで終わりってとこかな? 目的のものも手に入れたし僕達はこれで帰るよ、ベッドも注文しに行かなきゃなんだ」


「そっか! 仲良しなんだね、さっきはゴメンね。それじゃあまた」 



 ミサはそう言って二人に手を降ると、空に向かって叫んだかと思えば飛竜に掴まれそのまま大空に飛び立っていった。




 夕陽を受けて洋館の窓で何かの影が動いた様に見えた。



「さてと、早く行かないと家具屋閉まっちゃうよ」


「ベ、ババベベット! い、い、いやいい! シャイン、寝る、一緒に寝ます! ベッドもう一個とかカッコつけたけど嘘です、夜怖い、館怖いぃ!!」

 


 ラーヴァナは夜が苦手だった。

 そしてミサを見送った瞬間に運悪く見てしまったのだ。

 洋館の窓に巨大な老人の顔が映ったのを。



 

「もう、なんだよ。悪魔だろ」

「もう悪魔辞めたいよぉー!」



 

 そんな二人が家についた後、ベッドが壊れたのは言うまでもない。

 

 ラーヴァナはじいさんの呪いだと恐怖し、シャインレイはやっぱりなと溜め息をついた。





 

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