第11話 共同戦線


 森はいやに静かで、馬車のガタゴタと言う車輪の音がやけに耳障りだった。



 ダンジョン化したサンブラフの森ほど暗く不気味ではないが、だからといって爽やかな空気と言えるほどこの森は大人しく無いように思える。



「ねぇ!ちょっと、こ、これ!ど、どうするつもりよ!?まさか、何かの実験……」



 今や土まみれのヒラヒラドレスを身に纏う少女は、荷車の中で投げ込まれたコヨーテを指差しリタに詰め寄った。



「だからさっきも言っただろう。森で夜を明かす必要もあるだろうから、馬車を借りた礼だと」

「い、い、意味分かんないわよ!!」


「何故」

「何故って!!なんのお礼でこんな犬の死体を投げつけるって言うの!?」




 少女は飽きもせずに荷車の中で立ったまま喚き散らす。


 リタもリタとてこの少女の理解力の無さに呆れ返っていた。



 それだけでは無い。

 馬というものはこの世界でも有用な移動手段と聞いていたのに、こんな速度なら自分で走ったほうがよっぽど早いではないかと。



 しかしこうして何気なく馬の手綱を取っているが、この少女は何の疑問もなくただ喚き散らしながら荷車に乗っているだけだ。

 正直そろそろ馬車を返して自分の足で魔王の根城に向ったほうがいい気もしていたリタである。



「悪いがやはり馬車は返すことにする。その狼だが、毛皮を剥いだら肉は大葉に包んで燻製にしたほうがいい。その時に大葉の中にイチヂクの実とジタの実を散りばめておくとなおいい味になる。じゃあここで」



 リタは念の為に狼の調理法を懇切丁寧に説明し馬を降りると、相変わらず木刀片手に森を歩き出した。


 そろそろ日の入りといった時刻。

 森も夜の蚊帳を下ろすだろう。



「ちょおぉぉぉっとぉぉ!!!」


「ん。どうした、まさかジタの実を探せと言うんじゃ」

「ちがぁぁぁぁうっ!!!アンタ馬鹿なのっ!?何言ってるか全ッ然解かんない!腹立つ!そもそもあたしに馬操れって言うの?やった事ないんですけど?」




「…………ちょっと何言ってるか分からんのだが」


「なぁぁぁんでよっ!!」




 少女の発狂は少しづつ暗くなり、活動を始める夜の獣すら散らすものだった。



 



 古道は森を進むにつれて短い枝草に覆われ始めていた。リタの持つ日光石により馬車周辺だけがいやに明るい。


 ただただ木の太い根とひざ丈程度の草を馬で掻き分けながら、とりあえずは開けた所まで行こうとひたすら馬を歩かせる。


 

 少女は馬術だけでなく、料理等もやったことが無いと言う。

 狼が食い物に使われるとようやく理解した時にはその発狂で馬も跳ね上がった程だ。


 

 聞くに少女はその身なりからリタが推測した通り、ここルーテシア国の第一王女、ミュゼ=ルーテシア王女だと言う事だった。



 ただそれも今となっては元王女。

 国王は病に伏し、今朝方息を引き取った。


 王女曰く、国王は自らの弟である男に殺されたと言う話。

 何れ一人娘のミュゼ=ルーテシアにその権威が渡ってしまうことを危惧し、その王女をも排除してしまおうと言う腹だ。



 そんな身の上話を旅中リタは興味深く聞いていたのだった。



「何かの話では読んだことがあったが、実際に目の当たりに出来るとは……光栄だ。なかなか面白い話だった」

「光栄ってなによ、全然面白くないわっ!!確かによくある話だからって、死んだお母様がいざと言う時はパティの村に行きなさいって言ってたけど。私はそんな辺鄙な所で過ごすのは嫌よ!絶対に嫌」



「嫌と言っても他に何か豪華絢爛な生活を続ける策はあるのか?その話からして家無しと同意だろ、つまり乞食と」


「誰が乞食よっ!?こんな綺麗なドレスを身に纏った乞食なんて」



 元王女は自分のドレスの裾を持ち上げ、慣れたように会釈してみせる。

 だがそれも暗殺者に狙われたせいか、今では土に汚れ何処かみすぼらしくも見えた。



 本人もそれに気付き寂しげに表情を曇らせていた。



「で、でも!馬車には私の私物を一杯積んできたわ。売ればとんでもない額になるわよ!!一生遊んで暮らせる。そ、そうね、無事に何処かの街まで連れて行ってくれたら少しはお礼してあげるわ」



 王女は誇らしげにそう言うと、フンと鼻息荒く荷車の椅子に腰掛ける。

 隣に狼の死体が転がっている事を思い出し、慌てて端に避けた。



 ふと馬が嘶き暴れ、馬車が揺れる。

 王女が後ろで狼とともに転がり叫んだが、リタは冷静に馬をあやしていた。

 

 見れば日光石に照らされた先、木々の暗がりから幾つもの赤い眼光がこちら見据えていたのだった。



「また狼か……もう食料は十分なんだが。あまりあっても保存が効かないからな」

「って、ちょっと!!何ぶつぶつ言ってんの!?な、な、何よあれぇぇ!!」


「む?」



 見れば日光石の明かりの端に、灰色の大きな足が現れる。

 ただの狼の足かと思ったそれは、あっという間に馬よりも大きな二足歩行の体躯をその場に現した。


 灰色の毛に覆われた体は筋肉ががっちりと付き、たが顔は狼のそれである。



 王女は眼前のその光景に思わず腰を抜かして荷車に尻を落とした。



「わ、ワーウルフ!!」

「?」



 リタが震える馬を撫でながらワーウルフに視線をやっていたその時。

 突如叫ばれる「ワーウルフ」と言う声に、思わず視線を背後にやった。


 

 灰緑のフードケープと長い黒髪。

 森の闇とほぼ同化しているがその白い肌ははっきりとその存在を現していた。


 背には弓が刺してあるが、今はただそこに立ち竦むだけである。



「昼間の女か、どうしたそんな所で。まだ王女を狙っているのか?だが折角暗闇に乗じていたのにわざわざ出てくると言うのは……どんな策にしても良策にはなり得ないと思うが」


「な、何言ってる!!そんな事を言ってる場合か!そいつはワーウルフだっ、お前を追ってきたがこれじゃあ本当に私まで危ない!共同戦線だ、手を貸せ!!」



 昼間に王女と恐らくリタを狙った暗殺者の女は、目の前で悠々と立ちはだかる獣を指差し声を荒げていた。


 どうやらあれからも王女を付け狙い、暗闇で隙を伺っていたのであろう。


 だがワーウルフは嗅覚が敏感で夜目も利く。

 暗殺者の女はリタと王女が食われてしまえば次は自分が狙われると即座に判断していた。


 ならばここで共同戦線を張り、一か八か殺り合うしかないと。



 グルルァと喉を鳴らしながら舌なめずりするワーウルフ。今まで茂みに身を隠していた獣達もここが勝機と理解したのか次々と姿を見せる。



「ど、ど、どうすんの!ねぇ!」



 王女が荷車の奥に隠れたまま叫んだ。



「小娘、黙っていろ。刺激するな……くそ、何だって私はこんな所まで付いて来てしまったんだ。おまえ、私をやったぐらいだ。少しはやれるんだろう?ふ、ここが私の墓場か」



 女はフードケープを取り去り黒髪をゆっくりと肩に流すと、懐から短刀を抜いた。

 


 周りは既にコヨーテやマッドウルフ達が逃げ場を遮るよう囲んでいる。

 皆飛びかかるタイミングを見計らっているようだった。


 リタと背向かいで立ち、戦闘態勢に入る女暗殺者。

 場はビリビリとした緊迫に包まれていた。



「……どう考えてもやはり分からんのだが、何故出てきた?こうして背を向け何気なく近づいたところで昼間のような反射速度で俺を殺るのは無理がある。それなら闇に乗じたまま気配の届かない、そうだな。矢に使うのはシラカバではなくアシなら風切音も少ない、細めに削り距離300から放てれば何とか。いやそれだとアシでは辛いか」


「…………」



 リタにはこの場の緊迫は伝わらなかったようである。


 

「お、お前は何をっ!?」

「まあとにかく後にしよう」



 痺れを切らしたか、ワーウルフが声を荒げる。

 周りの狼達はそれを合図と受け取ったのか、一斉にリタと女目掛けて飛びかかった。


 リタはそんな状況を視界の端に捉え、一先ず暗殺方法について論ずるのを止めた。


 


 一歩踏み込む。


 片手の木刀を一閃、斜め左の五匹の首を一刀で叩く。


 その回転の勢いを殺さぬようにそのまま右の五匹。


 とついでにワーウルフ。



 そこから逆袈裟の型で女側にいるコヨーテの一団へ一足飛びで向かう。


 土を巻き上げながら獣の視界を奪う、と同時に三匹の首を叩き折った。


 次いで上段まで上げた木刀を振り下ろし、その横にいる二匹の首をまとめて地に叩きつける。

 森にはまた静けさが戻っていた。


 僅か七秒弱の出来事であった。



「食料分として二匹でいいか。共同戦線と言ったな、是非俺達の前に出てきた策を聞きたい。礼の食料もある、馬車へ乗ってくれ」



 リタはそう端的に述べるとコヨーテを追加で二匹荷車へ投げ込んだ。

 荷車で王女の叫び声が聞こえる。

 


 女は唖然としていた。

 空いた口が塞がらない。

 ふと意識を取り戻したように頭を振り、気付けば声を上げていた。



「策などあるかぁぁっ!!」



 闇夜の森に女の雄叫びが響き、ワーウルフはリタの御する馬車の車輪に踏みつけられた。


 

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