第6話 冒険者になる者
道なき道。
生い茂る木々の根がここまで恨めしいと思ったのはどれ位ぶりか。
だが旅商人はそれでも必死で馬に鞭打った。
それはもう生涯の全てかけて。
何日もかけて仕入れた雑貨、古道具、書物、都で売れば銀貨数十枚になるだろう薬瓶。その全てが悪路に跳ね、飛び散ろうとも。
普段であれば金が全てだと考える商人でも実際に死を目の当たりにすればそんなものは些細だ。
命あっての物種である。
「何が人外魔境だ……何が万能薬だ……ガセに決まってるじゃないか、クソ!!」
都で一つの噂を聞いた。
誰も耳を傾けないような小さな話だ。
どこぞの森の奥から上京した成り立て冒険者の少年が持ってきたそれが、最上位薬の素材だと田舎町のギルドでちょっとした騒ぎになっていたと言う。
ただ少量であったこと、何処でと聞いても地図に無い様な場所であったこと。
そもそもそんな場所にまだ上京したての15の子供が行けるはずがないと話は冗談交じりで終わってしまったようだった。
だが旅商人はそれを見逃さない。
人が疑うような事、それこそがビジネスの種になり得るとよく知っていたからだ。
旅商人はその素材を持っていた三人の少年の接触に成功し、話を聞いた。
確かにリーダーらしき少年の言う事にはいまいち説得力が無く、若者特有の大言壮語が見られた。
もともと最上位薬等そうそう出回るものでもない。Aランクの冒険者でも 生死に関わるような場所で採れるかどうかと言う話なのだから。
だがしかしそれが本当だったならばどうか?
成り立て冒険者の少年が行けるような場所にひっそりと生息していたならば。
すべてを出し抜き大儲けは間違い無し。
数日もかけて田舎町まで来たというのもあり、旅商人は既にそんな眉唾話の為更に馬を走らせていた。
目的の場所は少年達のいた田舎町から更に何日もかかった。とても交易があるとは思えない宿場町をいくつか経由しながら、人跡未開な森を抜ける。
本来であれば危険な魔獣を危惧して護衛を雇いたい所だが、そんな確信もない事に金は出せない。
それが今となっては大きな悔いと感じざるを得なかった。
そもそもここまでの距離をあんな少年達が旅したと言うのもおかしな話だった。
なぜ気付かなかったのか。
欲にかられて、冷静さを欠いていた。
商人としてあるまじき行為、自分の才は所詮その程度だったのかもしれない。
キュルルルと甲高い喉声を鳴らしながら白い塊が荷馬車を喰いちぎる。
「ひぃぃ!!」
最早矢を射る事も躊躇われた。
背後で血のように赤く細い舌を鋭い牙から伸ばすそれは数分前までは小さな毛玉でしかなかったからだ。
白兎の類だと思った。
白兎は先日魔獣認定された獣だ。身体の割にとても凶暴ですばしこい。
ただその毛皮は高く取引されている。
そこは商人、大きさから見てまだ子供だと判断した旅商人は昔取った杵柄とクロスボウを引いたのが間違いだった。
矢を腹に受けたその白い毛玉はまたたく間にその身を二倍に膨らませた。焦った商人はその後も矢を射った。
その度に毛玉は大きくなり、気付けば大きな口から赤い舌と牙が見えた時には既に商人は馬を走らせていた。
しかしそれももう限界だった。
「ぐわぁっ!!」
荷車が石を踏んで跳ね上がり車輪が壊れると、そこから連鎖的に荷車も馬も横倒れになっていた。
薬瓶が割れ、物があちこちに散らばる。
商人は咄嗟にクロスボウを探した。見れば大きく膨れ上がった毛玉の足に踏まれ真っ二つだ。
赤い舌がチロチロと散らかった商品を舐める。キュルルルと言う甲高い声はそれだけで恐ろしく、腰が抜けた。
どうせなら一思いに飲み込んではくれないか。ゴリゴリと噛み砕かれ、痛みを味わうぐらいなら毒薬の一つでも積んでおくべきだったと、そんな後悔の中ドスと言う重々しい音が突如聞こえたかと思えば、白い毛玉の半身が飛び眼前に血飛沫が舞った。
「っしゃぁぁ!!ファーラビットゲットぉ。ここに来て狩ることになるとはな!なんつーかよ、損した気分だよな」
「何いってんのよ。それにしても大きいわね、ここまで成長すると流石に危険そう。リタなら薬物まで使って仕留めそうよね」
「ははは!確かにな、てかおっさん大丈夫か?」
少年は片手に短刀より少し長く、刃幅もあるそれを片手に楽しげに笑った。
立ち上げた短髪は血に濡れて真っ赤なのか、最早その笑みも恐ろしく旅商人はその場に昏倒した。
気付けば薄っすらと広がる一面の青、白の斑が視界に広がる。一瞬自分がどこにいるのか、天国にでも召されたのか、そんな気分になった。
だが聞こえてくる小川のせせらぎと楽しそうな若者の声を耳に入れ旅商人は自分の記憶を思い出しはっと身体を起こした。
小川の横には小さな黄土色の天幕が張られ、その横には白い毛皮と火に焚かれた肉が刺されていた。
鼻孔に生き物を焼いた時に出る特有の臭いがし、商人はまさかと思った。
「き、君達……その、それは」
「おっ!おっさん起きたのか?大丈夫かよ、兎に追っかけられてぶっ倒れるなんて笑い話もいいとこだぜ」
「ラック!そういう事言うものじゃないわ。多分さっきの荷物から商人さんよ。狩りとかそういう類は得意じゃないんだから」
ああなるほどなと笑う赤髪少年を他所に、隣の少女はコイツ何も知らないのでと深々と頭を下げた。
栗色の髪がパサリと肩から落ちる。
商人は驚いた。
あの化物をまるで野兎でも狩るように解体し、何事もなかったように平然としている少年少女。
確かにあれは夢ではなかったと言うのは、日の光を浴び、キラキラと黄色みを帯びて光る白い大きな毛皮を見れば明らかだ。
「い、いやいや!いいんだよ、そんな。むしろ君達が助けてくれたんだね。危うくあそこで私の商人生命も終わるところだった。いや、ありがとう。しかしその獣は一体……みるみる大きくなるし、白兎の子供かと思ったがとんでもない。それをあの一瞬で仕留めてしまうとは、もしかして君達はその若さで名のある冒険者なのかい?」
商人は考えていた。
突如大きくなる白兎等聞いたこともない。もしや未開の魔獣ではないかと、これだけ辺境の地ならそれもありうる。
そしてそんな所を平然と旅するこの二人はこの年で高位ランクの冒険者か何かなのではと。
冒険者の年齢層は多彩だ。
若くしてAランク等も稀ではあるが無い話ではない。上手く行けばこのまま例の素材探しに付き合わせ、護衛役にでもなってくれれば商人にとってはこの上ない話だった。
「ふふふ、流石商人ともなるとお目が高いぜ!そうさ、俺こそはSランク冒険者になるおとぶっ!!ってぇ、にすんだよルーシア」
「だぁから止めなさいって!!」
「なんと、Sランク!?その年でっ!?はぁ!!ならば先程のあれも得心がいく」
まさかとは思ったがSランクとは驚いた。
だがそれも絶対に無いとは言い切れないのがこの世界だ。寧ろ若そうに見えても意外と歳を重ねている種族もいる位。
どちらにせよこの二人を護衛に付けるのはここに来て一番の拾い物だと思った。
何かお礼の品でも渡し、それを餌に一つ頼んでみようと。そう思ったが、荷馬車が大破したのを思い出し商人は項垂れた。
「いや、しかし、参った。私の商売道具もさっきのですべて無くなってしまったし、お礼の一つでも差し上げたい所だが」
「んぁ?大袈裟だぜオッサン、たかが兎一匹。それにほら、後ろにあるぜ荷車なら。車輪もまあ家の妹の部屋改築した時に比べりゃ楽勝楽勝」
「本当そういうのだけは得意でよかったわね。ただ他のお皿とか薬とかは割れちゃったりして全部は回収出来無かったんです。すみません。お馬さんの方はあそこで元気に」
「!?」
商人は開いた口が塞がらなかった。
魔獣から助けてもらい、あまつさえ車輪も直してくれる少年等聞いたことがない。
命に比べればと捨ててきた物すら回収し、馬まで介抱されている。見知らぬ人間にどうしたらここまで親切にできようものか。
ましてや自分よりも二周りは下でありそうな者達が、身の危険も省みず。
先程までこの二人を利用しようなどと考えていた自分の浅知恵が恥ずかしかった。
商人はふと湧き上がる感動に涙を抑えられず、気付けばこれからは真っ直ぐに生きたいと思わされていた。
サンブラフ村から北西へ進み、小さな宿場町を二つ三つ経由し、更に北北東へ進んだ先に要約出てくる大きな街はルカリオンだ。
そこまで行って初めて冒険者登録が出来るギルドがある。
サンブラフ村から出る若者達が指す街と言うのはつまりルカリオンの事だが、世間からすればそんなルカリオンも所詮田舎町の一つに過ぎない。
それ程サンブラフの村は地図にも載らないような辺境の土地なのだ。
ラックとルーシアの二人は数日前に村を出、要約ルカリオンの手前、宿場町ザールまで辿り着いていた。
サンブラフ村から馬も通れないような道なき道を自らの足でひたすら進んだ。普段から森に潜っていた二人ならばそれも苦では無かったが、途中おかしな縁から旅商人の荷馬車に乗せてもらってからは一気にその距離を稼げる事になった。
旅商人はヴィッセルと名乗った。
ヴィッセルは二人に余程感謝しているようで、ルカリオンに行きたいと伝えるとどうしてもそこまで送らせてくれと頼み込んできた。
何か怪しいのではとルーシアは言ったが、旅は道連れ夜は情け等とおかしな事を言うラックと更に意気投合したヴィッセルによってそのままなし崩し的にここまで運んでもらう事になった二人である。
このザールからルカリオンまでは途中に宿場町も無く、危険な野営を要する旅路になると言う事で十分な準備がしたいと言うヴィッセルの言葉で二日ほどは滞在する予定になった。
とりあえず宿を取ってくるのでここで待っててくれと言われた二人は、ザールの安酒場でちびちびと果実酒を舐めながらあまりに幸先のいい旅路に不安になっていた。
「ねぇ、本当に大丈夫かしら?やっぱりここまで親切にしてくれるなんておかしいわよ」
「そうかぁ?んなこと言ったってまあ向こうは助けて貰ったって思ってるんだしよ。それにあのオッサン色々知っててなかなか話せるぜ。ルーシアの兎の丸焼きも臭いって親切に教えてくれたしな?」
「うるっさい!あんただって知らなかったでしょ、大葉に包んで燻すなんて。いつもはリタがもう出来たやつを持ってくるんだから仕方ないじゃない」
まあなとラックはリタから預かった冒険初心者マニュアルと書かれた冊子を眺めた。
「はぁ……ったくリタの奴今ごろ打倒妹に燃えて素振り千回とかやってんのかね。だいたいこのマニュアル行き方も書いといてくれよなぁ。もう登録もSクラスまで上がる要領も脳内で出来上がっちまってるってのに、俺は冒険者ですらねぇって何なんだよ」
「まぁしょうがないじゃない。さっそく現実突きつけられたって感じよね、私達はまだまだ子供。そういう意味ではリタが正解かも」
ペラペラとマニュアルを捲りながら果実酒を舐めるラックに飲みすぎないでよと諭すルーシアは頼んだピスクチアの実を口に頬って嘆息した。
やがてガタガタと周りの椅子に荷物をぶつけながら一人の男がラック達に駆け寄る。
「ら、ら、ラックさん!!」
「んお?なんだよオッサン、そんなに慌てて。まだ飲んでるからゆっくり買い出しでもしてていいぜ?宿で寝るには早ぇしな」
「ヴィッセルさん、呼び捨てていいんですよこんな奴。私達子供だし、ヴィッセルさんの方が人生の先輩なんですから。て言うかあんたもその態度何とかしなさいよ、田舎者丸出し」
二人のやり取りにはははと苦笑いし、ヴィッセルは一度深呼吸すると空いている椅子に腰掛けた。
荷を横に起き、円卓にガジャと両手以上に大きな布袋を置いてラックとルーシアに差し出す。
「何だこれ」
「ラックさん!改めて伺いたいのですが、あの白い化物……じゃない、ファーラビット?でしたか。あれは本当にそんな名前でしたか?もう一度思い出して欲しいのです。と言うのもですね、さっき懇意にしている店にあの毛皮を出したら白金物だと言われたのですよ!!」
ヴィッセルの声に周りで酒を煽る者達がチラチラと三人を振り返っていた。ヴィッセルは自分の言った事を思い出し声を潜める。
白金は金貨で言う所の1000枚程度の価値を指す。高位魔導具等の材料に使われる事がある超希少金属の一つだが、一般平民がおいそれと目にする事は殆ど無い。
ファーラビットの毛皮は確かに高値で取引される事自体は知っていた二人だが、そういった実際の物の売り買いには疎い事からヴィッセルに一任していた。
ヴィッセルも上物だとは分かっていたし、白兎の相場から金貨一枚行けば上々位にしか思っていなかったと言う。
それが専門家の見立てではこれは幻とも言われる銀兎の毛で間違いないと言うのだから驚いた。店主からどうやって、何処で等の情報を根掘り葉掘り聞かれ、何とか金貨700でと懇願されたヴィッセルは思わずルートは聞かない約束でそれを売り払ったと言う事だった。
「すみません!!勝手に端金で売り払った事、どうか宿代と食事代で何とか!!ラックさんとルーシアさんは世を忍ぶ身、ルートを漏らすわけにはいかないと私も必死でして」
「ちょちょ、ちょっと頭を上げてくださいヴィッセルさん!!そんなのまた捕まえればいいんだし……ってそもそも金貨700って何よ!?そんな大金見たことないんだけど!!」
「ほう、まあ構わんよ。それだけの値で売れたのは偏にお主の腕だ、確かにあれは大物だったからな」
ありがとうと何度も頭を下げるヴィッセル。ルーシアは止めなさいとラックの頭を引っぱたいた。
はじまりの章 完
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