第5話 俺はいかん
大穴の中は何処か人工的な石壁が作られており、人一人がそこそこに通れる広さがあった。
真っ暗闇なら入る事も躊躇われたが、そこはやはりリタである。日の光を吸収して暗闇で発光する日光石を持ち歩いているのは当然二人も把握済みだった。
「おい、まさか! 誰か倒れてるぞ」
「本当に居たなんて……まさかと思ったけど、もしかして結構危険だった?」
暗い洞穴の中で日光石の白んだ光源とは違う、やんわりとした青緑色の発光を伴う土壁。その横に倒れる人間を見つけラックが真っ先に駆け寄る。
それは三人も知る今日同じく成人式を迎えるサンブラフ村の人間だった。
「ラリー! って事は……うぉ、ザイルズにハーベストじゃねぇか。何してんだよコイツらこんな所で」
「寝てたって訳じゃないわよね、とりあえず運びましょ。リタの読みが本当に当たってるかも。こんな狭い穴で魔獣にでも出会したら不味いわ」
ルーシアの判断に直ぐ様頷いたラックはルーシアとリタを促し手前からバケツリレーのように三人の男達を穴の外に出す。兎に角今は何も起こらないうちにこの穴から離れる事が最優先であった。
だがリタは三人が転がっていたその先、洞穴の奥で不自然に転がる小さな石が気になった。
黒い石は玉砂利のように丸い。黒曜石だろうか。
だがそんなものがここにだけ数個ばら撒かれているのがどうしても気にかかる。
よくよく見て見れば近くには砂にまみれた石版のようなものが埋まっているようで、そこには石と同じ数の窪み。
リタの脳内である事が組み合わさり、一つのストーリーが成立した時、背筋に悪寒が走った。馬鹿な!! と。
「おいリタ何してんだ、早くしろ!! ここはやべぇんだろ!? とりあえず川までこいつ等運ぶからミリアム頼む!!」
洞穴の入り口からラックの叫ぶ声が聞こえる。だがリタはそれどころではなかった。ここまで冷や汗をかいた事はかつてない。
この穴の匂いは恐らく先程から壁を這っているニオイアカムカデが発したものと見て間違いない。
ニオイアカムカデは敵を察知すると人間には分からない弛緩性の無臭ガスを発生させる。それを吸ってザイルズ一行はここで眠っていたのだろう。何故ここに入ったのかは三人のポーチからはみ出た山ヒカリゴケを見れば大体想像がつく。
しかしリタが考えるストーリーは既にそんな事を忘れさせる程のものだった。
この石版と黒曜石は封印に使われる儀式のもの。
それを何かの拍子であの三人がバラバラにしたのだろうと。
そしてこの普通でない場所、黒、封印とくれば答えは一つしかないのだ。
「黒の魔王……まさか。英雄譚に出てくる辺境の森の洞窟はここだったとでも言うのか? いや、よく考えればそうか。何故俺はもっと早くに気付かなかった。あれだけ何度も読み返した筈なのに。くそ、くそ、早く戻さねば! 戻さねば!」
リタの手は震え、それでも冷静にと自分に言い聞かせながら必死で石版に黒き石を戻し、祈るような思いで願掛けをすると急ぎ足でその場を後にした。
森にはいつしか梟の鳴き声が小さく木霊し、沈みかけの日と既に頂上に向かい始める月によって薄暗くなった闇と相まって一層の恐怖心を煽った。
リタ、ラック、ルーシアの三人は月明かりを僅かに受けて発光する月光蝶ミリアムの鱗粉を辿りながらそれぞれ背負ったザイルズ一行を川辺に下ろすと、はぁと大きく嘆息する。
「ったくよぉ、コイツらあんな所で一体何してやがったんだよ! 危うくマジでやべぇ事に巻き込まれるとこだったぜ、なぁリタ?」
「……ああ」
「こんなレディに運ばせるなんてもう最低、起きたらしっかり恩返ししてもらうわ。で、リタ?さっきから何か元気ないわよ? あんまり怖がると森がどんどんダンジョン化しちゃうわ」
「……分かってる」
歩きながらもリタの脳内は未だ黒の魔王の事に思考を取られていた。
黒の魔王の封印。およそ数百年前に世界を支配しようとした魔の王。英雄譚では何度も目にしたそれ。まさかそんなものがここまで身近に在るなど誰が考えよう。
リタは身震いした。
だがしかし考えてみればあれが封印の為のものだとすれば、一度解かれても再度封印したのだから何も問題は無いのではないか。封印とはそういうものな筈だ。
リタは無理矢理に思考を都合よく仕向ける事にした。
心配も行き過ぎてはただの臆病でしかない。それは妹のミサにも、幼馴染にも何度も言われた事だ。
リタの目指す心配とは、本来妹のような、確信にも及ぶ知識と想像なのだ。
そして何れ自分も妹を超えてみせる。
「おおーい! リタ! リタさーん」
ふと聞きなれた幼馴染の声に意識を戻される。
「おいおい、また別世界に行ってたぜリタ。何考えてたんだ」
「いや、もうすぐ悟れそうだ」
「まだ言ってんのかよ!?」
「リタのそれも毎度だけどまたミサちゃんの事?」
「一体お前ら兄妹は何処へ向かおうとしてるんだよ」
二人からの口撃を聞き流していると、川辺に寝かせていたザイルズがふと身体を起こして頭を振っている所だった。その姿に気付いたルーシアが早速ザイルズに詰め寄る。
次はザイルズが口撃を受ける番だ。
「おま! ルーシア……って事ぁ」
ザイルズは詰め寄るルーシアを視界に入れ驚嘆し、何かを悟ったようにリタとラックを振り返ると嘆息した。
「っち、そうか、俺はあそこで……こんな所でお前らに助けられるたぁな。だがこいつらが無事なのもお前らのお陰か、クソ!」
「あいっ変わらず口悪いわねぇあんた。もっと素直にお礼は言えないの?」
「るせぇ! 助けてと頼んだ、覚えは、ねぇ……」
「お前ら馬鹿なんだから下手に森に入んなよなぁ」
「はっ、剣と弓とビビリがほざけ」
ラックが厭らしい笑みを浮かべながらザイルズを挑発する。ザイルズはそれを逆に嘲り嗤った。
はぁ!? とルーシアが詰め寄るのは毎度の事である。
この六人は今宵サンブラフ村で成人する期待の若者だ。
村で様々な冒険者の心得を教え、稽古をつけてくれる元冒険者の大人達は勿論の事、サンブラフでも一番の知識と経験を持つ今年で齢80になる元Sクラス冒険者ローグ老ですら今年は粒揃いだと絶賛する程。
とは言え互いにSクラス冒険者を目指すライバルであり、特にリタ側とザイルズ側では考え方の違いから中々相容れない部分があった。
「う」
「ラリー!! 起きたか!」
「ここは……あれ?なんだよ、ルーシアじゃねぇの、なにしてんのこんなトコで。パンツ見せるきになぶっ!?」
「てめぇは一生成人すんな!」
やっと目を覚したラリーはルーシアの蹴りで再び長い睡眠に入った。
ザイルズは顔に手を当て嘆息する。
ラックはいつものやり取りを眺めながらもザイルズにあんな所で何をしていたのかと馬鹿にするよう問い質した。
だが、ザイルズもそれを素直に答えるような男ではない。
自分のミスで命を危険に晒した。
しかもそれを助けたのは悪敵手とも言える三人。
負け惜しみの一つや二つ、この年では言いたくもなる。ましてやそれがヒカリゴケを見つけて村と祖母に村を出る前の恩返しがしたい等とは絶対に口が裂けても言いたくは無かった。
のだが。
「ポーチには山ヒカリゴケが詰まっていた。山ヒカリゴケは全ての疲労物質を分解し、脳に癒しを与えるセロトロニンを含む。他にも鎮痛オピロイド、滅菌ピリドンカルボン酸、生理活性物質トコトリエノールも含み、飲んで良し、塗ってよしとどんな病気も治ると言われる程の万能薬に使われる山苔の一種だ。滅多に見つかるものじゃないが、薬師の中では有名な話だ」
「がっ……」
ザイルズの目的であるものをそんな本人よりも詳しく解説され、上手く二の句が告げない。
「へぇ、そんなものがあったなんてねぇ。でもよくあんたなんかがそれを知ってたわね、リタなら兎も角」
「確かに。リタなら兎も角偶然それをかき集めてたってのも不思議だよなぁ?」
「ぐっ……けっ! 知ってるにき、決まってんだろ!常識だぜ?お前らこそそいつに頼りっぱなしか?それじゃあ街に行ってもたかが知れて」
「ザイルズの目的は間違いなく山ヒカリゴケだろう。あの穴を見つけたのはたまたまだろうが。知っていればあんな所でアカムカデにやられたりはしない筈だからな。因みに動機としてはザイルズは一人っ子だ、こんな性格も甘やかされたせいだろうが次第に自分への注目を向けたいと大きな事を言うようになった。そのせいでいつしか皆は離れていき、そんな中ザイルズの心は更に寂しさを募らせたはずだ。そんな時にでもきっとザイルズを支えてくれたのは恐らく祖母。ザイルズの祖母は数年前から病に伏していたと記憶してる。ザイルズがここ数ヶ月薬師の所や昔の資料を漁っているとミサから聞いた事から考えるにザイルズは祖母の為にヒカリゴケを探し――」
「やぁめぇぇろぉぉぉ!!!!」
ザイルズは挑発と負け惜しみをラックとルーシアに向けようとしていた事などすっかり忘れ、今回の全体像を話始めたリタへ飛び掛る。
ザイルズの身の上まで織り込んで来たそんなリタの推測にはルーシアもラックも大笑いであった。
○
気付けば森のダンジョン化もすっかりその身を潜めていた。
森からは恐怖が消え、月夜にミリアムの月光粉がキラキラと黄緑色の発光を漂わせる。
ザイルズは未だ昏倒するラリーを担ぎ、げんなりした様子でハーベストの横を歩いた。その前にはミリアムの糸を手に持つリタと、チラチラザイルズを振り返っては先程のリタの推理と妄想を思い出しながら笑うラックとルーシア。
「て言うかよ、結局成人式の主役が全員出払って夜まで帰ってこねぇとか笑えねぇよな」
足首程度の背丈になった枝草を踏みながらラックが五人を流し見、軽口を発する。
「まあでもいつもの事だし。今日でこの村の夜も最後ね、この森から見る月も見納めかしら?次からは都会の喧騒と街灯に月明かりも霞んでしまいそう」
「……酷いな」
「あぁ、酷い」
「何か言った!?」
ルーシアのロマンチックな一言にラックとザイルズが珍しく声を合わせる。
そんな中自然と話はギルドの登録やパーティの話になっていた。ザイルズはラリーとハーベストだけでは不安という事で他にも街のギルドで仲間を集めるつもりのようだ。
リタがそんなザイルズの考えにすかさずギルド内では揉めるから年齢層を見て酒場で誘ったほうがいいとアドバイスをしていたが余計なお世話だとザイルズが突っぱね、二人以外は腹を抱えて笑った。
「ま、俺達は三人で十分だけどな」
「そうね。寧ろ慣れてる方が混乱を招かないわ」
「はっ! 大丈夫かよ、剣士と弓士と心配症なんてパーティは聞いた事ねぇぞ」
「俺は行かんが」
ザイルズは相変わらずの悪態をつき、ルーシアが懲りずにそれを皮肉で返す。
「まあだがよ、別になんだ、ここを出たらよ。お前らもその、故郷の古仲間だ、今回助けてもらった借りを返すわけじゃねぇが俺からのアドバイスだよ。回復士は付けといた方がいいぜ。援護は馬鹿力女も妄想野郎もいるから魔法士はいらねえとしてもよ」
「いや、俺は行かんが?」
「誰が馬鹿力ですって? 殺すわよ。て言うかそんなアドバイスで借りを返したと思わないでよ。リタの方がよっぽどいい意見を持ってるわ」
「なっはっは、おいおい。ジジクセェ事言うようになったなザイルズ! まだ俺達15だぜ? もうちっと冒険しようぜ?」
「脳筋剣士が」
茂みの合間から焚かれる灯火が見え隠れした。
オレンジ色の光に当てられ、ジェバ神の像がゆらゆらと揺れているように見える。
森の終わりだ。
「やっと着いたわね! リタ、今日も助かったわ! あんたもお礼言いなさいよね、うちのリーダーに!」
「おいルーシア! リタがリーダーかよ! そこはやっぱり剣士の俺だろぉ!?」
「いや、だから俺は行かんのだが」
「ふん! まぁ精々上手くやるんだな」
ちょこちょこと入れてくるリタの言葉は誰の耳にも入っていなかった。と言うより腰の重いリタ、いつもの事だと誰もが思っていたのだ。
この時までは。
その後正式な成人の儀が村で執り行われ、一人一人粛々と街へ上京して果たす夢を宣誓していた。
これは誓いであり、ジェバ神に向かって本気の想いを伝える神聖な儀式だ。おふざけは流石にない。
そんな中、最後にリタが「まだまだ力不足なので村で頑張ります」と宣言し村中が凍りついたのは言うまでもない。
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