第4話 不穏な大穴
リタ、ラック、ルーシアの三人は吊り橋を渡り森を奥へと進む。
今までとは雰囲気の違うその森に少なからず違和感を感じていたのはリタだけではなさそうだ。
鳥たちの囀りも減り、森はまるで侵入者をどこからか観察しているようにも感じられる。
「くそ、駄目かよ。まぁしょうがねぇよな、それでも野ウサギ一匹。まあ手頃か」
「まあラックも成長したってことよね。昔はよく川に溺れたり、毒キノコ食べたり、次の日の朝まで帰れなくなったりしてたのに。その度にリタに助けられて、私もどれだけ迷惑被ったか」
「う……それ言うなよ、ちゃんと反省が活かされてるだろうが」
ラックは積極性と行動力にも長けて、剣の腕も頭一つ抜きん出る程の実力だ。
ただそんな自己中心的な行動から数多くの失敗を招き、その度に他人事のように助言するリタのおかげで大人顔負けの判断力を持つようになったのはこの三人しか知らない秘密である。
ルーシアに関しては聡明で常に冷静だ。
ただ男勝りで怖いものを知らない。
そんなルーシアも剣が昔から苦手で、随分と馬鹿にされていた。
リタの勧めで弓を持ち、そこから破竹の勢いでトップアーチャーと言われるようになったのだからこちらもリタには頭が上がらない。
「因みにラック」
「ん? どうした、俺の後ろに熊でも居るとか言うのは勘弁してくれよ」
「それは私も勘弁して」
リタは塗り終えた固形蜜を羊皮紙にくるみ直してポーチに入れるとラックに声をかける。二人はそんなリタの言葉ににいつもの如くおどけて見せた。
「後ろにいるのが村で言うファーラビットだが、親子連れだ」
「何ぃぃ!?」
リタの言葉に思わず大声を上げるラック。ルーシアも驚いた様子で背後を振り返る。
突然上げられた大声に背後でファーラビットの親子は慌ててもと来た茂みに走りだしていた。
先程狩った野兎よりも一回り小さい白いモコ毛は、透き通り日の光を透過して少し黄色く見える。その後ろを更に小さい白い毛玉がちょちょんと必死で追いかけた。
「そういうのは早く言えよ。と言うか、俺が声を上げないような言い回しがあるだろリタ? 逃がすためにわざとそう言う言い方をするのは水臭いぜ、俺達の仲だろうが」
「まあ……そうだが、ルーシアが既にドローイングしていたものだからな。兎とは言え、まだ成長途中の子どもを連れた親子だ、殺すには忍びない」
「ちょ、違うわよ! 私はつい癖で、大体リタがそういう言い方をしたときは碌なことが無いから。私だってか弱い親子をラックの自己満足の為に殺すのは忍びないわ」
見れば最初にリタがラックを呼んだ辺りから既にルーシアは矢を手にしていた。
リタの言葉にはいつも何かあると言うジンクスからいつでも準備万端にしていたのだろう。
兎にも角にも三人の目的は半分達成されたと言う事で満場一致の帰還に決定。
辺りは既に日が傾き始めていた。
「さて、今から戻っても晩餐にはまだ早いか?なぁんか手伝わされそうだぜ」
「主賓よ私達」
「いや、俺ん家はそう言うのは関係ねぇからな。芋剥きだの何だの、ユーリにも暇人だのバカ兄貴だのグダグダ言われっからなぁ。本当にリタん家の妹みたいな可愛げがあれば俺ももう少し優しくしてやるのによぉ」
「なぁに言ってんのよ、可愛いじゃないユーリちゃん。成人は三年後だっけ? ミサちゃんもよね」
「ミサが完璧過ぎる妹なだけだ、ユーリは十分に妹らしさを持っている」
はいはいとラックはいつもの呆れ顔を見せ、ルーシアは苦笑いした。
ルーシアにも兄がいたが、一年前に村を出て今は都で現役の冒険者をしている。ランクはAに上がったと新聞で知り、村が盛り上がったのも去年の事だ。
「まぁ何にせよ何事も無くて良かったぜ」
「いや、どんな時も」
「どんな時も気を抜くなだろ?」
「どんな時も気を抜くなでしよ?」
ラックの言葉に次いで三人の言葉が揃った。
「くくく」
「ぬぬぬ」
「ぷぷ、リタの口癖だもんね」
はてさて、森というものは侵入者の恐怖を吸って時として姿を変える。
方角が分からなくなりそれはまた新たな恐怖を呼ぶ事もある。
それを村の間では森のダンジョン化と呼んでいるが、その影響は対象者だけに及ばないのは森の厄介な猛威の一つだ。
「っち、方角が……森に飲まれたか。っかしぃな、俺は別にいつも通りだけどな。ルーシア、びびったか?」
「私じゃないわよ。リタだっているのにこの程度の森で怯えたりしないわ」
「だよな。てことは他にも潜ってるやつがいるか……くそ、結局リタ頼りかよ。頼むわ」
「やっぱりリタの深読みがまた役に立っちゃうのよねぇ。考え過ぎって思うんだけど」
「俺のは準備だ。万が一に過ぎない、だが妹はほぼ百%の確率でその先を読んだ回答を」
「あー、はいはいわかってる!」
行き過ぎた心配症と考え過ぎを通り越した最早予想というより妄想が臆病者のレッテルを貼られることもしばしばあるリタだが、そのおかげで二人は今まで何度となく助けられている。
リタはまだ何か言い足りなそうにしながらも当たり前のように腰のポーチから小さな小瓶を取出し、コルクの栓を抜いた。
細い糸に繋がれた数匹の鱗粉蝶がヒラヒラと舞い出る。鱗粉蝶はリタが今まで樹皮に塗ってきた蜜の匂いに誘われ森の入り口まで三人を導くのだ。
普段からリタが持ち歩くそれは鱗粉蝶の中でも月明かりに発光する蛍光粉を撒きながら蜜を求めて旅する別名月光蝶。
昼間なら樹木に塗った蜜に集まる小虫から帰り道を判断してもいいのだが、例え夜になっても大丈夫なようにリタは月光蝶を重宝していた。
三人はそんな月光蝶の漂いを追いかけ、不安になることもなく方角のわからなくなった森を歩いた。
「何かおかしい」
「何がだよ? いつも通り案内してくれてるじゃねぇか。ほんとに優秀な虫だよな。街にもそれいんのかな、俺も捕まえとこ」
「あんたにそんな器用なことできるの? どうせ蜜塗り忘れてどっか他のとこ飛ばしちゃうんじゃない? それで余計迷子」
「んだとぉ? 俺だってリタが居ないならやるさ、でもいるんだからいいだろ。俺達は古参パーティだ、なぁリタ」
ラックとルーシアの言い合いもいつもの事だが、リタはそんなラックの言葉に何かしらの皮肉を返そうと思い、ふとある事に気付く。
「ミリアムが樹木にあまり留まらないで漂ってる。しかもさっきから足元の方だ。俺以外の蜜に、寄せられてるのか」
「……あ、ああ。ミリアムってその蝶の名前だったか、一瞬何の話かと思ったぜ。で、リタの特製蜜蝋より良い匂いがするってか? どうすんだよ、じゃあ帰れねぇのか?こりゃ初めてのパターンだな」
戸惑いを見せるかと思われた二人はだが、いつもと違うそんな状況にも慌てる事は無かった。
それは何年も深読みばかりするリタによる細かい指導の賜物か、はたまた信頼の証か。リタもまたいつも通りの表情で月光蝶を注意深く観察する。
「これは」
そんな中草木が所々潰れ、切り倒され、腐葉樹の幹が倒れている一帯を目にした。リタの後ろを追ってきた二人もそんな状況を見て直ぐ様状況を分析する。
明らかに誰かが踏み鳴らした跡である。
サンブラフ村の人間か、それとも獣か。状況を分析すればそれは明らかだった。
「靴跡にも見えるな、獣じゃない、か」
「そうね。それにこの枝草、刃物で斬ったような跡」
ラックとルーシアはそれぞれ目の前の痕跡からこの辺りに自分達以外の人間がいた事を確定させた。
だがそんな状況を見ながら月光蝶が地面に出来た穴へと向かおうとしたのを見て、リタは慌ててそれを小瓶に回収し声を上げる。
「不味い、二人とも水布! 呼吸は控えろ、ここは一旦引く」
「え!?」
「おいおいなんだよ!」
リタの一喝に二人は迷う事なく踏みならされたその茂みを一度離れる。三人はなんの迷いもなくポーチから革布を取出し、川で汲んだ水をそれに少し含ませていた。
リタは二人に状況を説明する。
月光蝶ミリアムが匂い寄せされていたのはリタの蜜蝋ではないと言うこと。それは途中から樹木に止まることなく地面側を漂っていた事からも明らかだった。結果ミリアムは腐葉樹の近くにある大穴に吸い寄せられていた。
虫や獣、あるいは魔獣の中にはリタ特製蜜蝋よりも好ましい匂いを発する生物がいる。それがあの穴の中にいるとリタは判断したのだ。
ただの匂い寄せならともかく人体に取り返しのつかない影響を及ぼさないとも限らない。それがリタが一旦退却を促したまず最初の理由である。
「まじかよ、俺吸ったかな」
「だ、大丈夫でしょ。そういう類ならもう何か異状が出てもおかしくな……」
「これを飲んでおこう」
リタは状態異常用の丸薬を一粒飲み、二人にもそれを促した。
「またこれかよ、いい加減こっちの方が身体に悪ぃ気がしてきたぜ」
「まあ、リタがいつも事前にくれるから実際効果があったのかも分からないのよね」
そう言いながらも絶大な信頼を寄せているリタからの物だ。二人はなんの迷いもなくそれを飲み下し、先を促す。
「それに加えて、あの大穴辺りで痕跡が消えているのもおかしい。刃物は解体用よりも長め、中短刀かそれ以上はある」
「じゃあやっぱり人間があの辺りに……って、その穴に落ちたりしたんじゃねぇのかよ!?」
「だとしたら助けないと」
血相を変えて再び先程の場所を見やる二人をリタはだが抑止した。穴蔵には少なくとも怪しげな匂いを出す何かがいるからだ。しかもあそこまで大きな穴を作っている。
普通の人間がみすみすあんな穴に落ちるとも思えないから、やはりあそこまで何者かに引き寄せられ食うか繁殖に用いられたと見るべきか。
リタは一瞬の逡巡を見せたが、やがて諦めたように嘆息する。
「そうだな、一度穴の中を見たい。光源がいるかもしれないが魔法がないな。火は危険だ、引火性かも知れない。と言う事はやはり光魔法だ、妹を呼んでくるので俺は一度失礼して……」
そう捲し立ててその場を去ろうとするリタをだが、無理矢理引っ張りラックとルーシアは水布を当てながら大穴へと向かったのだった。
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