第3話 ヒカリゴケ
鬱蒼と茂る木々、この季節はまだ若葉が多く穏やかさを残すはずなのに何故か空気は真冬かと思える程冷え切っているように感じられた。
「なぁザイ、流石に吊橋から離れすぎてねぇか。戻れなくなったらよ……」
「ああ? てめぇ何日和った事言ってんだよ? んな事じゃ都に行った所で舐められて出戻り冒険者の仲間入りだぞ。俺はあんな負組にはならねぇ、奇跡のヒカリゴケを見つけて俺の実力を見せつけたところで俺は晴れてこの村を出る」
「けっけっけ、なんだかんだ言ってザイルズはそれで村への最後の恩返しにしてーってことだろ? ヒカリゴケならばあちゃんの病気も治るかもしれねぇもんな。くぅ、センチメンタル!」
「っせえ! 黙ってろ」
ザイルズは荒い口調でからかう仲間を怒鳴りつけ、鬱蒼とする森の道なき道をひたすら進んだ。
背丈の高くなりつつある枝草を手持ちの長短刀で乱暴に切り倒し、或いは編上げの革ブーツで踏みつけながら、後ろに付いてくる同じく今日で成人を迎える二人の幼馴染の為に道を作る。
吊り橋を渡ってからはただひたすらに真っ直ぐ、差し込む陽光の方角の目安に数十分進んだところでザイルズはいい加減何の変化も見えない茂み声をあげた。
「ったくよぉ! ちったぁ整備しろっつんだよ、だからサンブラフが栄えねぇんだろうが」
「ひっひっひ、村の繁栄まで考えてんだからやっぱりなんだかんだ言ってお人好しだよな」
「ああ!? ちげぇ! 俺はよ、イライラすんだよ。呑気に畑耕して貧乏暮らしでそれで幸せとか言ってる奴によ。村のままでいいだ? 馬鹿言ってんじゃねぇ、この森を先に開発すりゃお隣との国境はこっちが関税も取れる。その上、万病に効く薬がサンブラフにあるなんてなってみろ? 隣国の越境からくるおこぼれどころかうちが主役で大儲けだ。あいつらはビジネスってもんを全然わかっちゃいねぇんだよ!」
「ザイが言うビジネスってのは俺にはわかんねぇけどよ、結果が全てって事だろ?」
「ハーベスト、それを言うなよ。くくく、ザイルズの虚言癖はまあ俺もきらいじゃねぇぜ。そろそろ俺達しか聞いてくれるやつがいなくなる的な。でも俺達はお前の虚言癖が優しさから来るのを知ってる。ぷぷぷ」
「……くっっそ! 言ってろっつんだよクソがっとわ!?」
ふと二人の幼馴染から言われた言葉と、一向に結果の出せない自分への苛立ちを手身近な樹木に向けたザイルズは予想外に崩れ倒れたそれに足を取られた。
うおっと声を上げながらその場に尻餅をつく。腐った樹木は土ごと根っこから倒れ、その下に人一人分はありそうな大穴が顔を見せた。
「っ、お、おい見ろ! こりゃぁ……なんだこの穴、まさか、洞窟かよ?」
「えぇ? どう考えても木の根穴でしょー、もしくは大蛇の巣穴的な?」
「にしては……なんか奥が土っぽくないような」
ザイルズを心配して駆けつけたハーベストが恐る恐ると言った様子でその大穴を覗き見る。
「お、おい、なんか奥が広くなってる」
「ちょっと見せろ! ……まじかよ、ここだ、ここに違いねぇ! ここならヒカリゴケがあるかもしれねぇ。こんな草木に隠れてるたぁな。誰も見つけられねぇわけだ! 天が遂に俺を見たか!」
ザイルズは興奮した様子でハーベストを押し退けると、自分が先に様子を見てくると迷いもなくその大穴に身体を滑り込ませていた。
パラパラと粘土質な黒い土がザイルズの黒髪に落ちて見分けがつかなくなる。
「おーい、この国は土葬じゃねーぞー。くくくく」
「おいラリー笑い事か? ザイルズ大丈夫かよ!?」
二人の心配を他所にザイルズはある程度の広さを穴の中に確認したのか、中から二人を呼ぶ。ザイルズの声は何か石造りの壁面に木霊するよう響いた。
「げぇ、やっぱ俺達も行くのか」
「へへへ、為せば成るってな」
それは若さ故の無謀さか、ザイルズに続き先程まで虚言癖だの何だのバカにしていたラリーもあっさり大穴へとその体を滑り込ませていた。目の前に広がる冒険、それはいくら成人とは言え、15の少年には十分すぎるほど魅力的な光景だった。
大穴の中は人一人が立ったまま通れる程の広さだ。
入り口近くには不自然なほど人工的に石が埋め込まれ、穴というより壁面のようになっている。とてもただの獣が巣穴用に掘ったとは思えない。
ザイルズを先頭に二人も不思議そうに辺りを見回していた。
「これは本当にあるかもねぇ」
「何なんだよここ、ただの穴じゃねぇよ。ザイ、やべぇって。崩れたら生き埋めだ」
ハーベストはどこか怯えた様子で自分の腕を身体に回して震えた。
「っち、ビビんな。間違いねぇ、俺の感がそう言ってんだよ。ここの穴を見つけられたのも何か運命的なもんだ、それにこの壁面。確実に此処は何かに使われていた、ヒカリゴケを独り占めしようとした誰かがここを隠したに違いねぇ」
「そんな都合よくいくもんかねぇ。ま、俺は楽しいからいいけど! って言うかあの奥よぉ、なんか明るくねぇ的な? ヒカリゴケなんじゃねぇのよザイルズ? くくくく」
ラリーはヘラヘラと笑いながら穴の奥で薄っすらと蛍光に発色する壁を指差す。ザイルズはそんなラリーの指差す方を凝視し、驚嘆の声を上げた。
人一人が通れると言っても穴の中はそこまではしゃげるほど広くはない。
ましてや壁面のように石で補強されているのも入口付近だけで、先は木の根が幾重にも張り巡らされているむき出しの土壁だ。大きな衝撃でもあれば本当に生き埋めもあり得る。
それでもザイルズは我先にと発光するそれに近づき、二度目の声を上げた。
「これだ……まじかよオイ。本当に見つかるなんて」
「ばあちゃん、これで病気が治る……てか?ぷぷぷ」
「っせぇ!! てめぇは黙ってろ。ふん、当然だ。俺はSランクの冒険者になる男だからな」
ザイルズは冷静を装ってはいたが、内心では歓喜していた。これで自分をただの口先野郎だと思っていた奴等を見返せる。うまく行けば村の発展にまで一役買える。
そして何より、唯一自分をずっと信じ続け、優しくしてくれた祖母の病気を治せる事が何より嬉しくて仕方なかった。普段は仏頂面で口も悪く、悪態しかつかないようなザイルズにも自然と笑みが溢れていた。
辺りに自生しているヒカリゴケと思しき植物を剥ぎ取り、丁寧に土を払って腰のポーチに詰める。
「おい!お前らのにも入れさせて、くれ」
「あ、ああ」
「くくく、頼み方が丁寧になってんじゃんかよ。まあ俺もザイルズのばあちゃんは嫌いじゃないからねぇ……ここら一帯掻っ攫おうぜぇ!!」
「おい、土は取らねぇと汚れるぞ」
粗暴なザイルズだが細かい所に何かしらの優しさや細やかさが伺える。そんなザイルズをいつにも増して面白そうに眺めながらラリーもヒカリゴケを掻き集めていた。
所々大きめの砂利が混じる土壁に自生し、穏やかな青緑の発光を見せるヒカリゴケ。
ふとそれに僅かに照らされた大穴の先、そこにハーベストは何かがあるように思えて仕方なかった。
自然とハーベストの足はそちらへ引き寄せられていた。
「うっひゃぁ! もうパンパン。これでサンブラフ村もサンブラフ街かねぇ、くくくく」
「あぁ? 馬鹿、そう簡単にはいかねぇよ。ビジネスってのは計画が大事な……っておい。ハーベスト!?おい、ハーベスト」
ふと隣にいる筈のハーベストの気配が無い事に気付きザイルズは声を上げる。
「ん? どこいったのかねあのビビりんは。逃げちったか? あまりにも苔の回収が楽しくてあいつの存在忘れてたねぇ」
そこまで広くない洞穴内。だが辺りはヒカリゴケの僅かな光源だけだ。人一人が存在感なく消えても気づかないかもしれない。おどけるラリーを他所にザイルズは嫌な予感を感じていた。刹那、突如響くハーベストの叫びにザイルズは思わず背筋を伸ばす。
「ハーベスト! ちっ、奥か」
「おぃおぃ、そんなにビビるなら一人で探検しなさんなよなぁ」
ごちるラリーもザイルズの後を追うよう二人はハーベストの声がした方へ、ヒカリゴケの僅かな発光頼りに壁伝いに奥へ奥へと足を進める。掌の温度はひんやりとした土と水分を含みジメっとするヒカリゴケに触れるたび奪われていく。
薄暗い青緑色の発光を受けて尻餅をついたまま口を開けるハーベストにザイルズは駆け寄る。口をアワアワとさせながら何かを指差していた。
「これは……って、ただの虫じゃねえか! 馬鹿が、ヒビリのクセに一人で勝手に奥に行くんじゃねぇ!」
「ち、ち、ち、ちげぇよ! これだよ! これっ!!」
「うひょぉ、気持ち悪。白骨死体か?ときたら大体未来見えるね的な? くくく」
「や、や、やべ、やべーよザイぃ!! は、早く出よう。ここ何かヤベー!!」
「少し黙れ!! 落ち着けハーベスト、ただの白骨だ。大したことじゃねぇ。やっぱり誰かがこのヒカリゴケを独り占めしようとしてここで生き埋めになったのかもな。だとすりゃやっぱり正解だった」
ザイルズは怯えて腰を抜かすハーベストを怒鳴りつけ、冷静に状況を分析していた。あくまで自分の納得行く解釈ではあるが、それでも自分に運が向いてきたのは間違いないと感じた。後ろで騒がしかったラリーが大口を開けてあくびをしながら土壁に寄りかかる。
「まぁ、いい。おいハーベスト、お前のポーチだ。しっかり持っとけよ、これで村の奴等を見返せるんだからな」
「あ、ああ……わ、分かってるよ」
ザイルズはヒカリゴケをパンパンに詰めた革ポーチをハーベストに渡し、白骨をまじまじと見ながら何か見つけられるかもしれないと周辺を観察していた。「なんか、暖かくて居心地いいなぁ、ここ」とあくびをしながらそう呟くラリーに馬鹿言うなと返し、そう言えば先程まで感じていた地下独特の底冷えさを感じなくなっている自分にゾッとした。
「そんなはず……あ?」
ふと辺りの観察を止め立ち上がろうとしたザイルズは自分の足に力が入らなくなりその場に手をついていた。
焦りと混乱が急激に鎌首を擡げる。
よく考えれば体と頭が暑い気がする。そう思ってくると心臓までが早鐘を打つ。
慌てて二人の名を叫んだ。だが既に自分もはっきり声を出せたのかも分からず、二人の返事が返ってくる事もなかった。
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