第2話 いつもの森で


 村を囲うようにして鬱蒼とした木々の密集が広がる。

 そこは村の木こりや大して成果を挙げられずに出戻った元冒険者の大人達がよく狩りや材木の調達にも入るサンブラフ村には身近な森。



 今の季節は春穀祭後でもあり、森の木々達は若葉でまだ薄緑色に満たされていた。



 当然ながらいつかは街や都へ行き冒険者を目指そうと言う血気盛んな若者達も村一番の剣豪ローグ老稽古の元、この森で姑息な実践を積むことも多々あった。



 野兎等が現れるのは細い木々が茂る村との境界から小一時間ほど奥まで進んだ辺り。


 三人はそれぞれ腰袋に丸薬や、軟膏、煙玉等を入れ、リタとラックは解体用の短刀を刺し、ルーシアは小型の携帯弓と短めの矢を数本背の矢筒に入れている。


 パキパキと足元の枝を踏みならしながらまだ陽光が差し込む森へと進む。



「よっしゃ! 今日は少し奥まで進んで親玉でも捕まえるか」

「ファーラビットって魔獣認定されたんでしょ? なんでだろ」

「さぁな、危ねえからだろ? 何が危険なんだか」



 リタはそんな二人の後ろで木々の厚皮を一箇所づつ剥きながら、何かを塗っている所だった。


「って、おいリタ! いい加減それはいいって。今は俺のファーラビット討伐が最優先だ!」



 リタは三人で森へ入る度必ず鱗粉蝶の好きな蜜を樹木に少しずつ塗りながら進む。


 それは帰りの道に迷ったときの為だ。


 何かにつけて心配症の所があるリタには二人も慣れている。こんなやり取りももう何度交わしたか分からない。




「急がば準備だ、それとルーシア。ファーラビットは魔獣認定されていない。されたのは白兎だ、危険度が獣クラスでC」


「う」


 狼狽えるルーシアと若干引き気味なラックを置き去りにリタは相変わらず気の幹に蜜蝋を塗りつけながらいつの間にか先陣を切っていた。



 落ちた枝のパキパキと言う枯れた音も村から離れるごとになくなり、気付けば足元には腐った枯れ葉や苔が増え、辺りも鬱蒼とする。



 森も奥に入ればそれだけ方向感覚は曖昧になり、そんな不安は時間とともに大きく侵入者の精神を蝕んでいく。


 だがここまでは三人も過去に入った事のある場所だと分かる程度。そもそもサンブラフ村の周りの森で皆が危険だと言う獣や魔獣などと出くわしたと言う話は今までにも聞いたことがなかった。



 街に行ったら先ずは何がしたいか、何を食べたいか、冒険者ギルドはどんな荒れくれモノがいるのか、そんな話で盛り上がるラックとルーシアを他所にリタは自分達の踏む草音とは違う小さな木々の擦れ音を聞いた。



「静かに」

「!?」


 リタが突然足を止め、体を屈めながら二人に沈黙を示唆する。


 ラックとルーシアはそれに習い、物音と気配を消すよう努め同じように身を縮める。

 静寂を取り戻した森。


 五十メートル程先の茂みの影から小さな白い耳が覗くのを三人は確認した。



「これでヤボ用もクライマックスだな」


「おいリタ、折角の冒険をとっとと終わらせようとするな。大体まだファーラビットとは決まってない、ルーシア」

「リョーカイ、一発で決まるわ」



 ルーシアは茂みに見え隠れする白いもこ毛から目を離さないまま静かにそう言うと、そっと矢筒から一本矢を取り出し弦を張る。


 ゆったりとしたフルドローイングから流れるような迷いないリリース。

 小動物の息の根を確実に止める為、普通の矢よりも矢柄を太くし、鏃もカエシを多く設けたリタ特製短矢である。



 ズドっと言う厚みのある肉を貫いた重量感ある音が一瞬響き、辺りは草の擦れ音一つない静けさを取り戻した。



「さすがはトップアーチャー。街でも期待してるぜ」

「ふふん、この距離なら目を瞑っても百発百中よ。リタの忠告どおり一応首を狙ったし」


 そう言ってそそくさと息の根を止められた獲物の元へ向かおうとするルーシアとラックにリタが背後から声をかける。


「一匹仕留めた位で気を緩めてるようじゃ冒険者になってもEクラス止まりになるぞ。最後まで油断禁物だ」


「おいおいリタ、心配症もそこまでいくとただのビビりだぞ。たかが兎1匹、それに他に何か出りゃ俺の剣閃が煌めくだけだ」



 ルーシアとラックはリタをからかいながらも地面まで突き刺さったルーシアの矢を獲物ごと抜き取る。


 鏃に返しがついているせいでそのまま抜き取ると内臓がぐちゃぐちゃになってしまう。


 一度矢羽を外し、貫通させるように逆側から抜き取らなくてはならない。

 リタの用心深さが作製した矢にもよく出ている。



「やぁっぱ野兎だよなぁ。しゃぁねぇ、もうちょい潜るか」


「この先に川があったわよね、そこで血抜きしとく?」


「ああ、だな。その間に吊橋の先まで進む。そこならファーラビットもいるかもしれねぇ」



 ラックはにやりと不敵な笑みを浮かべるとルーシアとリタを見た。



 サンブラフ村から森の小川までが大体小一時間。


 小川の少し上流に架かる吊橋を隔てた向こう側はサンブラフの森というより、隣国へと繋がる壮大な山岳地帯へと続く入り口だ。

 と言っても山道整備などされておらず、隣国から山々を超えてこのサンブラフ村落に辿りつく人間等あり得ない。



「でも道に迷わない? あんまり奥に入って戻れなかったらそれこそ」

「ああわかってる! リタもうるさいしな、もう少し探していなけりゃ戻るさ」


「どうするリタ? ラックはああ言ってるけ、ど?って何してるの」



 二人の言い合いを他所にリタは一人黙々と何重にも大葉に包んだ塊を土に埋めている所だった。



「ん、何って先に進むんだろ? 大方血抜きは済んだから臭いと寄生虫防止に薄荷葉で包んで土に埋めている。他の獲物に横取りされてはかなわんだろ」




 チャキチャキと土に野ウサギの薄荷包を埋めたリタは「じゃあ俺はこの辺で」と帰ろうし、それをラックとルーシアがいつも通り取り押さえた。




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