それ以外の物語

第35話 もう一人の勇者の、代理人


 ここは銀竜の谷の先。

 数百年前、魔王を討伐に向かった勇者パーティ、庇護のヴィナスとマラーナが最後に立ち寄った村を超えた先にある。


 そう、魔王の根城。

 黒の魔王城それである。



 巨人がそのまま入るであろう高さの天井、白亜の広間にはボロボロになった一人の青年と、それを見て厭らしい笑みを浮かべる漆黒の翼を持つ悪魔の姿があった。



「ほう、随分と早かったではないか。よくぞここまで辿り着いたな、人間の勇者とやら。妾はかつての魔王のように簡単にはやられはせんぞ」



 とぐろを巻いた角付きのサークレットを被る悪魔。

 紫檀色のマントはまさに王の風格。


 黒ビキニのようなメイルを身に着けたその悪魔こそはこの世界を滅し、悪魔界に名を示さんと企む悪の権化、そう。


 黒の魔王ラーヴァナである。



 青年は遂にここまで辿り着いた。

 その道のりは長く険しいものだった。



 とは言うものの、そもそも彼は勇者などでは無い。



 今回あらゆる大陸から瘴気が広がっているとの話を聞き、最も早く動き世界救済に乗り出せば世界から注目の的になると考えた国。


 西の皇国ラドムからの刺客、の代わりの者であった。


 ラドム皇国にて本来勇者に選ばれた男は、そんなブラックな仕事はゴメンだと断り、勇者募集の依頼がラドム皇国中のギルドに回ったのが事の発端だった。



 彼はいつも通り面倒はゴメンだと薬草取りに勤しもうとしたが、齢50を越えるギルドのボケ爺が誤って彼を勇者候補にしてしまったのである。



 あれよあれよと皇居へ強制連行された彼は、断ったら家族もろとも殺すと齢50を越える皇人達に脅され、何度も危険な目にあったがついぞここまでたった一人で来てしまった。

 


 いつだってハズレくじ、周りがドン引く程の不幸の連鎖。

 そんな中努力だけで今まで頑張ってきた彼だったが、それもいい加減限界を感じていた。


 出来れば此処らでスパッと一思いにやってもらっても構わないぐらいに。



「どうした、勇者よ? 配下を殺ってここまで来たのだろう。この期に及んで怖気づいたか!? それとも妾が女とて躊躇っているのではあるまいな……妾は女とて舐めるような者が大嫌いだ、来ぬならこちらから滅してくれるわ!!」



 配下と言う言葉にはてと言った気持ちだが、彼に男尊女卑等の精神など有りはしない。



 とにかくやらねばと直ぐ様腰の聖剣を抜き放ったその瞬間――カッキーン。



「あ」

「え?」


 突如魔王の間に透き通った金属音が響き渡る。

 聖剣の剣柄から刃がすっぽ抜け、何処かに突き刺さった音であった。



「あ、ぬ、主、それ聖剣では」

「え、ああ。まぁすいません、いつもの事なんで」


 

 またか。

 溜息を吐いて自分の不幸に憤る。


 まさか魔王戦で聖剣の刃が取れるなんて、あり得ない。

 そんなあり得ないが普通に度々起こるのが彼のくそったれ人生であった。


 それは大体いつもまあまあ大事な時。



 彼は刃の取れた剣柄を鞘に一旦戻す。


 そんでまたこれだけじゃ終わんないのがいつものパターン――ガラガランン。 


 刹那差し戻した剣柄が取れて落ち、そのはずみか何か知らないが腰のホルダーごと鞘が白い床に落ちる。

 鞘の装飾になっていた金糸が引っかかり解け、聖剣の鞘は見事にバラバラとなった。



 出ました、二回目の不幸。

 彼の不幸は凡そ二、三回は続く。


 二回で終わるのは稀だが、いつもの感じからして二回目の不幸は弱まっている気がしていた。


 この調子なら今回は三回目は無しか、そんな風に気持ちが和らぐ。



「あ、えと、お、主。ちょっと待ってやるから態勢を立て直すがいい。妾は器が広いからの、最強の状態で来てもらわねばこちらも後で言い訳されては困る。こちらは世界を取りに来ているのだ」



 女魔王は何処狼狽えた様子で、彼の飛ばした聖剣を探してくれているようだった。

 


「いや、大丈夫なんで本当。慣れてるんで、素手でいけますから」



 何を隠そう彼の本職は勇者ではない。

 ジョブ掛け持ちのAランク冒険者。


 いつだって不幸な人生、誰も助けて等くれない世の中。

 そんな中で彼が生きていくには『何だって一人で出来て当たり前』でなくては行けなかった。


 だからこそ複数のジョブチェンジを行い、最低限、できる限りの技術はマスターしてきた。



 一番人気の剣士。

 もし不幸にも剣が折れて駄目になった時の為の拳闘士。


 もし不幸にも流れ弾が飛んできた時の為の結界が張れる魔法士。


 もし不幸にも大怪我をして動けなくなった場合の回復士。


 だがもし魔力が枯渇した場合にはバフ、デバフ系の技をデフォルトで持つレンジャー系も忘れない。


 その全て七割型はマスターしている。だからこその実力Aランク。

 別に剣に拘る必要はない、と言うかそんなものに拘る余裕等彼の人生には存在しなかった。



「い、いやしかし……だがその意気や良しか。妾に倒された後もその名前、しかとこの世界には伝えよう、主の名は?」


「……シャインレイ・ブレシングです」


「何だその神に祝福されたような名前は。主の親えげつない事をするな」


「それよく言われるからもういいって」



 本当にそれは言わないで欲しかった。

 この名前負けを通り越した程の人生には彼もうんざりなのだ。


 シャインレイ、それは希望の光。 

 

 おいおいふざけんなと。



 ブレシング、ブレッシング、それは祝福。


 馬鹿か、ぶっ殺すぞと。


 最早自分は世界に敵視されているんじゃないかという程の苦労と不運を十数年に渡って浴びせかけておいてその名前はないだろうと。



「まあよい、お喋りはこの辺にして行くぞ勇――」



 魔王が気を取り直しシャインレイに何かしらの魔法を放とうとしたその時であった。

 魔王城が崩れんばかりの轟音に包まれる。否、完全に今にも崩れますと揺れていた。



「え、ちょ、何、何だ揺れて! おい勇者貴様何を!?」

「いや俺は何もしてないって、本当」


「あっ! あぁああああああ!?」



 そんな中、魔王がある一点を凝視しながら雄叫びにも似た奇声を上げシャインレイもそれに倣って視線を向ける。


 そこには先程の折れて飛んだ聖剣が、何やら黒い玉に突き刺さっているのが確認できた。

 黒い玉は既にひび割れ、そこから青黒い発光を伴って城に共鳴するよう揺れていた。



「おま、おま、おまぁぁ!! あれは邪神の玉ぁぁ!! いざというはこれを解放して世界ごとぶっ潰してやろうと考えてたのに、待って、私まだ生きてるんですけどー! 死にたくなぃ!!」

「何か喋り方変わった? てかもう、またかぁ」



 邪神。

 それは黒の魔王ラーヴァナが悪魔界からひっそりと持ち込んだ悪の卵。 

 悪魔界の邪気を吸う事凡そ千年、そのまま数億年と邪気を吸い続ければ悪魔神皇帝ルシファーの配下にすらなれる可能性を秘めた卵であった。


 だが悪の卵はたかが千年の眠りであっても最早十二分にラーヴァナを上回る。


 つまりこの世界は今、黒の魔王より更に上の魔王が誕生してしまった。


 因みにこれで不幸の三連鎖終了である。

 


「なんか、すみませんね。俺の不幸に巻き込んじゃったみたいな感じ風になって」

「完全に巻き込んでんだよ、おめぇ! ふざけんな、よるな悪神、不幸が移る。てか逃げないと、早く逃げないと妾の命がぁぁ」


「キャラ崩壊してますけど」



 そんな最中、遂に魔王の間の天井がガラガラと崩れ出した。



「おぃぃ、崩れてるってぇ! 崩れてるってぇぇ!! ここ、魔王城、歴代の遺産よ、お前も何してくれてんのぉぉ!」

「またかと言いたいとこですけど、さっきから崩れそうだったしノーカンって訳には?」


「行くかよぉぉ!?」



 不幸は四連鎖であった。

 魔王城の崩壊である。


 気付けば勇者代理のシャインレイと黒の魔王ラーヴァナは共に城から飛び出し、互いの魔力を共鳴させながら空を駆けていた。


 浮遊魔法、高度な元素魔法と膨大な魔力総量があって漸く成し得るものである。



 それはだが苦労を経て魔力がコントロールを覚えたシャインレイと、膨大な魔力総量を持つラーヴァナが協力すれば容易かった。



「妾空飛べたのか、この翼は飾りだったんだが……」

「俺もこの展開は初めてだなぁ。四連鎖目は城の崩壊だから大した不運じゃない、これで終わりかな」



 シャインレイは自分の不幸連鎖に終わりを見た。

 もう不幸も最後っ屁だなと。


「大したもんだよぉ! もう許してぇ」



 黒の魔王ラーヴァナは共にこの世界に降り立ったであろう同志のことなど忘れ、ただ日が落ちて暗くなった大空で泣いた。


 悪魔をアピールする角付きのサークレットも大森林に落とし、その姿には最早魔王の威厳など欠片もない。

 ただのビキニ女である。


 シャインレイはそんなビキニ女と手を繋ぎ、魔力をひたすら共鳴させながら嘆息した。



「もうほんとに嫌。でも魔王は倒したし、一応報告しないとな……邪神の事は、まあ、見なかった事にするか。誰かやるだろ、てか俺勇者じゃないしさ」


「誰に言ってんだよお前ぇぇ……もう許してぇぇ」



 

 二人は儚い流れ星のように大空を急降下していった。






 ◯





「あ! 流れ星だ、願い事しなくちゃ、願い事しなくちゃ、願い事しなくちゃぁぁ!」


「ミュゼたん、願い事の内容を三回唱えるんだよ」


「え!? えぇ!!」


「馬鹿王女が。本当にその頭で国を治めるつもりか」



 焚き火を囲い見張りの番をするミュゼとマキナは、夜空に流れる一瞬の光を見つめながらそんな事を語り合っていた。


 アンナは相変わらずの辛口をミュゼに向けるが、それでもそこにかつてのような殺意はない。

 仲のいい駄目な妹を見守るそんな目であった。



 いつかこの王女が国を治めたとき、たとえどんな国になろうとも今度こそは応援したいと。


 こっそりアンナは流れ星にそう願いを込めていた。




「でもまだ流れ星落ちたか分かんないからまだ間に合うんじゃない!?」

「はっ、ミュゼたん天才!!」


「でしょう!? ええと、お金持ちになって国を支配しておっぱい大きい淫乱女を差別する国を作る! お金持ちになって国を支配しておっぱい大きい淫乱女を差別する国を作る! お金持ちぶふぅ――」

「うるせぇぇ!!」



 アンナは流れ星に込めた願いを全て撤回し、ミュゼをひっぱたいた。


 ファイアーボールがリタ達の眠るテントに飛んだが、それは一緒に寝ているカーマインの魔法結界によって阻止された。




「「どちくしょーがぁあ!!」」





 

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