第22話 雹を降らせてやろぅかぁぁ!


 

 これと言った障害もなくあっさりと奴隷を奪い去って来たリタとミュゼ。

 リタ曰く、人を理解すればやるべき事は簡単だと言う。



「それを言うなら少しは私達を理解したらどうだ」


「でもなんだかんだ言って最後はお金よね、金貨10枚渡しただけであのおばさん目の色変えてミーフェル渡してきたし」

「金貨……私なんかに、そんな」

「お前がき、気にすんなよ。そんな金貨の数枚位俺が直ぐに稼いできてやる、正義はこっちにあるんだからよ!」



 リタはダットの妻が奴隷にいい印象を持っていないことを理解し、更には大切な一人息子を出しに使って奴隷を手放すよう進めた。


 その最後のひと押しに買値の倍額を渡してやれば話は直ぐに纏るだろう事も。この作戦は主人のダットがいては纏まらなかっただろう。

 全てはリタの思惑通りである。



 だが流石にたった一人の奴隷少女を奪い取る為に金貨10枚を使ったとあって、当事者のミーフェルは勿論、ゼオの方も責任を感じて表情が翳る。



「わ、私……戻ります。お金は返してもらえるよう頼んでみます、酷いことされても私は慣れてますから。それに、ゼオ君と、その、話せただけで、私、嬉しかったから……本当に、ありがとうございました」


「ミーフェル……待て、駄目だ! もう絶対お前をあんな所へ戻したりはしない、これは俺の正義なんだ。か、金は……俺がなんとかする、冒険者でも危険なダンジョンだろうが潜って死んででもこの金は返す! だから頼む、なあリタ!」



 二人の沈痛な面持ちをだが一瞥することもなくリタは未だひたすらに地面に何かの文様を描いている。

 ハイクオリティお絵描きだろうか。



「まあ、リタの決めた事だから仕方ない。それに金貨はまだあるし当分は野宿も不要だろう、この馬鹿王女の家財道具も馬鹿に出来なかったな」


「昨夜奴隷商との会談で金貨を五枚、俺とミュゼの変装用コスチュームに銀貨を200枚ほど使用した」



 作業をしながらリタが注釈を入れる。

 その言葉にアンナは血の気が引いた。

 

 つまりこの奴隷少女一人を解放する為に金貨15枚、銀貨200枚を使用した。先日の外食と宿泊費用を合わせれば持ち金は残り銀貨300枚程度と言うことになる。


 遊んで暮らせる筈の状態からあっという間に三泊で一文無しになれるレベルとなった。



「馬鹿なの、ねぇ?」

「何よ高々金貨が銀貨がって……結構スリルがあって楽しかったわよ。それにみてこの格好? どう、なんか凄く頭良さそうに見えない?」



 アンナの家計算出等知ったことかとミュゼは白衣の裾をピラッと摘みながらその場で一回転した。


 その姿はどこぞの天才ロリ研究者のようである。ゼオとミーフェルもそんなミュゼの様子をどこかキラキラとした目で見つめていた。




「馬鹿王女が……だからお前は王位を身内に奪われ、私の様な者に殺されるんだ」

「まだ殺されてないもん」


「お前らは一体どんな関係なんだよ」

「白い服……まるで、天使みたい」



 皆が会話に花を咲かせる中、リタは漸くその手を止めると腰に差していた鞘付きの小さな金ナイフを、描いた文様の中心に投げ刺した。



「あっ、それ家のデザートナイフ!! 高い奴!」

「何!? 高いのか、どこでそれを。まだ売れるものはあったんだな、ミュゼあれはいくらぐらいなんだ、金貨はいくんだろう?」



 最早守銭奴と化したアンナは食い入るように地面に刺さった金の装飾を見つめる。



「パパがどこかの寒い国にがいこう? とかで行った時のお土産カトラリーセット。パパが高いって言うくらいだから」



 「小さなお城一個分くらい?」とミュゼは空を仰ぎ呟いた。

 アンナがそれに敏感に反応した刹那、金のナイフを中心に描かれた文様から光が波のように浮き立っていた。

 


「な、何だこれは!?」

「お、おい、ま、魔法かよ、何でも出来んのかよ、てかなんの為にぃ!?」

「き、きれい……」



「大奥義書を読み解きし者、漆黒の深淵へ喚び給う。深淵現し世隔てしその神光遮り滅するは我、我汝と共にこの贄以て闇を示し世界を滅そう」



 そう、リタは既に『奴隷奪還作戦ES!』最終段階へと駒を進めていたのだ。



「ちょっと待って、なんかこの人凄い物騒な事言ってるぅ!!」

「一体、何が……」



 刹那、リタの描いた召喚陣の中に黒い煙が浮き立ち、それはやがて人の型を作っていく。


 それは降魔の陣。

 かつて旧世代に悪魔の部族達が皆で行ったと言う支配者生誕の儀。


 それを妹と共に編み出した高度重合配列によって再現した、所謂悪魔召喚であった。



 陣の光が収まるや、紫煙は完全に人の形を成し、頭上に二本の湾曲した太い角を生やしたビキニ姿の女が天を仰いで現れた。



「雹を降らせてやろぅかぁぁ!」



「ひぃぃぃ!!」

「ひゃ」

「あ、び、ぱ」

「く、こ……ろ、せぇぇ?!」




 突如現れたビキニ姿の角女、その背では自らの背丈程の羽が黒々と脈動していた。

 あまりの迫力と、かつて感じたことの無い程の邪気、殺気、憎悪の波動にリタ以外の四人は腰を抜かし地に伏した。


 それを見るや現れた悪魔の女は楽しげに笑う。



「ふははは、名を呼んでおきながら恐怖に平伏すか人族の者よ。暇潰しに応えてやったぞ? だがなんだこの程度の贄で大悪魔ルシファーに仕えし大三柱の一柱であるこのフルレティを呼び出そうとはな。恐ろしき術式よの、そこの、お前が我を呼んだのか」


「仰せの通り。主を招いたのは他でもない、そこの獣人につけられた首輪の術を掛けた主を探している」


「む?」



 大悪魔フルレティはそう言われ、泣きながら震えているミーフェルを一瞥する。



「なんだその四流劣悪な術品は……我の配下ですらこのようなものは作らぬぞ。我を馬鹿にしているのか小僧? 場合によっては一息の間にこの大陸が消し飛ぶぞ」

「そうではない……貴女程の、否魔神王フルレティであればこの程度は式滅できるものだろうか」



 フルレティはリタの問いかけに声を上げて笑う。


「戯言を! 我を呼び出し共に現し世を滅そうかと思えば他愛もない……そのような品は既にこの世に存在せんであろう? 下等魔具がわれの視界に入る事すら目障りだ」



「な……流石は、六大悪魔と呼ぶのも憚れる大三柱と名高きフルレティ様。やはり名ばかりではない様子」



 流石のリタもフルレティのその言葉には身の毛がよだった。

 見ればミーフェルの奴隷の首輪は既に存在せず、首元だけが赤く爛れていた。

 長い事不衛生な鉄錆にさらされていたからだろう。


 ミーフェルも会話の意味を理解したのか、涙を拭うのも忘れ自らの首をさすって唖然としていた。



 リタは心底恐ろしいと思った。

 これが大悪魔の力、その殺気も、微細な動きの一つも見逃したはずも無いのにあの太古の術どころか物質さえも気付かぬうちに消滅させるとは。


 これが悪魔界の神々と呼ばれる存在。

 

 焦りからかリタの額には一筋の汗が垂れ流れる。


 この程度の力に臆してしまう自分。

 本当にこんな状態で魔王を、その配下を自分如きがどうにかできるものなのか。


 自分の尻拭いとは言え、世界を救う等出来ようものか! と。



「ふふはは、であろう。お前人族にしてなかなか見所があるや、三大柱には露ほど及ばんがお前ならば我が六柱――」


「あ、消えた」



 フルレティがリタに向かい高らかに何か言おうとした次の瞬間、何かに耐えきれなくなったかのようにルーテシア家渾身の金ナイフは砂のように崩れ去って消えた。

 それに共鳴するよう六大悪魔『雹のフルレティ』も煙の様に霧散したのだった。




――雹を降らせてやろぅかぁぁ!


――やろぅかぁあ!


――かぁあ!




 煙霧の空にフルレティの声が響き渡った気がした。





「ふむ、高度重合配列式に加え純金は流石にやり過ぎだったか。ここまで高位の悪魔を呼んでしまうとは……恐るべし妹の魔術公式」



 リタはフルレティと言う大悪魔の圧力から開放され、ようやく額の汗を拭った。ここまで恐ろしい召喚を一人で行ったのは初めてだった。



「や、や、や、や、やべぇよ!」

「りるらりりりりた……さ、さっきのなななななにやよ!」


「わ、私、首輪、なくなり、ました」

「リタ、お前、一体、何をしたんだ……さっきのはあ、あ、悪魔だ。間違いない、歴史書に残る1000年前の聖戦、グリモワールの悪魔、そんな書物を見た事がある、それに載っていた挿絵だ! 挿絵がいた!」



 四人は腰が抜けてしまったのか地面にへたり込んだまま、今度は一体何をやらかしたんだこのアンポンタンチンとリタへ詰め寄った。



「ミーフェルの奴隷の首輪は悪魔の呪術だ。昨日奴隷商から話を聞いた、ならばと解呪の方法を探したが対象の悪魔が判定困難だった。更にはならばともう直接悪魔を喚ぶことにしたんだが、贄があの金ナイフしかなかった……だがいくら妹の高度重合配列による偽召喚とは言え、あれは危険だった。世界を滅ぼしかねん、魔王クラスだ、王女ナイフも侮れん」


「ま、まあね!」


「ねぇ、ばかなのぉ? もう許してぇ」


「でも……す、すげぇよ。召喚なんては、初めて見た! 何者なんだよリタ、もしかして魔法国家ウィンダムから来たのか!? 俺にも教えてくれよ」




 ともあれ、リタの奴隷奪還作戦は結果何の弊害もなく極当たり前のように成功した。


 リタにとってはしかしこの程度は出来て当たり前、出来ない人間など存在し得ないレベルの事象だ。


 本来であればもっと巻きで、もっと効率よく、更に国家、世界的、根本的な解決法でなくてはならないがそこまでに至るにはまだ遠い。



 妹のミサならば恐らく全ての先を見通し、スマートに、隠密に解決する事だろう。

 


「ねぇねぇ! 無事にミーフェルも開放したんだしさ、パァーッと行こうよパァーッと!」



 ミュゼの言葉に改めてその喜びを噛み締めたのかゼオとミーフェルは互いを見合わせ、はにかんだ。

 なんだか良い雰囲気であった。



「そこ、いちゃつくな……相変わらずの馬鹿王女め、今回の事でもう金もないんだ。既に売れるものもない、流石の王女も金無しでは役立たずも良いとこだな」


「なんですってぇ!?」



「いや、俺からしてみれば皆お荷物でしか無いのだが」


「…………」




 リタの一言にふと一同が沈黙した。

 ミュゼとアンナに嫌な汗が流れる。


 

 だがしかしリタの言う事はおおよそ間違いではない。

 

 嘆きノ森でもアンナはリタの妨害により暗殺者のプライドを完全にへし折られている。

 ミュゼに関してはただ叫んで隠れているばかりだ。


 森の魔獣退治、野営、馬の操縦から国境兵とのやり取り、奴隷解放もリタ一人で十分と言えばそうだ。




「わ、私は……そうだ、最近料理を覚えた」


「あ、ずる! 偉そうに暗殺技術がなんとかって言ってたじゃん!」



 役立たず、戦力外と言う言葉に敏感に反応したアンナ。暗殺技術がどうこう等今更語った所でどうせリタに一蹴されるのは分かりきっていた。


 役立たずになるぐらいならと、アンナは即座にキャラを路線変更したのだ。


 ミュゼはうっと、悔しさを滲ませたまたま視線の先にいたミーフェルに矛先を移す。



「は、ぅ……わ、私はその奴隷です、今回助けて頂いた事、私の命に換えても。せ、性奴隷でも何でも」

「せ、性奴隷だと!?」

「ミーフェル! 何言ってんだよ、それじゃ意味ないだろ」


「ですが私は何のお役にも……マテリアル技術が少しあるくらいで、剣や魔具の鋳造程度しかできる事が、う、うぅ」



 性奴隷と言う言葉にギョッとするアンナとゼオ。

 だがそんな事よりもミーフェルがここにいる誰よりも役立ちそうなスキルを持っている事に悪寒を覚えた。



「ちょっと待て……それは、まさか、い、一番役に立つんじゃ」


「ほう……鋳造技術とは。魔王を討つ剣を探してる、打てるか?」

「まっ、魔王!? ……う、打てます!!」


「嘘つけ!!」



 ミュゼの焦りは徐々に高まっていった。


 暗殺者アンナは料理担当、奴隷ミーフェルは鍛冶担当。


 ならばと今度はゼオを渾身の表情で睨みつけた。



「な、なんだよ! お、オレは別にお前らの仲間なんかじゃ……そ、そうだ、正義だ! 俺には正義がある、いや正義は俺にある!」



 ゼオは自信を持ってそう叫ぶ。



「なんの役に立つのそれ!」



 ミュゼは盛大にそうツッコんだが、気付けば皆の視線が自分に集まっていた。



「う、ウソでしょ……そんなんでいいの? ちょっと待ってよリタ! そんな顔しないでよ、アンナも、え、ミーフェルも? って、アンタは違うでしょうがっ!!」


「まあ、金のなくなった王女は乞食と同意とはよく言ったものだ」

「言ってねーよ!」




 リタは話に飽きたのか、必要な荷物を纏めると「そろそろ本編へ」と言って何処かへ歩き出していた。

 何故だがアンナ、ゼオ、ミーフェルもミュゼの方をチラチラと振り返りながらリタの後に続いた。



 ミュゼは遂にこの煙霧の街でリタ率いる勇者パーティから追ほ――



「ちょぉぉぉっと待ってぇ!! おでがいだがらぁぁ、お金ならあるがら゛ぁ」



 ミュゼは襲いかかる猫のようにリタの背中に飛び掛かかる。鳴き喚き、鼻水を垂れ流しながらリタの背中に自らの顔を擦り付ける。



「やめろ、鼻水がつくだろ。それに悪いがお前の調度品は全て売り払ってしまった、例のナイフも召喚に使った。残りはあの壺だけだ、せめてあれはお前が」

「いぃぃやぁ゛ぁ゛! そんな事言わないでよぉぉ、お金なら叔母さまから幾らでも引っ張ってぐるがらぁ」




 あの世間知らずで、我儘なルーテシアの王女が、大人ヒモとして覚醒した瞬間であった。

 

 



 

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