第23話 聖戦!
雲一つ無い空に黒き飛翔体が滑空する。
太古より最南端大陸の砦と呼ばれる『レッドクリフ』の守護竜ワイバーン。それはいつから、何の為に。
その理由は最早この若い竜には分からない。
だが一つだけ理解出来ることがある。
それは今自分がその背を許している主だけは、絶対に落とす事はまかりならないと言う事。
百年と余り、飛竜としてはまだまだ若手だがレッドクリフの長として他の飛竜達を治めてきた。
だがその飛竜種の主は既に自分ではない。
我らが従うのはこの銀髪の少女ただ一人なのである。
「主……また野暮用か?」
「うん! 今日は皆の分の蜜あげられなくてごめんねぇ。うちのお兄が今出かけてて作れないんだぁ。あと一ヶ月半ぐらいで戻ってくるとは思うんだけど、お兄はお人好しだからきっと色々な人を助けて途中で何回も足留めされる筈だからすこし読めないんだよ」
「そうか……主の兄と言う事ならそれは余程の人族なのだろう。あんな、至高の蜜蝋を作るほどだ。是非我も一度目見えたいぞ」
低く唸るワイバーンの皮膚表面にミサは温暖の魔法をコーティングしてやる。
ここは北の大陸、年間を通して積雪に囲まれる極寒の地。ワイバーンには辛い気候だ。
向かうは魔法国家ウィンダム。
ミサは此処へ今代魔王配下の一人を抹消しにやって来た。
何故なら兄は過去の英雄譚に従って魔王とその配下は三体だと思っているからである。
だがミサの過大調査によって、今回魔王に従う配下は六体であったと判明した。
それではいけない。
兄を英雄にするべく、魔王1に対して配下3でなければと。
物語は都合よく調整されるからこそ面白い、面白いからこそ英雄は英雄たり、語り継がれるのだから。
「主の魔法錬成は恐ろしい、これほどの魔力を三元素も混ぜ合わせ更に凝集してコントロールするなど……この大陸でも主程の使い手は居らぬであろうが」
「ん、そうかな? 別に何もしてないよ」
ミサはなんの話だがちょっと分からなかった。
「ここにはねぇ、ちょっと魔王の手下を消しに来たんだよ。あと雪の精霊の雫」
「ふむ……冬精霊はその外見に惑わされてはならぬぞ、気障の荒さは我等の比ではないと言う」
「うん、それよりさっき凄い邪悪で高位な覇気がカルデラ帝国の方から上がったんだけどなんだろ……魔王なんかの比じゃ無かった、お兄大丈夫かな」
ミサはワイバーンの額を撫でながら眼下の雪原地帯を見ろした。
広大なその大陸には幾つも街や村が点在している。
その中央で一際大規模な敷地を広げる城郭都市が魔法国家ウィンダムの首都デュランダル、北端に広がる白い森が冬精霊の森である。
ワイバーンはミサに額を撫でられ、気持ちよさそうに目を細めながら首都デュランダルに急接近していった。
「我もそれは感じた、生まれて以来初めてだ。身の毛がよだつとはこの事だな……ハハハ! だが主の兄であれば心配あるまい」
そうだねとミサは一言そう言うと徐にワイバーンの背から舞い降りた。
「じゃあまたあとでね、バン」
高度1000メートルの中空でミサはワイバーンに手を振り、自らの身体に起こる摩擦抵抗と慣性運動を微調整する。
主に風と火の元素魔法で物質の熱エネルギー変動と運動エネルギーのベクトル調整を行なうのがミサ流の魔法だ。
十息の間にミサは魔法国家ウィンダムの中心へと舞い降りていた。
◯
五百年と続くウィンダムの歴史。
古の古代魔法の実体を唯一書物で残すこの国は、魔力を鉱石に封入し、人工的に魔法力を得るマテリアル技術が進むこの時代でもその権威は色褪せることを知らない。
それだけの叡智と、人と
魔法といえばウィンダム、ウィンダムと言えば魔法。つまりは世界でこの国の民以上に魔法錬成に長ける者など存在し得ないのだ。
「会議中にも、申し訳ございません!! 緊急事態につき、封界の錠を解かせて頂きます!」
ピリピリと凍てつくような空気を漂わせる大会議講堂に突如一人の壮年の男が飛び込む。
大会議講堂には様々な色のオーバーコート、装飾や襟章をいくつも付けた外套を纏う女や男が巨大な円卓を囲っていた。
皆互いに見えない魔力を錬成し合っており、その眼光と相まって場の空気は小虫一匹侵入する事も許さない程の覇気で包まれていた。
「何事か……副学園長レーテルよ。敢えて聞く、今は七魔導会議の刻。封界の錠を破ってまでの報告とは」
円卓上座に座る眉雪の男がゆっくりとそう伝えると、その横に座るまだ老女と言うには気品が漂う銀眼鏡の女が立ち上がる。
「学園で、何かあったのですね……レーテル詳細を」
「が、学園長……すみません。私が居ながら」
飛び込んできた壮年の男は悔しそうに下を向き、拳を震わせた。よく見ればその裾からは僅かに血が滴り落ちている。
何かに奇襲を受けたのは明らか、治癒する余裕も無いほど魔力を使わされたのか。
恐らく封界の錠を解いた事で、今のレーテルには殆ど魔力は残されていないだろう。
このデュランダル城郭都市にはいくつかの学園がある。主にこの国で成人を迎える前三年、後三年間を過ごすウィンダム魔法学園だ。
初等教育で基礎魔法を学び、その後大陸を縦断する人間もいれば、多額の資金を投入して高等教育に進みウィンダム魔法騎士団に入隊する者も多い。
魔法学園はそれぞれ元素魔法科、召喚精霊魔法科、聖教魔法科、魔法工学科と4つの学園に分かれ、その学園毎に一人の副学園長が管轄していた。
彼等もまた高等教育を受け、ウィンダム魔法騎士団に入隊後その力を認められ今の地位にいる魔法国家ウィンダムの重要な資産であり戦力だ。
そして今この大会議講堂に席を置く七人のうち四人が各学園の学園長であった。
副学園長であるレーテルは事の顛末を簡潔に伝えた。
突如元素魔法の授業に現れた甲冑の悪魔、それはたった一人で高等教育の教師生徒を行動不能にした。
風念話でその事態を知ったレーテルだが、そうなるまでこれと言った嫌な気配等は感じなかった。
ましてや元素結界の外から部外者が入り込める等あり得ない。
だが直ぐにその考えは、目の前に音もなく現れた甲冑を目にして撤回することになった。
「……手も足も、出ませんでした。重合元素結界を張るので精一杯、でなければうちの学園ごと消し飛んでいたでしょう」
レーテルは悔しそうに奥歯を噛んだ。
「先ほど僅かですが邪悪な気配を感じました。しかし甲冑とは一体」
「ソレイユ学園長……お気遣い、痛み入ります」
雪原のような白銀の髪をサラリと流し、神官帽を載せた外見麗しい女、聖教魔法科学園長ソレイユがレーテルに治癒魔法を掛けながらそう呟いた。
「これは魔法騎士団を主席で入団した名が泣きますな……ましてや数百年続く学園が名も知らぬ輩に潰されるなど」
「いや、他人事ではないぞマッフル学園長。元素魔法科学園は世界、ましてやウィンダム国中でも最強戦力となる養成所。そのトップが歯も立たん……由々しき事よ。レーテル、主がここへ来ていると言う事は次にそやつは何処かへ向かったのではないか?」
齢1000を越えると言う小柄な幼女、ミシェル・レヴァエリ・ルカは数年前からこのウィンダム召喚精霊魔法科学園長として招かれたエルフである。
「はい……これがこの世界の魔法かと、まずはこの白い大陸を赤にしてやろうと。浮遊魔法で西に……向かったのは、工学魔法科学園だと思われます。ヤツが使うのは元素魔法ではない、何か古代の魔術! ですから私は此処へ、このままでは手遅れになるかもしれません」
「はっ! 何を大袈裟な、大体何故次が私の学園なのだ。大陸を滅ぼすならとっとと大魔法でも放って滅ぼせばよかろう。レーテル、貴様それで儂に意趣返しでもしたつもりか、ぇえ?」
「そ、そんな事は。ですが今は――」
そんな言い争いが激化しようとした最中だった。城内が騒がしくなり、ヘルムを外した魔法騎士団の副団長が開いた大会議講堂に駆け込んで来た。
「だ、団長!!」
「ヴィヘルム、今度は何事だ! まさか得体の知れない甲冑が暴れているなどと言わんだろうな」
「な、何故それを……既に城郭都市在中の魔法騎士団は私の独断で全兵緊急配備体制です。対象は元素魔法科、工学魔法科学園を半壊後、召喚精霊魔法科学園上空へ逃走。現在ルイミネ副学園長指揮の元、上位召喚師と連携し追撃戦を開始していますが、不可視の防御シールドを展開し膠着状態です」
大会議講堂にいた一同が驚愕の表情で押し黙る。
だが次の瞬間、その場にいた全ての者の脳内に歪な機械音のような声が響いた。
――歴史二ナ高い魔ホウ国家がキいてアキれる。我は黒の魔王軍ヒキいる六大魔の一柱、大魔導ドゥルジー。
「風念話……この大陸一帯に錬成しているのか」
「ば、馬鹿な!? そんな膨大な魔力を一人で等あり得んぞ……マテリアルを使っているに決まっている」
「一柱だと、神にでもなったつもりか」
七魔導の面々も状況の深刻さに重い腰を上げ始める。
――今この時をモってウィンダム大陸ヲ新たな我のチとして無二返ス、祈り絶望シロ。
「ふざけるなよ……私の学園ぉぉ、何処の馬の骨だかしらんが消し飛ばしてくれる。開発中の高出力魔導砲を準備しろ! おぃ、聞こえるか? ネイキッド! くそ、まさか本当にやられたというのか……」
工学魔法科学園長は風念話で副学園長に指示を送るが、反応が返ってこない現実に揺れる腹を叩き苛立ちを顕にした。
「何だ、この魔力は……もう隠す必要も無いという事か。完全に馬鹿にしているな」
「ふは! 馬鹿め、魔力が判れば魔水晶が使える」
七魔導の面々がその重々しい邪悪な魔力を肌で感じ始めていた。それは徐々に高まっていく。
工学魔法科学園長は腹の辺りから74面体の鉱石を取り出し、漂う魔力を探知、自らの魔力を混合錬成し鉱石に魔力の発生元を映し出す。
皆が映し出されるその導因を見やった。
「コイツは……馬鹿な! 悪魔神族が何故こんな所に。六大悪魔とはまさか、いや待て……1000年前の聖戦グリモワールの六大悪魔は確か大悪魔神皇帝ルシファーに仕えし三大柱、魔剣王ベルゼビュート、魔神王フルレティ、魔導王アスタロト。その下に何がいた……ロフォカレ、サタナキア、アザゼル。違う、ドゥルジー? 聞いたことがない、その更に下の配下か。悪魔神族が魔王に仕えた? ならばそれは……」
「おい、さっきから何をブツブツ言っておるんだロリババア。このふざけた甲冑モドキが何だという!?」
召喚精霊魔法科学園長のエルフ幼女は水晶に映るその甲冑を見るや、一人何かを考え込んでいる。
騒然とした会議室で遂に元帥が立ち上がった。
「ミシェル・レヴァエリ・ルカ殿、その話……本当か。昨今の魔獣群発は黒の魔王の復活だと揶揄する者もいる。彼の者が悪魔神族の一だとし、言葉通りに読み解くならば、これがあと六体。そしてそれを統括する魔王はそれら六体の悪魔神族より更に上位と言う事を意味する」
「まさにそれよ元帥。黒の魔王降臨とやらは歴史にままある故、前回は数百年年前だったか。その時は人族の奴等がどこぞの秘境に封印した筈だ……今の魔法国家であれば贔屓目に見て大した脅威にもならんだろうが」
しかし悪魔神族がまさか現れたとなれば話は別。エルフのルカは魔水晶を睨み、震えた。
悪魔神族の出現。
それはこの世界を光とすれば対なる闇の世界の住人。本来神と神の聖戦に成り得る、歴史の創生だ。
「おいおい、何を言っておる? なんの話だ、分かりやすく言え」
「簡単な事、世界が滅びるだけって話……よね?」
広大なウィンダム全てのギルドを統括する世界屈指の女ギルドマスターは、まるで他人事のようにここに来て口を開いた。
「……余程の傑物でも現れん限りそうなるかもしれんな。だが、主らもただではやられんであろう? 世界最高峰の魔法国家は名ばかりでは無い筈……最高戦力が集えば悪魔神の一柱をも敵ではない! まぁ、しかし嫌な時に居合わせてしもうたな、これも運命か」
「皆、立て! これより我等七魔導は総戦力戦に入る。ウィンダムを汚す彼の者を迎え撃て! これは――聖戦だ」
ウィンダムに集結し世界最高峰戦力。
一国の戦力を優に上回るであろう七魔導、今世界はウィンダムを中心に歴史の節目に立たされようとしていた。
「ぬぅ!? こ、この魔力は、な、なんだ」
「嘘……」
「高めおった、まさかこれ程とは……本気で大陸を消し飛ばすつもりか」
「あら……元帥ちゃんより、すごいわね。困ったわ」
魔水晶に映る悪魔神族ドゥルジーはその身に虹色の魔力波動を纏い、その魔力を最高まで高め切ったように見えた。
その魔力総量は最早七魔導元帥をも上回る。
皆が二の足を踏まざるを得ない。
「皆よ、最大錬成で魔力障壁を立てろ! 範囲は最小限、城郭都市のみに絞る」
元帥は即座に防衛へと切り替える。
一瞬の判断が命取り、それをよくわかっていた。
「そんな! 大陸には多くの命があります、それを見捨てて生きるなど、庇護の女神ヴィナスの名に恥じます!」
「ば、バカ神官……何を。この邪気を感じんのか神の使いは。儂らさえいればこの国は何度でもやり直せる!」
「元帥命令、か」
元帥の判断は間違いではない。
それだけに強大、それが神、それが悪魔の力。
その上これでまだ魔王の配下でしか無いと来た。
今はできる事をし、凌ぎ、次の機会を伺う猶予が必要だった。
場は荒れる。
一体となれない七魔導の魔力障壁では、防ぎきれない。
その時再び脳内に響く声。
『何だコ娘、我は黒ノ魔王に仕えし大魔道――』
『いたいた、ドゥルジー。ちょっと多いから間引くよー』
『ア? び、バぁぁッッ』
『よし、完了っ。精霊の雫とって次、次。バンちゃーん!! あら、何こら、風念話? 違うな、どうやって切るんだろ、高度重合配列か、ん、ヨシ――』
唐突に脳内の声が止む。
見れば魔水晶には雲一つない晴天がただ広がっていた。
先程までの世界最大規模の危機は夢だったのか。
大会議講堂が僅かな沈黙に包まれた。
そこにいる誰一人が動こうとしない。
否、動けなかった。
世界の消滅。
聖戦。
神と悪魔。
つい数瞬の前までの緊迫。
だがそれを破ったのは、やはり英断即決。
七魔導のトップであった。
元帥はゆっくりと着席し直すと、長い髭をテーブルに付けゴホンと咳払いをする。
「…………か、会議を続ける」
「いや、めっちゃ動揺しとんでアンタ!!」
ウィンダム、そして世界はしれっと守られた。
二章 ケモミミ奴隷と排煙の街 完
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます