傷だらけのエルフと迷いの森

第24話 エルフさんの傷


 

「Buruuaaaaa!!」



 黄色の肌、獰猛な牙、筋骨隆々な体躯。

 だらしない口から垂れ流れる涎。

 忌々しい獣。



「お姉!!」

「め、メルティ……」



 動かない身体。全身から血の気が引いていく感覚。


 白銀の髪を揺らす小さな少女の背中が視界にくっきりと映った。


 


 やめろ、やめてくれ。

 そう心でいくら叫んでも声が出ない。


 

捕まり抵抗しない少女を担ぎ黄色い巨体が背を向ける。



 行くな、私が犠牲になればいい、行かないでくれ、メルティ。



 刹那、化け物に担がれる銀髪の少女の笑顔が視界に張り付いた。






「やめろぉぉぉぉ!!」




 白いビスチェが全身に張り付く。

 身体を起こし、またいつもの夢だと気付いた。

 汗が外気に晒され身体の体温を一気に冷ましていく。



「メルティ……」



 それが本当に夢だったらならばどんなに良かっただろうか。 

 リーファは開け放たれた窓枠に身体を寄せ、闇に染まる荒野、その先に広がる黒い森を眺めていた。



 ふと視界を夜光虫がひらひらと横切った。

 それはまるで今の自分だ。

 目的のために命を削り、荒み、死にゆく人生を彷徨いっているリーファを嘲るように見えた。




「必ず、見つけ出す」



 だがリーファはまだ死ぬわけにはいかない。

 ただ一つの目的を果たし終えるまでは。


 薄闇の雲間から月光が僅かに差し、リーファの銀髪に反射した。













 エルフ大森林と言うものが南端の大陸に広がっている。


 エルフとは太古より生きながらえし精霊の一族で、その長ともなればそれは1000年と世界を見渡してきた者とも言われ、この世界の始まりである悪魔と天使の聖戦をも見たのではと言う程の長寿である。



 だが今世代のエルフの長は寛大な女で、また風変りでもあった。

 時代は人が主流となるだろうと精霊に人と共存する事を勧め、自らもまたそうしていく事で種族の垣根を払おうとしていた。





 だがエルフの中でも人族を嫌う者、外に出たい者は長い歴史の影響か二分するのは当然であった。




 リーファと妹のメルティはエルフ大森林奥地北の部族の出身である。

 北の部族はエルフの中でも膨大な魔力を持つ者が多くいる反面、最も人族を嫌うエルフ達が多くいる場所。


 

 そんな生まれのリーファはだが、膨大な魔力のコントロールが苦手であり仲間内でもよく批判されていた。妹のメルティはそんな姉をいつも心配し、一緒にこの大森林を出て違う世界を見ようとよく提案した。




 それは北の部族では到底考えられない事、エルフの長が良しと言っても部族の長は許さない。

 そんな風習だったのだ。だがそんな部族内でも除け者にされる今の状況を考えれば、それはリーファにとって大きな魅力でもあった。




 まだ幼い妹と若い自分。

 大森林外の大陸がどうなっているかも分からず、そんな状態でいくら自分が辛いからと言って妹を危険な目に会わせていいものか、リーファは悩んだ。



 だが数年後、遂に二人は大陸を渡り冒険者の道を歩む事になる。

 それはやはり妹を部族の歴史の犠牲にしたくなかった、世界を見て欲しかったというのもあるが、何より自分が大森林に居たくなかったからなのかもしれない。



 その上リーファは魔法こそ使えなかったが、弓と剣術に長けた。

 そこへ妹の魔法があれば二人でも十二分に冒険者としてやっていくことが出来たのだ。




 しかしそんな日々の中、妹のメルティはこのままでは駄目だと、人族の大陸なのだから人族と多く関わって行かなければそれは種族の共存とは言えない等と言いだした。

 少し変わった観点からモノを言うメルティではあったが、それも一理あるのだろうとリーファは妹の言う事に従う事にした。



 だが皮肉にも妹が案じた人族との共存、その提案によって二人の仲は引き裂かれ、リーファの人嫌いは完全なるものとなってしまった。




 

 その外見と腕前、エルフと言う当時まだ珍しい種族であった二人は冒険者の中でもそこそこに名が通っていた。当然そんな二人とパーティを組みたいという人間は多かった。



 そんなある時、ギルドでまだ出来たてにしては大きなチームがあった。

 それは広大な大陸を領地にするカルデラ帝国、その侯爵貴族が資金提供をするオーナーパーティである。


 力自慢の者達が名声や金のために集うチームで、貴族のオーナーは当然リーファとメルティ二人の実力を聞きつけそのパーティに誘った。




 リーファとメルティは人族の頂点と言われる貴族と関われれば、それこそが大きな種族共存になるのではと考え、そのパーティの誘いに乗る事にした。




 その時の依頼は幻惑の森のマッピング。

 敷地面積こそ大きいがまだその実態が知れない危険な場所で、そこは過去の魔王の影響を受け瘴気に満ちていた。

 当然多くの凶暴化した魔獣がいたが、問題はそれよりも幻惑の森が別名が迷いの森とも呼ばれる異界の地であった事。




 パーティはそれでも戦力的に最初こそ問題ないと思われていた。

 だが次第に一人、また一人と行方不明になっていくそのパーティに皆不安を隠せなくなっていた。


 恐怖は森を更にダンジョン化させ、踏み入るものを喰らう。

 

 


 そこに輪をかけて、パーティの前には魔物と呼ばれる魔王の置土産が立ち塞がった。


 魔物は魔獣と同じクラスでもその危険度が桁違いに跳ね上がる。

 リーファ達の前に現れたのはオークの親玉であるジェネラルオークであった。



 オークの危険度はそれだけで魔物クラスA。

 しかも当時ジェネラルオークなどと言うオークの親玉が出現する情報をギルドは持っていなかった。



 

 溢れ出る闘気、それはまさにジェネラルと言って差し支えない。

 敵わない事など瞬時に判った筈だ。


 それでもリーファとメルティは立ち向かった。

 それは決して二人に勝ち目があったからではない。



 逃げるだけ無駄だと理解したからだ。




 しかし二人を除くパーティに残っていた人族は皆自分の命惜しく逃げ出した。

 二人がそのオークと刃を交え、抗戦する姿をしっかりと確認してから。


 

 足止め、二人は囮にされたのだった。



 突然の事態に驚きを隠せなかったリーファ、そんな動揺が油断を誘ったのだろう。

 本来本気でやり合っても敵わないだろう相手に、味方の裏切りに気を取られリーファはいとも容易く倒れた。



 そして妹のメルティはそんな姉を庇いジェネラルオークに毅然と立ち塞がった。



 それはメルティなりに自分が姉を外へと連れ出したという罪悪感からか、それとも純粋な姉妹愛か。

 答えなど分かりきっている。

 リーファが逆の立場でも同じ事をしただろう。



 だが自分が不覚を取った所為で、妹は犠牲になってしまった。




 その時の傷が今でも疼く。

 その度に心が締め付けられ、自分が嫌いなる。




 だが妹はまだ生きている。

 そう思わなければ、リーファはとてもこうして生きながらえる事など出来なかった。






 リーファは疼く右腕を強く握り、古びたギルドの掲示板を一人眺めていた。




 掲示板には『未来の帝国騎士団求む!』と誇大なメッセージタイトルで依頼が貼られていた。


 不定期に募集がかかるカルデラ帝国騎士入団試験。



 入団試験と書かれてはいるが、その実お上が欲しいものを代わりに手に入れろと言った内容。

 目的の物を手に入れた人間には報酬として金貨100枚が依頼人、つまり帝国から支払われ、その上帝国騎士団として成り上がるチャンスも手に入る。




 リーファはそれを見て頬を緩めていた。




 リーファは別に騎士団に入りたいわけでも、金が欲しいわけでもない。

 

 それでもこの案件は実に数カ月待ち望んだものだった。




 リーファの目的はここで手に入れるべき水にあるのだ。


 真実の泉水。

 その泉水は魔力の籠る花瓶に入れて覗くことで、自分の欲しいものとその手に入れ方が水面に映されるのだと言う代物。



 通称『願望の鏡』とも呼ばれるその水の採取が、次の帝国騎士団試験に出されるのではないかと昨今噂され、リーファはこの時をずっと待っていた。



 これさえあればメルティの居場所も分かる。

 眉唾であったとしても、リーファはそこへ僅かな希望をかけないわけには行かなかった。




 だが真実の泉水がある場所は皮肉にも幻惑の森だという。

 リーファが人族に裏切られ、メルティを失った場所、その最深部だった。

 


 だがリーファはなんとしてでも真実の泉水を手に入れ、必ずメルティを見つけ出す事しか考えてはいなかった。その先の事等どうでもいいのだ。



 帝国側がこの水を探していると言う事は器である花瓶は既にその手にあると言う事。

 必要ならば騎士団入りも辞さないつもりであった。



 一度でいい、その水瓶を覗かせてもらえればすべては決着がつくのだからと。



 リーファの頭の中はただ一つ、妹メルティの生存それだけであった。





 今回の帝国試験は5人1組。

 つまりは5人で金貨100枚を分け、希望者が騎士団へ加入出来るというものだ。



 これもリーファにとって好都合である。

 自分一人の実力で幻惑の森は厳しいと分かっていたからだ。


 だが報酬の金貨100枚は自分は要らないと言えばいくらでもパーティは集まるだろう。


 


 どんなに過酷な場所であったとしても自分さえ辿り着けばいいのだ。

 正しさ等いらない、情も、仲間も、全て切り捨て手に入れてみせる。




 リーファは覚悟を決めて拳を握った。




「な、なんで俺なんだよ!!」

「お前が借金を返したいと言ったからだ、奴隷の」


「わ、私のせいですから。ゼオさんは私の為に……だからこれは私が」


「男に二言とは情けないな、ゼオ」

「金貨100枚もあればもう野宿はおさらばね!」

 



 リーファの心境とは無縁の騒がしい会話がギルドに響く。


 見ればまだ成人したての少年少女の団体、

 どうやら初めてギルドに登録するらしいが、誰が登録するかで揉めている。

 全員がと言うわけでは無さそうだった。



 一人の赤いバンダナを頭に巻いた少年が他のメンバーに押され渋々といった表情で冒険者登録を行い、早速リーファと同じ帝国試験を請けようとしている所だ。



 これに関わるメンバーは特に冒険者でなくとも構わない、代表者が一人ギルドに登録されていれば仲間は好きに集められるのだ。



 少年少女の団体は丁度5人、成り立てのEランク冒険者をリーダーにして幻惑の森へ挑むようである。

 


 馬鹿なものだ、命を無駄にする若気の至り。リーファはその団体を心の中で嘲笑った。

 今のリーファには関係のない事である。

 

 誰が何処で野垂れ死のうとも、知ったことではない。

 利用できるものは利用し、目的を果たす。



 やるべき事はただ一つ。

 願望の鏡を使い、メルティを見つけ出す。



 リーファは天鵞絨色のフードを被りなおすと試験の開始場所である幻惑の森、暗い過去が犇めく場へと再び足を向けたのだった。




 

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