第21話 豚の親子と奪還作戦
明くる日の昼前、ゼオの情報通り一人工房を出ていく店主のダットを確認したリタ、ミュゼ、アンナの三人は『奴隷奪還作戦ES!』第二幕へと突入する。
「では予定通り頼む。店主ダットはクロック街中央よりインゴット調達の為に店を空け、その後酒場で昼食がてら店員の女を軽く口説いてから戻る予定だ。時間にして長くても一刻判が予想されるが、イレギュラーの時はアンナの暗殺者とは思えない程度の暗殺技術が役に立つ筈だ」
リタはアンナが普通の村人より若干運動能力において上回ると理解している。
その為店主のダットの行方を監視し、予想よりも早く工房に戻る事があるようなら店主よりも先に戻り、事態をリタに伝えると言うのがアンナが今回割り当てられた役であった。
「それは馬鹿にしているのか、そうだろうな? 悪いがお前が常軌を逸しているだけで私は至ってとてつもない能力を持っている。忘れるなよ?」
そう捨て台詞を吐くと、アンナは消えるように街道から脇道へと入り家屋の屋根へと飛んだ。
リタは常人では決して見えない筈のアンナの動きを追って確認すると、居住まいを正す。
「では此方も行くとするか。ミュゼ看護医」
「う……うん、でもほんとに上手く行くかな。絶対無理な気がする」
今回の格好はリタは相変わらずのグレーのダブルスーツだ。ただ右目には度の入っていないガラス細工で作られたモノクル紛いを着けている。
一方でミュゼに関しては髪はいつも通りのポニーテールに結び、今回は黒ドレスでは無く白の白衣を身に纏っていた。
ただミュゼに至っては昨夜とは打って変わって不安な様子。それもそのはずで、今回ミュゼには数多くの役割があった。
やるべき動きやセリフも当然ながら多い。
今まで身の回りの事すらもその殆どを召し抱えにやってもらってきたであろうミュゼには、今リタのやろうとしている事は勿論、職業別の服装など全てが理解の外にあった。
「安心しろ、問題ない。ミュゼはできる子だ」
「リタ……」
ミュゼはリタのふとした優しい言葉に何故だが心を打たれた。
これがまさか恋なのでは? 等と思考を巡らそうとして、それはすぐに撤回する事となる。
「と言うかそもそも最初から戦力外だ、雰囲気の問題で」
「ぶっ殺されたいの!? なによ、私にこんな格好させて……うふふ、どう、似合う?」
ミュゼはリタの暴言等無視して、それでも今の白衣姿に新しい自分を見たのか気持ちが昂っているようである。
リタはミュゼのドレスショーをスルーし、馬の買い取りを拒否された工房へと歩みを進めたのだった。
「馬の買い取りを拒否した罪は重い」
「どんだけ根に持ってんのよ」
艷やかな木製の扉をノックすると、暫くして豚のような雌豚がまん丸い顔面を晒し出した。
恐らくダットの妻であろう。
眠そうなその面はまさに寝豚そのものである。
「ぶ、突然すみません。私この街で奴隷商を営んでおりますピッグ・ピグ・デブロと申します。この度は名簿で此方に獣人の奴隷をお売りしていると言う事でそのアフターケアに伺いました」
「は? はぁ……それでなん――」
「最近奴隷の中で感染症が流行しているという事態を把握いたしまして。クロックの領主様よりご通達を受けております、つきましては当方よりお売りしたモノにそのような事があってはと、病理検査の方無料でさせて頂きたいのです」
そう巻くし立てたリタは、ミュゼをずいっと前に出しその姿をダットの妻に見せた。
あまりここで躊躇っては行けないのだ、交渉は強引に行い相手に考える暇を与えないのが常套手段である。
そんな時、騒ぎを聞きつけてきたのか豚の後ろから小さな雄子豚が顔を覗かせる。
ゼオの話から察するに、これが息子のなんとかかんとかと言う子豚だろうとリタは理解した。
母親の格好に比べて子供の方はどうやらかなり贅沢に育てられているようで、それは服装を見ても明らかだった。
ダットの母親は子供に資金を費やす完全なる親豚、否親馬鹿、ゼオの情報通りである。
しかしこのタイミングで出てくるとはリタにとって何とも都合が良い。
「やや、これはまた聡明なお子様がおられるようで! 息子様ですか?」
リタのオクターブ高い声色と言葉に僅かな間を置いて母親は過剰な反応を見せた。
「あら、やっぱり分かっちゃうのね? うちのダッティは本当に賢いのよ? こんな工房なんかじゃなく、将来は帝国中央で外交官になってその後は――」
「ほほう! それは大変です、お子様の身に何かあっては大変だ。まさか奴隷には近付けてないでしょうね? 無いとは思いますが、万が一と言う事もあります」
「それはもち……はっ! そう、大変、ちょっと、早く検査して頂戴。全くうちの馬鹿亭主と来たら……だから奴隷なんか嫌だって言ったのに」
母親の慌て振りからして何かあるのだろう事はその反応からすぐに分かった。
当然だ、この年頃の少年がいくら奴隷とは言え、歳の近い少女相手に全く近づかないなどと言うことは凡そ有り得ない。
そしてこれだけ子供を大切にするなら母親にとって奴隷等本位ではないだろう事もリタには解っていた。
母親はブツブツと旦那の文句を並び立てながら、急かすようにリタとミュゼを家に招き入れた。
一階の住居を抜けて、土間のようになっている小窓を開ける。
工房の中に設置された小型の溶鉱炉は既に稼働しているのか熱気が一気に辺りを掛け巡った。
そこには相変わらずの茶色いボロ衣を一枚纏った獣族の少女が一人、滝の様な汗を流し真紅のマテリアルを幾つも起動させている最中であった。
少女はリタ達の気配を敏感に察知したのか、此方を振り返り作業の手を止めると身体を僅かに強張らせた。
「え、あ」
「ふむ、此方ですね。私達は領主様より御依頼されて奴隷等の病理検査を行う者です。貴女が何かの病気にかかっている場合主人様方に多大な迷惑がかかりますからね、では奥様と息子様は少々席をお外し願います、ミュゼ看護医」
「はい」
ミュゼがぎこちない動きで奴隷少女に近づく。少女は「領主様が?」と怯えた様子ではあったが、特に暴れる様子もなく、されるがままになっていた。
よく見ればその顔や剥き出しの腕には幾つもの痣や火傷の跡が見て取れる。
それは仕事によるものか、それとも。
ダット家族は工房の暑さに耐えかね早々にその場を離れている。
リタの作戦は至って順調であった。
「リタ、針、刺す?」
「いや……必要ない。そこのロープで身体を縛れ、そしてこれを飲ませておけ」
「あ、あの……私、殺されるんです、か? でも! 私だけが、私だけが悪いんです、だからその! お願いします、彼は、彼は許して貰えませんか、領主様に、どうかお願いし――もごむぐぐ、むむんんっ!!」
「まあその辺りの話は作戦完遂後に説明する。今から私がいいと言うまで一切口を開くな、言うことを聞けば例の少年は助ける。そして付いて来い」
ミュゼが漸くなれない手付きでロープを巻きつけ終え、リタの言葉を理解したのか少女も何処か安堵の表情で大人しくリタの丸薬を飲み込んだ。
「さぁ、これが最後の交渉だ」
「本当に大丈夫、リタ……これ絶対なんか起こるやつじゃん」
「全く問題ない。強いて言うなら、そうだな、本編がかなり押している」
「サブストーリーかて!」
◯
アンナは排煙で煙る街をただ普通に歩いていた。
何故普通にかと?
それは気づいてしまったからだ。
こんな真っ昼間から家屋を跳んで移動してる方がどう考えても目立つだろ、と理解してしまったからである。
そもそもこの国で自分は隠れる必要も無いのだ。
賑やかな街は奴隷の話を除けば活気に満ち溢れ、これからもまだ発展する事だろう。とそんな事はどうでもいい。
アンナはやっと自分の力をあのリタに認めてもらえたと思った、自分にしか出来ない仕事。
暗殺を生業にして来た自分だからこその隠密行動。
奴隷解放の為、作戦遂行中に工房の主人が戻ってしまわぬように監視、妨害がアンナの仕事だ。
だが工房の主人は今日に限って休業していた店に舌打ちをし、昼食を取らずに工房へ戻ろうとしていた。
それにいち早く気付き、アンナは最速でリタのいる工房へ急いだ。
それは念の為リタに指示を仰ぎ、必要なら進路を妨害する為に。
自分のスピードならそれでも余裕、伊達に裏の世界で生きてはいない。
完璧な仕事だ。
自分も元奴隷だったが、そこから血反吐を吐くような日々を越え今こうして同じ奴隷の解放の為動こうとしている。
乾いた笑みが自然と浮かんだ。
やがて工房へ辿り着いたアンナはだが、何処にもリタ達が見当たらない事に気付く。
工房には例の奴隷少女の姿も無い。
そうこうしているうちに工房の主人が戻ってしまい、二階屋から女と男の子言い争う声が聞こえた。
「勝手な事をするな」とか、「金貨10枚」、「もっといい奴隷が」等と不穏な言葉が飛び交った。
アンナは理解した。
これは既に全てが終わった後なのだと。
リタの計略通りに、迅速に奴隷は奪還されたのだろうと。
どうやったかは知らないが、アンナの心には虚しさが広がった。
あれ、自分の役割ってもしかして本当に意味無かったのかな? と。
暫く無心で歩いているうちに、気付けばルーテシア家の紋章が刻まれた荷車の残骸が草むらに隠れているのが見える。桁下にある最近でのこの街の隠れ蓑だ。
何やらそこには嬉しそうに笑う獣人の少女と赤バンダナの少年。
地面に木刀で何かを描く少年とそれをジト目で眺める少女がいた。
傍から見れば子供達が橋の下で何かして遊んでいるようにしか見えなかった。
アンナは既に20歳になる。
この世界での成人は15歳だが、アンナからしてみればそれは力も頭もまだまだ子供の筈だ。
まかり間違っても普通の15の少年が森の化物を軽く捻ったり、あまつさえ奴隷を簡単に人様から奪ってくる等と言うことは断じてない。
一体あの少年は何者なのか、どこから来てどこへ向かおうというのか。
否、そんな事より仮にも暗殺者と呼ばれた者に対してまるで戦力外とでも言いたげな役割を押し付け、その上元から居なかったかのように無視して先に――
「本編進めとるやないかぁぁ!!」
正に暗殺者としての能力さながら、アンナは桁外れな跳躍力で四人のもとへ向かいリタへお得意の苦無を投げ放っていた。
リタはそれを木刀で打ち払って作業に従事した。
「きえぇぇ、このクソガキぃ!!」
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