第20話 奴隷商人と奪還作戦


 

 赤バンダナの少年の名はゼオと言った。

 ゼオはこの煙霧の街クロックで育った孤児だ。



 物心つき気付いた時にはこの街へ放り出されていたゼオは、誰の助けを得る訳でもなくただ一人排煙の街で泥水を啜り絶望の淵をそれでも生き抜いて来た。



 そんなゼオが言うに、この街に奴隷と言う存在が広まり始めたのは数年前からだと言う。


 数々の工場、工房が存在し、大規模マテリアル溶鉱炉のあるクロックはこの国のマテリアル技術の集大成とも言えるが、帝国中央からも離れ周りを山岳に囲まれ隣国との接点も少なく、労働者不足は常に付き纏った。



 そんな最中この街を仕切る権力者は、帝国が大きく広げようとする奴隷ビジネスに一枚噛むこと、そしてそのマーケティングを拡げることが帝国貴族らへ顔を売る第一段階となると判断した。

 その上この街の労働者不足を解消するとあって、奴隷は自然とこの街に馴染むものとなりつつあったのだ。


 それがそのうち、奴隷はただの労働者では無くなり、人間とは違う消耗品のように扱われていくようになる。



 ゼオはこの街に蔓延る暗雲をそう静かに語った。




 歳を重ねる毎に理解してしまう大人の考えとやり口。ゼオのこの国、街に対する反感は大きくっていった。

 同じ生物である筈の者をまるで替えの効く玩具のように扱う人々をゼオは許す事が出来なかった。


 自分は所詮住民としても認められていないような孤児。元から忌み嫌われるような存在だ、だからこそゼオは一人反旗を翻し正義を掲げる事にした。


 かつてはゼオと同じように、権力者や街の奴隷持ちへ異議を唱えるような正義の意思を持つ同志もいたが、その仲間が犠牲になる度ゼオは自らを責めた。

 仲間の犠牲にを良しとできなかったゼオは結局一人、この汚れた街で孤独な聖戦を行っていたのだろう。



 詰まる所、それは一人革命軍とでも言おうや。




「赤いバンダナは叛逆の証か」



 リタは興味なさげにそう呟いた。


 だがミュゼとアンナはどうやら少年の話に心底引き込まれたようで、沈痛な面持ちから一転。奴隷奪還に向けて何か手伝いたいと気持を昂ぶらせていたのだった。



「助けてあげようよ、リタ! なんか可哀想じゃん」

「よくある話と言えばそう……奴隷の末路など、そんなものだ。だがどうする、革命レベルとなればそう簡単な事じゃない、私たちにできるとは限られてる」



 ミュゼはリタに何か案を出せと視線を送り、アンナはミュゼに真剣な眼差しを向ける。

 国の在り方をたかが一市民がどうこう出来はしないだろう。ミュゼは一国の女王となる血を持つが、それも今はまだ閉ざされた未来。



 奴隷にされた少女一人解放する事すら困難なのだ。



 だが赤バンダナの少年ゼオは全て理解しているのだろう、乾いた笑みを浮かべ首を横に振った。



「はは、無理さ。ソイツに言われた通り俺は正義を掲げる程の力も、権力もねえ。そんな事は今更言われなくても分かってんだ。だからこれは些細な嫌がらせさ。俺が死ぬまでとことんあいつらに嫌がらせしてやる、小さくたって、下らなくたって構わねえ。それが今の俺に残るちっぽけな正義なんだよ……」



 ゼオはリタを一瞥すると、自らを皮肉りながらそう言い笑った。



 ずっと一人で抗い続けてきた少年は、誰よりも自分の無力さを本当は知っていた。誰よりもそれが無意味な事と、最初から解っていたのかもしれない。



 だがリタはそんな三人の事など置き去りにして、既に今回の革命計画についての構想を練り上りあげた所であった。



 


「革命云々はともかく。そもそも俺はかなり巻きでやらなければならない事があるのだが、取りあえずはその小さな正義を満たす為の計略を実行しよう。皆の協力は必要不可欠、その名も『奴隷奪還作戦ES!』で行く」



「え、なにそれダサい。いーえすって大体何よ」




 リタの意外な言葉にゼオとアンナは目を見開いた。

 あれだけ力の無いものに正義は語れないなどと突き放すような言葉の数々を投げかけたリタ。

 だが、これはゼオの正義を貫かせたいと言うそんな優しさにしか思えなかった。



「ただこれは非常に安易で、安っぽい即席の考えでしかないのが問題だ。こればかりは申し訳ないとしか言いようがないので先に謝っておこう。妹がいれば一国を治め直すぐらいの事は出来るのだろうが」


「いや、お前の妹は一体なんなんだ。ま、まぁ作戦の名前はともかくその実はどうなんだ?」




 リタは「これぐらいは誰でも考えつく一般的なものでしかないが」と前置きし、作戦の詳細をいつもの架橋下で話したのだった。

 


 時間の感覚が怪しくなるほど暗く沈んだ排煙の街に、僅かばかりの光が差そうとしていた。







 夕暮れ時、街の至るところに設置された橙色のマテリアルが一際輝きを増す時刻。


 リタとミュゼはゼオから入手した情報を元に、この街の奴隷商館を訪れていた。



 ミュゼの格好は相変わらずの黒ドレスに、なめし革の編み上げブーツと言った装いだ。

 ただ今ここに限っては、最近でこそポニーテールに纏め地味にあしらっていた長いブロンド髪を下ろし、金のコサージュを髪留めにあしらっている。


 リタにしても安物の革製上下、ザ村人といった格好から一転。

 とは言っても銀貨100程度で揃う安物だが、グレーのダブルスーツに身を包んで髪も天然油でオールバックに決めていた。


 その腰には魔力コーティングが施された愛木刀ではなく、ルーテシア家に代々伝わる伝統の金ナイフが鞘に収まっていた。


 

 そんな二人が並べば、その様相はどこぞの貴族とその召し抱えにも見えた。




 二人は「隷属の戯」と赤い糸で刺繍された黒く長いカーテンを開き、外より更に暗く怪しげな館の中へと足を踏み入れたのだった。



「リタ、暗い!!」

「……お嬢様、お静かに願います」


「う、うん」



 二人は奴隷文化の無いルーテシア国から奴隷を買い付けにやってきた貴族とその側近と言うような設定になっている。

 当然ながらその設定やセリフの一つ一つまでが基本的に指示された、リタ特製『奴隷奪還作戦ES!』の一部である。



 ミュゼはそもそも本物の王女だが、その辺りは察せよと言った所のようだ。



「これはこれは……このような小さな街へ買い付けでいらっしゃいますやとは。どのようなモノをお探しでミス・マドモアゼル?」

「ひぃ」



 突如暗がりから現れた小太りの男。

 モノクルの下に覗く眼光は何処か人の心を見透かすような怪しい輝きを秘めているようにも思える。


 そんな男はいつの間にか片膝をつくと、ミュゼの指先を取り仰々しく自らの額へ掲げた。

 そんな様子を見たリタは自らの簡易な作戦に手応えを感じたのか早速本編へ移行を決める。



「えぇ、まあ。……ルーテシアは?」


「勿論存じておりますとも。しかしほう、ルーテシアの。確かあそこは奴隷等はあまり、と言った所では? その辺り大丈夫なんでしょうかな?」


「此方はルーテシア国、本家分派の伯爵ご令嬢。家名はこう言った場なので伏せますが、現国王の退位後、今後奴隷ビジネスも視野に入れたいとまあそういった訳です。あまりこの件についてまだ公には出来かねますので、噂を耳に入れこちらのクロックを訪ねさせて頂きました」



 ミュゼはリタの適当な話にぽかんと口を開ける事しか出来ない。


 当然口を開けておくと言う指示は作戦にはなく、その時が来るまでひたすら黙っていると言うのがミュゼの仕事である。


 だが奴隷商の方はリタのこの話の大きさを直ぐ様理解したようで、目を輝かせて食いついてきた。



「えぇ、ええ……勿論ですとも。顧客のプライバシーは完全極秘がモットーです、おまかせ下さいませですとも。まだ当館はカルデラ帝国でも後発と言った所ではありますが今後更に奴隷ビジネスは発展し、品質もさることながら必ず多方面にてお役に立てるモノを提供出来ましょう」


「えぇ、その辺りは期待しております。ただまあ今日はその奴隷と言うものについて少しご指導伺えればと思っているのです。この方面に関しては何分、無知でありますので。……当然報酬の方も」




 リタはそう言い含むと奴隷商に金貨を三枚握らせた。

 その言葉で全てを理解したのか、奴隷商はムフムフと鼻息荒く「どうぞ此方へ」と二人に奴隷館の全容を紹介し始めたのだった。




 クロックの街の奴隷館はそこまで広くなく、ただ通路の両側には全て鉄柵が付けられ一部屋毎に石壁で仕切られているような構造になっていた。

 空っぽの牢屋にはこれから更に帝国中央から奴隷が送られて来るのだろう、それでもポツポツと死んだ目をした獣人やどこで見繕ってきたのか、高貴な種族と言われるリザードマンの種までが奴隷にされているようであった。




「リザードマンですか……この種は戦闘に長けていると聞き及びますが、素直に隷属化できるものなのでしょうか?」


「ほ、ほ、ほ。流石お目が高い。奴隷化にはこの、特殊な首輪を使用するのでござますミスター・スチュワード」



 奴隷商は良くぞ聞いてくれましたとばかりに、リタへ奴隷の捕らえ方から首輪の使い方まで懇切丁寧に教授する。


 リタはその中でも特に奴隷の首輪についてはどこまでも熱心に聞き及んでいた。


 それはどのような魔法なのか、術式なのか、発祥元はどこなのか等。リタ自らの知識をも入り混ぜたその質問の数々には、流石の奴隷商も答えに詰まるほどであった。



 そんなやり取りにミュゼはただぼけーっと突っ立っているだけである。



 だがミュゼはふとリタの視線を感じ、自分の仕事のタイミングだと慌てて欠伸をする。



「ねぇリタ、もう飽きたわ」



 その言葉を受け、リタはわざとらしく「これは失礼致しました」と胸に手を当てミュゼに一礼を向けた。



「失礼、店主殿。すっかり私が楽しんでしまったようです、お嬢様には少々退屈でした。ですが非常に実のある時間を頂き感謝いたします」



 リタはそう言ってまた奴隷商へ一礼すると、その手を両手で握る。



「早速国へ戻ってこの事は」

「ええ、ええ、是非ともご贔屓に宜しくお伝え下さいませ」




 リタから更に金貨を二枚受け取った奴隷商が深々と頭を下げる中、リタは毅然とした態度でミュゼを連れ奴隷館を出たのだった。

 





 人気の少ない町外れの奴隷館からの道すがら。

 どれ位歩いただろうか、リタの歩行速度にいい加減ついて行けなくなったミュゼはリタの背中に叫ぶ。



「ねぇ! まだ!?」

「…………ふむ、乞食とは思えぬいい馬鹿王女ぶりだった。完璧パーフェトリィだ」



 そう言いリタはダブルスーツのボタンを片手で外すと、両手で髪をかき上げた。



「乞食パンチするわよ!!」



 ミュゼはリタの意外な一面に評価を上方修正しようとして、直ぐに撤回したのだった。

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